ダイバーシティ(多様性)の必要性を科学的に解き明かす
周知のとおり、組織・チームにおけるダイバーシティ(多様性)の確保は、多くの成長企業、あるいは先進的な成功企業が取り入れている組織戦略だ。本書は、その多様性(*1)の必要性・重要性を科学的に説いた一冊である。
*1 本書では、人の多様性として、人種・年齢・性別など「人口統計学的多様性」と、ものの見方や考え方が異なる「認知的多様性」をともに扱っている。
著者は、本サイト(「チームの教科書」)でも取り上げた書籍「失敗の科学〜失敗から学習する組織、学習できない組織」と同じ、英国の著名コラムニストでライターのマシュー・サイド氏だ。「失敗の科学」と同様に、論拠として数々の事例や調査研究のデータ、さらには取材結果を活用しており、それらをファクトとして用いながら「なぜ(多様性のない)画一的な集団は失敗する傾向にあるのか」「なぜ多様性豊かな集団は、 その頭数以上の力を発揮できるのか」といった点を解き明かしている。
以下は、本書の章立てである。
- 第1章 画一的集団の「死角」
- 第2章 クローン対反逆者
- 第3章 不均衡なコミュニケーション
- 第4章 イノベーション
- 第5章 エコーチェンバー現象
- 第6章 平均値の落とし穴
- 第7章 大局を見る
この章構成の中で、本書では「9.11同時多発テロ」の発生を予測できなかった米国CIA(中央情報局)の失策から論をスタートさせる。続く各章でも、遭難事故の悲劇に見舞われたベテラン登山家チーム(第2章で登場)をはじめ、大失敗に終わった英国「人頭税」の審議委員会(第2章で登場)、墜落事故を引き起こしたユナイテッド航空173便のコックピットクルー(第3章で登場/「失敗の科学」でも登場)、イノベーションに追随できず(ないしは、イノベーション力を失い)市場から姿を消していったハイテク産業の企業群や第二次産業革命下の製造事業者(第4章で登場)、さらには、現代人の祖先よりも大きな脳(=より高い認知能力)を持ちながら淘汰されていったネアンデルタール人(第4章・第7章で登場)など、多様な組織、チーム、種族の事例(=多様性が欠落していた、あるいは多様性を軽視してことから悲惨な結果・結末を招いてしまった事例)が章ごとのテーマに沿って巧みに、かつ、豊富に取り上げられている。
そうした数多くのファクト(事例や調査研究データなど)を通じて本書では、多様性の力を軽視することの危険性をわかりやすく示すとともに、個々人の違いを有効活用していくこと、あるいは、多様な知恵・知識・経験・発見を取り入れ、融合・共有して集合知を形成・蓄積していくことが、組織・社会・人類の繁栄にとっていかに重要かを説いている。その結論の一つとして、著者は多様性の重要性についてこうも述べる。
多様性を正しく理解し始めれば、視野が大きく開けていく。人類の知性は、個人ばかりではなく集団の多様性の上に成り立っているということがわかる。イノベーションも、個人の知恵に限らず、集団のネットワークの中で起こる融合がカギだ。人類の繁栄も、個人の脳を超えた集団脳によってもたらされる
多様性の重要性をファクトで理解
本書の帯にある宣伝文句には「(組織の話なのに)映画のように面白い!」とある。本書を読んで、そう感じるかどうかは個人差があるだろうが、CIAの話も含めて、本書の随所に出てくる事例は小説風に語られており、読み物としても確かに面白い。この辺りは、著名コラムニストである著者の筆力と文書の構成能力によるものといえる。
ただし、もちろん本書の本質的な価値は「読み物としての面白さ」にあるわけではない。それよりも重要なポイントは、本書を読むことで、多様性の必要性・重要性に対する認識、理解がファクトによって深められる点にある。その内容を通じて、例えば、多様性が「なぜ必要なのか」「なぜ重要なのか」に関する自身の論理武装に弱さを感じている人も、強化が図れるはずである。また、自分のチームや組織で多様性を確保することに不安や疑問を抱いている人は、それらを一挙に解消できるかもしれない。
例えば、先に触れたCIAの失敗(=「9.11同時多発テロ」の発生を予測できなかった失敗)に対する本書の考察からは、組織を構成する一人一人がどれだけ優秀であっても、同じ文化的背景や考え方を持つ人の集団は「盲目」になりやすく、物事の全体をとらえる能力において、多様性が確保された集団に劣ることをファクトとして理解できる。
また、本書の記述からは、優れた個人の知恵やアイデアよりも、複数人による知恵やアイデア、あるいは集合知のほうが勝ることを裏づける事例やデータも得られる。
日本では古くから「三人寄れば文殊の知恵」といった中国伝来の格言が広く知られ、(3人以上から成る)チームは一人の天才に匹敵する(場合によってそれ以上の)知恵を持ちうるということを誰もが理解していた(はずである)。ただし、その正しさを証明する事例や調査研究データがあまり示されてこなかったことから、凡人が束になっても、一人の天才の知恵にはかなわないといった考え方も、さまざまな分野で見られてきた。本書を読むことで、多くの場合、そうした考え方が間違いであることがファクトによってつかむことができる。
加えて、各分野でイノベーションを引き起こしてきた天才たちも、決して単独の頭脳によってそれを成しえたわけではなく、多様な分野における他者の知恵やアイデア、発見、あるいは自身の経験を吸収/活用しながら、イノベーションを引き起こしてきた。さらに、本書によると、過去において引き起こされてきたイノベーションは、そのほとんどが、異なる分野の知恵、アイデア、発見の融合によってもたらされてきたという。そして本書では、そうしたイノベーションの原理もファクトをもって解説されている。
その記述からは、異業種との共創やオープンイノベーションの推進、あるいは異なる知見をもった人たちによるコミュニティづくりが、ビジネスの変革やイノベーションを引き起こすうえでの正しい取り組みであり、逆に、そうした取り組みを実践しなければ、イノベーションを引き起こしにくいことが、実例やデータとともにつかむことができる。
実のところ、オープンイノベーションや異業種との共創で大きな成果を上げるのはなかなか難しく、社内からその意義を問われることが多いのが実情といえる。本書は、そんなオープンイノベーションや異業種との共創に対する周囲の疑念や批判を一掃する材料となりうるのである。
ちなみに、IT業界においては、企業・組織の垣根を越えた人同士の“オープン”なつながりや協業が、イノベーション力、あるいは市場での競争力の維持・強化に欠かせないとの認識がかねてからある。というのも、(これは本書でも指摘されているが)すべてを自前主義でつくり、自社の技術や知見を社内に閉じてきた多くのIT企業が、優れた人材と技術力を有していたにもかかわらず、イノベーション力を低下させていき、「オープンなシステム」や「社外とのオープンなつながり」を指向するIT企業との市場競争に敗れ、姿を消していったからである。言い換えれば、IT業界では、多様性の確保が自社のサステナビリティを維持・向上させるうえで不可欠との理解、認識が古くからあり、その意味で、IT業界に属する成長・成功企業がこぞって多様性の確保に熱心なのは、当然のことといえるのである。
多様性の障壁と障壁を乗り越える術(すべ)も併せて提示
もう一つ、本書の大きな価値として、多様性を確保したり、機能させたりするうえでの障壁や、その障壁を打ち破り、多様性を自分の組織の力へと転換する方法が学べる点も挙げられる。要するに、本書は多様性の必要性や重要性を説くだけではなく、多様性を取り込むためのテクニックもカバーしているというわけだ。
本書によれば、企業の組織やチームは、考え方や視点の「クローン化」や「情報のカスケード」(集団の構成員がみなリーダーと同じ判断をして一方的になだれ込んでいく現象)、「エコーチェンバー現象(=同じ意見の者同士でコミュニケーションを繰り返し、特定の信念が強化される現象)」などが発生しやすく、通常は、多様性の確保とは真逆の方向に進みがちになるという。また、企業の組織・チームは、依然として「順位制(メンバーの序列、ヒエラルキー)」によって支配されていることが多いが、こうした組織・チームの構造も人の個性や多様な見解・視点を圧殺し、多様性の取り込みを困難にするという。
本書では、これらの多様性の障壁を打ち破る、あるいは回避する術(すべ)をさまざまに示しており、また、日常的に多様性を取り込む手法として「無意識のバイアスを取り除く」「陰の理事会(の運営)」「与える姿勢」の3つを紹介し、それぞれをどのように実践すべきかを具体的に記している。
もっとも、ヒエラルキーについては、いくら多様性を阻害するからといって、それを完全に排除してしまうと(100%フラットな構造の組織・チームにすると)組織・チームが混乱し、方向性を見失いかねない。その観点から本誌では、ヒエラルキーによる支配と多様性とのバランスを適切にとる(あるいは、両立させる)方法についても示している。
いずれにせよ、近年では、日本でも多様性に対する関心が高まり、経営方針として多様性の確保に取り組む企業も増えているようだ。ただし、「なぜ、多様性が必要か、重要か」の認識は、依然としてバラツキがあるようで、なかには「差別をなくす」という企業の社会責任(CSR)の一環として多様性に取り組んでいたり、人材確保の競争で優位に立つための人事戦略(あるいは、イメージ戦略)として多様性を取り込もうとしていたりする企業も散見される。ときおり、「20XX年までに、管理職における女性比率をXX%にする」といった多様性の数値目標も見かけるが、こうした数値目標には意味はなく、大切なのは性別に関するバイアスの一切を排除することとなる。というのも、女性の能力に対するバイアスの排除によって、管理職における男女比率は自ずと人口統計上の男女比率に近くなるだけの話といえる。
しかも、本書を読めば、企業の組織・チームにおける多様性の確保は、CSRやイメージ戦略などではなく、自社の成長・発展、あるいは成功に不可欠な組織戦略であることが理解できるはずである。とりわけ、現代は、VUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)の時代とされ、自社の事業の先行きを見通すのがきわめて困難になり、かつ、これまで経験しなかったような変化への速やかな対応も求められるようになっている。さらに、今日の企業が直面する問題は、さまざまな事象が複雑に絡み合っており、とても個人の経験や知識、アイデアだけで解決できるようなものではなくなっている。つまり、本書の言葉を借りるならば、VUCA時代の今日は、「集合知の時代」といえるのである。
そうした時代に勝ち残るためには、多様性への理解を深めたうえで、戦略性をもってその取り込みを図っていくことが重要といえ、そのための参考書として本書は有用であろう。多様性の取り込みを図ろうとしている組織・チームのリーダーはもとより、自分の組織・チームの変化への対応力やイノベーション力を高めたいと考えるすべのリーダーにお勧めの一冊、あるいは必読の一冊といえそうである。