アトラシアン本社の情報サイト『WORK LIFE』より。ライターのカット・ブーガード(Kat Boogaard)が、ビジネスパーソンの誰もが陥りやすい自己過信の落とし穴「ダニング・クルーガー効果」を抑止する方策について説く。
本稿の要約を10秒で
- 「ダニング・クルーガー効果」とは、自分の能力を過大に評価してしまう認知バイアスを指している。
- ダニング・クルーガー効果は、知識・スキルの欠如によって引き起こされることが多い。
- ダニング・クルーガー効果を回避するうえでは、自分の能力やパフォーマンスに対する客観的な理解、認識を深めることが重要であり、本稿ではそのための具体的な方策をいくつか紹介する。
「ダニング・クルーガー効果」とは
「ダニング・クルーガー効果」とは、自分の知識やスキル、あるいは能力を過大に評価してしまう認知バイアス(以下の囲み記事を参照)を指している。この認知バイアスの存在は、米国コーネル大学の心理学者であるデビッド・ダニング(David Dunning)氏とジャスティン・クルーガー(Justin Kruger)氏によって明らかにされたものであり、両氏による1999年の論文(参考文書(英語))の中で初めて紹介された。以来、この認知バイアスはダニング・クルーガー効果と呼ばれるようになった。
認知バイアスとは何か
本文にあるとおり、ダニング・クルーガー効果とは、私たちの脳が陥る可能性のある数多くの認知バイアス(参考文書)の1つだ。認知バイアスとは、事実とは反する思い込みによって、モノゴトに対する判断はもとより、評価・記憶、あるいは、その他の認知プロセスが歪められてしまうことを指している。たとえ、正しい情報によって自分の先入観が脅かされたり、否定されたりしても、認知バイアスが意思決定に大きな影響を及ぼす。また、 認知バイアスは、日々取り込まれる過剰な情報(参考文書(英語))を処理するために脳が発動するショートカットのようなものでもある。そのシステムは不完全なものだが、自分の脳が持つ仕組みであるがゆえに、人はそれに固執してしまうらしい。ちなみに、自分の認知バイアスに固執してしまう認知バイアスは「モーダルバイアス」(参考文書(英語))と呼ばれている。
ダニング氏とクルーガー氏は、ダニング・クルーガー効果の存在を証明すべく「ユーモア」「文法」「論理」に関する実験を行った。実験の参加した学生たち(以下、被験者)は、これらの項目に関する能力テストを受けるのと同時に、自身の能力を自ら予測するよう求められた。その結果、能力テストの成績が下から4分の1にランクされた被験者たちは、自身の能力を過大に評価していたことが明らかされた。具体的には、能力テストの順位が下から4分の1にランクされた被験者たちは、自分の能力を平均で「62パーセンタイル(*1)」と予測していたが、実際の成績は平均で「12パーセンタイル」に過ぎなかったのである。この乖離(かいり)こそが、ダニング・クルーガー効果の核心といえる。
*1:パーセンタイル:パーセンタイルとは、統計分析において、テストの点数などのデータを小さい順に並べ、その順位をパーセントで表した数値を指す(「パーセンタイル順位」とも呼ばれる)。その値が小さければ小さいほど順位が下であることを意味し、中央値は50パーセンタイルとなる。
米国のコメディドラマによく自信家で頑固な父親が登場する(米国では、こうした父親を「Sitcom Dad(シットコム ダッド)」と呼ぶ)。
シットコム ダッドは、例えば、家族とのドライブ旅行中に他者に道を尋ねることを拒み、家族を絶望的な迷子の状態にしてしまう。あるいは、不器用であるにもかかわらず、自宅の修繕は自分一人でできると思い込み、最終的に家を破壊してしまったり、家庭料理なら自分でも作れると過信してフライパンを燃え上がらしたりする。
こうしたシットコム ダッドのストーリーは、知識・スキルに欠ける人ほど、ダニング・クルーガー効果を起こしやすいことを示唆している。言い換えれば、自分に知識・スキルがないことを認識できていない人ほど、自己を過信しがちになるというわけだ。そして、この現象は、すべての人に起こりえるといえるのである。
ダニング・クルーガー効果がなぜ起きるのか
私たちは、何らかの分野について「自分には限られた知識やスキルしかない」ということを容易に認識することができる。にもかかわらず、なぜ、自分の能力を過大に評価したり、過信したりしがちになるのだろうか。
ダニング氏とクルーガー氏は論文の中で、その過信の原因を「2重の負担」と表現する。2重の負担とは「自分には知識・スキルが足りていないことを認識する」ことの負担を指している。両氏によれば、人は元来、未知の領域における知識・スキルが自分にないことを正しく認識する能力(両氏はこれを「メタ認知能力」と呼ぶ)が欠如しているという。
実際、私たちは基本的に「自分が何を知らないか」が見えていない。また、特定分野における経験が浅い場合、その分野における自身のパフォーマンスを正しく測るための基本情報を持ち合わせていない、あるいは、パフォーマンスを測るための情報が間違っていることが多い。結果として、自己の能力、ないしはパフォーマンスを過大に評価しがちになるというわけだ。
加えて人は、自分の無知を認めることを恥と感じ、本能的にそれを避けようとする。それもダニング・クルーガー効果を誘発する要因となる。
ダニング・クルーガー効果と能力開発の4つのステージ
人の能力には4つのステージ(参考文書(英語))があるとされ、その能力モデルはダニング・クルーガー効果に関連するものとしてよく言及される。このモデルは、学習によって人の能力がどのように発達していくかを示すもので、そのステージは以下の4つに分けられている。
ステージ① アンコンシャス インコンピテンス(Unconscious incompetence):自分の能力の欠如をまったく認識していない状態
ステージ② コンシャス インコンピテンス(Conscious incompetence):能力の欠如に対する認識があり、足りていない知識・スキルを習得したいと考えている状態
ステージ③ コンシャス コンピテンス(Conscious incompetence):能力を発揮するための知識・スキルを獲得しているが、能力を発揮するために意図的な集中と相応の努力が必要とされる状態
ステージ④ アンコンシャス コンピテンス(Unconscious incompetence):意識せずとも能力が発揮できる状態
ダニング・クルーガー効果は通常、能力が上記のステージ①の状態にあるときや、ステージ①から②への移行期に最も頻繁に引き起こされる。
ダニング・クルーガー効果がもたらす弊害
私たちは通常、何らかの領域について自分たちの能力が不足していることを認識しており、その領域における自身のパフォーマンスについて現実的な評価を下すことができる。ただし、発生の頻度はそれほど高くないものの、誰もがダニング・クルーガー効果を引き起こす可能性がある。ゆえに、この効果がもたらす弊害を知っておいたほうが良いといえる。その弊害とは、以下のようなものだ。
● 不適切な意思決定: 自分の能力に見合わないキャリアを追求したり、現実的に達成不可能なプロジェクトにボランティアとして参加したりすると、先に触れた二重の負担によって、適切な意思決定を下せなくなる可能性がある。
● 周囲からの不信感: 自己過信がパターン化し、仕事上の過大な約束を周囲にしながら、期待外れの結果しか生めないでいると、周囲はその人の能力に疑念を抱くようになり、信頼しなくなる。
● 周囲を危険にさらす:危険でリスクの高い職業では、自己の知識・スキルに対する過大評価が、自分と周囲の生命の安全を損なわせるリスクがある。
一方、ダニング・クルーガー効果は、プラスの効果をもたらすこともある。例えば、他者から見れば実現不可能に思えるような壮大な目標(参考文書(英語))を掲げ、達成していくうえでは、自己の能力への過信、あるいは過大な評価が必要とされることがある。
ダニング・クルーガー効果 vs.「インポスター症候群」
ダニング・クルーガー効果は、自分の能力を過小評価し「いつか、自分の詐欺がバレてしまうのではないか」との恐怖心を抱く「インポスター症候群」(参考文書(英語))とは正反対の思考の偏りといえる。ただし、私たちはこのどちらも引き起こす可能性がある。
なお、ダニング・クルーガー効果は、特定分野において、自分の専門知識が不足している場合に起こりやすい現象だが、インポスター症候群は、実際には専門家であるにもかかわらず、自分の知性を疑っている場合によく起きる症状である。
ダニング・クルーガー効果への反論を知る
他の理論や発見と同様に、ダニング・クルーガー効果もさまざまな批判を受けている。そうした懐疑論の中には、ダニング氏とクルーガー氏の研究結果に対して「コンピューターに自己予測とテストスコアをランダムに発生させても、同じ結果が得られ、ダニング・クルーガー効果が人の思考の偏り(=認知バイアス)によって引き起こされたとは断定しかねる」(参考文書(英語))といった主張や「ダニング・クルーガー効果は、特定のサンプルを対象にした観測結果に過ぎず、実験を幾度も繰り返せば平均への回帰(実験・観察の継続・繰り返しによって結果が平均値に近づいていくこと)が見られるのではないか」といった主張(参考文書(英語))がある。
ただし、ダニング・クルーガー効果の学術的な問題点を突くこと以上に、この認知バイアスについて語るうえで重要な点は、人の「恥」という感情であるだろう。この効果に関する学術的な説明には「無能」「無知」「低能力者」といった言葉が散見されるが、こららの言葉は人の屈辱感を呼び起こすものといえる。ゆえに、誰かの偏った行動がダニング・クルーガー効果のせいであると指摘されると、それが個人への侮辱のように感じられることが間々あるのだ。
ダニング・クルーガー効果を回避する方策
いずれにせよ、ダニング・クルーガー効果は、現象として私たちの心の中でいつでも起こりえる。それを回避する最善の策は、自分を客観的に認識することだ。
私たちは大抵の場合、「自分のことは自分が最もよく知っている」と考え、自分の自己認識力は高いと思いがちだ。ところが、ある研究によると、自己認識力の基準を満たす人は全体の10~15%にすぎないという(参考文書(英語))。ということで以下に、自分の能力について客観的に、かつ現実に近いかたちで把握するための手立てを示す。
● さまざまな情報源からフィードバックを求める:職場での自分のパフォーマンスや仕事ぶりに関して「360度フィードバック」(参考文書(英語))を求めることは、自身の能力を客観的、かつ総合的にとらえるうえで有効な手段だ。このフィードバックをオフィシャルなプロセスとして定期的に実施している企業もあるが、例えば、「1 on 1ミーティング」(参考文書(英語))や大きなプロジェクトの終了時、業績評価の場などを通じて、一緒に仕事をしている人たちから適宜フィードバックを求めることもできる。
● これまでの経験を振り返る:職場における自己への認識(参考文書(英語))を深めるうえで、過去の経験は素晴らしい教師となりえる。例えば、これまでのプロジェクトを通じて、自分が「何を成し遂げたのか」「どんな課題に直面したのか」「どのようなときに苦労させられ、どのようなときに仕事を楽だと感じられたのか」「どのようなことにやりがいを感じ、どのようなときに働く意欲を削がれたのか」といった点を振り返っていただきたい。この振り返りは、自己の能力を把握し、自分の能力が最も生かせる場所を見つける手がかりになる。
チームでのダニング・クルーガー効果の発生を抑止する
チームを率いる立場にある人は、チームにおけるダニング・クルーガー効果の発生も最小限に抑えなければならない。そのためには、以下の手立てをチームのメンバーとともに遂行することが重要となる。
●心理的安全性を確保する: 高いレベルの「心理的安全性」(参考文書)を確保することで、チームの各人は、自分が仕事上のノウハウを十分に有していなことを他者からの非難を恐れずに認められるようになり、そうすることが見栄を張るよりも快適だと感じられるようになる。
●多様なスキルを尊重し、称賛する:チームのリーダーは、とかくチームの弱点を補いたくなるものである。ただし、ギャラップ(Gallup)社の研究(参考文書(英語))によって、チームの成長のみにフォーカスするのではなく、チームの強みを重視する文化を築くことで、従業員のエンゲージメントレベルが高められることがわかっている。また、チーム特有の強みを重視することで、従業員は、自分の能力以上のことをして評価や承認を得ようとするのではなく、自分固有のスキルや性格が尊重されていると感じられるようにもなる。
●自己反省のエクササイズを行う:自己への理解を深めるための性格診断(ないしは、自己反省)のエクササイズ「ジョハリの窓(Johari window)」(参考文書(英語))を、チームのメンバーに実施してもらう。そうすることで、各人の自己理解度をアップさせることができる。このエクササイズは、チームのメンバーに自分自身を最も良く表現する5~6つの用語を選んでもらい、併せて、メンバーの同僚たちに、そのメンバーを最も良く表すと思う用語を選んでもらうことで行う。その選択結果をマトリックスにプロットすることで、メンバー各人の自己認識と同僚の評価がどの程度一致しているかを確認することができる。
●「成長型マインドセット」を育む:「成長型マインドセット(グロースマインドセット)」(参考文書)を持ったチームは、学習と改善に貪欲であり、失敗やミスを学習の機会ととらえる。 チームのメンバーが、自身のスキルに磨きをかけるためのリソースとしてメンターシップ(参考文書(英語))やセミナー、書籍、教育コースなどの豊富に提供することで、グロースマインドセットを育むことが可能になる。
●思慮深く、誠実なフィードバックを与える:チームのメンバーの仕事ぶりに対する批判的なフィードバックは、それが「建設的で誠実な批判」(参考文書(英語))であっても、相手を傷つける可能性があり、それを伝えるのはなかなか難しいことがある。だからといって、リーダーが口を閉ざし、低いパフォーマンスしか発揮できていないメンバーに「自分は素晴らしい仕事ができている」と思い込ませ続けることは、是が非でも避けなければならない。仮に、それを怠れば、そのメンバーは、自分が周囲の期待に応えられていないことに気づかぬまま日々を過ごし、成長の機会を失うことになる。
自己への理解・認識を深めることを目指す
自分の脳に、自分を欺いて自身を過大に評価するメカニズムが組み込まれているというのは、あまり心地の良いことではない。ただ、そのことを知って目指すべきは、自分の能力に疑いをかけたり、不安に感じたりすることではない。大切なのは、ダニング・クルーガー効果が、自分の仕事や生活においてどのようにして起こりうるかを理解し、そのうえで等身大の自己への認識、理解を深めることである。そうして自分や自分のチームのリアルな強みと弱みを客観的に把握できれば、自分と自分のチームの各人が、輝ける役割、プロジェクト、環境を探し出すことができるのである。