本稿の要約を10秒で
- 「防衛機制」とは、自己を本能的に守ろうとする心理的なメカニズムを指している。
- 防衛機制のメカニズムは、心理学の創始者フロイトの研究を基に娘のアンナ・フロイトが発展させ、体系化した。
- 防衛機制という自己防衛の心理的メカニズムは人間の本能であり、発動を抑止するのは難しい。ただし、それを可能な限り抑えないとさまざまなトラブルの元凶となる。
- 本稿では、防衛機制という自己防衛のメカニズムの発動を抑えるための方法を示す。
自己防衛の心理的メカニズム「防衛機制」とは
「防衛機制」とは、心理学の創始者フロイト(ジークムント・フロイト)の研究を基に、娘のアンナ・フロイトが発展させ、体系化した、人間による自己防衛の心理であり、そのメカニズムのことである。
この自己防衛のメカニズムは、私たち人間のすべてが備えているものだ。肉体的、あるいは心理的な攻撃や恐怖から自分を守るために、無意識のうちに働かせているという。それは、強いストレスを感じたり、自分の欠点をいきなり突かれたり、自分の能力に疑いを持たれたりするような場面でも作動し、自我を守ろうとするらしい。
防衛機制という自己防衛のメカニズムは、人間の本能でもあり、その作動を阻止することは至難である。もちろん、それがよい方向に作用することもあるが、職場においては、“厄介な行動”として顕在化し、オフィスに蔓延してしまう場合が間々ある。原因は、人間である社員たちが、心理的に強いストレスを感じながら仕事をしているためだ。
防衛機制は、何らかの刺激によって作動するのが自然の摂理で、それにはなかなか抗(あらが)えない。とはいえ、この心理的なメカニズムが反応を続けると、事態は悪化の一途をたどり、脅迫神経症の発症へとつながりかねないという(参考文書(英語))。したがって、防衛機制という自己防衛のメカニズムの作動は可能な限り抑制したほうがよいと言える。
ならば、どうすれば、防衛機制の反応を抑えることができるのだろうか。
その方法をつかむための第一歩は、防衛機制が、人間のどのような行動につながるかを知っておくことである。ということで、以下では、防衛機制という自己防衛のメカニズムについて簡単に見ていくことにする。
メカニズム 1:回避(Avoidance)
■メカニズムの発動例:「ストレスを感じるような物事には、可能な限り、かかわりたくない」と考える。
「回避」とは、文字どおり、危険や恐怖、ストレスから自分を遠ざけようとする心理的なメカニズムである。このメカニズムは、職場の中で「問題の先送り」(参考文書(英語))というかたちとなって現れることが多い。つまり、問題を直視して、ストレスを感じるのを無意識のうちに恐れ、それを遠ざけようとするのである。
「回避」に基づく自己防衛の行動は、職場での人間関係にも影響を及ぼす。例えば、意見の食い違う同僚と遭遇したくないばかりに、社内のコーヒーコーナーに行くタイミングを見計らった経験はないだろうか。あるとすれば、それは「回避」のメカニズムが作動した結果であり、それに基づく「問題先送り」の行動と言える。
ただし、あなたが問題や意見の異なる同僚を無視したからといって、それらが世の中から消え失せるわけではない。問題はいつか解決しなければならず、同僚との意見の食い違いも、いずれは調整しなければならない。
しかも、事態というものは、解決を先延ばしにすればするほど悪化していく。例えば、嫌な仕事を放置していれば、そのデッドラインはますます近くなり、同僚との緊張関係をそのままにしておけば、関係はどんどん悪くなる。そして、それらの行き着く先を想像するだけで、拷問を受けているような心理的な苦しみを味わうようになるのである。
ある調査(英語)によれば、「感電」の経験者35人に対して、「①強い電気ショックを今すぐ受ける」のがいいか、それとも、「②少し弱めの電気ショックを、しばらくしてから受ける」のがいいかを尋ねたところ、70%が「①」を選択したという。彼らには、どの程度のショックかの予測がつかず、どうせショックを受けるなら、早めに済ませたほうが心理的ストレスを感じる時間が短くて済むと考えたのである。これは、ビジネスにおける心理的ストレスについても同様に言えることだ。いつかは受ける心理的なストレスならば、先送りするのではなく、すぐに受けてしまい心理的ストレスの大元を早期に取り除くのが良策と言えるのである。
メカニズム 2:否定(Denial)
■メカニズムの発動例:「そんなことは起こりえない」と相手の指摘を否定する。
仮に、あなたのチームが大規模プロジェクトに取り組んでいたとする。そして、そのデッドラインが間近に迫っているにもかかわらず、あなたは積み残した仕事を数多く抱えており、チームメイトの幾人かが、あなたが期日どおりに仕事を終えられないのではないかと疑い始めているとしよう。
このような場合、チームメイトたちが「本当に大丈夫なのか?」と疑いの目をあなたに向けるたびに、あなたは衝動的にこう答えたくなるはずである。
「大丈夫さ、まったく心配していない。期日に間に合わないなんてありえない」
ときとして、これは「楽観主義」と見られる場合もあるが、実はそうではない。「否定」という自己防衛のメカニズムが働いた結果だ。
このメカニズムによって引き起こされる人間の行動は、目前にある現実を「否定」してしまうという、潜在的な脅威を「回避」しようとするメカニズムよりも厄介なものである。
あなたのチームにとって、重要なプロジェクトが期日に間に合わないという事態は、それこそありえない話である。したがって、「否定」のメカニズムが作動したとしても、しっかりと現実を見つめ直し、チームメイトにはすべてを正直に話す必要がある。
メカニズム 3:正当化(Rationalization)
■メカニズムの発動例: 「それは私のミスではない。なぜならば……」と弁解をする。
「正当化」のメカニズムは、自分たちのミスを他に転嫁しようとする行動を引き起こす。
例えば、先の「否定」で取り上げたプロジェクトチームの場合、プロジェクトが期日に間に合わない責任は、デッドライン間近まで多くの仕事を積み残してしまった“あなた”にある。そして、あなたのそのミスが、仕事に取り掛かるタイミングが遅れたせいだったとしよう。
このとき、「正当化」のメカニズムは、自分の過ちを素直に認めたり、仕事に対する着手の遅れが何によるものかを、正直に打ち明けたりすることを難しくする。そして、着手の遅れを他チームのせいにしたり、コンピュータのクラッシュのせいにしたりするのである。
マンチェスター大学の心理学研究者、ソール・マクリード(Saul McLeod)氏は、『Simply Psychology』誌の記事中でこう述べている。「多くの人間にとって、言い訳をするのは簡単だが、それが言い訳であると気づくのは難しい。言い換えれば、多くの人間は、無意識のうちに、自分の嘘を信じる用意をしてしまうのだ」
この言葉を裏づけるような調査データ(英語)も存在する。
この調査では、シニア世代21人とミレニアル世代21人の合計42人に対して、自分たちの前日の行動を問う102問の質問を投じた。その質問とは、例えば、「目覚まし時計のスヌーズ(Snooze)ボタンを押しましたか?」といったものである。
そして、ランダムに設問項目の半数を選び、調査参加者に対し、それらの項目についてはすべて“嘘の答え”を言うように求めたという。さらに、その最初の調査を終えた45分後に、再度同じ質問を投げかけ、今度はすべて本当のことを言うように指示した。
この調査結果は驚くべきものだった。というのも、調査参加者の多く(特にシニア世代の多く)が、嘘の答えと同じ答えを2度目の質問に対しても回答していたのである。つまり、わずか45分の間に、自分の嘘が真実にすり替わっていたということだ。しかも、調査時に計測していた参加者の脳波を調べたところ、この記憶のすり替えは、意図的ではなく、無意識のうちに行われていることが判明したという。
このように「正当化」は、私たち人間にとってとても自然な振る舞いである。もちろんそれは、健全な行動ではなく、非難されても仕方がないものだ。だが、人を非難するのが当たり前のようになっている組織は、総じて、チームの創造性やパフォーマンスが低いという結果が出ている。
したがって、言い訳をするのは人の本能であると割り切りながら、そのような正当化のメカニズムが作動しないような環境作りを進めることが大切ではないだろうか。つまり、チームの誰もが、自分のミスを同僚/上司に包み隠さず、正直に報告できる“精神的な安全性”が担保されたチーム作りを目指すべきと言えるのである。
メカニズム 4:置換(Displacement)
■メカニズムの発動例:怒りの矛先を間違ったターゲットに向ける。
定時より1時間遅れでオフィスに現れた上司が、なぜか、あなたを呼び出し、スケジュールどおりに仕事をすることの大切さを説く。あなたは、怒りに震えつつも、上司の過ちを非難することもできず、クールさを装い、理由もなく謝りながら、オフィスを出ていく。
このあと、何が起こるだろうか。
このような状況では、「置換」のメカニズムが作動する可能性が高い。いったん、それが作動すると、あなたは、誰かが自分に対して提出したダイレクトレポートに説明のつかない憤りを感じたり、罪のない同僚たちにきつく当たったりする。要するに、自分のフラストレーションやネガティブな感情を間違ったターゲットにぶつけたくなるのである。もっと簡単に言えば、「やつ当たり」したい衝動にかられるということだ。
もちろんこれは、怒りに対する正しい対処法ではない。しかも、仕事上の人間関係に大きなダメージも与えかねない。したがって、誰かを攻撃したい感情が生まれても、それを行動に移そうとする自分を制止することが重要となる。
自己防衛の本能に任せた行動を改める
繰り返すようだが、防衛機制という自己防衛のメカニズムが作動するのは、自然の摂理であって、人間として仕方がないことである。それだけに、メカニズムに反する行動をとるのは決して心地のよいものではなく、相応の努力がいる。
ただし、だからといって、自己防衛の心理的なメカニズム(つまりは、本能)に任せた行動をとり続けると、上述したようなさまざまな問題を引き起こしかねない。ゆえに、防衛機制に起因した自己防衛の行動を抑制することが重要なのである。
そのためにまず行うべきことは、問題に対する認識である。つまり、自分の思考、感情、反応、さらには、人とのやり取りを分析し、それらが、自己防衛(防衛機制)どのメカニズムに起因したものかを把握することが、初めの一歩ということである。
ちなみに、防衛機制のメカニズムは、上で説明したもの以外にもある。参考までに、そのいくつかを簡単に紹介しておきたい。
- 退行(Regression):子どものような行動に戻ること
- コンパートメント化(Compartmentalization): 異なる考えや人生の一部分を他から隔離してしまうこと。例えば、仕事中に、私生活のあらゆる問題をシャットアウトしてしまうような行動は、コンパートメント化によるものと考えられる。
- 投影(Projection):自分の考えや感情を他者に割り振る。例えば、同僚がパフォーマンスレビューを前にしてナーバスになっている旨を誰かに伝えるものの、実際にナーバスなのは自分だったりする。
- 取り消し(Undoing): ネガティブな行動を、多くのポジティブな動で打ち消そうとするメカニズム。このメカニズムは、例えば、同僚に対して無礼な言動を取ってしまったすぐあとに、お世辞を言い続けるような態度につながる。
以上の内容をお読みいただき、『自分もこのような行動をとってきたかもしれない』と思い当たるのであれば、その行動と関連する自己防衛(防衛機制)のメカニズムを特定して、リスト化し、今後は、それらの行動を可能な限り取らないよう心がけることが大切である。
また、チーム/組織の中に信頼できる誰かを見つけ、自分の自己防衛的な行動を監視してもらい、防衛機制に起因したような自分の行動を見かけた際に、必ず注意を促してもらうようにするのである。こうすることで、フラストレーションを罪のない誰かにぶつけたり、やるべきことから逃れようとしていたりする自分にすぐに気づけるようになる。
全米人材開発機構(The American Society of Training and Development:ASTD)によると、自分の目標を誰かにコミットすると、目標の達成率が高くなるという。例えば、ASTDのある調査(英語)では、ビジネスパーソンの65%が、目標達成を同僚の誰かに約束することで、目標の達成率が高まると答えていた。
したがって、自分の行動や振る舞いの改善を目標として掲げるのであれば、それを周囲の誰かに約束し、達成に向けた少しの手助けをしてもらうのが良策と言える。そうすることで、自分の行動/振る舞いを改善できる確度が高められるはずである。