本稿の要約を10秒で
- 組織・チームにおける「オーナーシップ」とは、組織・チーム内の個人が、自分に与えられた仕事やミッションを「自分ごと化」し、主体的に取り組む姿勢、ないしは意欲を指している。
- 「オーナーシップマインド」とは、そのオーナーシップをとるマインドのこと。オーナーシップマインドを持つ個人や組織・チームは、仕事の成果に対する責任と、目的の成果を生むための意思決定を自律的に下す。
- 現場の組織・チームでオーナーシップを確立し、オーナーシップマインドを育むためには、組織・チームの自律性と情報の透明性の確保、顧客への共感が必要とされる。
- リーダーは、オーナーシップを確立する、あるいはオーナーシップマインドを育むための戦略を決定し、組織・チームを成功に導く必要がある。
「オーナーシップ」とは
「オーナーシップ」という言葉は、概念的な理解が意外と難しいものだ。ここで念のために説明しておくが、オーナーシップは「オーナー(所有者)」から派生した言葉だ。そして職場、ないしはビジネスにおけるオーナーシップとは、組織内・チーム内の個人が、自分に与えられた仕事やミッションを、自分にとって大切な「所有物」のように「自分ごと化」して主体的に取り組むことを意味している。
オーナーシップマインドとは何か?
一方、本稿のテーマである「オーナーシップマインド」とは、オーナーシップをとろうとするマインドを指している。このマインドを持つ個人や組織・チームは、仕事の成果について責任をとり、仕事上の目標の達成に向けた意思決定を自律的に下そうとする。ビジネスの世界では、このマインドを組織・チームに持たせることがきわめて重要とされている。
オーナーシップマインドがなぜ重要なのか?
では、オーナーシップマインドはなぜ重要なのだろうか。そのマインドを育まないとどのような事態が起こりうるのだろうか──。この問いに対する答えの1つは1986年に発生したチェルノブイリ原子力発電所(以下、チェルノブイリ原発)の事故に求めることができる。
1986年4月26日、同発電所のオペレーターたちはマネージャーから指示されたテストの実行に反対した。理由は、テストを実行する条件が正しくなかったからだ。
ところが現場の主張は、アイデアを試すことに熱意を持ちながらも、その結果に対する責任感に欠けるマネージャーによって退けられた。そして、のちに「航空機の飛行中にエンジンテストを行うようなもの」(参考文書(英語))と非難された無謀なテストは実行され、炉心のメルトダウンを引き起こした。
このメルトダウンによって発生した放射性雲は欧州で暮らす何百万もの人々の食料源を瞬く間に汚染し、ソビエト連邦(現ロシア)は原子炉の近くの町全体を放棄せざるを得なくなった。この原発事故が人々の健康と環境に対して与えた負の影響は、過去30年間で約7,000億ドルもの損失へとつながったとされている。(参考文書(英語))
国際原子力機関は1993年に公表した報告書(参考文書(英語))の中で、チェルノブイリ原発事故の原因を「マネジメントと技術の問題」と結論づけた。その指摘を一口に言えば、現場の担当者に仕事に対するオーナーシップがなく、仕事の結果に対して責任と権限が与えられていないというマネジメント上の間違いが大惨事につながったということだ。
オーナーシップマインドの欠如を示す3つの現象
以上のように、組織・チームにおけるオーナーシップ(ないしはオーナーシップマインド)の欠如は、大変な事態を引き起こすリスクがある。したがって、企業のリーダー層は、現場組織やチームにおけるオーナーシップを確立してオーナーシップマインドを育み、それらが欠如した状態を作らないようすることが大切だ。
この課題を解決するうえでのカギとなるのは、組織・チームにおけるオーナーシップ(あるいは、オーナーシップマインド)がどのような状態にあるかを見定めることだ。以下は、その見定めに役立つポイントである。以下に示す3つの現象が認められた際には、組織・チームにおけるオーナーシップ、ないしはオーナーシップマインドが欠如していると見なすべきである。
- バラバラのユーザー体験:会社の全員が異なる瑣末な物事にとらわれていると、製品やサービスに関して、そのユーザー体験を総合的にとらえる機会が失われる。
- コモンズの悲劇:会社の誰もが「何が悪いのか」を理解しているにもかかわらず、その問題を他人事ととらえ、問題解決の責任・権限が自分にあると感じていない。この場合、事態は悪化し続け、従業員の士気と会社の評判は下がり続ける。
- パフォーマンスの低下:ビジネスの前線で働く人が、自分の仕事に関する意思決定権を有していないと、たとえ、その人が最大限の努力を払ったとしても、パフォーマンスを高いレベルで保ち、目的の成果を手にすることが困難になる。
オーナーシップマインドが組織にもたらすメリット
ここまでの記述で、仕事に対するオーナーシップマインドの欠如が組織・チームにどのような災いをもたらしうるかについてはご理解いただけたはずである。
では逆に、オーナーシップの精神を組織やチームの文化に組み込むことで、企業はどのようなメリットを手にすることができるのだろうか。その主たるメリットは次のとおりである。
- 俊敏性の向上:オーナーシップマインドを有し、仕事に関するあらゆる経験と結果を共有できているチームは、仕事上のほぼすべての意思決定を自律的に下すことができ、関係する他チームとの交渉・調整も適切に行うことができる。結果として、チームの行動はスピーディになり、たとえ、そのチームが大企業の一員であったとしても、勢いのあるスタートアップのような俊敏性を発揮することが可能になる。
- さらなるイノベーション:オーナーシップマインドを持つ組織・チームは、既定の路線から外れるリスクを算定し、イノベーティブな物事に挑戦するより多くのチャンスを手にすることができる。
- 士気の向上:意思決定の権限を与えられた人たちが、問題解決のアイデアを自ら想起し、周囲に伝えるときには、自ずと熱がこもり、その熱が周囲に伝搬する。結果として、組織全体・チーム全体の士気がアップしていくことになる。
- 人材の採用・確保の容易化:現場のチームに仕事上の責任と権限が与えられていると、現場で働く各人が、会社に対する自分の貢献や仕事のやりがいを強く感じることができる。そのことは、会社の知名度によって人材を集める(あるいは、人材を会社につなぎとめる)のが難しい企業にとって、人材の採用・確保を容易化するアピールポイントとなりうる。
オーナーシップマインドを育む方策
上記のとおり、オーナーシップを確立し、オーナーシップマインドを育むことには素晴らしい効果が期待できる。また、企業にとって幸いなのは、オーナーシップを確立したり、オーナーシップマインドを育んだりするのは、事故を引き起こした原子力発電所の廃炉を行うよりも簡単な作業である点だ。
そのことを理解している組織の1つが、クラウドコミュニケーションプラットフォームのプロバイダー、Twilio社だ。同社では創業当初からチームにおけるオーナーシップの確立に力を注ぎ、相応の成果を上げている。
以下では、同社の共同創設者兼CEOであるジェフ・ローソン(Jeff Lawson)氏がアトラシアンのセミナーで語ってくれた内容などを基にしながら、オーナーシップマインドを育むための方策について紹介する。
方策1:「プロジェクト」の概念から「プロダクト」の概念へ
ローソン氏によれば「プロダクト」と「プロジェクト」には決定的な違いがあるという。その違いとは、かかわる人たちが、それを“自分ごと”であると感じられるかどうかだ。
実際、Twilioの場合、開発の作業から「プロジェクト」の概念を排して「プロダクト」の概念へと切り替えた。結果として、開発にかかわる全員が成果の達成と維持に率先して取り組むようになったという。
確かに、自分のかかわるものが「プロジェクト」であった場合、期日までに自分に課せられたタスクをこなすことがすべてとなり、そのタスクを完了させた時点で、さっさと次のプロジェクトのタスクを始めたくなる。それに対して、自分がかかわっているのが「プロダクト」であれば、プロダクトを完成させることよりも、それがもたらす成果のほうが気にかかり、想定どおりの成果が上げられないときには、責任を感じ、自らの力で問題解決を図りたいという意識が芽生える。それがオーナーシップの感情なのである。
ちなみにTwilioでは、何らかの顧客体験(CX)に関してエンドツーエンドのオーナーシップを握る小さなチームの集まりによって組織の全体が構成されている。「各チームは、サービスの提供対象である『顧客』と、どのようなCXを提供し、いかなる成果を上げるかの『使命』、そしてサービスの良否を計測するための『指標』によって定義されます。つまり、『顧客』『使命』『指標』という3つの要素がしっかりと定義できて初めてチームは自律的に走れるようになるというわけです」(ローソン氏)。
もっとも、仕事に対するエンドツーエンドのオーナーシップがチームごとに分散すると、チームのサイロ化が起きやすくなる。それを回避するためにTwilioのリーダーたちは、チームの活動の可視性を高いレベルで維持することと、チームを横に貫く「風穴」を開けておくことに力を注いでいるという。
「例えば、開発者にはセールスチームの商談に参加してもらっていますし、開発者たちはプロダクトに対する顧客からの問い合わせにも定期的に対応しています」(ローソン氏)。
方策2:意思決定の権限を可能な限り低位の従業員に移譲する
仕事上の成果を目標どおりに上げるうえでは、目標達成に向けた日々の意思決定の権限が、仕事に最も近いところにいるチームリーダーやメンバーに移譲されているのが望ましい。実際、こうした権限移譲によって、現場における判断と行動のスピードは増し、さまざまな変化にも素早く対応することが可能になる。また、権限委譲は現場の働く意欲を維持・向上させる原動力でもあり、これによって現場の自律性や技術習得の意欲、仕事に対する目的意識が高められることになる。
それとは反対に、意思決定を下す人と、意思決定を受けて行動する人の組織上の距離が遠ければ遠いほど、現場で起きた問題が深刻化するリスクが大きくなる。
例えば、チェルノブイリ原発におけるメルトダウンの発生時には、原子力工学についてほとんど何も知らない官僚が最終的な意思決定者であり、現場が考案した施策に「GO(ゴー)サイン」が出されるまでに何段階もの申請/承認の手続きを踏む必要があった。それが、緊急時対応のスピードを鈍らせ、結果として、多くの人命が失われる悲劇につながったのである。
今日の大企業の間でも、縦に深い組織階層の中で、最終的な意思決定者の地位が、現場で働く人よりも数段高い位置にあり、現場の提案が承認されるまでに相当の時間を要したり、現場のことを知らない上司の“愚かな決定”に現場が従わざるを得なかったりすることが間々見受けられている。
「現場から遠いところにいる上司の“愚かな決定”が現場の判断よりも優先されるような組織では、現場の士気は間違いなく低下します。また、1つの仕事に対する意思決定者が何人もいるような場合、仕事に対する責任とオーナーシップが散逸しがちになり、上司も部下も、すべての仕事で最高の結果を出そうという意識も薄れていきます。それに対して小規模なチームで構成されるフラットな組織の場合、現場で働く人と最終的に意思決定を下す人との距離が非常に近くなり、お互いの判断について意見を交わすのも簡単になります。これにより、現場で働く人もリーダーたちも自分の果たすべき使命を見失うようなことがなくなるのです」(ローソン氏)。
方策3:情報をオープンに共有する
会社の中で、仕事上のあらゆる情報をオープンに共有し、たとえ、失敗があってもそれを責めずに学び、次に活かす文化を醸成することが、チームの能力アップやパフォーマンスアップにつながっていく。
それに加えてオープンな情報共有は、組織におけるオーナーシップマインドを育むうえでも有効であると、CRMプラットフォームのプロバイダーであるHubspot社でCHRO(最高人事責任者)を務めるケイティ・バーク(Katie Burke)氏は言う。
「当社では、社内情報の共有にアトラシアンのConfluenceを使用していて、そのページを通じて社員の誰もが、自分に仕事に関する情報を投稿し、社員の全員からフィードバックを得ることが可能です。また、社内の全員が、社内で進行中のあらゆるプロジェクトや戦略について知り、意見を投じることもできます。こうしたオープンな情報共有によって、よりイノベーティブな発想が生まれやすくなるだけではなく、すべての従業員が自社のビジネスを自分の所有物、あるいは“自分ごと”としてとらえるようになるのです」と、バーク氏は語り、次のように続ける。
「オープンな情報共有を促進することで、会社のリーダー層は自身の決定と自社の将来について、より多くの“オーナー”を生み出すことが可能になります。言い換えれば、オープンな情報共有は、自社の社員の“起業家”としての能力を向上させるパワーがあるということです」
方策4:顧客への共感に投資する
今日では、ほぼすべての業種・業界のビジネスが“顧客中心型”へと移行し、CXの良質化・高度化が事業戦略上の重要なテーマになっている。当然のことながら、CXの良質化・高度化は、顧客に対する深い理解がなければ成しえない。そのため、例えば、Twilioではコーポレートバリューの1つとして「Wear the customer’s shoes(顧客の靴を履く)」というモットーを掲げていると、ローソン氏は明かす。
「このモットーには、常に顧客の立場になって自社のプロダクトを使用してみることと、顧客が解決を望む課題を探求することの2つの考え方が含まれています。つまり、顧客の靴を履いているかぎり、顧客の問題を解決するための良い立ち位置を維持できるというわけです」(ローソン氏)。
これまで、多くのプロダクトマネージャーやチームリーダーが、顧客との直接的な対話はプロダクト開発チームによる作業への集中の妨げになると思い込み、開発チームを顧客から可能な限り遠ざけようとし、また、そうすることが自分たちの仕事であると考えてきた。そのような考え方と対極にあるのが、Twilioのモットーだ。
「顧客のニーズを知ることは、プロダクト開発の基本であり、そのための最良の方法は顧客と直接対話することです。ゆえに、優れたプロダクトマネージャーは、開発チームと顧客との建設的で効果的な対話を促進することに力を注いでおり、それが自分たちに課せられた使命の1つであると認識しています」と、ローソン氏は指摘する。
このようなプロダクトマネージャーの取り組みは、プロダクト開発チームが顧客のペルソナをしっかりと定義したり、顧客の課題に対する共感マップを作成したりするうえで非常に有用なものである。
チームリーダーが成すべきこと
以上の記述から察せられるとおり、組織内・チーム内でオーナーシップを確立してオーナーシップマインドを育むうえでリーダーが成すべきことは、仕事に関するすべの決定を自ら下すことではない。大切なのは、チームの各人が自分の仕事について適切な決定を下せるようにバックアップすることだ。
また、ここで言う「バックアップ」には、メンバーの決定に対して周囲から疑問や批判の声が上がったり、彼らがリスクを冒して失敗したりした際に、背後からしっかりと支えてあげる作業も含まれている。このように、組織・チームのリーダーがメンバーの意思決定を背後から支えることは、組織・チームの成功の重要な要素である心理的安全性(参考文書(英語))を確保することにつながるのである。
さらに重要なポイントは、組織・チームのメンバーに対して可能な限り多くの仕事のオーナーシップを与えることで、次代を担うリーダーの育成が進むことである。そのことは、リーダーとしての自分のキャリアップにつながるほか、次代のリーダーを育てることによって、従来型のマイクロマネジメントを遂行するよりも、はるかに大きな満足感を得られるはずである。
仕事に対する現場のオーナーシップが確立されていれば、チェルノブイリ原発の事故は防ぐことができ、事態があそこまで深刻化することもなかったはずである。ところが悲劇は起こり、この惨事がソビエト連邦の崩壊に与えた影響は、グラスノスチとペレストロイカ、ブルージーンズ、ロックンロール、コカコーラを合わせた以上に大きかったと、同時の首相ミハイル・ゴルバチョフ氏は述懐している(参考文書(英語))。
それでも一部の企業は、旧態依然とした意思決定のあり方を改めようとせず、ビジネス上の問題が発生するたびに前線で働く従業員たちに罪を押し付け、非難するという姿勢も崩そうとしていない。このようなことでは、オーナーシップマインドが育まれることはなく、結果として、会社のサステナビリティを確保するために必須とされる変化への適応力も失われることになる。そうした事態に陥るのを避けたければ、まずは、現場で働くチームに多くの権限を委譲することから始めるのが良策と言える。
なお、ソフトウェア開発チームのオーナーシップマインドを育み、その潜在能力をフルに引き出すための詳細で具体的な方策を知りたい方は、ローソン氏が記した書籍「Ask Your Developer」(英語版販売元:Harper Business)を読まれることをお勧めしたい。