心の内側から人を動かす術(すべ)を説く

「もっと社会人としての自覚と責任をもって仕事をしなさい!」
「これはキミの仕事だ。もっと熱意をもって取り組みなさい!」──。

あなたは、仕事のパフォーマンスをなかなか上げられない部下たちを、こんなふうに注意した記憶はないだろうか。本書によると、このようなかたちで社会人としての義務感や責任感に訴えかけて部下たちの行動を変えようとするのは時代遅れの行為であり、部下のモチベーションを引き下げるだけで終わる可能性が大きいようだ。

もっと言えば、人の価値観が多様化し、かつ、変化が激しく複雑性を増す現代社会の組織では、上司による叱咤、激励、先輩としてのアドバイスといった外的な圧力や働きかけは効力を失い、それによってチームの行動を変容させ、そのパフォーマンスを高めることはできなくなっているという。要するに、叱責、指導、激励、あるいは昇格・昇給といった外部の圧力・刺激によって部下の「がんばり」を引き出そうとするのは、人の価値観や物事に対する見方が画一的だった古い時代のリーダーシップであるというわけである。

では、従業員の意識や行動を変容させ、そのパフォーマンスを向上させるには何が必要とされるのか。それが「内側から人を動かすリーダーシップ」であると本書は指摘する。このリーダーシップを確立することで「指示」や「指導」「管理」を行わずとも、共通の目的に向けて成果を出し続ける組織・チームをつくり上げることが可能になるという。本書では、そうした新しい時代のリーダーシップを確立するための具体的な手法が、以下の章立ての中で展開されている。

  • 第1章:内側から人を動かす
  • 第2章:エフィカシーの認知科学
  • 第3章:リーダーはHave toを捨てよ
  • 第4章:パーパスを「自分ごと化」する
  • 第5章:メンバー全員Want to
  • 第6章:組織のパーパスをつくり、浸透させる
  • 総論:チームが自然に生まれ変わるには?

最高のチームを生む「エフィカシー」とは?

本書で展開される論のキモと言えるのは、第2章で(認知科学の見地から)詳しく解説されている「エフィカシー(Efficacy)」である。

エフィカシーとは「効き目」「効能」を意味する言葉だ。心理学用語として使われる場合は「自己効力感」と訳されることが多く「自分なら、自分の到達したいゴールにたどり着けるはずだ」といった感覚を指している。本書によると、人を内側から動かすうえでは、このエフィカシーをいかに発揚させ、その熱量を多く保つかがカギになるとしている。「最高のチームは圧倒的エフィカシーから生まれる」とさえ言い切る。

人のエフィカシーを原動力に組織・チームを率いていく手法を、本書では「エフィカシー・ドリブン・リーダーシップ」と呼んでいる。その内容を読み進めていくと、おそらく多くの読者が、エフィカシー・ドリブン・リーダーシップと「従業員エンゲージメント(=会社やチームに対する従業員の自発的な貢献意欲)」を高めていくマネジメント手法に似ている部分があることに気づくはずである。

例えば、従業員エンゲージメントを軸にしたリーダーシップは、組織のビジョンや構想に対する従業員の共感・共鳴を原動力とする。

それと同様にエフィカシー・ドリブン・リーダーシップでは、組織の「パーパス」を「自分ごと化」させる点を、エフィカシー発揚のポイントとしている。本書で言う組織のパーパスとは、その組織が持つ真の「Want to(願望)」であり、将来的に「こうありたい」と願う未来の姿や、究極的に目指しているゴールなどを指している。そのパーパスを、従業員のパーパスと一致させ、「実現したい」と本気で思ってもらうことがエフィカシー・ドリブン・リーダーシップの重要なステップであるようだ。

もちろん、エフィカシー・ドリブン・リーダーシップの場合、組織と従業員のパーパスを一致させるだけでは不十分であり、そのパーパスについて「自分たち(ないしは、自分なら)達成できる」という感覚を従業員に持たせることが重要となる。

また、従業員たちに「自分ごと化」させる組織のパーパスは「現状の改善」によって達成できるようなものではなく「現状の外側」にあることが必要であるという。現状の外側にあるパーパスとは「並の努力ではとうてい達成できなそうなこと」であり、例えば、食品メーカーであれば、商品の売上げや市場シェアを何%伸ばすといったものではなく「世界のあらゆる消費者を日本食で幸せにする」「食品の技術革新で、あらゆる社会から飢餓を撲滅する」「画期的な商品で、すべての人々のライフスタイルを快適にする」といった願望、ないしはゴールがパーパスとなりえるというわけだ。

こうしたパーパスに対する従業員のエフィカシーを強めることで、従業員の仕事に対する見方が変わり、行動が変化し、熱量が上がっていくという。

確かに、会社から背負わされた目標や仕事を、上から言われるままに追い求めたり、こなしたりするだけの状態が続けば、働き手のモチベーションを自ずと下がっていくはずである。そうした中で「自分が本当にしたい何か、望む未来」を会社も追い求めていることを知り、かつ「自分なら(あるいは自分たちなら)、その夢のような未来が実現できるはず」との確信が持てれば、仕事に対する見方が一変し、働く意欲が高められる可能性は高いと言える。

とはいえ、本書でも指摘しているが、物事に対する人の見方を一変させるのは、そう簡単なことではない。また、そもそも組織のパーパスが、従業員の心に響くようなもの、ないしは「自分ごと化」に値するものでなくてはならない。そうしたパーパスの作り方を含めて、従業員のエフィカシーを発揚し、高めていくための「ハウツー」が、共著者の豊富な経験・知見にもとづいて具体的に記されている点が、本書の大きな特色であり、最大の魅力と言える。

なお、本書の共著者の一人、李 英俊氏は組織開発のプロフェッショナル(コンサルタント/エグゼクティブコーチ)として豊富な実績を持つ人であり、2016年にマインドセット株式会社を創業し、さまざまな規模の企業に向けてコーポレートゴールの達成とエフィカシーの高い組織文化づくりの支援を提供している。もう一人の共著者である堀田 創氏は、AI(人工知能)を活用したビジネスソリューションプロバイダー、株式会社シナモンの共同創業者で、同社のフィーチャリストとして東南アジアのエンジニアたちをリードする立場にもあるという(ともに、本書執筆時点)。

チームのモチベーションを高めるヒントを知る

自分の率いるチームや組織の働く意欲が高く、パフォーマンスも高いのであれば、本書を読む必要はないかもしれない。ただし、自身の組織・チームの仕事に対する熱量やパフォーマンスに不安や不満を感じているならば、本書を読むことで問題解決のヒントが多く得られるはずだ。少なくとも、幾度注意しても行動を変えようとしない部下や、仕事に対する熱量の低い部下への理解は深められると思われる。

また、本書ではエフィカシー・ドリブン・リーダーシップにおいて、チームのリーダーがすべきこと、組織のトップマネジメントがすべきことも明確に示されている。日々の仕事に追われる中で、それが本当に実践できるかどうかは分からないが、リーダー層にとっては大いに参考になるハウツー情報と言える。

組織・チームの行動をもっと前向きにしたい──。そう考えるすべてのリーダーにお勧めの一冊ではないだろうか。

著者:李 英俊 、堀田 創
出版社:ダイヤモンド社
出版年月日:2021/11/17

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