2016年から専門組織でアジャイル開発を推進
NTTデータは、グループ全体で2兆2,600億円強(*1)を売り上げる日本最大のSIerだ。国内外のグループ企業全体で約13万3,000人(*1)の従業員を擁し、NTTデータ単体でも約1万1,500人(*1)の従業員が働く。北米・南米、欧州・中東、中国、アジア太平洋地域の各国に現地法人を構え、北米と欧州の売上げがグループ全体の4割を占めている。また、歴史的に公共・社会インフラと金融の両分野に向けたITソリューションに強く、両セグメントでの売上規模だけで1兆800億円(*1)を超え、金融以外の全法人・ソリューションからの売上規模5,886億円(*1)の2倍近くになる。
そうした同社では現在、アジャイル開発を推進する専門組織、アジャイルプロフェッショナル担当(2020年7月1日以前はアジャイルプロフェッショナルセンタ)が中心となって、アジャイル開発の社内外への普及を促進している。また、同センタでは、2018年にScaled Agile, Inc.(以下、SA社)と提携し、同社のフレームワーク「SAFe(Scaled Agile Framework)」に基づく大規模アジャイル開発の実践や方法論の整備に力を注いでいるほか、ソリューションブランド「Altemista®(アルテミスタ)(*2)」を展開し、同ブランドの下、顧客のデジタルトランスフォーメーション(DX)を、サービスの企画作りやアジャイル開発、価値検証、実証環境などを通じてサポートする「ProjectNow!」などのサービスを提供している。
SAFeの効果を手にするために
NTTデータが、アジャイルプロフェッショナル担当(の前身となる組織)を立ち上げたのは2016年のことだ。その経緯について、同組織を率いる市川 耕司氏は、次のように明かす。
「当社では、10年ほど前から各事業部門がそれぞれアジャイル開発に取り組んでいましたが、2016年ごろから、アジャイル開発に対するお客様のニーズが拡大し始め、開発の現場でも、ウォーターフォール型ではうまくこなせない案件が増えていました。加えて、金融機関の間でFintech(フィンテック)を取り込もうとする動きが活発化するなど、デジタル変革のうねりも大きくなり、アジャイル開発を組織的に推進する必要があるとの判断に至ったわけです」(市川氏)。
同組織の立ち上げ当初は、特に、大規模な開発案件にアジャイルを適用しようという狙いはなかったという。ただし、欧米のNTTデータグループ各社では、以前から大規模アジャイル開発に取り組んでおり、国内でも大規模アジャイル開発の案件が出始めた。そこで2017年に、海外のグループ会社と連携しながら、大規模アジャイル開発を専門に推進するチームをアジャイルプロフェッショナル担当内に組織したと、市川氏は説明する。
大規模アジャイル開発を推進するに当たり、アジャイルプロフェッショナル担当では当初、開発方法論として「Nexus Framework」を使うことを想定していた。ただし、2017年時点でSAFeへと開発方法論を切り替えている。理由の一つは、2017年当時において、すでにSAFeが大規模アジャイル開発方法論の業界標準となっていたからだ。加えて、SAFeには組織運営レイヤーとなるポートフォリオが定義されていることもSAFeに切り替えた要因であるという。
「SAFeは、開発の作業のみならず、組織運営の部分にもアジャイルの考え方を浸透させる方法論としてまとめられています。その点で、NTTデータのビジネス形態に加え、お客様の課題解決アプローチとして適していると感じました」と、アジャイルプロフェッショナル担当で大規模アジャイル開発の推進役を務める稲葉 智義氏は言う。
ちなみにSAFeは、「ポートフォリオ(組織運営:企画)」「プログラム(ビジネス:業務)」「チーム(システム開発:IT)」という3つのレイヤーを統合した方法論だ。この方法論を正しく導入することで、ポートフォリオレイヤーにおける組織の方針・意思決定が開発チームに浸透するスピードが速くなり、結果として、リリース速度が向上するといったメリットが得られるという。
「SAFeを使う最大の利点は、組織における上下の壁を取り払い、一つのチームとして機能させ、その俊敏性をアップさせられることです。従来のウォーターフォール型の開発では、組織階層の上から下への情報伝搬に相当の時間を要する場合が多くありますが、SAFeに基づく大規模アジャイル開発では、そのようなことはなくなり、スクラムを組む開発チームのメンバー全員が、組織の方針・意思決定をリアルタイムに共有しながら、作業が進められるようになります」(稲葉氏)。
もっとも、こうした効果を手にするには、SA社が提示している公式手順「Implementation Roadmap(インプリメンテーションロードマップ)」に沿ったかたちで、SAFeの導入を進める必要があるという。そのため、NTTデータでは、インプリメンテーションロードマップに則ったSAFe導入を推進できるコンサルタントを養成し、アジャイルプロフェッショナル担当だけで既に36名(2019年度末時点、ワールドワイドでは65名)がSA社の認定コンサルタント資格「SPC」を取得している。また、NTTデータグループのSAFeコンサルタントは、ワールドワイドでコミュニティを形成しており、互いのノウハウや情報も共有しているという。
国内で走り始めた大規模アジャイル開発
先に触れたとおり、大規模アジャイル開発については海外が先行しており、日本では社内外の開発案件にSAFeを適用した事例はまだ少ないという。ただし、大規模アジャイル開発に対するニーズは拡大の傾向にあり、社内では、NTTデータの重要なサービスの開発にSAFeが使われている。そのサービスとは、国内最大のキャッシュレス総合決済ネットワークであるNTTデータの「CAFIS」周辺サービスであるコード決済サービスだ(図1)。
図1に示すとおり、このサービスは、コード決済事業者と加盟店(小売事業者)とを結ぶ決済ネットワークのサービスだ。その開発に当たり、同サービスを提供するカード&ペイメント事業部では、約130名(2019年7月時点)の人員でSAFe体制を組み、10チームのスクラムチーム(チームのメンバーは約90名)で大規模アジャイル開発を進めているという。
「コード決済は、事業者間の競争も変化も激しい市場です。その市場に向けたサービスを開発するわけですから、開発を担う組織も、あらゆる変化に俊敏に対応できなければなりません。ゆえに、カード&ペイメント事業部では、私たち(アジャイルプロフェッショナル担当)による支援の下、SAFeに基づく大規模アジャイル開発を行うという判断を下したわけです」(稲葉氏)。
チームの見定めに十分な時間をかける
言うまでもなく、カード&ペイメント事業部にとって、大規模アジャイル開発は初の試みであり、そのための場所・システム(のアーキテクチャ)・組織・人の全てを整える必要があったという。
例えば、「場所」については、プロジェクトにかかわる関係者全員がいつでも集まれて、自由なコミュニケーションやアイデアを生みやすい開放的な空間を用意した。また、「システム」に関しては、チャネルごとにバラバラだったインタフェースのオープンAPI化を図るとともに、システムのマイクロサービス化も行い、複数のスクラムチームによる並行開発と機能追加/拡張が自由に、かつ少ない工数で行えるようにしたという。加えて、「組織」については、組織運営・業務(ビジネス)・システム開発の全レイヤーにおける情報をオープン化・可視化する目的で、DevOpsの手法/ツールを活用した。例えば、システム開発レイヤーでの情報を可視化するために、アトラシアンのプロジェクト管理ツール「Jira Software」を進捗管理に使い、チームコラボレーションツールである「Confluence」を採用してチームの情報共有だけではなく、従来の設計書の代わりとしても利用した。これにより、開発のバックログ(処理すべきタスク)とその背後にある組織の方針・意思決定が紐づいて見えるようになり、スクラムチームの個々のメンバーが、「なぜ、そのタスクを行う必要があるのか」を確認するのも容易になったと、稲葉氏は言う。
さらに、「人」については相当の時間をかけてスクラムチームの育成を行った。具体的にはアジャイルコーチをアサインし、コーチ各人が2~3つのスクラムチームを指導しながら、それぞれのチームが大規模アジャイル開発を支えるピースとしてしっかりと機能しうるかどうかを見定め、問題がある場合には、メンバーの入れ替えやチームの再構築を含む育成に力を注いだのである。
「全てのスクラムチームのパフォーマンスを高いレベルで均一化することは、大規模アジャイル開発の基本要件です。一方で、年齢や技量とは関係なく、アジャイル開発やスクラムの考え方が肌に合わない技術者もいますし、具体的な指示がないと動けない人もいます。そうしたメンバーが一人でもいると、スクラムチームは機能しません。ですので、大規模アジャイル開発に初めて取り組む際には、スクラムチームの見定めや再構築・育成に十分な時間をかけなければならないのが通常です」(稲葉氏)。
ちなみに、アジャイルプロフェッショナル担当では、SAFeの採用を検討する顧客企業に向けても、場所・システム・組織・人の課題を洗い出し、優先順位を決めて、解決のスケジュールを組むというソリューション展開を行っている。スクラムチームの育成期間についても、顧客企業の状況をヒアリングしながら、適切な期間を設定しているという。
大規模アジャイル開発を「2025年の崖」を乗り換えるカギに
上の記述からもわかるとおり、大規模アジャイル開発を導入し、その成果を手にするまでには一定の時間を要する。ただし、開発が軌道に乗れば、組織の俊敏性や変化への即応力が増し、ITサービスのリリース速度を向上させることが可能になる。
「加えて、スクラムチームでの開発は、上意下達のスキームの中で指示されたことをそのまま行うのとは異なり、開発に携わる各人が、それぞれの着想や裁量によってモノゴトを進められます。これは、開発チームのモチベーションを高く保つことにつながりますし、メンバーの技術習得のスピードを向上させる効果もあります」と、大規模アジャイル開発の現場で活躍している山田 真也氏は指摘する。
また、アジャイル開発における品質管理に携わる町田 欣史氏は、「SAFeの採用によって開発の品質がすぐに向上するわけではありませんが、スクラムチームが経験を重ねていくことで、活動の成熟度は必ず増していきます。それに伴い、開発の品質も自ずと高められていくはずです」と指摘する。
NTTデータのアジャイルプロフェッショナル担当では、今後も、こうしたSAFe/大規模アジャイル開発のメリットを、より多くの顧客企業に享受してもらうための活動に力を注いでいくという。
「例えば、海外のグループ各社との連携を一層強めることで、国をまたがった大規模アジャイル開発のソリューションを多国籍企業に向けて提供することが可能になるはずです。また、日本の企業はいま、『2025年の崖(*3)』と呼ばれる問題と対峙し、レガシーシステムを急いで近代化して、デジタルトランスフォーメーションを加速させなければならない状況にあります。その取り組みを推進する有効な一手としても、SAFeやDevOpsによる大規模アジャイル開発の普及を推し進めていくつもりです」(市川氏)。
*1:売上数字は2020年度(3月期)実績、従業員数は2020年3月末時点の実績
*2: 「Altemista」は日本国内における株式会社NTTデータの登録商標
*3: 2025年の崖:経産省が2018年に発表した報告書「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』克服とDXの本格的な展開~」で指摘されている問題のこと。同レポートでは、日本の企業が、レガシーシステム(旧式で独自性の高い技術を使ったシステム)を維持し続けると、システムの維持・運用管理コストが高止まりしてDX競争で海外企業に大きく後れをとることになり、2025年以降、年間で12兆円規模の経済的損失が生まれる可能性が高いとしている。