もし、自分に選択権があるのなら
あえて正直に言う。もし、私に選択権があるのなら、もっと人と直接会って話をしたい。理由は、自分の熱意や意欲は、電話でもWeb会議でも、チャットでも、その他のいかなるテクノロジーでも表現できないと考えるからだ。ゆえにもし許されるのであれば、海外の人たちとシビアな交渉を行い、難しい決断を迫られそうなときには、すぐにでも飛行機に飛び乗り、現地に飛んでいくだろう(かつてが、そうであったように)。
ただし言うまでもなく、私にはそのような選択権はない。現実には、これからも長期にわたって「オンラインのみの世界」、あるいは「オンラインとオフラインを組み合わせたハイブリッドの世界」で、人とのコミュニケーションを続けなければならない。例えば、今後のビジネス会議には、誰かがリモートから参加することになるはずだ。
そのような状態の中で、顧客や同僚、自分のリードするチームのメンバーたちと、いかにして強力な関係を築き上げるか──。そろそろ、それを真剣に検討する時期に差し掛かっているようだ。
私はこれまで、営業やマーケティング、コーポレートデベロップメントなど、一貫して人との関係構築を中心にした仕事に携わってきた。現在は、アトラシアンのCRO(Chief Revenue Officer:最高収益責任者)として、顧客企業のリーダーとつながり、信頼関係を築くことをメインの仕事としている。
そのキャリアを通じて理解したことの一つは、型どおりのセールストークやフォーマルなプレゼンテーションだけでは相手との信頼関係は構築されないという点だ。信頼関係は大抵の場合、ミーティングに参加したメンバーのガードが下がった瞬間を、お互いに観察することによって構築されていく。つまり、仕事上の同僚や顧客としてどうなのかだけではなく、人間としてどうなのかを互いに観察し、認め合うことによって初めて信頼関係が築けるというわけだ。そして、そのための瞬間は、高度に構造化されたWeb会議の場では、なかなか得ることができないのである。
そうしたコミュニケーションツールの問題もあり、2020年7月にアトラシアンが実施した調査(*1)では、回答者の40%がリモートワーク体制への切り替え以降、同僚との社会的交流が減っていると答えていた。また、回答者の中には「チーム内での意図的なコミュニケーションとコラボレーションが増えた結果、人間が生来持つ関係構築の能力が傷つけられているように感じる」といった見解を寄せる向きもいた。
ただし、幸いなことに、コミュニケーションツールを巡るこれらの問題は、どれも手に負えないものではない。そこで以下では、リモートワーク環境下でビジネス上の信頼関係を構築するための5つのルール──すなわち、ビジネスリレーションを築くための5つの新ルールについて紹介しよう。
*1 アトラシアンの調査に関心のある方は、こちらよりダウンロードされたい。
ルール1: 信頼を得る
リモートワークでのコミュニケーションか、リアルの場でのコミュニケーションかによらず、対話を通じて相手の信頼を得ることが関係構築の第一歩となる。そして、その信頼感は、カスタマーサービスのマインドセットを持ち続けることで維持される。そのマインドセットは、顧客に対してだけではなく、組織ヒエラルキーの中で自分の下位に位置する同僚に対しても持つことが重要だ。
ちなみに、自分がカスタマーサービスのマインドセットを有しているかどうは以下を自問することで確認することができる。
- 自分が行おうとしていることを相手に伝えた際には、それを必ず実現しているか?
- 相手が何らかの情報を求めたとき、それを迅速、かつ適切なレベルの詳細さで提供できているか?
- 自分の提供した情報が、相手が必要としているものかどうかを必ず確認しているか?
ルール2: リソースになる
「リソースになる」とは、相手が自身の目標を果たすための有効なツールになることを意味している。ゆえに、リソースになるためには相手の目標と目標達成を阻む障害についての理解が必要とされ、その理解はヒアリングによって得られることになる。
例えば、優れたセールスパーソンは、自分の売りたい商品をいきなり売り込もうとは絶対にしないはずである。彼らはまず、顧客の課題を聞き出すことからコミュニケーションをスタートさせ、聞き出した課題と自分の販売する製品/サービスをフィットさせていくアプローチをとる。それと同様に、チームのリーダーは、よき聞き手としてメンバー各人から課題を聞き出し、課題に対する理解を深めなければならない。
ルール3: 障害を取り除く
相手の課題──つまりは、目標達成を阻む障害を聞き出して理解を深めたのちには、それを取り除く手助けをすることに力を注ぐ。これはそれほど複雑な作業ではなく、例えば、チームの誰かがキャリアを前進させるのに苦労していることを知ったなら、1on1(一対一)で対話する場を設けて、そのメンバーの目標が何であるか、それを達成するために何をする必要があるかを一緒になって考えればよい。また、顧客から課題を聞き出す中で、他の顧客と提携したほうが、課題の解決が早まり、互いの利益につながるとの結論に至ったときには、2つの顧客のつなぎ役として機能すれば良い。このように、あなたが相手のリソースとして自発的に行動をとることで、相手は自分たちが大事にされ、評価されていると感じ、あなたへの信頼感を強めるのである。
ルール4: 正直でいる
ビジネス上、あるいはマネージャーとして、できることとできないことを率直に相手に伝える。また、相手が失望するかもしれないような決定を下したり、行動をとったりする際には、背景理由について、すべてを包み隠さず、オープンに話すのが大切と言える。また、自分が完璧ではないことを素直に認めるのは強さの表れでもある。そして、あなたが常に自己の改革・改善に取り組んでいる姿勢を見せれば、周囲からはさらに頼もしく映るはずである。
ルール5:「ありのまま」を見せる
先の「正直でいる」ということは、プロフェッショナルとしての自分だけではなく、人間としての自分をビジネスにおける関係構築の場に持ち込むことでもある。あなたが快適と感じる範囲内で、自分の趣味や希望、そしてプライベートの生活を相手が覗ける窓を用意するとよいだろう。ちなみに、アトラシアンのエグゼクティブチームでは、毎週のスタンドアップミーティングの場で、プライベートな生活に関する更新情報を一つ、互いに伝え合うことを伝統にしている(スタンドアップミーティングと言っても、現在はZoomを使い、座りながら対話をしているが)。
加えて、アトラシアンでは「オフトピック」チャネルをSlack上に用意している。これは、大陸を超えて分散するメンバーが過去1年間において、わずか1回しか集まる機会を設けられなかったことを補う試みに過ぎず、本音を言えば、やはり物理的に集まりたいし、それによって偶発的に友情が生まれる瞬間を数多く創出したい。ただし現状では、それは叶わぬ希望であり、オフトピックチャネルで子どもの写真を共有し、チャットを通じておススメのポッドキャストの情報を交換し合うことは、互いのなぐさめには有効だと考えている。
以上、私の考える関係構築のためのルールを紹介した。いずれにせよ、リモートで人と人との信頼関係を構築するのは簡単なことではない。実際、同僚との間でコンセンサスがなかなか得られなかったり、自分たちが進むべき道についての合意が形成できなかったりすることも間々あり、そのたびに、お互いに対する理解不足と信頼の足りなさを強く感じる。
しかし、遠く離れた場所にいる人と健全な人間関係を育んでいくことは、今やビジネスのオプションではなくスタンダードである。それを遂行できるスキルを身に付けることは必要不可欠なことだ。また、それによって、どのような事態が発生しても効果的な仕事が行える能力を手にすることができるのである。