著者 :武井 浩三
出版社 :大和書房
出版年月日:2019/3/20
失敗から学んだ“管理しない経営”の手法を解説
本書の著者、武井浩三氏は、不動産業界向けにITソリューションを展開するダイヤモンドメディア社の創業者兼代表取締役である。
ダイヤモンドメディア社は、組織を細分化し、従業員の自律的な判断と行動にすべてを任せる「ホラクラシー経営」(管理しない経営)で成長を遂げたことで知られる。
同社の組織はフラットでオープン。組織階層上の上下関係はなく、自分の肩書は従業員が自ら決められる。財務や給与情報、意思決定プロセスなど、企業情報のすべてが全従業員に公開されている。また、従業員は、働く時間、場所、休みを自分で決めることができ、起業・副業が奨励され、オフィススペースでは従業員と外部の人材とのコワーキングも自由に展開することができる。個々人の給与は、会社や成績で決まるのではなく、所属組織のメンバー全員の話し合いと相場によって決まり、チームのリーダー役を誰が演じるかはもとより、役員までもが従業員の投票で決められるという。
本書では、かつての常識ではありえないような、この経営スタイルを軌道に乗せるまでの著者の失敗(起業・経営の失敗)や苦闘の歴史を導入部にしながら、“管理せずに組織を育てる”ための手法や管理されない組織での働き方が、「お金・情報(第2章)」「責任・権限(3章)」「計画・実行(4章)」「多様性(5章)」「コミュニティ(第6章)」という5つのテーマで解説されている。
成長企業の間では、組織のパフォーマンスを高める手法として、フラット、オープン、働き方のダイバーシティ(多様性)を指向するのが一般的になりつつある。ただし、ダイヤモンドメディア社ほど、“非管理”や“情報の透明性”を徹底しながら、成功を収めているところは少ないように思える。ホラクラシー経営が、全ての業種・業態の組織に有効とは限らないものの、本書の記述を読むと、この経営が、組織や個人の持続的な成長を促すうえで、理にかなった方法の一つであることが分かるはずである。
管理されるよりもよほど厳しい!?
本書の説得力は、ダイヤモンドメディア社が直面した「管理しない経営」の問題点を起点に、「管理しない経営のあるべき姿」が語られている点にある。
著者はダイヤモンドメディア社の創業当初から、「自然の摂理に則った経営」を理想とし、可能なかぎり人の行動を管理せず、個々人の自主性にすべてを委ねるスタイルで組織を運営していた。ところが、その「管理しない経営」がうまく機能せず、創業からの数年間、「いつまでたっても結論にたどりつけない」「外部から“楽な会社”と勘違いされ、人材採用の失敗を繰り返す」「従業員同士の話し合いによる給与決定の手法があだとなり、給与バブルが始まる」「一部の社員の頑張りに全体が頼ろうとする」といったさまざまな問題が浮上したようだ。
このような問題をどのような方法によって解決し、「管理しない経営」を機能させるようにしたのか、また、それによってどんな働き方が実現されたのかが、本書の第2章~第6章を通じて紹介されている。
その記述内容が本書のキモであるので、詳しくはお読みいただきたいが、ポイントの一つは、情報の公開によって、組織の動きに一種の統制をかけている点にある。著者は、先に触れたような問題を解決する一手として、組織をより効率的に運営するためのシステムを京セラのアメーバー経営などをベースに作り上げた。より具体的には、部門・部署ごとの月次のお金の出入りや労働時間、労働生産性を全社員に開示するようにしたのである。
結果、個々人の経営意識が高まり、組織での意思決定のスピードも上がったという。また、給与バブルの発生も、財務状況の開示と相場という客観的なデータを使うことで制御できるようになったようだ。
このようなダイヤモンドメディア社の経営手法や従業員の働き方を読み進めていくと、おそらく多くの方が、この会社で働くことの厳しさに気づかれるに違いない。
例えば、「働き方がまったく管理されない」というのは、自由ですばらしいことだが、相応の能力を持つ人以外、決して楽な働き方ではない。実際、現実の数字を見ながら、自らの働き方を自ら決めて、結果につなげる難度は高く、相応の現場勘と自分の能力に対する理解がなければ実現は難しいと言える。
また、命令されて動く必要がないということは、仕事に対する憤懣は自分の中で消化するしかなく、それがフラストレーションなる恐れもある。さらに、本書内でも言及されているが、自分の労働生産性が全て公開される中で、周囲に実力を認めてもらう働きをするというのも、かなりシビアで、仕事に対する情熱や会社や同僚に対する愛情を持っていないと、すぐに耐えられなくなる可能性がある。したがって、もし、伝統的な組織の中で管理されること、命令されて動くことに慣れている方が、ダイヤモンドメディア社に入社したとすれば、一定のスキルを持っていたとしても、カルチャーギャップと想像以上の厳しさに戸惑い、管理されていた過去に戻りたくなるかもしれない。
その意味で、ダイヤモンドメディア社に身を置くことで、厳しい現実の中で生き抜く実力は確実に高められるとも言える。そう考えれば、組織力強化の一手として、ダイヤモンドメディア社の「管理しない経営」の手法は大いに参考になるのではないだろうか。