汎用性のある働き方改革の指針を示す
新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の流行をきっかけとして、多くの企業がにわかにリモートワークを取り入れた。しかし、うまくリモートワークを活用できた企業とできなかった企業の格差は大きく、コロナが収束した「アフターコロナ」の時代になっても、リモートワークがうまくいかず、淘汰されていく企業が少なからずあると予想される。
日本マイクロソフトは従業員2,400人超の大企業だが、コロナ禍以前にすでに、品川本社オフィスへの出社率がわずか1.7%と、ほぼ完全なリモートワークを実現していた。そのため、コロナが感染拡大していく環境下でもほとんど影響を受けることなく事業を継続できている。また2019年の夏には、他企業に先駆けて週休3日制を実施した。
これらの働き方改革は一朝一夕でできたわけではなく、およそ10年に及ぶ試行錯誤の成果として実現したものだ。本書は、こうした日本マイクロソフトにおける試みを詳しく検証することで、汎用性のある働き方改革の指針を示す内容となっている。
データを分析して個人の働き方を見える化
日本マイクロソフトでは、理想の働き方 (働き方改革) を実現するための前提として、社員の働き方をデータ化し、見える化した。そこで使われたのが自社ツールの「マイアナリティクス」と「ワークプレイスアナリティクス」だ。マイアナリティクスは個人の行動・働き方をデータ分析し、ワークプレイスアナリティクスは部門・チーム全体の働きを分析する。
具体的には、「この1週間に働いた時間」「出したメールの本数」「メール作成に使った時間」「相手は誰なのか」「そのメールはどのくらい開封されているか」「どの会議に、何時間参加したか」「社内での活動時間と社外での活動時間」「その週に交流した人数や相手の属性」「誰にも邪魔されない集中タイムがどれくらいあったか」などのデータを分析して個人の働き方を見える化した。
また、このデータを部門やチームに転換して、部門・チームとして「平均会議時間」「会議の参加人数」「上司が参加している会議の比率」「意思決定者が2階層以上参加している会議」「勤務時間外にどのくらいメールを読み書きしているか」「部門・チームのメンバーがどれくらい他部署の人や他社の人と交流しているか」など、部門・チームの特徴を見える化した。
さらに、こうしたデータをAIが分析し、個人や部門・チームにフィードバックすることで、行動特性や傾向の理解・気づきを促し、改善ポイントを発見させる。
これらは数字で表される定量評価だが、日本マイクロソフトでは数字で表せない定性評価も同様に重視している。例えば「MSポール」と呼ばれるアンケート調査を年1回実施。ここでは、日本マイクロソフトで働くうえで「何が必要か」「何が不満か」「何が楽しいか」など、仕事へのモチベーション、満足度、帰属意識、上司や仲間の印象、自身のキャリア形成といった定性的な面をデータ化し、定量データと組み合わせて分析している。
部下のキャリアに上司が積極的に関わる
本書では、そういったデータ分析の結果として得られた知見を28項目にわたって解説している。その一部を見てみよう。
「紙」は職場の生産性を下げる
日本マイクロソフトでは外部の顧客向けの資料を除けば、およそ9割のペーパーレス化を実現している。紙はリモートワークの足を引っ張るだけでなく、“鮮度”からも現実に対応できなくなっている。日本マイクロソフトでは原則すべての情報は社員にオープンになっており、誰でもリアルタイムにアクセスできるので、紙では最新データへの対応は難しい。
メールを中心としたコミュニケーションはもう古い
社外とのやり取りではメールが必要な場合も多いが、社内のコミュニケーションツールとしてはメールではなく「Microsoft Teams」のビジネスチャットの使用を積極的に推進している。ビジネスチャットはスピーディで情報共有しやすい。メールでは相手のメールボックスに情報が入るので、後からメンバーを追加した場合、データを転送して情報共有する必要があるが、ビジネスチャットなら、やり取りの履歴を見ればスムーズにキャッチアップできる。またメールの添付ファイルは面倒なだけでなく、セキュリティ面からも好ましくない。共有のストレージを用いることで、メールの添付は不要になる。
人数の多い会議は「生産性」も「やる気」も低下させる
大人数で長時間の会議は社員のモチベーションを下げ、組織に対する信頼性を失わせる。特に1時間を超える会議はほとんどの場合、有害無益だ。日本マイクロソフトでは会議は基本30分以内としている。これなら多少の延長があっても1時間以内で終わる。
会議は別に集まってやらなくてもいい
実会議をセットする場合は、場所取りや日程調整などのため、5日から1週間後くらいになることが多い。しかしリモート会議であれば、状況によっては、必要に応じてチャットの延長で実施できるので「今すぐ会議」も可能だ。参加人数分のスペースのある会議室をおさえる必要がなく、メンバーを増やすのも簡単なので、スピードとコラボが両立できる。
「部下のキャリア・マネジメント」は上司の仕事の一部
日本マイクロソフトでは部下のキャリアに上司が積極的に関わることになっている。そこにはこの会社を辞めた後のことも含まれるのがユニークだ。「この組織で自分はどのような経験を積めるのか」「この上司の下でどのようなスキルを身につけ、どのような成長ができるのか」そうしたキャリアパスが見えるからこそ、目の前の仕事にも前向きになれる。上司はそうした部下のキャリアについて十分な対話を行い、キャリアプランの中で今の仕事がどのような位置づけにあるのかを明確にする。
少しでも近づけるように今から準備する
日本マイクロソフトの働き方改革は実にユニークであり、ここまで実践できている企業はほとんど類を見ないだろう。他の企業が同様のことを行うのは不可能にさえ思える。
しかし、日本マイクロソフトが実現した働き方改革は、今後、大きな潮流となって行くことは間違いない。数年後には、あらゆる企業に求められるようになっていくだろう。したがって、本書を参考に少しでも日本マイクロソフトに近づけるように今から準備することは重要だ。
もちろん、製造業やサービス業ではまったく同じような働き方は不可能なので、そこでは別の工夫も必要になる。ただその場合でも、まずは現状を徹底的に分析することから始めるしかない。そのための方法も、本書から学ぶことが可能だと言える。