コロナ禍にいち早く対応し、オンラインによる新規事業を次々と打ち出したサンリオピューロランド。学校への一斉休校要請や1回目の緊急事態宣言以前の2020年2月の段階で、東京・多摩市の屋内型テーマパーク「サンリオピューロランド」の休館を決断。パレードやショーができなくなった中で、次々とオンラインでの新規事業を打ち出すとともに、SNSで積極的な発信をしてファンを拡大した。
10月から11月にかけて実施した30周年パレードのためのクラウドファンディング(CF)では、目標額を超える1700万円以上を集めている。
コロナ禍で新しいことに取り組めた背景には、サンリオピューロランドのマーケティング統括責任者という立場で、社内の異なる部署を巻き込んでチームを立ち上げた志賀優子さんの存在がある。
志賀さんはサンリオ本社のマーケティング本部のシニアマネージャーと、ピューロランドを運営するサンリオエンターテイメントのマーケティング担当を兼務。社内の若手を抜てきして新規事業のチームを構築した。緊急事態といえる状況の中で、ミドルマネージャーとして社内でどのようにコミュニケーションを図り、新規事業を実現したのかを聞いた。
部長クラスの緊急会議に出席し、自ら提言
「会長がピューロランドを閉めると言っている」――。志賀氏が部長から連絡を受けたのは、2月19日水曜日の午後10時頃。新型コロナウイルス感染症の国内の患者はまだ100人未満だったものの、サンリオの辻信太郎会長はスタッフの安全や安心が大事として、サンリオピューロランドの休館を決断し、社内のマネージャーに連絡が入った。
しかし、ピューロランドの休館は1990年の開館以来、初めてのことで、どのように進めればいいのか誰にも分からなかった。連絡が入ってすぐに志賀氏は、PR会社のリスク管理チームに集まってほしいと要請。休館のタイミングも決まっていなかったので、上長の取締役部長とすぐに話し合った。
「週末に3連休を控えていたので、最初は連休明けに休館するという話でした。確かに収益面ではその方がいいのかもしれませんが、たくさん人が来る時期だからこそ早めに閉める必要があるのではとお伝えしました。社長も悩まれたようですが、その週の土曜日、22日から閉めることを決断して、そのための準備を任されました」
志賀氏は早速、臨時休館のプレスリリースのたたきを作成。翌日木曜日の早朝に部長クラスやリスク管理の担当者が集まる緊急会議が開かれると聞き、上司に願い出る形で出席した。
「私は本来参加する立場ではありませんが、決まったことを後からひっくり返すのは大変なので、その場で意見を伝えました。クラスターが起きるリスクを回避するためには臨時休館するしかなく、そのために何を優先して進めていくのかを思い切って話しました」
臨時休館によって変化したコミュニケーション
迅速な準備によって金曜日の昼には発表し、予定通り土曜日には臨時休館に入った。しばらくして社員にもリモートワークの導入が始まる。しかし、同社ではリモートワークはそれまで全く根付いていなかった。環境が整わずに出社している社員も多く、リモート会議にも慣れずに、最初は業務がなかなか進まなかったという。
「3月末ぐらいまでは社内でもかなりの温度差がありました。『リモートワークといっても休んでいるのだろう』と思っていた人もおそらくいたのではないでしょうか。リモート会議も参加者が一斉に話すので、何を言っているのか分からない状態で、どうすれば話をまとめられるのかに気を使うようになりました」
状況を改善するため、トップダウンの指示を待つのではなく、ミドルマネージャーである志賀氏が政府発表の資料などをまとめて、必要な情報を上司に伝える役目を担った。
あわせて、志賀氏自身もコミュニケーションの方法を変えた。それまではメールだけを使っていたが、カメラをオンにしてビデオ会議を実施するほか、LINEや電話も多用するようになったという。
「メンバーから『家に一人でいるので誰とも話さない』と聞いて、メンバーのメンタル面を心配したのがきっかけですね。ビデオ会議やLINEのビデオ通話で顔を見ると安心するようだったので、いろいろな会議でもなるべく顔を出して、生の声を聞くように切り替えました。
会社全体はコロナからお客さまと社員を守る考えで一致していましたので、良い方向に変わっていきました。みんなが同じ情報を得られるようになったことで、部門長や役員には情報をもとに判断してもらえて、半年経(た)ってリモートワークも問題なくできるようになりました。社内のコミュニケーションは180度、がらっと変わったと思います」
配信した動画が1週間で60万回再生
サンリオピューロランドは7月まで4カ月間休館することになるが、何らかの形で収益を得なければならなかった。サンリオエンターテイメントの小巻亜矢社長から「どんどんチャレンジしていきましょう」と、方法も含めて任された志賀氏は、他部署も巻き込むことを提案した。
「私だけでは無理ですと伝えました。いろいろな部署を巻き込んで、全社でプロジェクト化しないと、新しいことは進められないと思ったからです。それで仲間を集めて、事業部までにはならないものの、チームを作って新規事業を動かし始めました」
新規事業はそれまでの集客から、オンラインへとシフトした。3月の時点からオンラインを推進するチーム、SDGs(持続可能な開発目標)を推進するチームなどができて、オンラインショップも立ち上がった。
大きな変化が生まれたのは、SNSでのコミュニケーションだった。コロナの影響で臨時休館している中で、あえて積極的に情報を発信する道を選んだ。
「東日本大震災のときも含めて、これまでは有事の際にはSNSを自粛することが多かったので、今回も自粛すべきかどうかを相談していました。そのときに小巻社長から『みんなキャラクターに癒されているから、どんどん投稿したほうがいい』と言われました。
当社のキャラクターはご存じの通り、かわいいじゃないですか(笑)。ほっこりできる投稿なら共感してもらえるかもしれないと思い、この状況をキャラクターも知っているけど、いつか会える日が来るから希望を持とうね、という気持ちを込めて発信しました。キャラクターを扱う会社として最大限できることを考えましたね」
大きな反響があったのは3月下旬にYouTubeに配信した、休館中の館内の様子を公開した動画『休んでたって…』だった。がらんとした館内の様子から始まり、続いて掃除をするスタッフや、ショーの練習をするキャラクターたちの姿が映し出される。再生回数は1日で20万回を超え、1週間で60万回を突破した。
「これだけの反響があったのは初めてでした。見ていただいたみなさんからは『我慢していればいつか会えるよね』『いつか会いにいきます』とコメントをいただきました。『泣けた』というコメントもありました。これは忘れられないですね。コロナ禍ではWebやSNSの発信がどう伝わるのかを、以前よりもすごく考えるようになりました」
コロナ禍でのSNSの発信は、大企業でも炎上することがある。ピューロランドではSNSの発信に際しては、細やかなチェック体制を構築しているという。
「投稿するものは『何月何日にこの内容でアップします』と伝えて、さまざまな部署と共有しています。テーマパークが出すべき内容なのかを、広報担当者以外の目線で関連部署にチェックしてもらうのが目的です。不愉快な投稿をしないのはもちろん、情報に間違いがないかをチェックする体制も作っています。著作権を預かる会社でもあるので、チェック機能は会社にも社員にも備わっていますね。
当社の場合は、星野源さんの動画『うちで踊ろう』とコラボさせていただきました。世の中の時流に乗るときは気を使って、何度も確認して、いろいろな人の意見を聞いた上で発信しています」