アトラシアン本社の情報サイト『WORK LIFE』から新着コラム。今回はアトラシアンのデザインチームで働くベン・クロサーズ(Ben Crothers)が、ヒトの正しい判断を鈍らせる5つの「認知バイアス」について語る。

偉大で厄介なメカニズム

皆さんは「認知バイアス」という言葉を耳にした経験があるだろうか。心理学を学んだ方ならご存知かと思うが、認知バイアスとは、「個人的な嗜好や事実とは反する思い込みによって、モノゴトに対する判断はもとより、評価・記憶、あるいは、その他の認知プロセスが歪められてしまうこと(つまりは、認知上のミスをおかすこと)」を意味している。単純に「先入観・偏見に起因した誤認知」といった言葉で、認知バイアスが表現されることもある。

私たち人間は、全員が認知バイアスを有しているとされる。そして私たちの“脳”は、このバイアスのメカニズムによって、テラ・バイト級の情報を毎日処理するエネルギーを節約しているという。この能力は、人類が「サーベルタイガー」のような絶滅種と同じ末路をたどらないために身に付けた偉大な力と言える。ただし、顧客の課題を解決したり、製品戦略を考案したり、複雑な意思決定を下したりするうえでは、このバイアスが非常に厄介な存在になることが多い。

しかも、認知バイアスは無意識のうちに働くメカニズムなので、本来的にはその発動は防げない。したがって、認知バイアスが働くのを可能な限り抑制・抑止する手順をしっかりとデザインしておくことが必要とされる。

私は、過去に何回かオフサイトミーティングや戦略策定セッション(以下、「戦略セッション」と呼ぶ)を行なった際、幾度も私自身や周囲の認知バイアスが作動するところを目の当たりにしてきた。その経験を踏まえながら、以下では5つの典型的な認知バイアスと、その発動を回避するためのアイデアをご紹介したい。

認知バイアス①:アベイラビリティバイアス

ここで仮に、あなたがオフサイトミーティングを企画中で、そのアジェンダを練っているとする。そのようなとき、あなたはどのようなテーマを軸に、アジェンダを組み立てようとするだろうか。

私たちは大抵の場合、最近遭遇したモノゴトに関連するトピックについて思考を巡らしたり、話し合ったりすることに、より多くの時間を割こうとする。これは、「アベイラビリティバイアス」が発動した結果だ。

アベイラビリティバイアスとは、記憶が鮮明な直近の出来事やよく見聞きする物事、あるいはインパクトの強い事柄を重要視してしまう心理を指している。これが発動すると、例えば、戦略策定に有効な情報を、直近の出来事に関連した情報だけに狭めて考慮してしまうことになる。

私たち人間には、記憶がより鮮明に再生(リコール)できるモノゴト(アイデアやリスク、ソリューション、など)のほうが、そうではないモノゴトよりも重要であると思い込む。そのため、1年に1~2回程度しか行わないような戦略セッションにおいても、参加者全員が「直近の現状把握/共有」からすべてを始めようとする。しかし、そのことが結果的に、セッションの導入部、あるいは全体を台無しにしてしまうことが往々にしてある。

また、アベイラビリティバイアスは、ブレインストーミングやアイデア創出、課題の優先順位づけといった活動を、誤った方向に向かわせるリスクもある。なぜならば、このバイアスは、直近の出来事に関連した「新しいアイデア」を、それが必要か、必要でないかにかかわらず常に求める欲求を生むからである。

では、アベイラビリティバイアスの影響を可能な限り小さくするにはどうすればよいのだろうか。以下に、そのためのアイデアを示す。

  • アイデア-1:ミーティングの準備やアジェンダを策定する際に、アベイラビリティバイアスの存在を認めて、「ピークエンドルール」(*1)と戦うようにする。そして、情報のソースを最も直近の出来事、あるいは最も記憶が鮮明な出来事のみに絞り込まず、情報収集のタイムフレームや分野のレンジをより長く、広くとるようにする。
  • アイデア-2:オフサイトミーティングにおける最初のプレゼンテーションの内容をチェックし、ミーティングの成果を誤った方向に導かせないようにする。もし、あなたが戦略セッションを一人、ないしは複数人によるプレゼンテーションで始めようとしているならば、各人のプレゼンテーションが、ミーティング参加者にバイアスをかけ、無意識のうちに特定の情報、あるいは成果に誘導しようとしているかいないかを確認することが大切である。また、戦略セッションの場に、多様な価値観・視点を持った人々や、それぞれの記憶・思考を招き入れるようにする。これも、アベイラビリティバイアスを排除し、より良い成果を得るうえでは有効である。
  • アイデア-3: 人間の“脳”は、常に自由なつながりを求めている。こうした人間の脳の特性から、ブレインストーミングには、正しい記憶を呼び覚ます効果が期待できる。また、このとき、広範で多様な写真やイメージを壁などに掲出するのも一手である。こうすることで、それぞれの記憶や思考が刺激され、アイデアの枯渇という状況から脱け出すことも可能になる。
*1 ピークエンドルール:モノゴト/出来事に対する人の記憶は、最高潮のときの記憶でしかないという法則

バイアス②:双曲割引バイアス

さて、上記の手法を使い、戦略セッションでアベイラビリティバイアスがかかるのを防げたとしよう。そして、セッションアジェンダが想定どおりに進んだとする。

このような場合でも、空気が張りつめ、停滞感が漂い始めることがある。例えば、自分たちが置かれている複雑な状況を理解したり、複雑な意思決定を下したりするための情報が決定的に不足していることに気づいた瞬間などが、そうである。

このとき、参加者の脳裏には「とにかく、必要最低限の情報を集め、セッションを先に進めなければ」といった考えが浮かぶ。ただし、さまざまな要素が複雑に絡み合ったテーマの場合、そもそも、どういった情報が必要なのか、あるいは重要なのかが分からないことが往々にしてある。この場合、参加者たちは、行動のための行動をとるようになる。

このように、目前の課題解決に向けて、休みなく行動しようとするのは「双曲割引バイアス」が作用した結果だ。

双曲割引バイアスとは、要するに、「遠い将来のことは待てるが、近い将来のことは待つことができない」といった、人の心理特性を生むバイアスのことである。このバイアスによって、人は、将来的により大きな価値を得ることよりも、直近の小さな価値をすぐに手に入れることのほうを優先させてしまいがちになる。また、一般に私たちは、報酬を得るタイミングは早ければ早いほどいいと考え、何らかの価値が得られるタイミングが先になればなるほど、その価値を実際よりも割り引いてとらえてしまう傾向が強い。

私たちの多くは、自分が、こうしたバイアスを有していることを知っている。それでも、戦略セッションが平凡な結果で終わるか、並外れた成果を出すかを決定づけるディスカッションの場において、双曲割引バイアスが作動することがある。それを回避したいと考えるのであれば、以下のアイデアを試していただきたい。

アイデア:まずは、あなたのグループに対して、「私たちに“短期的なモノゴト”に固執し過ぎているようだ」と指摘する。そして、長期的なモノゴトを考えさせる思考実験を行ってみるのである。このとき、以下の「コンセプトキャンパス」を活用して、ミーティングの参加者各人に、戦略のオプション、目的、アイデアを記述させるとよい。

画像: バイアス②:双曲割引バイアス

この作業は、参加者各人が、同じ方法と同じスライダーを使いながら戦略オプションを描き、“アップルトゥアップル(同一条件下での比較)”の手法で、各オプションを評価していくことを可能にする。このとき、参加者は正直になることが大切で、それによって、戦略的ゴールの達成に向けた各オプションを公正に比較できる。「このオプションでゴールにたどりつけるのか?」「つけないとすれば、何が必要なのか?」「何に対して確信が持てないのか?」「確信を持つためには、何が必要か?」といったかたちである。

バイアス③:モーダルバイアス

コンセプトキャンパスなどを使いながら、さまざまなアイデアを参加者から出させたときには、「モーダルバイアス」の発動に注意を払う必要がある。このバイアスは、自分のアイデアやアプローチが最良であると自動的に仮定してしまう心理を指している。

また、これと似たバイアス(モーダルバイアスの“いとこ”のようなバイアス)に「アンカーリングバイアス」がある。こちらは、最初に知りえた戦略オプションやアイデアとの比較によって、のちの多様なオプション/アイデアを評価してしまい、意思決定が歪められてしまうといったバイアスである。

さらに、自分たちが独自に創造/開発したものを必要以上に高く評価してしまう「イケア効果」や「Not Invented Here症候群」、多くの人が評価するアイデアがよく見えてしまう「バンドワゴン効果」などにも注意を払う必要がある。

これらのバイアスを回避する手法としては、次のようなアイデアが挙げられる。

  • アイデア-1:ミーティングの参加者全員に、意図的に判断を保留させ、客観的な事実/データに基づきながら、自分が良いと考えたアイデアとは別のアイデアを、異なる視点からとらえ、評価しなおすように仕向ける。
  • アイデア-2:自分自身のアイデアに執着する人がいる場合には、あえて、他者のアイデアについて論じさせ、他者の見方についての理解を深めさせる。
  • アイデア-3:主観的、かつ概念的にさまざまなオプションについて話し合うだけではなく、幅広いシナリオの下で、オプションのユーザビリティテスト(ロードテスト)を行うようにする。

バイアス④:埋没費用誤信

非常にすばらしい戦略オプションが議論のテーブルに乗った場合でも、誰もそれを支持しようとしないことがある。理由として考えられる一つは、そのオプションの遂行によって、自分たちがこれまで行ってきたことをすべてストップしなければならないことだ。これは、「埋没費用誤信(サンク コスト ファラシー)」と呼ばれる、人の厄介なメカニズムが働いた結果でもある。

サンク コスト ファラシーとは、自分たちが多くのコスト(資金や労力、時間)を費やしてきたモノゴトに、過度の期待をかけてしまう心理である。人間の脳は、変えなければならない理由、ないしは、諦めなければならない理由がいくら増えても、多大なコストをかけてきたモノゴトをなかなか切り捨てられない。実際、私は、サンク コスト ファラシーのメカニズムが作動するところを何度も目撃してきた。

例えば、あなたがチームのリーダーで、チームがこれまで積み上げてきたことをすべて捨て去って、新たな戦略オプションを採用しようと呼びかけたとする。そのような場合、チームのメンバーから、次のような、反論を受ける可能性がある。

「私たちはすでに、かなりのところまで来てしまっています。今さら後戻りはできません」
「戦略変更がベストであることを証明するデータがありません」
「戦略変更のタイミングが遅すぎます」
「そのようなロールバックは、周囲からの信用を失います」
「現場が、もっと大変になります」……。

こうした反論は、一見すると「責任感に根ざした発言」のように思える。ただし、その背後にあるのは、損失回避に対する執着であって、チームの目標達成への執着ではない。したがってもし、戦略セッションの場で、サンク コスト ファラシーに根ざした行動・発言をする人を見つけたら、次のような質問を投じることをおすすめしたい。

「仮に、現行の戦略にまったくコストをかけていなかったとしても、今の戦略を選択するか?」
「他チームの同僚が私たちと同じ状況にいたら、どのようなアドバイスをするのか?」
「魔法の杖によって、些細な問題がすべて修正できるとすれば、何をしたいか?」
「新しいオプションを遂行するリスク/効果と、現行の戦略を遂行し続けることのリスク/効果とを比較し、分析して欲しい」
「私たちの中で、新しいオプションのリスクを最も高く見積もっている人は誰か。なぜ、そう見積もるのか?」

バイアス⑤:バイスタンダーアパシー(傍観者の無関心)

オフサイトミーティングが終盤にさしかかり、最終的な意思決定を下さなければならない段階に達しているものの、議論がそのレベルにまったく至っていない場合がある。また、ミーティングの最後には、次のステップに関するタスクリストをまとめる必要もあるが、リストすべきタスクも、その遂行責任者も決めることができないことがある。

そのような状況が生まれてしまうのは、「バイスタンダーアパシー(傍観者の無関心)」のバイアスが発動している結果と見なすことができる。

バイスタンダーアパシーとは、例えば、ミーティングへの参加人数が多くなればなるほど、参加者たちの他者依存の心理が強く働くようになることを意味している。要するに、戦略セッションの参加人数が多くなると、当事者意識の薄い“傍観者”が増え、意思決定のために何かをしようとする責任感に欠ける人が多くなるというわけである。

したがって、何らかの意思決定を下す必要がある場合には、それを主導する人をあらかじめ決めておくことが大切である。これは、一人の人間に、独裁権や“HiPPO(ヒッポ=最高権力者の強権的な意見)”を言う特権を与えるという意味ではない。さまざまな人の意見をインプットとして受け止め、意思決定につなげる役回りを演じる人を任命するという意味である。この考え方に異を唱える方もおられるだろうが、現実問題として、意思決定の役回りを演じる人が誰もいないと、バイスタンダーアパシーに対抗するのは難しくなる。

ゆえに、ミーティングのファシリテーターは、あらかじめ、誰が最終的な意思決定を下す権利を持つのかを決めておかなければならない。そのうえで、どのようなかたちで意思決定を下すのか、また、そのためにはどのような情報が必要とされるのかを具体化する。それによって、アジェンダやセッション構成を有効に組むことも可能になる。

一方、次のステップを決める段階では、タスクを具体化したうえで、その遂行責任を誰が持つかを定めることが重要となる。

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以上、5つのバイアスと、それを回避するアイデアについて述べてきた。人間の脳の動物的な反応と戦うのは簡単なことではない。ただしそれは、より優れたアイデアや戦略策定、意思決定を追求するうえでは避けては通れない取り組みでもある。本稿の記述が、その取り組みを前に進める一助となれば幸いである。

なお、確認の意味を込めて、以下に今回の記述の要点を整理しておく。上の記述と併せて参考にされたい。

  • 戦略的な各オプションを客観的に評価するための明確な基準を定義し、同じ標準を使用しながら全オプションを評価することで、バイアスを低減することができる。
  • さまざまなオプションが実際にどのように機能するかのロードテストを十分な時間をかけて実行する。
  • 戦略セッションへの参加者の行動に注意を払い、誰が“傍観者”になっているかをチェックする。
  • 何らかのバイアスの発動を察知した場合には、都度、それを指摘し、注意を喚起したり、バイアス回避の施策を講じたりする。

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