マルチジョブ制度を導入し、社員が新しい何かに挑戦することを徹底してバックアップする――新しい働き方を推進した先に人材育成の戦略を遂行しながら、企業としての成長・発展を続けているのが創業120余年の歴史を持つロート製薬だ。創業以来の挑戦し続ける企業文化は、どのようにして育まれ、組織の強みへとつながっているのか。独自文化の詳細を聞いた。

チャレンジを続けるDNA

ご存じの方も多いと思うが、ロート製薬は1899年(明治32年)に大阪で創業された医薬品業界の老舗だ。OTC 医薬品(※1)メーカーとしての知名度は業界でもトップクラスで、日本の消費者ならば誰もが“ロート”の名を知っているといっても決して言い過ぎではない。

※1) OTC医薬品:処方箋なしで薬局・ドラッグストアなどで購入できる一般用医薬品のこと。OTCは「Over The Counter」の略称

近年における業績も好調で、ここ10年間、ほぼ右肩上がりで売上高を推移させ、過去最高売上の記録を更新し続けている(図1)。

画像: 図1:16年の売上ダウンは中国経済の減速によるもの。20年度の落ち込みは新型コロナウイルス感染症の影響によるもの(出所:ロート製薬の公開業績データを基に編集部で作成。各年度は翌年3月期)

図1:16年の売上ダウンは中国経済の減速によるもの。20年度の落ち込みは新型コロナウイルス感染症の影響によるもの(出所:ロート製薬の公開業績データを基に編集部で作成。各年度は翌年3月期)

もっとも、ロート製薬については知られてないことも多い。例えば、ロート製薬の主力はアイケア(点眼薬)関連製品と思われがちだが、今日の主力はアイケア関連製品ではなく、米国メンソレータム社の買収(89年)によって本格的に始動させ、拡充させてきたスキンケア関連製品だ。「肌ラボ」などの化粧品を含むスキンケア関連製品の売上高はグループ全体の62%強を占めている(21年度実績/アイケア関連製品は20%強)。

また、海外での売上比率も21年度実績で30%を超え、13年からはアグリ・ファーム事業、食ビジネス、再生医療事業に挑んでいる。さらに今日では、30年に向けたロートグループのありたい姿を示す「総合経営ビジョン2030」(以下、ビジョン2030)のもと、機能性食品事業や医療用医薬品事業、開発製造受託(CDMO)事業などにも力を注いでいる(図2)。

画像: 図2:ロートグループ「総合経営ビジョン2030」における注力事業のポジショニング。総合経営ビジョン2030では、スローガンとして「Connect for Well-being」を掲げる。Connect for Well-beingとは、世界中の人々が心身、そして社会的にも健康な状態を保ちながら、毎日幸せを感じながら生活を送れる状態を目指すことを意味する

図2:ロートグループ「総合経営ビジョン2030」における注力事業のポジショニング。総合経営ビジョン2030では、スローガンとして「Connect for Well-being」を掲げる。Connect for Well-beingとは、世界中の人々が心身、そして社会的にも健康な状態を保ちながら、毎日幸せを感じながら生活を送れる状態を目指すことを意味する

そしてもう一つ、一般にあまり知られてこなかったのが、ロート製薬がどのような組織文化を持つ企業であるか、という部分だ。

言うまでもなく、製薬はものづくりでの失敗が許されず、法的な縛りも厳しい事業領域。その業界で成功を収めてきたロート製薬に対しては、保守的で冒険は好まないとのイメージを持つ人もいるかもしれないが、ロート製薬の組織文化は保守的とは真逆のものだ。創業のころから今日に至るまで、「人とは異なる何かに挑み続ける」というイノベーターとしてのDNAを脈々と受け継ぎ、それを成長と発展の糧(かて)としてきた。

そしてこれからも、イノベーターのDNA、あるいは組織文化を守り抜く決意を、今日のコーポレートスローガン「NEVER SAY NEVER」を通じて明確に示している。このスローガンには「世の中を健康にするために自分の進むべき道を見据え、どんな困難にもめげず、常識の枠を超えてチャレンジし続ける」という意志が込められている。

“挑みのない会社”になる危機を風土改革で乗り越える

チャレンジし続ける組織の文化を長期にわたって維持するのは簡単なことではない。創業のころは革新的だったベンチャー企業も、成功をつかみ、事業が成長して組織の規模が拡大するにつれて保守的になり、守勢に回ろうとするのが通常といえる。また、多くの場合、規模の拡大と歴史の積み重ねによってセクショナリズムが進行し、組織を跨いだ新しいアイデアや試みが生まれにくくなる。加えて人材に関して言えば、成熟した企業には、優秀ではあるものの、リスクを取って新しい何かにチャレンジすることより、安定のほうを指向する人材が多く集まるようになる。結果として、創業期、あるいは成長期にあったチャレンジ精神やフロンティアスピリット、さらにはイノベーターとしての輝きが徐々に失われていき、市場での自身の地位を守ることだけに力を注ぐ組織へと変容してしまうケースが往々にしてある。仮にそうなった場合、次の成長・発展のチャンスをつかむ可能性は低くなると言わざるをえない。

実のところ、メンソレータム社を買収するなど、事業を急速に拡大させていたころのロート製薬も、上述したような“大企業病”にかかりつつあったようだ。

それに待ったをかけたのが、現会長(本稿執筆の22年6月時点)の山田邦雄氏だ。当時の会社の状況に危機感を募らせていた同氏は、経営陣に参画した90年代半ば以降、社内風土の改革に乗り出した。それは失いかけたイノベーターとしての能力や現場のチャレンジ精神を取り戻すための取り組みだったともいえる。

画像: 山本明子氏(ロート製薬 総務人事部 副部長)

山本明子氏(ロート製薬 総務人事部 副部長)

「当時の山田はよく『このままではロート製薬がロート製薬ではなくなり、何の挑みも、面白味もない普通の会社になってしまう』と周囲に漏らしていたようです。そんな状況から脱するために、山田がまず着手したのは、部署間の物理的な敷居(パーティション)を全て取り払い、併せて社長室や会長室もなくし、組織の上下左右の風通しを良くすることでした。狙いは、役職や年齢、所属組織とは関係なく何でも言い合える風土を築き、現場で働く一人一人の自由な発想にストップをかけないようにすることにあったと記憶しています」と、総務人事部 副部長の山本明子氏は振り返る。

こうした考え方のもと、ロート製薬では「ARK(明日のロートを考える)プロジェクト」と呼ばれる試みも始動させた。これは現場で働く社員が組織変革・改革のアイデアを自ら想起して主導し、実現するというものだ。

同プロジェクトを通じて現場主導の改革がさまざまに遂行されたが、その中には社外から大きな注目を集めた制度がある。1つは、16年に始まった複業制度「社外チャレンジワーク」制度であり、2つ目が、同じく16年にスタートを切った兼業制度「社内ダブルジョブ」だ。そして3つ目が、社内起業家支援制度「明日ニハ」である。20年にスタートを切った同制度は既に(22年6月時点で)以下の4つの会社を生み出している。

  1. TRESH(トレッシュ)合同会社:食の科学技術を体験できるオンライン料理教室を主としたコミュニティ構築・運営会社
  2. とよなかStyle合同会社:豊中の新しい幸せの形を創ることを目的としたクラフトビールの企画・販売会社
  3. アイフォースリー合同会社:薬容器の廃プラスチックからリサイクルしたサングラスの企画・製造・販売会社
  4. しあわせニャンコ合同会社:譲渡型保護猫の育成・里親マッチング、保護猫カフェの運営会社

マルチジョブの推進で自律・自走のスピリットを育む

上で触れた3つの制度のうち、社外チャレンジワークは、企業の枠を越えて活躍できる人材を育成するための制度であり、マルチジョブ型の働き方を推進するものである。また、社内ダブルジョブは文字どおり社内の2つの業務(部門・部署)を兼務できる制度で、社員のモチベーションや働きがい、仕事の質を高めるためのものと位置付けられている。

このように、社外チャレンジワークと社内ダブルジョブの大元のコンセプトはともに「倍量倍速での社員の成長」を実現することにあったと山本氏は明かし、こうも続ける。

「このような人事制度を実行に移した日本企業は(16年当時は)ほとんどなく、結果として、社外からの注目を集め、驚きの声も多く寄せられました。もっとも、当社の社内では新しいことにチャレンジする文化が既に根づいていたので、社外チャレンジワークと社内ダブルジョブともに抵抗なく受け入れられました。例えば、社外チャレンジワークについては、立ち上げ当初から60名が制度の活用に乗り出し、22年春の時点で延べ123人が本制度を使用するに至っています。社内ダブルジョブの制度に関しても、私たちの予想をはるかに超える数の社員から『活用したい』との希望が寄せられました。当社社員の成長への意欲の高さに改めて感心させられた格好です」(山本氏)

一方、明日ニハは、社外チャレンジワーク制度を活用し、社外の複業としてクラフトビールの醸造所「ゴールデンラビットビール(Golden Rabbit Beer)」を立ち上げた市橋 健氏(ロート製薬 経営企画部)の発案・主導によるものだ。社外チャレンジワークと同じく企業の枠を超えて活躍できる人材を育成することと、それに向けてマルチジョブ型の働き方を推進することを目的にしている。

画像: 市橋 健氏(ロート製薬 経営企画部)

市橋 健氏(ロート製薬 経営企画部)

このプロジェクトの立ち上げに至った経緯について、市橋氏は次のような説明を加える。

「ゴールデンラビットビールの立ち上げを通じ、私は、起業で得られるビジネスの知見・ノウハウが本業を遂行する上でも非常に有用であることを肌身で実感しました。加えて、当社内の場合、チャンスがあれば起業に挑み、自分のアイデアや想いをかたちにしたいと願う社員が大勢います。しかも、当社の経営陣は、社内外で均しく活躍できる人材、ないしは、マルチジョブを行える人材をより多く育成したいと望んでいました。そこで明日ニハのコンセプトを練り上げ、経営トップである山田(会長)に提案しました。その結果として、山田からの支持を即座に得られたので、プロジェクトの遂行に乗り出しました」

こうしてプロジェクト化された明日ニハは、社会課題に向き合い自身の想いとアイデアを基に起業する「自律した人」を輩出する試みとしても機能している。同プロジェクトによる支援の対象となる事業は「Well-being」につながるものであることが条件とされ、かつ、起業に至るまでには図3に示す7ステップの中で所定の審査・承認のプロセスを踏まなければならない。

画像: 図3:明日ニハにおける起業の審査・承認プロセス

図3:明日ニハにおける起業の審査・承認プロセス

このプロセスにおいて特に重要になるのは、ピッチでプレゼンを聞いた社員の多くから共感、賛同を得ることだ。というのも起業への出資額は、ロート製薬の健康社内通貨「ARUCO」(※2)を使った社内クラウドファンディングによって決まるからである。この出資の方式は、企業組織はそれをやりたいという人の想いや共感によって成り立つという考え方に基づくものであると市橋氏は説明を加える。

※2) 健康社内通貨『ARUCO(アルコ)』:日々の歩数や早歩き時間、スポーツ実施や非喫煙など、健康的な生活習慣の実施状況に応じてコインが貯まる「健康」をコンセプトとした社内通貨

人的資本への戦略投資で持続的成長と発展を支える

明日ニハや社外チャレンジワーク、そして社内ダブルジョブは全て、ビジョン2030実現に向けたWell-being経営推進に寄与するものだ。“個”の主体性に軸足を置いたキャリア開発支援により、個人の成長を促すことが自発的なチャレンジにつながり、そして会社の成長につながる――この共成長を実現するためには、会社側からの「チャレンジ機会の提供」は欠かせない。ロート製薬では、2000年半ばに制定された「7つの宣誓」の一つとしても、人材育成への継続的な投資を示す以下の一文が浸透している。

まず人がいて、輝いてこそ企業が生きる。主役は人、一人ひとりが自らの意志と力で自律し、組織を動かして行きます

「このように経営の中心に人(社員)を置き、それぞれの自律性や自発性、モチベーションを高める制度・施策をさまざまに打ってきたことが複合的に作用し、新しい製品づくりや、事業展開を生む原動力になっているように感じます。いわば、人的資本への継続的な投資が、当社の持続的成長・発展を支えてきたといえるかもしれません」と、市橋氏は指摘する。

この言葉を受けて、山本氏は次のような見解を示す。

「90年代半ばの風土変革以降、業務経験の浅い若手の社員でも、自分のアイデアを何のためらいもなく自由に出せる風土・雰囲気が醸成され、新しい商品づくりにつながり、明日ニハなどの新しい試みにつながってきたといえます。その試みによって、新しいイノベーションが引き起こされ、好循環が生まれることを大きく期待しています。その意味で、人的資本に対する継続的な投資は、これからより重要な意味を持つようになるのではないでしょうか」

画像: 人的資本への戦略投資で持続的成長と発展を支える

ある民間調査によれば、世代が若くなればなるほど、失敗回避の傾向が強まるという。その点で、チャレンジの継続性を重視するロート製薬の人的資本への戦略投資は今後、調整や方向転換を余儀なくされる可能性もある。ただし、それでもイノベーターとしてのDNAを次の世代に引き継がせる取り組みはこれからも続くはずだ。

取材時、印象に残った言葉に、山田会長が口にしたという「社員は会社の“所有物”ではない」というフレーズがある。個の持続的な成長を見据え、支援し続ける創業120余年の“ベンチャー企業”、ロート製薬の今後にはこれからも目が離せない。

This article is a sponsored article by
''.