悪いニュースを伝える手順
ご承知のとおり、私たちは新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の影響下にあり、いまだに深い森の中から抜け出せずにいる。また、エコノミストや歴史学者たちは、不況の長期化を訴えている。理由は、多くの企業が従業員の解雇、予算の削減・凍結、昇給・昇格の見送りなど、コストカットの施策を打ち続けているからだ。ニューヨーク市でさえ、労働者の解雇を余儀なくされるかもしれない。
このような状況のなか、会社組織のリーダー層は、解雇や昇給・昇格の見送り、予算カット、プロジェクトの中止といった悪い知らせ(以下、これらを総称して「悪いニュース」と呼ぶ」)を部下たちに伝えざるを得なくなるおそれが強い。
言うまでもなく、悪いニュースをそのままストレートに伝えると、相手の痛みは増す。だからといって、ニュースをオブラートに包むと、事実が相手に正しく伝わらず、無駄な希望を持たせてしまうリスクがある。
では、どうするのが正解なのか──。答えはシンプルだ。思いやりを込めつつ、ストレートに悪いニュースを伝えることである。そのための有効な対話の手順が「SPIKES」である。SPIKESは、医学関係者のチームによって開発されたものだ。患者に対して、末期のがんを告知するときなど、患者との難しい対話を正しい方向へ導くための手順としてまとめられている。
解雇や予算カットの知らせを受けるつらさは、生命にかかわる病気と闘うのに比べれば小さいだろう。だが、悪いニュースを伝える場面において、SPIKESはビジネスの領域でも使える手法と言える。
SPIKESの手順を知る
SPIKESが開発されたきっかけは、患者と医師とのコミュニケーションに関する一連の研究結果だったとされている。その研究結果をまとめて言えば、「患者の心に寄り添った医師の思慮深いコミュニケーションは、患者の苦痛を軽減する効果があるが、ほとんどの医師がそうしたコミュニケーションに関して未熟だと感じている」というものだ。
この結果は一般的な会社組織においても同様に当てはまる。部下の心に寄り添い、部下の感情に共感できるマネージャーは、話しにくいことを部下にうまく伝えることができる。ところが「部下に共感する」というトレーニングは、マネージャー育成の教育プログラムには組み込まれてこなかった(少なくとも米国では)。
そこでSPIKESを学ぶことで、この未熟さを補うことが可能になる。ということで、SPIKESの手順についてステップ・バイ・ステップの形式で簡単に紹介していきたい。
手順1:「対話」をセット(Set)する
ここでまず留意すべきは、悪いニュースは必ず「対話」(対面でのコミュニケーション)を通じて相手に伝えるべきということだ。言い換えれば、メールで悪いニュースを伝えるようなことは絶対にしてはならないのである。
また、対話を「セットする」という準備作業の中には、対話の場所や時間を設定するだけではなく、悪いニュースを伝える相手との想定問答を、時間をかけて練っておく作業も含まれている。具体的には、自分が伝えようとしているニュースを相手に伝えたときに、相手がどのように反応し、どういった質問をしてくるかを予想し、回答を用意しておくのである。
対話の場所については、相手のプライバシーが守れる場所 ── 例えば、ドアが閉められる社内の個室や会議室などが理想と言える。とはいえ時節柄、話す相手と物理的に同じ部屋に集まれない場合もある。そのような場合にはビデオ会議で対話を行うようにする。
いずれにせよ、ここで大切なのは、腰を下ろして相手と直接向き合える場所を選ぶことだ。これにより、あなたがこの仕事を急いで片付けようとしているのではないということを知らせる。
併せて、相手が今のあなたにとって世界で最も重要な人物であることを知らせることも大切である。したがって対話の場では、スマートフォン・携帯電話の電源は必ず切り、かつ手元に絶対に置かないようにすることが肝心である。
手順2:状況に対する相手の認識(Perception)を確認する
自分の予期せぬタイミングで上司から呼び出され、マンツーマンのミーティングに臨んだ場合、大抵の部下は神経質になる。このとき上司が行うべきことは、部下たちがどの程度まで、自分の置かれた状況を認識しているかの確認である。この確認によって、部下に話す内容を調整しながら、状況に対する互いの理解を共通化することが可能になる。
状況に対する部下の理解・認識をチェックする際には、「今年度の予算について、何か耳にしていますか?」「会社の最近の決算レポートや業績見通しをチェックしましたか?」といった質問を投じる。こうして、現状に対する部下の正しい理解・認識を確立したうえで、対話を本題へと進めることが大切である。
手順3:相手に耳を傾けてもらうよう促す(Invite)
あなたが必ず伝えるべきことの一つは、相手には、あなたが伝える情報を「聞かない」という選択肢は与えられていないということだ。とはいえ、情報の詳細については、その場ですぐに知りたいかどうかの選択権を相手に与えることができる。例えば、以下のような具合である。
「おそらく、これがどういうことなのか、疑問に感じているでしょう。経緯を今、詳しく聞きたいですか? それとも話の要点に進んだ方が良いですか?」
ここで仮に、相手が経緯の説明は不要でスキップしたいと望んだ場合でも、いつでも別途共有する意志があることを伝えておく。
手順4:事実を正しく伝え、知識(Knowledge)を与える
ついに相手に本題(つまりは、悪いニュース)を伝える。ここで何よりも大切なのは、わかりやすい自然な口語(話し言葉)で、ストレートに事実を伝えることだ。
実際、相手が解雇されようとしているときに、「ライトサイジング(=企業サイズの適正化)」などといった、メディアやコンサルタントが好んで使うようなワードを用いて情報を伝えるのはもってのほかで、相手への敬意がなさすぎる。同様に、自分の関わるプロジェクトに必死に取り組んできた部下に対して、比喩表現でプロジェクトの中止を伝えるのも推奨されない。
また、この対話は決定の真価について議論する場ではないことにも留意しなければならない。あなたが上層部の決定に対して不本意だと感じていても、その考えは自分の中に留めておくべきである。不確かでいい加減な情報で、相手の混乱を招いたり、誤った希望を与えたりしないようにすることが重要なのである。
さらに、会社の決定について、その意思決定のプロセスを可能な限りオープンにすることも忘れてはならない。つまり、当該の決定に誰が関与し、他にどのような選択肢が検討され、なぜ、この最終結論に至ったのかを明確に伝えるということである。
手順5:相手に共感し(Empathize)、想いを受け止める
悪いニュースを伝えたのちには、伝えられた側はおそらく相当のショックを受け、会社への不信感を露(あら)わにし、場合によっては涙するかもしれない。ゆえに、彼らのさまざまな感情の動きを受け止めるスペースを設けておくことが大切である。そして、彼らが自分の感情や気持ちを表現できるよう、以下のような言葉で導いていく。
「もし、今の気持ちや不安を共有する相手が必要なら、私で良ければお話を伺います。」
そして相手の話に耳を傾け、聞き終えたときには必ず、彼らの話を自分がしっかりと聞いていることを明示する。具体的には、次のような形で相手の気持ちを受け止めたことを言葉にする。
「こんな話は聞きたくなかったことは十分に理解しています。」
「今後ご家族を養っていくにあたり不安な理由もわかりました。」
「昇進の見通しについて心配されているのも、よくわかりました。」
相手の言葉に耳を傾け、理解を伝えることで相手の感情の高ぶりは少しずつおさまっていく。そして、相手が冷静さを取り戻し、次のステップについて話し合うのに十分なレベルになるまで、対話を続けていくのである。
手順6:対話をまとめる(Summarize)
悪いニュースを伝えた後、相手の取り組みを支援できれば、お互いの精神状態がともに改善されるスピードが早まる可能性がある。このように言うと、例えば解雇の場合、あなたは履歴書作りの手伝いや、知り合いの採用担当者への紹介を申し出るかもしれない。それは決して間違いではないが、その前に相手との対話をサマライズして、次に踏むべきステップをしっかりと確認しておくことを忘れてはならない。
必要に応じて、相手に対応してもらうべき手続きをお願いした後に、「先ほども言ったように今後のキャリアについて、もし私に相談があれば、遠慮なく連絡をください。コーヒーでも飲みながら話しましょう」などと伝える。
一方、チーム予算の削減やプロジェクトの中止を部下たちに伝えた際には、部下たちがニュースを消化できるよう1日程度の時間を置く。のちにチームで集まり、自分たちが前に進むための最善の方法についての考えを尋ねていくのである。
悪いニュースほど早く伝える
チームのリーダーは、チームのメンバーを守ることと上層部の決定に従うことの狭間で悩まされることが多い。例えば、チームリーダーとしての自分は、部下であるメンバーを守ることを第一に考えたい。ところが、チームリーダーは、会社組織のミドルマネージャーでもあり、会社の利益を守ることにも責任の一端を背負っている。それゆえに、経営幹部の決定にはなかなかあらがえないのである。
そうした中で、チームが力を注ぐプロジェクトの中止やチーム予算の削減、さらには人員整理など、チームの存在意義はもとより、自身の存在意義をも否定されるような指示が上層部から降りてきた場合、自分の気持ちを整理するだけでも一定の時間がかかるのが当たり前である。そして、それらの悪いニュースを現場に伝えるタイミングを可能なかぎり後ろ倒しにしたいと思うのが人として自然な反応と言える。
また、自分に上層部の決定を覆すだけの力がなく、そうできる自信もなく、かつ、チームのメンバーを救う有効な手だても講じられない場合、上層部の決定を下に伝えるメッセンジャーの役割しか演じることができない。そうした自身の無力さに部下の批判が集中することをおそれるあまり、悪いニュースをなかなか部下に伝えられなくなるのも、よくあるケースだ。
ところが皮肉なことに、悪い知らせを遅らせれば遅らせるほど、部下たちのリーダーへの信頼は低下していく。自分の上司がなかなか悪いニュースを自分たちに伝えようとしないとすれば、上司の行動に対して、より強い不信感を募らせることになる。
実のところ、部下たちにとっての悪いニュースは、可能な限り早い段階でオープンにしたほうが、部下たちは、それに対処する時間を長くとれるので助かることになる。要するに、例えば、自分が解雇されることを早い段階で知っていれば、次の職を探すアクションも早期にとれるというわけだ。
こうしたことから、大多数のビジネスパーソンは、自分にとっての悪いニュースは、できるだけ早く、簡単な方法で受け取りたいと願っている。そうであるにもかかわらず、悪いニュースを部下たちに伝えるのをためらうのは、リーダーのエゴであり、保身でしかない。その意味でも、悪いニュースを早い段階で部下に伝えることはリーダー本来の仕事であり、責務であると言えるのである。
皆さんも、両親や祖父母にこう言われたことがあるはずである。「バンドエイドをはがすときは、一気に“ビリっ”とやらないとかえって痛いよ」と。そう、やりたくないコトは覚悟を決めて、一気に始めるのが一番。それは悪いニュースを伝えるときも一緒である。そしてそれは、周囲の誰もが望んでいることなのである。