女性の力を引き出すための指南書
本書は、組織・チームを率いるリーダーに向けて働く女性のモチベーションと能力を最大限に引き出すためのノウハウを記した指南書である。著者は、女性向けのファッションブランドを展開するサマンサタバサジャパンリミテッド(以下、サマンサタバサ社)の非常勤取締役であり、オイシックス・ラ・大地のSpecial Planner/People’s Adviserも務める世永亜実氏。同氏は2002年にサマンサタバサジャパンリミテッドに入社後、ブランディングやマーケティングの統括責任者として2008年に30歳の若さで執行役員に就任した。以降の約10年間、2児の母として子育てに奮闘しながら、同社の執行役員として活躍し、2019年に新しい働き方に転向して現在に至っている。
本書によればサマンサタバサ社における社員の平均年齢は27歳で9割が女性で占められているという。本書は、その環境の中でチームをマネージしてきた筆者の実体験に基づきながら「女性に仕事に夢中になってもらう」ためのマネジメント方法を以下の章立てを通じて解説している。
- 第1章:働く女性の心を読み解く
- 第2章:発想の転換で女性のキャリアは花開く
- 第3章:発想の転換で日々のマネジメントはうまくいく
- 第4章:女性が「自分から動く」ようになるリーダーの発想転換
- 第5章:新人を即戦力に育てるための発想転換
- 第6章:ライフステージ別マネジメントの発想転換
- 第7章:タイプ別マネジメントの発想転換
- 第8章:ワーキングマザーのサポートに必要な発想転換
- 第9章:すれ違いを生む上司の言い分け、部下の言い分け
ジェンダー平等の後進国に向けて
ご承知の方も多いと思うが、「ジェンダーの平等度(男女平等度)」に関する日本の世界順位は極めて低い。世界経済フォーラムが発表したレポート『Global Gender Gap Report 2020』によると、2019年における日本の順位は153カ国中121位。G7他国のドイツ(10位)、フランス(15位)、カナダ(19位)、英国(21位)、米国(53位)、イタリア(76位)に水を開けられているのはもとより、アジア太平洋諸国に目を転じても、オーストラリア(34位)、ロシア(81位)、インド(112位)、隣国の中国(106位)・韓国(107位)などの後塵を拝し、ほぼ最下位の状況にある。世界第3位の経済大国で民主主義の先進国としては、実に残念な「男女の不平等ぶり」と言える。
そんな日本でも、女性の社会進出という点では改善が見られ、内閣府『男女共同参画白書 令和2年版』を見ると、生産年齢(15歳~64歳)の女性の就業率は2010年の60.1%から2019年の70.9%へと10年で10ポイント以上上昇している。また、就業者に占める女性の割合は2019年で44.5%に達し、欧米諸国に比べて数%低い程度のレベルにあり、アジアの中では比較的高い比率であるという。ところが、組織の管理職における女性比率は先進諸国に比べて圧倒的に低い14.8%。この比率は米国(40.7%)や英国(36.8%)と20ポイント以上の開きがあるほか、同じ製造大国であるドイツ(29.4%)の2分の1程度でしかない。さらに、日本の女性役員比率(上場企業)はわずかに5.2%であるという。一方で、ある大手証券会社の分析によれば、日本の女性の就業率が男性と同じレベルに引き上げることができれば、日本のGDPは10%押し上げられるという。また、内閣府の調査『ESG投資における女性活躍情報の活用状況に関する調査研究アンケート調査』(2019年)によると、機関投資家の約7割が「女性活躍情報」を投資判断に活用するとしており、多くが女性活躍の推進が長期的に企業の成長につながっていくと考えているという。
にもかかわらず、日本の多くの企業では女性が十分に活躍し切れていない、あるいは、その能力を最大限に活かすための環境が整えられていないようだ。本書は、そんな日本を憂いた著者が、日本企業を女性がもっと活躍できる場にすべく、組織のリーダー層・マネジメント層に意識改革を求めた一冊と言える。全編を通じて、女性の働くモチベーションを引き上げて、その能力を最大限に発揮してもらうためのハウツーやアドバイスが、著者の成功体験を交えながら、わかりやすく解説されている。と同時に働く女性に向けて、20代、30代、そして40代と、(家庭と仕事を両立させながら)どのようにキャリアウーマンとしての人生を歩めば良いかのアドバイスにも相応のページが割かれている。
働く女性はいまを熱く生きる
本書のメインターゲットは男性のチームリーダー、ないしはマネージャー層と思われるが、もしあなたがそのターゲットに相当するのであれば、本書は一読の価値が大いにある(というよりも、読んでおいたほうが良い)と言い切れる。本書を読むことで、自分の率いるチーム・組織で働く女性の行動原理への理解が深まると思えるからである。
例えば、本書の第1章(働く女性の心を読み解く)では、なぜ、男性に比べて女性のほうが「会社をすぐに辞めてしまう確率が高い」「仕事でのキャリアップの意欲が低い」と見られているかの理由が明快に示されている。内容の詳しくは本書をお読みいただくとして、その理由を大まかに言えば、女性は総じてライフステージが変わるきっかけ(結婚・出産・育児・子育て・介護など)や生き方の選択肢が男性よりも多く、会社・仕事における5年後、10年後の自分を思い描きにくいからであるという。とはいえ、働く女性の仕事に対する熱意が男性に比べて低いわけではなく、男性・女性との違いは、男性は会社や仕事における自分の将来を常に意識しながら働いているのに対して女性はいまを熱く生きているという。要するに、働く女性にとって5年後・10年後の自分のキャリアよりも、目前にある仕事で成功したり、自分にとって満足のゆく成果を上げたりすることのほうが重要であるというわけだ。言い換えれば、仮に、チームメンバーの女性が、会社での立身出世にまったく興味・関心を示さないとしても、それで仕事に対する情熱に欠けると見なすは間違いであるということである、ゆえに女性をリードするマネージャーは「並走型(ないしは、伴走型)」のマネジメントを心掛け、たとえば、遠いゴールを示して、そこに向けて部下を走らせるのではなく、ゴールに向けた道のりをともに走りながら、サポートすることが重要であるようだ。
こうした第1章の記述だけで「目から鱗の落ちる」感覚を抱く男性のチームリーダーやマネージャーは多いのではないだろうか。
このように、本書には男性にはなかなかとらえられない、あるいは気づけない働く女性の価値観や心の動きが紹介されている。それらを一読すれば職場における女性の言動への理解が深まり、マネージの仕方をより良い方向へと変えるためのヒントが得られるはずである。とりわけ、第8章(ワーキングマザーのサポートに必要な発想転換)の内容は、ワーキングマザーとしての苦労を肌身で知る筆者ならではの分析があり、リアルな迫力もある。男性・女性を問わずワーキングマザーとともに働く人には非常に参考になるのではないだろうか。
また、本書は基本的に女性を率いるマネージャーの心得を説いているが、基底にある考え方はチーム開発で成果を上げているマネージャーに共通して見られるもので、それは、マネージャーは、部下たちにその能力を最大限に発揮してもらい、人生で輝いてもらうために存在しているというものだ。本書の記述の多くは、この考え方にもとづきながら、マネージャーとしてどう振る舞い、部下たちをサポートして導いていけば良いかが具体的に記されている。その点で、これからのマネジメントのあり方を説いた汎用性の高い指南書としても有用といえる。
なお、これは余談だが、サマンサタバサ社は著者が入社した2002年からの6年間で売上高が約52億円から約272億へと跳ね上がり、のちも成長を続け、2016年度(2月期)には約434億円を売り上げた。ただし以降は、消費者の嗜好の多様化や個人消費の伸び悩みなどによってアパレル業界全体が苦戦を強いられたこともあり、サマンサタバサ社も収益を悪化させ、2018年度には30億円を超える赤字を計上し、2019年度には売上高を約277億円にまで縮小させ10億円強の赤字を計上した。それに伴い2019年には創業者の寺田和正氏が社長を退き、2020年7月には株式会社コナカの連結子会社になっている。さらに、新型コロナウイルス感染症の影響によって2020年もサマンサタバサ社は売上げを大きく減少させており、まさに再建と変革のときを迎えている。その厳しい時代を著者が育んできたチーム力がどう乗り越えていくかにも注目が集まる。