働き方改革や新型コロナウイルスの感染拡大などにより、日本のこれまでの組織やチームの働き方は変革を迫られている。しかし、依然として変われない企業は多い。原因はどこにあるのか。また、組織と個人がともにハッピー(幸福)になれる働き方はどのようにすれば実現できるのだろうか。
その答えを探ろうと、テレワークを推進するための研修やコンサルティングサービスを提供している環(東京都新宿区)でCHO(チーフ・ハピネス・オフィサー)として働き方改革を実践する椎野磨美氏と、『職場の問題地図』(技術評論社)『職場の科学』(文藝春秋)などの著書がある業務改善・オフィスコミュニケーション改善士の沢渡あまね氏に対談してもらった。2人が考える「組織のハッピー」に迫る。
組織に横串を通す「CHO」
――椎野さんは現在CHO(チーフハピネスオフィサー)の役職に就いています。CHOとはどんな役割なのですか。
椎野:日本だとまだ耳なれないですよね。CHOは、社員が働きやすいように、組織改革を実現するリーダーです。社員の幸せを向上させることで、企業を成長させる責任者なので、企業経営と社員の幸せの両方を考えて組織をデザインし、実現することが役割になります。
多くの場合、企業側は、ビジョンや理念に合う人を採用して、長く働いてほしいと考えます。社員も、その企業で働きたいと思って入社します。にもかかわらず、なぜ辞めていくのか――。離職理由の半数以上が、人間関係といわれています。
その根源には、思っていることをうまく伝えられないコミュニケーションの課題があります。例えば、あることを改善したら会社がもっとよくなると考えたとしても、伝え方1つでうまくいかないケースが多々あります。そのような場合、CHOとして、社員の思いを言語化し、可視化して、会社側に改善案を提言し、実現する役割を担っています。
――CHOの導入は海外の企業では広がっているのですか。
椎野:グーグルなど欧米の成長企業では、以前から導入されていて、その成果が公表されたことで、導入する企業が増えてきました。
ただ、このような海外のCHO導入効果や働き方の話をすると、何でも「外資系企業vs日系企業」という二項対立で考える風潮があることを危惧しています。そのような捉え方をしてしまうと、組織の問題の本質が見えづらくなると感じています。外資系企業やさまざまな規模の日本企業で働いてきた自身の経験から、CHOの導入には、「外資系vs日系」というよりも、組織の成長ステージが大きく関わっていると考えています。
企業が長く続くためには、組織に横串を通しながら動ける機能が必要です。例えば、筋トレやストレッチをしないと筋肉が硬直し、身体が硬くなりますよね。だんだん硬直化して動きが悪くなりつつあるのが、いまの日本かもしれません。
日本は「企業長寿大国」であり、世界と比べると、業歴の長い企業が多く、創業100年越えの企業も数多く存在します。
一方、グーグルは創業20年強、マイクロソフトは創業45年です。こうした企業(GAFAM)は、世界の長寿企業を研究することで、組織の成長ステージに合わせた筋トレができないと成長は難しいことに気付き、組織に横串を通して「自由に動くロールモデルは何だろう?」と考えることができます。そのようなプロセスの中で、社員の幸せは、企業の成長につながることに気付き、CHOという役割が生まれたのだと思います。
沢渡:今までの常識や仕組みを疑ってアップデートしていかないと、組織も、そこで働く人も、健全な成長はできないですよね。CHOの役割は世の中をアップデートするために生まれた機能だと思います。人事の色を残しながらも、人事でも総務でもなければ経営側でもないCHOは、既存の部門を横通しして物事を解決できそうですね。改革や変革、トランスフォーメーションといわれるものは既存の組織のままではなかなか実現できません。
製造業型モデルから抜け出せない日本
――日本企業の多くが働き方改革を進めているものの、いまだに大きな変革には至っていない気がします。この点をどのように見ていますか。
沢渡:組織としては変わっていない企業が多いと私も強く感じています。変われない理由は、日本の働き方やマネジメントの勝ちパターンが過去50年にわたって製造業型だったことで、そこから抜け出せないからです。
ものづくりの企業はトップや企画部門が言う通りにものをつくればよかった。加えて終身雇用制度ですから、会社に従っていれば60歳まで働けて、潤沢な年金ももらえて、老後も幸せに暮らせた。その結果、統制型の人事制度や評価制度が合理性を帯び、法制度もそれに合わせたものに最適化されました。
以前はその形が勝ちパターンだったので、それが全て悪かったとは言いません。しかし、そのモデルのまま続けてきて、現在の日本のものづくりがどういう状況にあるのかということですね。世界の時価総額ランキングの上位に入っているのはトヨタ自動車くらいです。いままでの方法は、現在では「負けモデル」かもしれない。真摯(しんし)に向き合い風穴をあけていく。もしくは、製造業型で勝てない領域は方法を変えていく覚悟が必要だと思います。
――組織が統制型から変わっていく今、どうして個人の幸せが大切なのでしょうか。また、組織全体を考えたときに個人の幸福とぶつかることはないのでしょうか。
椎野:組織が健全な状態であれば、本来は、ぶつからないはずです。まず、自分がどのような仕事をしているときに幸せを感じるのか、楽しいと感じるのか。そのことに意識を向けてほしいのです。
「組織が求める仕事」=「個人がやりたい仕事」=「個人ができる仕事」であれば、個人の幸せと組織の成長は両立します。組織と個人の期待値のすり合わせが大事です。
仕事には、クリエイティブな仕事(0を1にする仕事)と、ルーティンで回す仕事(1を10にする仕事)があって、どちらも必要ですよね。クリエイティブな仕事ばかりがフォーカスされてしまうことを懸念しているのは、仕事のイメージによるバイアスによって「適所適材」が実行されないことです。その人の特性を理解して配置すれば、ぶつかることはありません。
ゼロイチで何かを生み出すことが心地よいのか、それとも決まったことをミスなく繰り返す仕事が得意なのか。その人が得意な仕事、好きな仕事を考慮して働く環境を整えれば、組織として成り立ちます。ところが、多くの企業が、社員の得意な仕事や幸せを感じる仕事にフォーカスしないまま配置するから、うまくいかないのです。
――なぜそうなってしまうのでしょうか。
沢渡:先ほどの製造業型の統制も理由の1つです。もう1つの理由は、同調圧力ですね。同調圧力は「みんなと同じことをしなければならない」「逸脱は許されない」と全ての人を同じ価値観へと押し込める行為です。時代も、求められるものも、職種も変わってきているわけですから、これは問題ですね。
職場を変えるには「引き算」と「掛け算」が必要
椎野:私が以前勤めていた外資系の企業では「とにかく減らすことを第一に考えてください」と言われました。どうしても日本の企業は丁寧に進めるあまり、業務が増える傾向があります。引き算で業務を減らす。それを実現するのがITです。日本では技術で解決できるものが、技術によって解決されていないケースが散見されます。
「仕事を減らす」というと、自分の仕事を人に押しつけるケースも散見されますが、そうではなくて、相手の仕事も、自分の仕事も減らす観点でプロセスを考えることが必要だと言い続けています。
沢渡:私は引き算とともに、掛け算も必要だと感じています。引き算は別の言葉で言い表すなら、業務改善です。プロがプロの仕事にフルコミットできるように、無駄をなくしていく。アーティストが事務作業に追われてアートができないのでは本末転倒ですよね。そのために不要な仕事、減らせる仕事はどんどん減らして、自分の得意分野に専念できるようにするのが引き算です。
掛け算は、プロとプロが掛け合わせることによって、新たな価値を生んでいくコラボレーションです。その結果、イノベーションが生まれます。コロナ禍で発展したウーバーイーツは、物流の仕組みと食を、ITを使って掛け合わせることによって生まれた社会変革と言えます。
私は働く人にとっての幸せとは、「成長したいプロが、正しくプロの仕事に没頭して活躍できる」ことだと考えています。その結果、組織としても価値を出せれば、こんなに幸せなことはないですよね。
組織を短期間で改革する方法 困っている部署と新入社員の教育
椎野:沢渡さんのお話はイノベーションを生み出すときだけでなく、チームをつくるときも同じです。引き算と掛け算がポイントであり、マネジメントをする側にも、そのようなスキルが求められるのではないでしょうか。
沢渡:拙著『職場の科学』では、日本マイクロソフトを取材しました。米マイクロソフトは、経営のポリシーの1つにコラボレーションをうたっています。組織は大きく見れば会社、もっと大きく見れば国かもしれません。小さく見れば部署やチーム、あるいは個人です。それぞれが他者とコラボレーションしなければ、もう世の中の課題解決はできないことに日本マイクロソフトは気付いています。
その考え方を個人の業績評価や行動規範に落とし込み、コラボレーションを後押ししていました。椎野さんは以前勤めていましたから、ご存じですよね。
椎野:部門の壁がないと感じました。バーチャルチームと呼ばれるチームを組んで、顧客に提案をするのですが、どういうチームを組めば課題が一番早く解決できるのかを考えます。その際、自分が得意なことと苦手なことを言語化して、それぞれが得意なことだけに集中することで、成果を出すのです。
――椎野さんは前職の日本ビジネスシステムズ(以下、JBS)で、16年から社員が働きやすい環境づくりに取り組み、同社は1年後の17年にはVorkers(現OpenWork)の働き方改革成功企業ランキングに、初登場で22位に入りました。短期間に結果を出す組織をつくるためには何が必要なのでしょうか。
椎野:1年で結果を出せた理由は、どこにフォーカスすれば効果が出やすいかを考えて取り組んだからです。最初に取り組んだのは、社内で一番困っている部門と、新入社員へのアプローチです。
「同調圧力」に染まっていない新入社員に、不平不満を口にするのではなく、代替案を提案するコミュニケーションを研修で身に着けてもらいました。会社に対して不平不満を感じたとき、不平不満を言葉にするのではなく、その不満を改善するために会社への提言に変える方法です。
もちろん新入社員なので、いきなり部長や本部長に提言するのは難しいです。コミュニケーションの取り方の相談にのりながら、可能な場合は自分でマネジャーに提言する、問題が大きい場合は私が役員会に提案するといったことをしていました。これは現職でのCHOの役割と同じですね。その効果が自然に口コミで広がって、ランキング入りしたのだと考えています。ランキング入りのための施策をしていたわけではなかったので、ランクインしたときはとても驚きました。
毎日30分のワークショップで鍛えるスキル
――CHOの導入は、社員からの要望で実現できるのでしょうか。それとも、経営者の考え方次第でしょうか。
椎野:導入するには経営者の判断が必要だと思います。CHOのような部門や人がいれば、2000人規模の組織でも、かなりのスピードで変わることができました。組織を変革するために、現在CHOとして実践しているのは、毎朝30分のワークショップです。
――ワークショップはどのようなものですか。
椎野:ロジカルシンキングやクリティカルシンキングなど、ビジネススキルを上げるワークショップですね。オンラインでもできます。せっかくなので1つ紹介します。
紙とペンを用意していただいて、まず魚を描いてください。次に、丸を二つ描いて、その上に丸を描いてみてください。
沢渡:できました。パワーポイントで書いてみました。
椎野:沢渡さん、お上手ですね(笑)。沢渡さんもそうですが、みなさん魚を左向きに書いていますよね。なぜ、皆さんは左向きの魚を描いたのでしょうか? 私は、魚を描いてくださいとお伝えしただけです。これは、人間の脳が外部から情報を受け取り、自然に記憶していることに関わりがあります。日常生活において、焼き魚は左向きに置かれることが多いです。そのため、特別な指示を出さずに、魚を描いてくださいとお伝えすると、多くの方は左向きに描かれます。そして、魚というものを認知しているので、魚に見える絵を描くことができます。
でも、丸を二つ描いて、その上に丸を描いてくださいというと、人によってアウトプットが違ってきます。沢渡さんは二つの丸の上に重なるように丸を描きましたが、紙の上の部分に描く人もいるでしょう。つまりこれが、普段起きているコミュニケーションミス(意思疎通の齟齬(そご))です。
このようなワークショップを通して、なぜコミュニケーションミスや認識の齟齬が起きるのか、なぜ誤解が起きるのかについて、体験しながら理論を学び、各自の思考のクセやアンコンシャスバイアス(無意識のバイアス)を理解していきます。
沢渡:面白いですね。
椎野:みなさん学んでいる感覚はないものの、2カ月ほど繰り返していると効果が出てきます。今朝も参加したメンバーから、「今までは自分のつらいとか楽しいといった感情に目を向けていなかったけど、このワークショップによって自分の気持ちや体調を自分自身に訊いてあげるようになりました」と言われました。
個人の幸福度をどうあげていくか
――メンバーの幸福度や、心の状態を把握するための指標はあるのですか。
椎野:EQIと呼ばれる検査があります。日本では「心の知能指数」「感情知能」と訳されているEQの理論をもとにしたもので、自分の感情特性を行動面から測定することができます。
楽観的な人と悲観的な人を比べてみましょう。日本では楽観的な方がいいと思われがちですが、決してそうではありません。楽観的でミスを気にしない人は、同じミスを何度も繰り返すかもしれません。一方、悲観的な人は慎重に行動するので、ミスが少ないと考えられます。
EQIによって自分の感情特性を自分で知ることができます。いまの仕事が得意で、楽しいと感じている人は、そのまま変えなくてもいいでしょうし、自分の感情特性を理解したうえで、自分を変えたいと思う人には、自分を変えるためのアクションプランを一緒に作ってトレーニングをしています。
ただ、得意なことだけをしていては成長できませんので、私は70%を得意分野に、30%はチャレンジングなことに振り向けるようにアドバイスをしています。チャレンジは1%でもいいです。苦しかったらまた違うチャレンジをすればいい。会社の中でいろいろな仕事を経験して、チャレンジする分野を常に持ってもらうようにしています。
沢渡:椎野さんの取り組みは、一人一人のアイデンティティーを明確にする行為をサポートしているのかなと思います。
私が提案するのは、オープンに自分を出していくことです。私は日本のサラリーマンを「妖怪顔なし」だと言っています。月曜の朝に都心の駅に行くと、同じようなスーツを着た大勢の人が暗い顔をして歩いていますよね。一人一人の個性は見えません。これは統制型の社会、同調圧力社会が作った1つの闇ではないでしょうか。
コラボレーションするためには、掛け算で言えば「掛けられる人」になる必要があります。そのためには、一人一人が自分は何者かをオープンに発信していく、あるいはオープンな環境に出て行くことですね。
離職の原因はマネジャーのリスク管理不足
――会社や組織の幸福度を測る指標はありますか。
椎野:会社の場合は、分かりやすいのは離職率ですね。それと営業成績でしょうか。ある部門の組織改革に取り組んだとき、取り組み始めて2カ月で離職率がゼロになり、そのままキープしながら営業成績が伸びていきました。
――離職率が高い組織は、幸福度が低いと。
椎野:離職率が高い組織やチームは、管理職側のコミュニケーションスキルに加えて、感情を認識してマネジメントするEI(感情的知性)のスキルが足りないことに原因があると私は考えています。管理職に必要なのは、言葉の選び方と感情の察知能力ですね。
感情マネジメントについて、日本では非科学的と思われている方々もいらっしゃったのですが、17年のダボス会議で「2020年に必要なビジネススキル」の第6位にEIが登場したことで、ビジネスパーソンに必要なスキルとして再認識されました。感情マネジメントの重要性が、やっと日本にも広がり始めると、うれしく感じたことを覚えています。
メンバーの感情と、自分の感情がどういう状況にあるのかを把握することが、マネジメント職には求められます。海外の企業はもちろん、日本の企業でも、マネジメント職が検討されている人に対して、EIのスキルがあるかどうかを評価基準にしている会社もあります。
――それは衝撃的な話ですね。(感情をマネジメントする)アンガーマネジメントが必要だということでしょうか。
椎野:少なくともマネジメントする立場の方は、感情で怒ってはいけないですね。でも怒りたくなるときもあります。私も管理職になりたての頃は、自分が怒りそうだと思ったら、席を立って手を洗いに行っていました。まさに、クールダウンです(笑)。自分を落ち着かせるためのアクションを自分で決めて、それを習慣づければ、自然に抑えられるようになります。これはトレーニングなので、誰にでもできることです。
それと、日本によく見られる、上司には「さん」を付けるけれども、メンバーには呼び捨てというのも止めましょうと言っています。全員「さん」付けですね。人としてフラットなのがベースだと思っています。
私自身、部下、上司という言葉が好きではないので極力使いません。管理職は、役割としてマネジメントをするのであって、人対人として常にフラットでありたいと思っています。
働き方の格差はコロナ禍で広がる
――新型コロナウイルスの感染拡大が、職場や個人の働き方に与えた影響は大きいと思います。今後、組織や個人の幸せに、どんな変化が起きるのでしょうか。
沢渡:近未来を予測すると、働き方とビジネスモデルの格差は、大きく開くと思っています。リモートワークだけが全てと言うわけではありません。しかし、リモートワークを体験したことで、場所に関係なく仕事はできて、より幅広く人とコラボレーションができると気付いた会社とそうでない会社の差は、今でも広がっています。
オンラインで顧客やメンバーとつながってコラボレーションできる会社と、そうでない会社とでは、間違いなく差がつきますよね。私は半年近く浜松市に住んで仕事をしていますが、全国の方々と仕事をする上で、何の不便も感じていません。オンラインでつながって仕事ができますから。先月は、札幌で開催された講演会にオンラインで登壇し、今月は滋賀県で開催されるセミナーにオンラインで登壇します。
椎野:もう差がついていますよね。メンバーにリモートワーク主体か、オフィス勤務か、好きな方を選んでくださいという企業は、実際に増えています。やはり選べる環境がある会社にいきたいと思う人が、増えていくのではないでしょうか。