人材開発のプロとして活躍し、話題の書籍『シリコンバレー式 最強の育て方』の著者でもある世古詞一氏が、日本のチームリーダーに「ぜひ、知っておいて欲しいこと」を2つのテーマに沿って伝えてくれる。2つ目のテーマは「頼りの部下に辞められないための秘訣」である。前編となる「若手社員の能力を引き出す方策」は、こちらから

世古 詞一(せこ のりかず)

株式会社サーバントコーチ代表取締役/VOYAGE GROUPフェロー。
1973年生まれ。人事コンサルタント。早稲田大学政治経済学部卒後、日本企業を経て株式会社VOYAGE GROUPの立ち上げに参加。同社で営業本部長、人事本部長、子会社役員を務め2008年に独立。フェローを務めるVOYAGE GROUP社は、調査機関Great Place to Work ® Institute Japanによる「働きがいのある会社」に2015年~2017年の3年間、中規模部門第1位に選ばれる。著書に『シリコンバレー式 最強の育て方 ~人材マネジメントの新しい常識 1 on 1ミーティング~』(かんき出版/2017年9月)がある。

とても頼りにしていたのに……

読者の皆さんは、優秀な部下、あるいは、頼りにしていた部下にいきなり辞表を出され、衝撃を受けた経験はないでしょうか。

私はあります。創業期のVOYAGE GROUPで8年間、営業と管理部門で責任者を務めていたのですが、そのときに幾度となく、そうした苦い経験を味わいました。

当時は私も若くて、人の心のありどころをつかむすべも知らず、どう対応するのが正解かもわかりません。今思い返すと、未熟な対応が何度もあったと反省しきりです。

では、優れた部下にいきなり辞表を出される不幸を避けるには、どうすればよいのでしょうか──。

まず言えるのは、「いきなり」というのは上司の感覚であって、部下(特に、仕事のできる優秀な部下)はある日突然、辞めたくなって辞表を出すわけではないということです。

彼らは相当の期間、悩み、そのすえに退職を決意しているはずです。そして優秀な方ならば、行き先を決めつつ、あとの人にスムーズに仕事が引き継げるようにキリのいいところで仕事のけりをつけて、情報を整理し、辞表を出す段階では、上司に「この仕事は、どうすんだ。無責任じゃないか」と言わせないよう準備万端を整えていたりします。

そう、優秀な部下が辞表を出すまでには、一定の期間があり、その間に部下の出す“辞めそう”シグナルを察知するチャンスは多くあるのです。そうしたシグナルを早期につかむことが、いきなり辞表を出される不幸を避ける手だての一つということです。

優秀な部下の“辞めそう”シグナルとは

優秀な部下は、自分の本心を周囲から見えづらくすることも上手です。かなり注意深く観察していないと、彼らが辞めそうなことを察知することはできません。ただ、辞めようとしている優秀な部下が、チームの中でよく示す態度がいくつかあります。参考までに、そのいくつかを以下に紹介しておきます。

①やたらと素直になる

優秀な部下、頼りになる部下というのは、必ずしも“素直”で“聞き分けの良い”部下ではないはずです。ときとして上司の意見に反発したり、意見を具申したりと、扱いにくいと感じることもあるでしょう。そんな部下が、なぜか、上司の言うことに素直に従うようになり、反発もしなくなる──。このとき、「ようやく大人になったか」「自分の正しさを理解したか」と単純に考えてはなりません。本当にそうである可能性もありますが、多くの場合、上司や会社に見切りをつけ、辞めようと考えている、あるいは、辞めることを決意したときの態度ととらえたほうが無難です。

②会議で積極的に発言しなくなる

優秀な部下は、会議のときに積極的に発言し、自分の意見やアイデアを出しているはずです。そうした部下の会議での発言が減り、チーム内での新しい決まり事に対しても、「まあ、それでいいんじゃないですか」といった態度を取り出したら危険信号です。そうして、どんどん存在感が薄くなっていくのです。

③上司との対話が減る

優秀な部下と上司とは、良好なコミュニケーションが取れているのが普通です。そんな中で、ふと、部下との対話が減っていることに気づく──。これも危険信号です。部下が辞めることを考えていて、上司との対話を避けている可能性があります。

④必ず定時で帰るようになる

優秀な部下は、自分の仕事に責任と情熱、プライドを持っています。ですから、ときとして残業をしたり、上司より遅く帰ったりと、“働く時間”をあまり気にせず、仕事に没頭していることが多いはずです。そんな部下が定時になるとピタリと仕事をやめて帰るようになる。ときには早退をするようになる。外部の人間(例えば、会社を辞めた元同僚など)とよく接触しているような気配を示す。これらも、かなり危険な信号です。

⑤スッキリとした顔をしている

いっとき、眉間にしわを寄せて、考え込んでいるふうの態度を示していた部下が、やたらと元気で、スッキリとした顔をしている。これも、辞職を決意し、すでに行き先が決まったときの態度である可能性があります。

1on1のミーティングを定期化する

今日の組織では、上司(特に中間管理職層)が“プレイングマネジャー”であることが多く、自分も仕事に追われているのが一般的です。そのため、上に示したような部下の“辞めそう”シグナルに気づかないことが少なくありません。

加えて、優秀な部下は自律的に仕事をこなして成果を出してくれることが多いはずです。ゆえに、忙しい上司は、ついついそれに甘えて、彼らに対する普段のケアがおろそかになり、心の変化を見過ごしてしまいがちです。それが結果として、優秀な部下に“いきなり”辞められるという事態につながるわけです。

このような事態を避けるためにも、私がお勧めしたいのが、「1 on 1(1対1)」での部下とのミーティングを定期化することです。1カ月に1回でも構いません。時間は30分でもいい。部下と1対1で対話する時間を取ることが大切です。ミーティングの内容は、仕事の話に偏る必要はなく、他愛のない世間話でも、プライベートの話でも構いません。重要なのは、1対1の対話を通じて、部下の微妙な心の変化、動きをとらえ、適切な対応を心がけることです。こうすることで優秀な部下にいきなり辞められるリスクも低減できるはずです。

もし、辞表を出されたら

ここで仮に、1on1ミーティングの定期化を始める前に、優秀な部下がすでに辞職を決めており、辞表を突き付けられたとします。このようなとき、上司としては、どのように対応するのが適切なのでしょうか──。

まず、覚えておいていただきたいのは、退職希望の人間と、上司や会社とのやり取りは、のちに社内に広まる可能性があるという点です。

その点を踏まえたうえで、避けたほうがいい対応の一つは、内心の動揺を隠しながら、部下の将来を思うふうを自演して、あっさりと辞職を認めてしまうことです。もちろん、優秀な部下が悩んだすえに決意した退職を止めることは実質的には不可能でしょう。

ですが、不可能とは知りつつも、引き留めのために誠心誠意を尽くすことが大切です。逆にそれをしないと、「あれほどチームに貢献したのに、引き留められなかった」と、冷たい上司のレッテルを貼られ、かつ、本人から恨まれる恐れもなくはありません。

ですから、辞められたくない部下に辞表を出された際には、狼狽ぶりを隠す必要は特にありません。うろたえながらも、そこまで部下を悩ませてしまった自分の非を素直に詫びながら、どうして辞める意志を固めたのか、辞めたくなったきっかけは何だったのか、会社や自分にどのように思うところがあったのかなど、さまざまなことを聞き出すようにします。そのうえで、他の上層部の人間との話し合いも提案し、対話の時間を長くとるようにすることが良策です。

もちろん、引き留めの行き過ぎは、“ブラック企業”のレッテルを貼られることにつながるので避けなければなりません。また、賃金アップなど待遇改善による安易な引止め工作もしてはなりません。これを行うことで、辞表をちらつかせれば、すぐに待遇がアップできるとの考えが社内に広がる恐れがあるからです。

大切なのは、上司や会社が、その部下のことをいかに大切にしていたかを、対話を通じて理解してもらうことです。それでも部下に退職を思い留まらせる可能性はほとんどないかもしれませんが、対話を通じて部下から得た情報は、失敗の体験として、同じ事態を引き起こすリスクを低減させる糧となるのです。

また、最後の最後でもこのように対話を尽くして円満に退職に至ったならば、辞めた後にひょっとすると「出戻ってくれる」可能性もあります。現在は外部からの採用自体が厳しいですし、採用できたとしても、組織になじんで当初思っていたように活躍する人材は多くはありません。そういった状況下で、出戻ってほしいと思えるような優秀な社員は魅力です。能力はわかっているし組織の人間関係もわかっている。一度外を見たことで新たな知見も加わっています。辞表を出されたときの対応一つで、その後の組織運営に大きな影響を与える可能性があるのです。

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