周りとは違った珍しい行動によって問題を解決

本書のタイトル「Positive Deviance(ポジティブデビアンス)」という考え方は、日本ではあまり知られていない。適当な訳語がなく本書では「ポジティブな逸脱者」としつつ、あえて訳語をあてずにそのままPD (Positive Deviance) としている。

そもそもPDとは、周りと同様に困難を抱えていて、しかも恵まれた状況にあるわけではないにもかかわらず、周りとは違った珍しい行動によって問題を解決している個人や団体などを指す。組織やコミュニティにおいて良い意味で逸脱している個人や団体に着目するのは、その逸脱している理由を探ることで、組織やコミュニティの問題点と解決方法を見つけようという意図がある。

まず本書の第1章では、アマゾン川デルタ地域の換金作物栽培の例やサハラ砂漠での作物収穫量改善の例などを挙げながら、PDの概念を紹介している。それによると、PDのアプローチは次を前提としている。

  1. コニュニティ内での一見手に負えないような問題の解決策はすでに存在している。
  2. それはコミュニティ自身によって発見される。
  3. ポジティブな逸脱者は、他のメンバーと同じ制約や障害に直面しているにもかかわらず成功している。

同じ貧しい家庭なのに栄養状態の良い子供に着目

第2章では、ベトナムでの子供の栄養失調問題とその解決方法を紹介している。これはPDが生まれるきっかけとなった事例だ。

ベトナム戦争後のベトナムの農村では子供たちの64%が栄養失調に苦しんでいた。しかし、貧しい家庭でありながら栄養状態の良い子供も少数ながら存在した。貧しさは変わらないのに、なぜ栄養状態が良いのか。そういった子供たちの日常生活を観察すると次のような特徴があった。

まず、子供たちの親は、食事に際して子供に徹底的に手洗いをさせていた。そして、子供たちの親は、水田から小さなエビやカニを集め、サツマイモの青菜とともに子供の食事に加えていた。これらの食材はすぐに入手でき無料だが、その村では一般に食材として認識されておらず、子供の食材としては適していないと信じられていた。

この観察結果により、良い意味での逸脱者が問題解決のカギを握っていることを発見し、その方法を村全体に適用することで栄養失調問題の改善を図ることができたのである。

以下、第3章ではエジプトにおける女児の割礼をやめさせるための取り組みを、第4章では米・ピッツバーグの病院で行われたMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)の感染対策を紹介している。第5章では、製薬会社メルクが骨粗しょう症の特効薬の売り上げ拡大策としてPDを活用した例と、ゴールドマン・サックスが資産運用アドバイザーにPDを適用した例を紹介している。そのあとの第6章と第7章でもPDの実例が続く。

PDの適用にはボトムアップのアプローチが必要

PDは、「ベストプラクティス」のように最も効率のよい方法を適用していくように見えるが、ベストプラクティスとは似て非なるものだ。ビジネスの世界ではベストプラクティスは広く実践されている一方、PDはあまり認知されていない。PDとベストプラクティスの違いは次のとおり。

  1. PDは成功事例を同じ組織の中で見つけるのに対し、ベストプラクティスは外部の成功事例を参考にしている。
  2. PDは社内の「普通の人」の中に成功事例を探すのに対し、ベストプラクティスは「特別の人」の成功事例を取り上げる。
  3. PDは当事者を巻き込んだボトムアップのアプローチをとるのに対し、ベストプラクティスはトップダウンのアプローチをとる。

メルクの例では、メキシコシティでPDを活用したが、他の地域ではPDを試行すらしていないので、極めて限定的な成果しか上げられていない。一方、ゴールドマン・サックスの例ではPDが幅広く適用され、全社的に成功を収めている。

メルクのような一般的な企業の場合は、改革・改善はトップダウンで行うが、PDはトップダウンではうまく機能しない。PDはコミュニティや組織の中で末端の人々が主体となって解決策を見つけるので、トップダウンとは正反対のボトムアップが必須になっている。メキシコシティのメルクでは、リーダーがボトムアップの重要性を認識したことでPDを実践できたが、それが他国の組織や部署へは普及しなかった。

一方、ゴールドマン・サックスでは、元々資産運用アドバイザーの独立性が高く、ボトムアップのPDがうまく機能した。これは企業として数少ない成功例だ。PDの適用は、ベトナムでの子供の栄養失調問題のようにNGO活動がメインとなっている。

各章ごとの訳者の解説が秀逸でわかりやすい

本書は、PD適用例の詳細な物語(ドキュメント)とPDの理論的説明とが混ざって記述されているため、読みにくく理解しづらい。しかし、日本語版では、各章ごとに訳者の解説があり、これがその章の要約として非常にわかりやすく、よくできている。詳細なドキュメントに目を通す時間がなければ、訳者の解説だけを読んでもよいかもしれない。

なお、PDに関しては公式Webサイトもあるので、参考にしてほしい。PDは企業でも活用されていくと予想されるので、今後も注目していくべきだろう。

著者   :リチャード・パスカル、ジェリー・スターニン、モニーク・スターニン
訳者   :原田 勉
出版社  :東洋経済新報社
出版年月日:2021/3/12

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