※コロナ禍対策として、この取材はリモートでビデオ会議を通じて行った。
チームのメンバー全員が離れて働いていても……
今回のコロナ流行を受け、ヤフーでは早々に全社的なリモートワーク(テレワーク)体制を敷き、2020年5月の緊急事態宣言解除後もその体制を維持、2020年10月からは、リモートワークの実施日数に上限を設けない「無制限『どこでもオフィス』」制度を正式に採用している。
ヤフーでは、コロナ以前から「どこでもオフィス」としてリモートワーク(社外での勤務)制度を導入していたが、以前は「月5日まで」という上限があった。その上限が2月から段階的に解除になり、10月からは正式に無制限リモートワーク、勤務時間についてもコアタイムのない完全なフレックス制となった。ちなみに、2020年9月末時点でヤフーの社員約7,000人の90%がリモートワークを実施し、本社のオフィスはほとんど人がいない状態にあるという。
現在、コロナの流行を境にリモートワークが働き方の標準的な選択肢になるとされている。
ただし、コロナ禍の終息後──つまりはアフターコロナの時代において、どのような働き方を採用するべきかを決めあぐねている企業も多い。リモートワークの合理性は認めつつも、現場における生産性の維持・向上、あるいは組織・チームの適切なマネジメントには、オフィスワークを中心にした従来の働き方のほうが適しているとの考え方が根強くあるためだ。
また、実際にコロナ対策としてリモートワークを実施する中で、現場の生産性を落としてしまった企業や、リモートワーク中の社員をどうマネージすればよいかで戸惑いを示す企業も少なからずあった。結果として、コロナ禍の終息後は、働き方をコロナ以前に戻そうとする動きすら見られ始めている。
そうした動きとは真逆をいくように、リモートワーク中心の働き方へのシフトを明確にしたヤフー。そんな同社に対しては、「それで現場の生産性は維持できるのか」「チームのマネジメントはしっかりと行えるのか」「会社に対する社員のロイヤリティや帰属意識は保てるのか」といった疑問も向けられている。
ただし、Yahoo!アカデミア学長の伊藤羊一氏は、これらの疑問に対して「全てはYes(イエス)で、リモートワーク中心で何も問題はない」と言い切る。
なぜ、そう言い切れるのか──。以下、伊藤氏へのインタビューを通じて、その疑問を解き明かすとともに、アフターコロナにおけるチームのマネジメントとチームリーダーのあり方について話を伺う。
リモートワーカーのマネジメントに不可欠な要素
「チームの教科書」編集部(以下、編集部):ヤフーでは20年10月から、無制限リモートワークを制度として導入されました。これにより、現場の生産性は保っていけるのでしょうか。
伊藤氏(以下、敬称略):問題なく保てると確信しています。
実際、ヤフーではコロナ対策として全社的なリモートワークを実施し、毎月社員アンケートをとってきましたが、その結果を見ても社員の92.5%がリモートワークによって「効率が上がった」「変わらない」と回答しています。
例えば、私が所属するYahoo!アカデミアは、私と4人のメンバーで運営していますが、コロナ対策で全員が自宅で仕事をこなすようになり、オフィスに全員が集まったのはコロナ流行後の1回だけです。それでも、何も問題はなく仕事が回せています。
編集部:ヤフーがそうなのは、もともとリモートワークの経験があり、IT環境が整っているのに加えて、業務内容自体がリモートワークに向いているからではないのですか。
伊藤:それらの要素はもちろんあります。ただし、ヤフー社員の仕事内容が特別、リモートワークに向いているとは思えませんし、オフィスワーカー(ホワイトカラー)の大半の職務は、リモートワークでも効率的にこなせるはずです。
チームの仕事の内容によって、1週間の中でリモートワークとオフィスワークのバランスをどうとるのがベストかは異なってくるでしょうが、その辺りは現場で働く人たちで判断すればいい話です。
編集部:マネジメントという点ではどうですか。チームの全員がリモートワークで働いていると、それぞれの仕事ぶりが見えなくなり、マネジメントの難度が上がる可能性がありますが。
伊藤:ホワイトカラーの仕事は、普段の仕事ぶりというプロセスではなく、アウトプット(成果)によってマネージすべきです。
そして、チームのメンバー各人にどのようなアウトプットを求めるかを定義しておけば、メンバーを自分のそばに置いて働きぶりを監視したり、働く時間を管理したりする必要は一切ありません。また、そうしたところで、チームのパフォーマンスが上げられるわけではないんです。
編集部:ならば、リモートワーク体制下にあるチームのパフォーマンスを維持・向上させるうえで必要なこととは何なのでしょうか。
伊藤:結論から先に言えば、マネージャーとメンバー各人との1on1(1対1)ミーティングを定期的に行うことです。ヤフーのリモートワークが機能しているのも、1on1ミーティングの制度が全てのチームに浸透しているためです。また、ヤフーに限らず、1on1ミーティングを制度として採用している企業は、チームのメンバーがどこで働いていようと、しっかりとしたマネジメントが行えているはずです。
なぜ、1on1ミーティングが重要なのか
編集部:リモートワーカーのマネジメントに、なぜ1on1ミーティングが必要不可欠なのでしょうか。
伊藤:その説明をする前に、組織・チームのマネージャーの役割について確認させてください。
マネージャーの役割は大きく4つあります。一つは、チームが働く環境を、心理的な安全性が担保された「安全・安心な職場にする」ことです。また2つ目は、「個人のパフォーマンスを最大化する」ことで、3つ目が、「チームのゴールを全員で共有する」こと。そして、残る4つ目が、「ゴールに到達するためのプロセスを明確にして、導く」ことです。
マネージャーの役割は大きく4つあります。一つは、チームが働く環境を、心理的な安全性が担保された「安全・安心な職場にする」ことです。また2つ目は、「個人のパフォーマンスを最大化する」ことで、3つ目が、「チームのゴールを全員で共有する」こと。そして、残る4つ目が、「ゴールに到達するためのプロセスを明確にして、導く」ことです。
私が数多くの会社でマネージャー研修を行ってきて感じるのは、これら4つの役割のうち、チームのゴールを明確にしてメンバーを導く部分は、比較的多くのマネージャーが実践しています。ところが、職場の心理的な安全性を高めたり、メンバー各人の能力を最大限に引き出したりするために、チームや個人に対して、しっかりと働きかけているマネージャーは非常に少ないのが現実です。
チームをマネージし、リードしていくうえでは、この働きかけを行うことがとても大切で、なかでも重要なのが、1on1ミーティングであるわけです。
編集部:1on1ミーティングの重要性について、もう少し具体的に聞かせてください。
伊藤:チームで一つの目標を追いかける中で、メンバー各人は、「周囲との関係をどう築けばよいのか」「自分は何を成すべきなのか」「自分のしていることは本当にこれで正しいのか」といった悩みや不安を抱くのが通常です。例えば、会社やチームの目標を、1対多型の会議で経営幹部やチームのマネージャーが伝えたとしても、「全体の目標はわかったけれど、自分は一体何をすれば良いのだろうか」と、不安になる。
そんなパーソナルな悩み・不安を解消するための場が1on1ミーティングです。これを定期的に行うことで、チームのマネージャーは、メンバー各人の課題を解決しながら、マネージャーとしての自分の役割を果たしていくことが可能になります。
また、一緒に働くチームメイトやマネージャーが常に身近にいるのなら、分からないことが起こるたびに、チームメイトやマネージャーにすぐに確認がとれます。マネージャーにしても、困っていそうなメンバーの存在に気づき、「大丈夫?」と声をかけることができるはずです。
ところが、チームの全員が離れた場所でバラバラに働いている場合には、そうはいきません。ですので、リモートワークが当たり前になるアフターコロナの時代では、1on1ミーティングの重要性がこれまで以上に増すことになります。
「話す」「聞く」「気づく」を「習慣化」する
編集部:1on1ミーティングは、マネージャーがチームのメンバー各人の悩みを聞く場──つまりは、お悩み相談室のような場であるとの理解で良いのでしょうか。
伊藤:その役割は大事です。
加えて、チームメンバーにとっての1on1ミーティングは、マネージャーに対して、自分の悩みや不安を「話し」、自分のしていることがこれでいいのかを「聞き」、それを通じて自分がどう進むべきかについて「気づき」、次の行動に活かすことを「習慣化する」ための場でもあります。
この場を通じてマネージャーは、チーム内の誰が、どんな悩み事や不安を抱えているかを常に把握できますし、悩みや不安を解消する術(すべ)をアドバイスしたり、メンバーの仕事の進め方に問題があれば、それを気づかせ、正しい方向へと導いたりすることができます。さらに、メンバーのアウトプットやアイデアをすばらしいと感じたときには、それを称賛して、それぞれのモチベーションを喚起することもできます。
ですので、1on1ミーティングは、マネージャーがチームをマネージして、リーダーシップを発揮するうえでは絶対に必要な活動であると同時に、チームのメンバーにとっては、自分の悩みや不安を解消したり、自分の目標を達成したり、自己を成長させるためにマネージャーを有効に活用できる場であると言えます。
編集部:1on1ミーティングの頻度と時間は、どの程度が適切なのでしょうか。
伊藤:ミーティングの時間は1回当たり30分程度が適切だと思いますが、どの程度の頻度でミーティングを行うかは、1on1ミーティングの主眼をどこに置くかによって異なってくるでしょう。例えば、ヤフーの場合、1on1ミーティングを、日々の仕事を通じて社員の成長を促すための場として機能させようとしています。ですので、1~2週間に1回の頻度で1on1ミーティングを行うのが標準になっています。
編集部:それはどういうことですか。
伊藤:日々の仕事を通じて社員(チームのメンバー)の成長を促すうえでは、1on1ミーティングの場で、メンバー各人に自分の仕事・行動を振り返ってもらい、「思うようにできたこと」「できなかったこと」を整理させ、自分の仕事の進め方や行動のどこに問題があったのかを気づかせることが重要です。つまり、自分の仕事・行動の振り返りと課題への気づき、課題解決に向けたアクションの想起・遂行を、習慣化させるわけです。
この振り返りを行う対象は、直近1~2週間内の仕事・行動でなければなりません。というのも、人は3週間前、4週間前、あるいは1カ月前にどんな仕事をしたかをよく覚えていませんし、1カ月前にとった行動の問題点を指摘されたところで、「指摘が遅すぎる」と感じるだけだからです。
編集部:なるほど、ゆえにヤフーでは、1~2週間に1回の頻度で1on1ミーティングを展開されているのですね。こうした頻度で、自分の仕事・行動を振り返らせながら、チームないしはチーム内個人の成長を促す手法は、アジャイル開発の方法論(スクラム)に似ていますね。
伊藤氏:そうかもしれません。また、1~2週間ごとに自分の仕事を振り返り、課題解決のアクションを遂行しながら、フィードバックを繰り返さないと、メンバー各人は自分の成長が実感できませんし、自己成長の行動を習慣化して、体得することも難しくなるのです。