アトラシアン本社の情報サイト『WORK LIFE』より。ライターのシャイナ・ローゼン(Shaina Rozen)が、「左脳型」も「右脳型」も世の中に存在しない事実を示すとともに、仕事に役立つであろう「脳の真実」について紹介する。

本稿の要約を10秒で

  • 1960年代、神経科学の研究により、人間の各人において「左脳」と「右脳」のどちらか一方が優勢であるとの傾向が示された。以来、多くの人が、自らを「左脳型」(分析的、几帳面、論理的)、ないしは「右脳型」(芸術的、創造的、感情的)に分類してきた。
  • この分類は自分自身や他者を理解しやすくする一方で、そこに科学的な意味がないことがすでに証明されている。
  • 近年の研究により、人間の心はかなり複雑で絶えず変化し、学習と成長を続けることが明らかにされている。そして左脳と右脳は、身体の異なる機能を制御しながら、驚くべき方法で互いに協力し合い、私たちが最高の自分になることを助けているという。

「左脳型」か「右脳型」かに類別することのリスク

社会の動物である人間は、自らを何らかのカテゴリーに当てはめ、似たタイプの人たちとつながろうとしがちだ。

例えば、職場では、アーティスティックでクリエイティブなチームのメンバーたちは、自分らを「右脳型(=芸術的、創造的、感情的)」としてステレオタイプ化し、その種の人たちと一緒にいたり、仕事をしたりするのを好む。一方で、「左脳型」(=分析的、几帳面、論理的)とされるマネージャーやアナリストたちも、同じタイプの人たちと仲良くなる傾が強い。

このように自分と周囲の人たちをカテゴライズして、レッテルを貼ることは、複雑な周囲の世界を整理して把握し、人間関係を築くうえで有効なことがある。ただし、この種の「社会的カテゴライズ」には、自分や他者のアイデンティティを単純化し過ぎたり、成長を妨げたりするリスクがある。しかも、カテゴライズの判断基準としてこれまで信じてきた理論、ないしは通説が、まったくの間違いであることもある。その代表的な1つが、実は「人には左脳型と 右脳型が存在する」という考え方なのである。

脳の基本構造を知る

上の記述を一読して「えっ!世の中には左脳型も右脳型も存在しないのか」と衝撃を受けた人もいるだろう。早速、その件について説明したいのだが、まずは脳の仕組みの基本的なところを確認しておきたい。

人間の脳は驚くべき器官であり、この器官の仕組みを詳しく語ろうとすると、とても1本のコラムには入り切らない文章量になる。しかも、私はチームワークを専門とするライターであって脳科学者ではない。ということで、脳の詳しい説明は専門書に任せることにし、ここでは脳の仕組みを簡単に概説することにする。

平均約1.5キログラム(kg)の人間の脳は、私たちの思考のみならず、身体のあらゆる部分の働きを制御している。脳には約1,000億個のニューロン(神経細胞)と約100兆の接続(ネットワーク)があり、神経の高速道路を通じて身体全体と信号(メッセージ)を送受している。メッセージの伝達スピードは非常に速く、からだのあらゆる部分と脳との間では一瞬でメッセージがやり取りされる。

そして脳は左右の半球に分かれている。それぞれの半球、すなわち左脳と右脳には、それぞれ4つの「葉」があり、各葉が異なる機能を管理している。その機能には「味覚」「触覚」といった意識的なものもあれば、「呼吸」や「瞬き」といった無意識的なものもある。さらに左脳は身体の右側を、右脳は左側をそれぞれ制御している。

脳の各部位は異なる機能を担っているが、すべてが「司令塔」として相互に連携し、私たちの「感覚」「運動」「行動」「生存」を制御している。こうした脳の働きをより深く理解することで、私たちは単に生命を維持するだけではなく、成長することもできるのである(この成長については後述)。

科学が証明した「左脳優位」「右脳優位」という考え方の間違い

旧来より、左脳と右脳のどちらか一方が優位に働くという考え方が信じられてきた。この学説(以下、「左脳/右脳優位説」と呼ぶ)を最初に唱えたのは、心理生物学者のロジャー・W・スペリー(Roger W. Sperry)博士だ。スペリー博士は1960年代に「分離脳実験」(参考文書(英語))を行い、その結果の1つとして左脳/右脳優位説を唱えた。ちなみに、 スペリーと彼の同僚である心理学者のマイケル・ガザニガ(Michael Gazzaniga)博士は、左脳と右脳の機能分化的な役割を調査した最初の科学者でもある。

スペリー博士とガザニガ博士は実験を通じて、左脳が「言語」「会話」「理解」を司り、「単語」「文字」「数字」を認識して、分析や計算を行うことを発見した。ゆえに、几帳面で論理的な人は左脳型であると考えられてきたわけだ。

一方の右脳は「創造性」「知覚」「空間認識」を司り、「顔」「場所」「物体」を認識する。そのため、より創造的で感情的な人は右脳型であるとされてきた。

画像: 科学が証明した「左脳優位」「右脳優位」という考え方の間違い

スペリー博士は左右の脳の研究でノーベル賞を受賞し、彼の研究の一部は今日においても真実である。つまり、左脳と右脳の役割には違いがあり、特定の部位は、それぞれ異なる機能を制御しているというわけだ。 そして、各部位が相互に協力しながら身体全体を動かし続けているのである。

もっとも、スペリー博士が唱えた左脳/右脳優位説に関しては、のちの研究によってまったくの「フィクション」であることが証明された。例えば、2013年には、ある神経科学者のチームが、スペリー博士とガザニガ博士の研究と新たな証拠を再検証し、その結果として左脳/右脳優位説を否定した(参考文書(英語))。この再検証で明らかにされたのは以下の事実である。

  • 人間の脳は、左脳と右脳のどちらか一方を優遇するようなことはしない。
  • 左右の脳はそれぞれ異なる働きをするが、損傷していない限り、どちらかが他方よりも優れているということはない。
  • 脳の大きさや左右の働きと知能との間に相関関係はなく、脳の特定の領域が他の領域よりも神経接続が強い、ないしは弱いという違いがあるだけである。この神経接続の強さが、私たち各人が特定のスキルに秀でている理由でもあり、その接続は鍛錬によって強化することができる。
  • 人間は脳の片側だけを使っているわけではなく、常に左脳と右脳が協調して働いている。例えば、左脳が計算で重労働を担う一方で、右脳が推定や数値比較をサポートするといった具合である。

仕事に役立つ「脳の真実」

スペリー博士ら以降の研究は、左脳/右脳優位説を否定するだけでなく、人間の脳が、旧来考えられていたものよりも素晴らしいものであることも明らかにした。その素晴らしさをまとめていえば「人間の脳は、変化に適応するために絶えず自らの構造を変化させ、身体的な作用や人生経験をもとに学び続ける」というものだ。

この事実は、ビジネスの世界に身を置く私たちにとって非常に良い知らせといえる。というのも、自分の脳が変化への適応力や学習力を持ち続けるという事実は、自分の年齢やキャリアのステージがどうあれ、常に成長・改善の可能性があることを意味するからだ。

このように言うと、多くの人が、そうした脳の能力についてより具体的に知りたいと考えるはずである。そこで以下では、仕事をするうえで役に立つであろう「脳に関する真実」を3つ紹介する。

真実① 学習は脳の構造を変える

社会人としてスタートを切った初日、おそらく多くの人が周囲の雰囲気に圧倒され「この仕事は自分の手に負えないのではないか」と不安に感じたはずである。誰にとっても、面識のない人たちの輪に飛び込み、新しい環境と対峙しながら、新しい概念を学ばなければならないのは大仕事に思えるものだ。

ところが、仕事を始めてから数週間、あるいは数カ月が経つと。コツをつかみ、職場がより快適に感じられるようになる。その理由は、脳が自身の神経細胞と神経の高速道路を通じてさまざまなメッセージを何度も送りながら新しいネットワークを形成し「見慣れないもの」を「見慣れたもの」へと変化させるからである。またそれが、私たちが新しいスキルを習得し、情報を吸収するプロセスでもある。

人間の脳は、私たちが何か新しいことを学んだり、新しい考えを持ったり、新しい記憶を作ったりするたびに自らの構造を変化させる。この能力は脳の「神経可塑性(Neuroplasticity)」(参考文書(英語))と呼ばれものだ。人間の脳は、神経可塑性を実現するプロセスを通じて、仮に重大な損傷を負った場合でも、自身の情報処理プログラムやネットワークを再構築することができる。言い換えれば、神経可塑性のプロセスは、肉体的傷害や精神的外傷から人が回復するメカニズムであり、方法であるわけだ。またそれは、私たちが特定分野の専門家として学び、成長し続けるためのプロセスでもある。

【仕事での生かし方】
私たちの脳は新しい情報を常に欲している(参考文書(英語))。こうした脳の学習欲求を満たし、頭脳をシャープに保つことは、仕事をより効率的に、効果的することにつながる。そうした効果を期待し、脳の学習欲求を満たしたいのであれば、自己のトレーニングや探求のための時間を意図的に確保するのが良策である。具体的には以下のような取り組みを実践することをお勧めする。

  • 2週間に1時間程度の割合で最新の業界ニュースを読んだり、新しいスキルを磨いたりする時間を設ける。
  • 1年に数回の頻度でセミナーやイベントに参加する。
  • 会社の「ジョブローテーションプログラム」(参考文書(英語))や「専門能力開発コース」(参考文書(英語))などに積極的に参加する。

真実②「退屈さ」は有益である可能性がある

入浴中や通勤途中、あるいはベッドにゴロンと横になっている時に、最高のアイデアをふと思いつくことがある。これは偶然ではなく、科学的な根拠のある現象だ。

心理学者で書籍「Out of My Skull: The Psychology of Boredom」の共著者であるジョン・イーストウッド(John D. Eastwood)氏は「退屈はイノベーションの大きな推進力になりうる」と指摘している。その主たる理由は、心が静寂に包まれると、脳の創造性が働き、空虚な空間を何かで埋めようとするからだ。

また、2013年のある研究(参考文書(英語))では、少量の退屈さは、問題解決などの「収束的思考(コンバージェント シンキング)」を行うための準備作業として、脳を活性化させる効果があることを証明している。さらに翌2014年における別の研究(参考文書(英語))でも、少しの退屈さによる創造性の活性化は、ブレインストーミングのような「発散的思考(ダイバージェント シンキング)」の場においても効果的であると指摘している。

【仕事での生かし方】
職場での「退屈な時間」、あるいは「何も考えないでボーっとしていられる時間」を設けるために、「反パワーアワー(=何も生み出す必要のない時間)」を毎週1時間程度スケージュールしてみてはいかがだろうか。この時間は、頭を空っぽにしてPCから離れ、インスピレーションを得られるようなことをしたり、過去に取り組む機会のなかったトピックについて自由な発想で語り合い、発散的思考の演習(参考文書)を行ったりすることができる。

真実③ 個人的な熟考ののちのコラボレーションは最高のアイデアを生む

ある研究によると、コラボレーションによる問題解決は良い成果につながるだけでなく、個人の成長や仕事に対する満足感のアップ、ストレスの軽減といった効果も生むという(参考文書(英語))。また、2018年のハーバード ビジネス スクールの研究(参考文書(英語))によれば、「個人的なブレインストーミング」を行ったのちにコラボレーションを行うことで、より優れた成果が得られる可能性が高まるという。

この研究は、参加者を3つのグループに分け、それぞれに巡回セールスマンの最短コースを求める問題「巡回セールスマン問題(Traveling Salesman Problem:TSP)」(参考文書(英語))を解かせるかたちで行われた。

このうち第1グループでは各人が個別に問題解決に取り組んだ。また、第2グループは、全員でのブレインストーミングを行った後に互いのメモを交換する形式で問題解決に取り組んだ。そして第3グループでは、個人の熟考を3ラウンド行い、各ラウンド後にコラボレーションを行うかたちで問題を解いていった。

その結果、第1グループは多くの異なる解決策を生み出したが、その品質にはバラつきがあった。

また第2グループは、取り組みの全プロセスを通じて互いに協力し合うことでより良い解決策を導き出したものの、最終的には互いに影響し合い、1つのアイデアに早々に落ち着いてしまうといった問題が見られたという。

それに対して第3グループは、メンバー各人が、自分の考えを深め、発展させたうえでコラボレーションに臨んだことで、お互いのアイデアの良いところを効果的に融合させることができた。結果として、第3グループが最も優れた解を導き出したという。

【仕事での生かし方】
チームが問題の解決や新しいコンセプトの考案に取り組む際には、まず各自でブレインストーミングを行い、次にグループでアイデアを共有し、全員でアイデアを洗練させていくことが有効である。また「シックスハット法(6つの帽子思考法)」(参考文書)といった思考のテクニック(*1)も、複雑な問題に取り組むうえでは有効である。

*1 シックハット法(6つの帽子思考法):色の異なる帽子を使いながら、物事を「事実(情報)」「直感・感情」「創造性」によってとらえたり、「リスク」「ベネフィット」の側面からとらえたりして、思考を押し広げていく手法のこと。

学びを止めたときに成長が止まる

以上のとおり、自分や周囲の人たちを左脳型か右脳型かに分類することには何の意味もない。たとえ、自分の普段の思考が、論理的思考、あるいは創造的思考のどちらか一方に偏りがちであるとしても、私たちは誰もが両方の能力を兼ね備えている。そして左脳と右脳は常に連携し、学び、進化し続けている。

したがって、もし、あなたが「左脳 vs. 右脳」という枠組みにとらわれてきたならば、早々にその考え方を捨て去り、自分の脳の欲求を満たすべく「成長型マインドセット(グロースマインドセット)」(参考文書(英語))を身につけ、学習に励むべきである。言い換えれば、アルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein)の以下の言葉は、脳科学の見地からいっても、まさに真理なのである。

学び続けることを止めてはならない。なぜならば、学び続けることを止めたとき、成長も止まってしまうからだ ー アルベルト・アインシュタイン

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