うまくいっていない企業には、共通する本質的な課題がある――。日本企業が直面している「生産性」や「チーム」の問題を、アトラシアン日本法人のスチュアート・ハリントン社長、著書「NEW ELITE」が注目を集めるピョートル・フェリクス・グジバチ氏に聞いた。

「チームの生産性を高めていくためには何が必要なのか?」――あらゆる日本企業が今、この問いを突きつけられている。人手不足や労働時間が社会問題化する中で、日本でも、生産性向上のための抜本的な改革を目指す企業が日々増加中だ。

しかしながら、「どこから手を付ければいいか分からない」と感じている経営者・マネジャーも多いだろう。リーダー育成、社内コストの削減、定例会議の見直しなど、目に付く問題は無尽蔵にある。

では、それらを貫く本質的な課題、そして改善ポイントはいったいどこにあるのだろうか。プロジェクト管理や情報共有ツールを全世界に提供するアトラシアン日本法人のスチュアート・ハリントン社長、そしてモルガン・スタンレーやGoogleで人材開発に携わり、最新の著書「NEW ELITE」でも注目を集めているピョートル・フェリクス・グジバチ氏の2人に話を聞いた。

日本企業には「オープンさ」が足りない

――日本企業の多くが「いかに生産性を上げていくか」という課題を抱えています。安倍内閣が主導している「働き方改革実現会議」でも、「生産性」は大きなキーワードです。しかしながら日本にはまだ、チームの生産性を高めるための改革成功事例が多くありません。お2人から見て、どこに問題がありますか?

スチュアート・ハリントン(以下、スチュアート): まずはコミュニケーションです。上司から部下、部下から上司へといった”上下”のやり取りがオープンでなく、うまくいっていない例は非常によく見ます。また、他部署との連携がとれないなど”横”のコミュニケーションが阻害されていることも多いですね。

社員間のコミュニケーションがスムーズでないことの何が問題かというと、まず企業としての意思決定のスピードが落ち、行動が遅くなります。さらに、企業としての力を誰もフルに活用できなくなります。部署ごと、チームごとにしかまとまれないから、企業全体で何かをしようと思ったときにうまく動けなくなるわけです。これではイノベーションは起きません。

画像: アトラシアン日本法人のスチュアート・ハリントン社長

アトラシアン日本法人のスチュアート・ハリントン社長

ピョートル・フェリクス・グジバチ(以下、ピョートル): コミュニケーションの問題は、日本企業では特に大きい。昨年、僕がFacebook上で行った調査で驚いたのが、「上司に本音を伝えているか、伝えていないのだとしたらそれはなぜか」という質問に対する回答です。実に25%が「本音を言うべきではない」と答えた。4人に1人ですよ。これはちょっと……アレですよね(笑)。

スチュアート: 日本のビジネスパーソンは、とにかくオープンではない傾向がありますよね。失敗を恐れ、マイナスの評価をされる機会を避けるため、いろいろなものを隠そうとする。東芝の不正会計事件は記憶に新しいですが、あれもオープンでありさえすれば絶対に起き得なかった事件です。

ピョートル: 隠したがるというのは本当にそうだと思います。これは僕が体験したエピソードですが、以前関わっていた会社で組織編成があって、一人一人の仕事内容を見直すことにしたんです。そのとき、部下の1人が自分の情報を絶対渡そうとしなかった。「私は3年もこの仕事をやってきた。この仕事は私にしかできません!」と。どれだけ説得しても駄目で、結局解雇せざるを得ませんでした。

――日本人は、そもそもはっきりとものを言わない国民性だと言われますが……。

ピョートル: それはよく言われることですが、僕は違うと思う。日本人が本音を言えない民族というわけじゃない。日本企業が不自然な、本音を言いづらい組織としてつくられてしまっているだけではないでしょうか。システムがコミュニケーションを遮断しているんです。

会議にかかっている本当のコストを理解しているか

スチュアート: 不自然なシステムといえば、それを象徴しているのはやはり「無意味な会議」の多さ。日本では、会議で黙って座っているだけの人、たくさんいるじゃないですか。

うちの会社の会議では、とにかくみんなが発言します。上の人間が発表するときも、部下の役割はとにかく粗を探してツッコむこと。「部長、それ違うよ!」とか「今の数字本当に合ってるの?」とかたくさん指摘されます。正直厳しい(笑)。でも、それは親切なんですよね。社外でツッコまれるより、社内で先に指摘されておいた方が助かりますから。

ピョートル: とある大手企業でプロジェクトミーティングを月に2回やっているのですが、課長レベルの人が全く口を開かないまま終わることもある。高いお金を払ってコンサルタントを雇っておいて何も質問しない、そもそも会議で何も発言しないというのは、僕の感覚だとあり得ません。僕が経営するプロノイア・グループの定例ミーティングだって、特別話し合うことがなければ開催自体を止めることもよくあります。

画像: 最新の著書「NEW ELITE」が注目を集めるピョートル・フェリクス・グジバチ氏

最新の著書「NEW ELITE」が注目を集めるピョートル・フェリクス・グジバチ氏

スチュアート: 日本企業の場合、残念ながら、会議にかかる本当のコストの計算ができていない人が多いですね。例えば、2時間の会議に10人の管理職が出る。彼らの時給は、平均して1時間1万円くらいです。つまり彼らは20万円の会議をしたことになります。でも、彼らに「20万円分の何かを生み出しましたか」と聞いても、おそらく首をひねるでしょう。

さらに言えば、そのムダをなんとかしようという段階になると、今度は「コンサルタントやツール導入を止めよう」という話になりがちです。これは組織としてはあり得ません。野球のチームをイメージしてください。試合で振るわず最下位になってしまったら、まず監督から変えます。そうでなくとも新たにコーチを雇ったり、選手を連れてきたりするでしょう。企業も、低迷しているときは出ていくお金を減らすのではなく、売り上げを伸ばす方向にお金を使うべきなんです。そういった戦略を立てるのが、日本企業は苦手ですね。

――そういった硬直状態にある企業やチームに対して、2人の会社ではどのように変化を促していますか。

スチュアート: 私たちが企業に提供しているのは、プロジェクト管理や情報共有のためのツールです。これを使うと、誰がいつ、どこで何を言ったかが全てログに残る。会議のアジェンダや議事録の作り方も変わるし、誰がどのくらい発言していて、誰が何も言わないでいるかも丸分かりです。だから、うちのツールを使えば必然的に企業は変わります。

ピョートル: 僕が取締役を務める会社で提供しているソフトでも似たようなことをします。例えば、企業に対してエンゲージメント・サーベイを行って、社員が3人以上いるチームにレポートを提供するんです。それらのレポートは全てシステムでつないで、フィルターをかけて解析できるようにしてあります。ただ、これを説明すると、ほとんどの企業の人事部長が「まずいですよ。社員に会社の悪いところを見られちゃうじゃないですか』って言ってきますね(笑)。

でも、それの何が悪いんでしょうね? 僕の会社では、社員はみんな僕のアカウントのパスワードを知っています。もちろん、何千人もいるような企業で社員全員に社長のアカウント情報を共有するのは難しいでしょう。ただ、会社の状況を社員が知り得ないというのはおかしい。みんなが必要に応じて、いつでも必要な情報にアクセスできる状態にしないとダメだと思います。

そもそも日本には「チーム」がない?

――コミュニケーションがオープンになっていけば、チームの生産性は上がるのでしょうか。

ピョートル: 根本をひっくり返してしまうかもしれませんが……。そもそも僕は、多くの日本企業には「チーム」がないと思っているんですよ。

――「チームがない」……。

ピョートル: チームって、なんらかのミッションを達成するためにつくられるものですよね。スポーツだったら、大会で勝ち抜きたいというのがミッション。だからメンバーはこの顔ぶれがベストだ、という順番でつくられます。ビジネスにおけるチームも同じ。まず社会に生み出したいなんらかの価値というものがあって、それを実現するためのビジネスモデルがあり、それを機能させるためのチームを結成するのが基本だと思います。

でも多くの日本企業は、そういう順番でチームづくりをしていません。とりあえず人をかき集めて、何回も勉強会や会議をして、なんとなくミッションが降ってくるのを待っていたりする。ミッションが本当に一番の目的になっていれば、もっとみんなが戦略的な組織づくりについて考えるし、オープンに意見を言い合えるはずなんです。

スチュアート: 1つ質問していいですか? よく米国の企業だと、目標を決めたらそれを1つ1つのパーツに分けていって、それに合わせてチーム分けをして、それぞれのOKR(Objectives and Key Results、目標と主な結果)を設定しますよね。で、社員一人一人の抱えているOKRを全部足せば最初に立てた目標になる。こうしたやり方を、日本企業はあまりしないんでしょうか?

ピョートル: しないですね。自分が何のために、どのくらいの責任を負って、どのくらいの仕事をするべきなのかを分かって働けている人が少ない印象です。だから、いろいろな人が似たような仕事をしているケースがとても多い。例えば、1人のマネジャーの仕事が増えて忙しくなったら、もう1人マネジャーを連れてきて同じような仕事をさせる。その人も忙しくなったらまた3人目を連れてきて……なんてことが起きてしまうわけです。

画像: 対談はヤフーのオープンコラボレーションスペース「LODGE」で行った。ピョートル氏はLODGEをオフィスとして働いている

対談はヤフーのオープンコラボレーションスペース「LODGE」で行った。ピョートル氏はLODGEをオフィスとして働いている

「生産性」という言葉の再定義が必要

――チームの生産性を高めたいと思ったら、まずはそのチームが、ミッションに沿った戦略的な組織であるかどうかからまずは考え直さなければいけないと。

ピョートル: 基本に戻るということですよね。ミッションというのはつまり、その会社が何のために、どんな価値を社会に生み出そうとしているのかというビジョンです。そして社員は、そのビジョンに共感するからこそ目の前の仕事に全力を尽くせるんです。これはチームマネジメントではなく経営の問題。だから僕は、「働き方改革」ではなく「経営改革」こそが必要だと思うんですよ。

ちょっと話がずれるけど、「働き方改革」って言葉、我々外国人から見るとちょっと不思議じゃないですか? 英語でなんて言えばいいんだろう。

スチュアート: うーん、ワークスタイルなんとか、になるのかな……?

ピョートル: ワークスタイルトランスフォーメーションとか?(笑) これってやっぱり変な言葉。「トランスフォーム」しなければいけないのは本当に働き方なのか。例えば、今商品が売れないことに悩んでいる企業があったとします。でも生産性を上げなきゃいけないから、とにかく無理矢理にでも残業はやめさせて、短い時間の中で商品を大量に売ることを目指す。でも、もし商品自体が時代に合っていないのであれば、どれだけそれを売ろうと頑張ったところで「生産性が高い」状態とは言えませんよね?

会社が社会に提供したい価値が正しくなければ、チームのレベルが多少変わっても、抜本的な変化には結び付かない。「我が社にとっての生産性とは何か」――それを定義するために必要なのは、残業禁止ではなくビジョンでしょう。

スチュアート: 昔は「同じものをたくさん作る」というやり方でよかったから、生産性とはイコール「いかに安く大量に作るか」だった。でももうそういう時代ではない。今我々が問われているのは「あなたにとって本当の価値とは何か」だと思います。

――自分たちが生み出したい価値によって、生産性の定義や組織のあるべき形も変わってくるわけですね。オリジナルの価値をきちんと設計し、高い生産性を実現している企業は、例えばどこなのでしょうか。

ピョートル: フリマアプリのメルカリ、ウェディングのCRAZYといったベンチャー企業はかなりイケていると思います。ビジョンもあるし、社員がいきいきと働いている。僕は日本に来て18年経ちますが、「カッコいい!」としびれるような会社は確実に増えたと思います。一応言っておきますけど、欧米の企業だからイノベーティブで、日本の企業はダメなんてことはないんですよ。海外にだってダメな企業はいくらでもあります!

スチュアート: そもそも日本は、音楽や映画、アニメ、ファッション、アートなどの領域で素晴らしいイノベーションを生み出し続けてきた国です。ただ、長い伝統を持つ大手企業を始めとした、旧来型の企業がそうした変化を起こせている例はまだ少ない。

30年前、僕が日本の研究室にいたときに感じていたシリコンバレーとの差は、30年経っても埋まっていません。しかも今は中国や東南アジアの存在も大きい。量産するだけの仕事はもうアジア諸国に奪われている。今日本企業がチャレンジするべき仕事は、IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)も駆使して、本質的なシステムやプラットフォームを生み出すことだと思います。

画像: 「生産性」という言葉の再定義が必要

「自己認識できていない」という社会問題

――日本の生産性が上がらない要因を見ていくと、結局は全ての根本となる「ビジョン」の不足に行き当たるということがよく分かりました。ここはチームマネジメントのさらに手前にある課題だと思いますが、どう解決していけばいいのでしょうか。

ピョートル: シンプルな話で、一人一人が「自分は何のために、何をしたいのか」に気付けばいいんです。さっき「働き方改革より経営改革だ」と言いましたが、それと同時に個人の「生き方改革」が必要だと思う。そして、生き方を変えるにはまず自己認識。自分の本音に気付かないといけません。僕の会社の社員も日々脱皮しております(笑)。

前にこんなことがありました。大企業に勤める女性とイベントの懇親会で知り合って、「いかに会社のために犠牲を払えるか」を熱く語られたんです。それで僕は思わず「あなた社畜なんじゃない?」と言っちゃったんですね(笑)。彼女はそれで怒ったんだけど、数日後に長ーいメールがきた。「あれから自分を振り返ってみたら、自分が何のために良い大学に入って、今の企業に入ったか分からないことに気付いた。だから会社を辞める」と。

スチュアート: それ、責任重大じゃないですか。

ピョートル: ピョートルの会社に入りたい、と言うからちゃんと雇いましたよ! ともかく、そういう「実はもやもやしている」人はたくさんいますよね。その人たちに言いたいのが、「もやもやしてる時間なんてあるの?」ということ。死なないならいいですよ。でも僕たちには寿命がある。残された人生の時間が後どのくらいか分かっていれば、すぐ動いちゃうはずなんです。50代で大手企業を辞めて、ベンチャー企業に入るような人だっているじゃないですか。

自分が何をしたいのか、自己認識をしないで生きている人が多いというのは、日本の社会問題と言ってもいいと思う。そこには戦後教育、政治、経営といったいろいろな要因があるでしょう。でも、それはともかく、これがずっと続いちゃったらやっぱりよくない。世界がこれだけ変わってしまったんですから。

スチュアート: そう。動いたって死なないからね(笑)。真面目な話、企業はこの先「頑張らないとつぶれてしまう」というところまで来ている。まだ上の立場でない社員や若い人の中に、イノベーションへの意欲やアイデアを持っている人はいくらでもいるんです。気の毒になるくらい頑張っている人も随分見てきました。彼らを生かせるようなオープンな経営、本質的なチームづくりができるかが、企業の命運を分けるのではないでしょうか。

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