マイクロソフトやGAFA、さらには中国のテクノロジーカンパニーが成長・発展を遂げ、世界の時価総額ランキングで上位を占めるなか、日本の企業は30位内に1社もランクされない状況が続いている。その背景には、日本企業の多くに見られるIT軽視の姿勢や変化を嫌う体質があるとされている。

以下、テクノロジーによる企業・社会の変革を支援するTably代表取締役で、話題の書籍『ソフトウェア・ファースト』の著者としても知られる及川卓也氏に、日本企業が再び国際競争力を取り戻すための方策について聞いた。

画像: 及川卓也(おいかわ たくや) Tably創設者兼代表取締役。早稲田大学理工学部卒業後、1988年にDEC(Digital Equipment Corporation)日本法人に入社。営業サポート、ソフトウェア開発、研究開発に従事したのち、マイクロソフトで日本語/韓国語版Windowsの開発を指揮し、2006年に入社したGoogleでは、GoogleニュースのプロダクトマネジャーやGoogle Chrome/日本語入力システムのエンジニアリングマネジャーを務めた。その後、独立し、19年1月にテクノロジーによる企業・社会の変革を支援するTablyを設立

及川卓也(おいかわ たくや)
Tably創設者兼代表取締役。早稲田大学理工学部卒業後、1988年にDEC(Digital Equipment Corporation)日本法人に入社。営業サポート、ソフトウェア開発、研究開発に従事したのち、マイクロソフトで日本語/韓国語版Windowsの開発を指揮し、2006年に入社したGoogleでは、GoogleニュースのプロダクトマネジャーやGoogle Chrome/日本語入力システムのエンジニアリングマネジャーを務めた。その後、独立し、19年1月にテクノロジーによる企業・社会の変革を支援するTablyを設立

ITの進化・発展と日本の現在地

及川氏に話を聞く前に、まずはITの進化・発展と日本の経済・国際競争力との関係について確認しておきたい。

1990年代、Windows OSの進化とPCの低価格化によって、PCの普及が一挙に進み、併せてインターネットの利用が活発化した。2000年代にはインターネットの時代が本格的に到来。アマゾン、グーグルなどのeコマースやWebサービスの事業者が新たな市場を形成し始め、2000年代後半のスマートフォンの登場と移動体通信システムの進化によって、インターネット利用者の裾野は爆発的に拡大した。いまや世界の数十億人がインターネットを通じて互いの情報や体験を当たり前のように共有する時代になっている。

こうした時代の変化の中で、米国ではマイクロソフトやアップル、アマゾン、グーグル、フェイスブックなどのテクノロジーカンパニーが成長を続け、時価総額で世界屈指の企業へと上り詰めている。そんなテクノロジーカンパニーの躍進もあり、2000年以降、米国では、(2008年のリーマンショックの影響で2009年はマイナス成長を余技なくされたものの)実質GDPの年間成長率で2%台をキープ。2009年から2019年にかけても年平均1.9%の成長率を維持している(国際通貨基金のデータによる/2019年は予測値)。

かたや、日本は2000年以降、実質GDPの年平均成長率が1%弱にとどまり、米国との差は広がる一方となった。2000年当時は米国のGDPは日本の3.3倍程度だったが、現在は4倍強へと拡大している。

実のところ、主要先進国(G7)の中で2000年以降、1%弱の低成長を続けているのは日本とイタリアの2カ国しかない。そうした日本の状況は、テクノロジーカンパニーが躍動し、ハイペースで経済成長を続けてきたアジア諸国──例えば、中国やシンガポール、韓国、台湾などとは対照的とされている(図1)。

画像: 図1:2000年~19年における実質GDPの年平均成長率(%)(資料:国際通貨基金(IMF)のデータを基に編集部で作成/2019年の実質GDPの成長率はIMFの予測値)

図1:2000年~19年における実質GDPの年平均成長率(%)(資料:国際通貨基金(IMF)のデータを基に編集部で作成/2019年の実質GDPの成長率はIMFの予測値)

こうした日本に対する世界の評価は芳(かんば)しくなく、スイスの国際的なビジネススクール、IMDの「IMD World Competitiveness Center」が発表した「IMD World Competitiveness Ranking 2019」によると、日本の国際競争力は世界で30番目だという。同じく世界デジタル競争力ランキング「IMD World Digital Competitiveness Ranking 2019」によれば、日本の順位は世界23位で、1位の米国や2位のシンガポール、3位のスウェーデンに大きく水を開けられているほか、韓国、台湾、中国の後塵を拝している。

このような日本の状況に警鐘を鳴らし、ITによるビジネス変革の必要性を強く訴えているのが、Tably代表取締役で、書籍『ソフトウェア・ファースト』(日経BP)の著者でもある及川 卓也氏だ。同氏は、IT革新のうねりを巻き起こしながら、巨大企業への階段を駆け上がったマイクロソフトとグーグルでソフトウェアエンジニアリングのマネジャーとして活躍し、現在は、テクノロジー(IT)による企業・社会の変革を支援している。そんな及川氏に、日本企業がこれからのデジタル時代を生き抜くすべについて話を聞く。

継続的イノベーションはもはや通用しない

――時価総額の世界ランキングなど、世界のさまざまなデータを見ると、インターネットをはじめとするITの進化・発展・普及と反比例するように、日本企業の国際競争力が落ちていったような印象すら受けます。まずは、この点から及川さんの見解をお聞きしたいのですが。

及川氏(以下、敬称略):そのような印象を受けるのは、日本の多くの企業が、ITを競争力の源泉として見なさず、ITによるビジネスモデルの変革やディスラプト(創造的破壊)に真剣に取り組もうとしてこなかったからだと思います。

――それはどういうことですか?

及川:日本の企業は伝統的に、過去に成功した事業やビジネスモデルを改革・改善し、競争力を維持するのが巧みで、そうした「持続的イノベーション」の繰り返しによって、世の中の変化に対応してきたと言えます。

ところが、ITが引き起こすイノベーションというのは、旧来のビジネスモデルや産業の構造、市場における主戦場を一変させるもので、過去30年間、そうした「破壊的イノベーション」が、ITの進化と発展、普及によってさまざまに巻き起こってきました。そのような状況下では、日本企業が得意とする持続的イノベーションの手法は通用しません。ところが、日本企業の多くが、持続的イノベーションの手法を変えようせず、結果として、国際競争力を失っていったと見ています。

――言い換えれば、ITによるビジネス変革に挑もうとしなかったことが、国際競争力を落とした主因であると。

及川氏:そう考えています。実際、時価総額の世界ランキングにしても、30年前と今とでは上位の顔ぶれが大きく異なります。これは、ITによって産業の構造やビジネスモデルが大きく変化したことの一つの表れです。つまり、ITの力を巧みに取り込み、自らを進化させた企業が大きく成長し、それができていない、あるいは、できなかった企業が市場での地位を失っていったということです。

全ては経営トップの意識改革から始まる

――バブル崩壊直前までは世界の時価総額ランキングの上位に日本企業が多く含まれていたと記憶しています。それが、いまではランキング30位内に一社もいないような状態です。だとすると、過去30年間、ほとんどの日本企業がITによる進化を果たせずにきたと言えますが、原因はどこにあるとお考えですか。

及川:進化は「変化」です。その変化を嫌う、あるいは恐れる意識が強かったことが、日本企業が進化できなかった大きな理由の一つだと思います。

――そのような保守的な意識を変えられなかった要因はどこにあるのでしょうか。

及川:要因の一つは、終身雇用や年功序列、労使協調といった日本の人事制度にあると見ています。終身雇用制度はすでに崩壊しつつありますが、これまでの30年間を見ると、日本企業──特に規模の大きな会社組織に入ると、その会社で定年まで勤めあげようとする意識が強く働いていたように感じます。そうした意識があると、どうしても、失敗をキャリアの終わりまで引きずるのを恐れて、変革にブレーキをかけようとしてしまうわけです。

――とすると、人事制度も含めて、組織やチームの文化を変えていかなければならないわけですね。それには、経営トップがまずは意識を変えることが不可欠なように思えますが。

及川:おっしゃる通りです。ITによる企業の変革は、経営トップが主導するもので、それには、経営トップが変革に対する意志を強く持つことと、ITに対する理解を深めて、リテラシーを向上させることが必要です。

例えば、スカイマーク代表取締役会長の佐山展生氏は、ITによるビジネス変革をリードするために「Ruby」と呼ばれるプログラミング言語を自ら学び、ソフトウェアに関するリテラシーを向上させました。

もちろん、経営者がソフトウェア開発者になる必要はありません。ただし、大切なのは、ソフトウェアとは何であり、どのようにして作られ、機能し、リリースされ、利用者に使われるかを知ることです。そうしたリテラシーがないと、ITによるビジネス変革は推進できません。しかも、経営トップが自らITを学ぶ姿勢は、『自分たちは変わらなければならない』という強いメッセージを社内に発信することになるのです。

ミドルマネジメントのマネジメントスキルを磨く

――トップの意志を受けて変革を推進するのはミドルマネジメントや現場のリーダーの役割だと思います。となれば、この層の意識改革やスキルアップも重要となりますね。

及川:もちろんです。特に大切なのは、ミドルマネジメント層のマネジメントスキルの習得だと思います。マイクロソフトやグーグルでは、マネジャー教育を徹底して行いますが、それは、プレイヤーとしてどんなに優れた人材でも、組織をリードするスキルや部下を成長させるコーチングスキルは学習しなければ身につかないためです。

日本企業でも管理職向けにマネジャー研修の制度を持つ組織が多くありますが、内容がスキルを身に付けるためには十分でなかったり形骸化してしまっていたりすることが多々あります。組織力・チーム力を一層高めたいと考えるなら、実務でも機能するようなマネジメントスキルを身に付ける研修を実施すべきですし、ミドルマネジャーも自らのマネジメントスキルの向上に励むべきだと思います。

――先ほどおっしゃられた人事制度という点では、具体的にどのような変革が必要だと見ていますか。

及川:一口に言えば、挑戦を促す文化、会社と従業員がともに成長していく文化を醸成する採用・育成・評価の制度づくりだと思います。

企業には、自社の社員にこうなってほしいという理想の人物像があり、職種ごとでも、理想の人物像があるはずです。その2つの理想像を重ね合わせたものが、採用・評価の基準となり、その基準とのギャップを個々人に気付かせるのが評価であり、フィードバックです。

また、ギャップを埋める手助けをするのが教育・育成となるわけです。その制度の中で、挑戦しない人、成長しない人には厳しいフィードバックを与えることが大切ですし、上司に対しても部下からのフィードバックを与え、マネジャーとしてのスキルアップを促すようにすることが重要だと思います。決して企業から社員へ押し付けるような一方向の形になってはいけません。

そうではなく、部下の側も上司の仕事の成功を応援するようになるのが理想です。なぜならチーム全体が事業全体に貢献して成功できれば、部下自身も組織から評価され、さらに面白い仕事ができるようになるからです。ひいては企業全体にとってもメリットになります。このようなポジティブな循環は、望ましい組織の理想像だと思います。

――上司と部下が互いにフィードバックを出し合い、高め合うには、両者間での信頼関係が不可欠なように思えますが。

及川:その通りです。そのうえで、互いのためになる、あるいは、組織のためになると思うことなら、何でも言い合える心理的安全性が確保されていることが必要とされるわけです。とはいえ、場合によっては、優秀な人材が、傲慢で強権的な上司の下に配属されてしまうこともあるでしょう。そのような上司に、優れた人材がつぶされてしまうのでは企業としては損失です。

ですので、プロ野球のFA(=フリーエージェント、どの球団とも選手契約を締結できる権利を有する選手)制度ではないですが、優秀な人材には部署異動の自由を与えることも大切だと思います。

画像: ミドルマネジメントのマネジメントスキルを磨く

学び、視野を押し広げる

――ITを戦略的に使うことの重要性は、かなり前から指摘されてきたと思います。それでもなぜ、日本の経営層におけるITへの理解は深まらなかったのでしょうか。

及川:日本の場合、IT企業以外の会社の経営陣に、ITの専門職者やソフトウェア開発の経験者が入ることは少なかったと言えます。これを言い換えれば、日本の大多数の経営幹部にとって、ITは自分の専門外のテクノロジーであり、それを理由に理解を放棄してきたように思えます。それゆえに、ソフトウェアで自社の製品が成り立つ時代になっても、事業や事業の成長がITによって支えられる時代がきても、ソフトウェアやITの重要性に気付けなかったのではないでしょうか。

――確かに、IT・ソフトウェアのことが分からないとする経営陣が大多数です。これでは、経営者が周囲を見渡すだけでは、なかなか問題の本質に気付けませんね。

及川:おっしゃる通りです。自社の役員をITやソフトウェアのことが分からない人だけで固めて、経営者仲間にもそうした人しかいないのであれば、IT・ソフトウェアに対する自分の理解不足が自社の将来にとっていかに危ういことなのかが見えてきません。

一方で、世の中はすでに、IT・ソフトウェアを戦略的に活用できない企業は生き残れない時代へと突入しています。ですから、IT・ソフトウェアが理解できない経営幹部は、本来的には会社の経営から身を引くべきなのですが、日本の場合、なぜか株主もそれを要求しません。そう考えると、日本社会全体がITのこと、ソフトウェアのことをあまり深く理解しておらず、そこに問題の本質があるようにも感じます。

――だとすると、日本のIT企業にも責任の一端があるように思えます。なかでも、SIerは、日本企業の情報化を担ってきたわけですし、世の中の変化を正しく伝える立場にあったと思うのですが。

及川:その意味では、日本のSIerにも自己変革が必要とされていると言えます。これまで、日本のSIerは、企業からソフトウェア開発の委託を受けて、注文通りのソフトウェアを作り上げることを本業としてきました。

ところが、昨今のビジネス競争では、IT・ソフトウェアを使った新しいサービスをスピーディーに開発し、市場に投入して、顧客の反応に応じて改革・改善を速やかに繰り返していかなければなりません。つまり、企業には、ソフトウェア開発を外部に委託している時間的なゆとりはなく、ソフトウェアを内製し、競争力の源泉として内に取り込むことが求められているわけです。

その変化の中では、SIerも、企業から言われた通りのモノを作るという従来型のビジネスモデルから脱却して、新しい価値を顧客に提供していくことが必要です。それは簡単な取り組みではないかもしれませんが、優れたSIerはすでに変革に取り組み始めています。SIerで働くソフトウェアエンジニアの一人ひとりは優秀ですから、不可能なことではないと思います。

――加えて、世界に向けて視野を広げることも大切ではないですか。日本企業のマネジメント層は、GAFAやマイクロソフトをはじめとするシリコンバレーのテクノロジーカンパニーのすごさは知っていても、それ以外の国や地域で、ITの戦略活用やDXが日本の先をいっていることはあまりご存じでないように思いますが。

及川:確かに、世界に目を向けることは大切です。例えば、IT・ソフトウェアに関する技術力・活用力では、隣国の韓国や中国の企業のほうが、日本よりも間違いなく上です。

――そのことを示す具体例を教えていただけますか。

及川:例は数多くありますが、分かりやすい例を挙げれば、中国企業が開発したスマートフォン用のゲームアプリ『荒野行動』やモバイル向けショートムービープラットフォームアプリ『TikTok』のすごさです。

あれだけの膨大なアクセスをさばきながら、メインの機能をしっかりと提供できるソフトウェアは、いまの日本企業ではまず作れないはずです。そのことは、ソフトウェア開発に携わった経験のある日本のエンジニアなら、誰でもすぐに分かります。

しかも、中国で注目すべきは、こうしたサービスを生む、あるいは育む基盤が、すでに出来上がっているということです。同国では、電子マネーの基盤が整備され、さまざまな企業が電子決済の部分はその基盤に委ねながら、自分たちの着想をソフトウェアにして自国内の10億人を相手にビジネスをしかけることができます。

もちろん、当初は失敗の連続でしょうし、これまでもそうした失敗が多く散見されました。ただし、そうした失敗も糧にしながら、思考錯誤を繰り返し、成功を収めたときには、一気に世界に打って出ることができるわけです。

このように、IT・ソフトウェアの技術力・活用力という観点から、世界に目を向けると、明らかに自分たちよりも優れている国や地域、企業が見つかります。そして、それぞれの技術力・活用力がなぜ生まれているのかを見定めることで、自分たちがこれから成すべきことが見えてくるはずです。

そのうえで、失敗を恐れずに変革に挑み、世界に挑む意志と勇気を持てば、日本企業は必ず、競争力を取り戻せると信じています。日本のソフトウェアエンジニア一人ひとりは、優秀ですから。

画像: 学び、視野を押し広げる

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