Squadによる開発体制を導入
Jeannie Yang氏が入社してから、すぐにプロダクト開発のプロセスの改革に取りかかった。井口氏は、Jeannie Yang氏の取り組みから、日本と米国のプロダクト開発の違いを実感したと話す。
「日本とのプロダクト開発の違いを、大きく2つの点で感じました。1点は、グローバルスタンダードでは、データによって良しあしを判断していることです。アイデアを出すまでは同じですが、そのアイデアを実行してみて、ユーザーの滞在時間が何%増える、クリックした率や収益性が改善するといったことをデータで表した上で意思決定をします。
もう1点は、データによる意思決定を支えるために、小さく試して、早めに失敗することです。専門的にはABテストと呼ばれています。例えばボタンの色の変更を検討するとします。でも、スマートニュースのボタンがある日いきなり赤から青に変わったら、ユーザーはびっくりしますよね。そこで、ユーザーが1000万人だとしたら1万人を選ばせてもらってテストをして、データを比較します。その結果、青の方がボタンをクリックする率が統計的に優位に高い効果が出れば、青に変えます。
SmartNewsではすでにこの手法を取り入れていましたが、日本の類似サービスで起きている典型的な失敗は、プロダクトが良いものだと考えて、じっくり作り込んでしまったものの、蓋を開けたら効果がなくて、無駄に終わってしまうことです。残念ながら大企業や行政のシステムでも同じような失敗があります。最初から職人意識で作り込むのではなく、ごく一部のユーザーに試して、数字で検証しながら作り込むことが重要だと感じました」
グローバルスタンダードを取り入れると同時に、Jeannie Yang氏はプロダクト開発をマネジメントするために、既存の組織の在り方も変えた。それはSquadの導入だ。Squadは、ミッションごとに小さなチームを編成するマネジメント手法。複数の部署にまたがる横の軸と、個人の職能である縦の軸を組み合わせるクロスファンクションによってメンバーを構成する。いわゆるマトリックス型組織のことで、その狙いをJeannie Yang氏は次のように説明する。
「Squadの目的は、プロダクトのライフサイクルを適切にマネジメントすることです。プロダクトの開発は仮説を定義し、インパクトを検討し、技術仕様やスペックを作成するところから始まり、要件書の作成、マーケティング、テストリリースによる試行錯誤などを経て、ようやくリリースに至ります。
開発フェーズの最初から、エンジニアだけでなく、多様な部門の人の協力が必要です。しかし、大きな組織では開発のスピードが落ちてしまいます。そこで、部門を越えたスタッフによる適切な規模のチームで取り組むことで、開発を高速に進めることができます。より多くの人数で取り組むプロジェクトの場合は、Squadを束ねるPillarという単位で取り組むこともあります。
チームや人材をエンパワーできるのも、SquadやPillarの特徴です。開発のフェーズによって適切な人材を増やす、もしくは削減することも可能です。開発段階で10人必要だったエンジニアも、テストリリースの段階では少人数で十分ですので、他のプロジェクトに移ってもらいます。一方で、データサイエンティストが新たに加わるなど、あらゆる人たちの力を最大限引き出すことができます」
組織の規模拡大を後押しするSquad
Squadによるプロダクト開発は、米国では一般的だ。音楽やポッドキャスト、ビデオを楽しめるデジタル配信サービスのSpotifyが導入したことで広まったといわれている。しかし、Jeannie Yang氏が導入を提案したときは、日本ではまだ言葉もあまり知られていなかった。
そのため、Squadに慣れるためにはそれなりに時間もかかったという。Jeannie Yang氏が入社した当時のスマートニュースでは、1人が複数のプロジェクトに関わっていたものの、優先順位を明確にできていなかった。また、プロジェクトがいつ終わるのかも見えないものが多かった。
それがSquadを編成して、何をやって、何をやらないのかを判断することで、メンバーの配置なども徐々にうまくいくようになる。SquadとPillarの体制は、最初はエンジニアだけに導入。徐々に部門を広げ、最終的には全社的に組織するようになった。現在の状況にJeannie Yang氏も試行錯誤ではあるが手応えを感じているという。
「エンジニアもプロダクトマネージャーも、各拠点に分かれていながら連携する必要があるので、常に考えながら進めていますが、皆さんの協力もあっていい成果が出ていると思います。ここまですごく速いスピードで成長できているので、これで終わりではなく、今後さらに成長する仕組みを考えていきたいと思っています。
Squadの別のメリットとしては、新しいメンバーが入社したときに、組織になじみやすくなる点もあります。メンバーは全員どこかのSquadに配置されるので、新しいメンバーもプロダクトマネージャーや他部門のメンバーと一緒にミッションに取り組みます。そのことによって、Squadのミッションも、組織としての目標もすぐに理解できるようになります。この点も、Squadが組織の規模拡大を後押しできている要因ではないでしょうか」
日本ではプロダクトマネージャーの役割が弱い
Jeannie Yang氏は、スマートニュース入社後にすぐ改革に取り組めたのは、Smuleで組織が急拡大する過程に関わったことが大きいと話す。
「25人から50人、50人から100人、100人から数百人へとスケールが大きくなるに従って、必要なスキルやコミュニケーションの在り方も変わってくることをSmuleで体験できました。そのことが生かせています。今のスマートニュースはSmuleよりも大きな組織で、抱える課題は異なり、組織のサイズによって求められるプロセスも違います。それでも、SquadやPillarをうまく運用してメンバーそれぞれの観点を共有しながら、より良いプロダクトの開発につなげていきたいですね」
日本の多くのスタートアップ企業でも、プロダクトマネジメントがどうあるべきかについて強いコンセンサスがあるとはいえない。有力なテックカンパニーであっても、プロダクトマネージャーがいないことも少なくないからだ。井口氏は、Jeannie Yang氏からマネジメントを学んだことで、プロダクトマネージャーの必要性をあらためて強く感じているという。
「日本ではDXがうまくいかないといわれていますよね。その理由はおそらく、プロジェクトマネジメントとプロダクトマネジメントを混同していることが一因ではないでしょうか。プロジェクトマネジメントで何かをまわすことはできても、何を作るのか、何を作らないのかを定義するといった本来プロダクトマネージャーが果たすべき役割が、日本では相対的に弱いのだと思います。
彼女と一緒に働くことができたおかげで、一足早くグローバルのベストプラクティスを使うことができました。グローバルワンプロダクトの開発を進め、急拡大に対応するためには、プロダクトマネージャーの存在は欠かせないと感じています」