非連続の変化が起きる時代のリーダー像とは?

著者:冨山 和彦 、木村 尚敬
出版社:日経BP
出版年月日:2022/1/11

マキャベリの『君主論』は、近代政治学の古典として知られている。マキャベリ=冷酷非道な策略家、君主論=絶対専制政治を称えた本というイメージを抱いている人も少なくないだろう。

では、なぜ今、『君主論』なのか。マキャベリが生きた500年前のイタリアは、数多くの小国が群雄割拠する乱世であり、変化が立て続けに起きて物事が延長線上で進まなかった時代だ。こうした非連続の変化が起きる状況は、グローバル化、コロナ禍や気候変動、不安定な国際情勢など、今の日本企業が置かれている状況そのものだと言えるだろう。

そうした酷似した時代を生き抜くうえで、「国を統治する君主はどうあるべきか」を論じた『君主論』は、今日「企業を統治するリーダーはどうあるべきか」と読み変えることで、組織やチームを率いるリーダーに大きなヒントを与えてくれる。古い組織体質を打破し、非連続・不確実な時代を乗り越えられる強い会社に生まれ変わるためには、まず、組織を率いるリーダーが変わらなければならないということだ。

本書の著者は、経営共創基盤(IGPI)グループ会長などを務める冨山和彦氏と、同じくIGPI共同経営者マネージングディレクターを務める木村尚敬氏だ。冨山氏は、『君主論』から、これからのリーダーがどのような役割を果たすべきなのかについて提言。木村氏は、数多くの日本企業に対して「コーポレート・トランスフォーメーション(CX)」の重要性や、『君主論』の文章を今日の企業経営に生かしCXを実現するための解説をする。

また巻末では、『君主論』に書かれたリーダーシップを体現した人物として、日立製作所の社長・会長、経団連会長を歴任した中西宏明氏のリーダー像について、冨山氏と木村氏が対談する。そこからは、社内の抵抗にあいながらも一切の妥協をせずCXをなし遂げた中西氏の手腕・覚悟が伝わってくる。

コーポレート・トランスフォーメーション(CX)とは

企業環境のグローバル化とデジタル革命により、ほとんどの日本企業がそれに対応できず、長きにわたる日本経済の停滞を招いた。「破壊的イノベーションの時代」を生き抜く唯一の方法が「コーポレート・トランスフォーメーション(CX)」であると本書では説いている。昭和の成功体験に基づいた日本の古い組織体質を、根底から変容させなければならないということだ。

CXの本質は、「加速する環境変化に迅速かつ的確に対応し続けられるだけの可変性を持たせること」であり、「新しいビジネスモデルを創出できるイノベーターへと変容するには、自ら新陳代謝できる柔軟な組織体制と迅速な意思決定を可能にする仕組みを再設計し、ビルドアップすること」が求められる。今日、デジタル・トランスフォーメーション(DX)という言葉が声高に叫ばれるようになったが、デジタル技術・IT技術を活用すること以前に、組織の仕組み、プロセス、その根底にある思想・文化を変えなければならないということだ。

しかしながら、CXを実現するには高いハードルが立ちふさがる。それが、抵抗勢力という「人」や「組織」のハードルだ。誰もがCXに取り組むことには賛成するが、自分の立場や組織に影響を及ぼすとなると激しく抵抗し、結局CXが進まないというケースは多い。このハードルを乗り越えるためには、マキャベリの『君主論』に記されているような、強いリーダーシップが不可欠になる。

では、CXを実現するにはどうすればよいのか。本書では、強いリーダーシップのもとで、「戦い方」「組織の形」「人材の在り方」「経営インフラ」「経営ガバナンス」という5項目を一体化して新しい仕組みに変えることだと説く。これによって、事業・組織・人材が一体となり、適時適切に進化・更新される経営を形づくれる。

人間観察の努力を惜しまない

第2部の「君主論の教えに学ぶ」では、木村氏が『君主論』の21の文章を引用しながら、今日のリーダーに求められる条件に迫っていく。前述したように、CXを本気で推進しようとすると、必ずといってよいほど社内の既得権益を守りたい勢力からの激しい抵抗にあうが、それを乗り越えるためには、強く・ぶれないリーダーが不可欠になる。そのリーダーに求められる条件は、まさしく君主論で述べられている君主像に他ならない。

そのなかからいくつかを紹介しよう。

例えば、『君主論』第9章に、「市民達が君主を必要とした平時の状態に基づいて人間を信用してはならない」という文章がある。平時の時には君主に忠誠を誓うが、実際に戦争などの有事のときに君主の元に駆けつけるのはわずかしかいない、ということだ。

これを現代のリーダーがどう解釈すればよいのか。会社が倒産の危機に見舞われたときに、すぐに転職する人もいる一方で、最後まで会社に残って対応する人もいる。倒産といった大問題でなくても、有事やトラブルへの対応の仕方は人それぞれで、平時ではわかりづらい。

この問題に対する最も効果的な方法は、常日頃から人間観察を徹底するしかないと、著者は言う。組織は人の集団であり、自分が直接影響を及ぼせる人物は限られる。自分に近い人間を使って、組織やグループ全体に戦略や方針を伝えなければならない。そのためにリーダーは、人間観察を通じて身近な人間の本質や社内での人間関係を見極める必要があるということだ。

なにやら陰湿な感じがしないでもないが、これは別の言い方をすると、人間に対する好奇心を持つということだ。相手の本質を理解するために努力するということは、何も組織内に限ったことではなく、取引先との関係など、すべての対人関係に言えることだろう。人間観察の努力を惜しまないことが、優れたリーダーへの道につながるということだ。

自分の信念を持ち、安易な人気取りをしない

もう一つの例をあげよう。『君主論』第17章には、「自らの臣民の団結と自らに対する忠誠とを維持するためには残酷だという汚名を気にかけるべきではない」という文章がある。これは、君主が恩恵を与えている間は忠誠心をみせるが、恩恵が得られないとすぐに裏切ってしまう。安易な人気取りをしてはならないということだ。

著者は、企業トップやチームのリーダーも同じで、嫌われることを恐れず、言うべきときははっきり言うのが、マネジメントの基本だと言う。相手の顔色をうかがいながら、状況に応じて良い顔をすることは、かえって信頼感を失うことにつながる。そもそもリーダーの責務は、組織としての成果を出すことであり、楽しく仕事をすることが優先課題でないことを考えれば、ある意味当然のことなのかもしれない。

大切なのは、リーダー自身がしっかりとした自分の信念を持つということだろう。信念に基づく発言であれば、部下に対してだけでなく上司に対しても、はっきりと自分の考えを主張できるようになる。自分の信念・考えをどう形成していくかも、リーダーにとって重要なテーマになると言えそうだ。

CXがテーマになっているため、全編を通じて経営層向けのリーダー論という趣もあるが、『君主論』を引用しながら紹介される個々のストーリーは分かりやすく、チームを率いるリーダーにとっても大いに参考になる。

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