アトラシアン本社の情報サイト『WORK LIFE』より。ライターのカット・ブーガード(Kat Boogaard)が、人の意欲を喚起し、パフォーマンスを高める「モチベーション理論」について説く。

本稿の要約を10秒で

  • 「モチベーション理論」とは、人々をある特定の結果に向かって努力させる原動力に関する理論である。
  • モチベーション理論のフレームワークは、人間のモチベーションの裏側にある心理を理解するうえで有効である。
  • 本稿では、最も一般的なモチベーション理論を5つ紹介する。

モチベーション理論とは何か

人間特有の感情である「モチベーション」(参考文書(英語))は、人々をある特定の結果に向かって努力させる原動力といえるものだ。ただし、モチベーションの実態を理解したり、鼓舞したり、活用したりするのはなかなか難しい。

「モチベーション理論」は、そのモチベーション、すなわち人を突き動かすものが何かを理解するうえで役立つフレームワークを提供するものだ。また、そのフレームワークはモチベーションに関する学術的な研究によって裏づけられてもいる。それに関する知識を身につけることは組織・チームを率いるリーダーにとって有益であり、有効である。

とはいえ、モチベーション理論の学術書は大抵の場合、難解な概念や用語が目白押しで、かなり敷居が高い。そこで本稿では、専門用語をわかりやすく解説しながら、組織・チームのメンバーたちのモチベーションを高めて、最高のパフォーマンスを引き出すために必要な基礎知識を提供していく。併せて、モチベーション理論を実際の職場でどのように実践すべきかについても説明する。

「内容理論」と「プロセス理論」

モチベーション理論を大きく「コンテント(内容)理論」と「プロセス理論」の2つに分けられる(参考文書(英語))。

①コンテント理論:人がモチベーションを引き出す物事(コンテンツ)に焦点を当てた理論。 コンテンツには、ニーズ、報酬、評価などが含まれ、それらがなぜモチベーションの喚起につながるかの要因を考察する。

②プロセス理論:「行動パターン」や「期待感」など、人のモチベーションに影響を与えうる個人の行動や思考のプロセスに焦点を当てている。

モチベーションの喚起に有効な5つのモチベーション理論

いかなるモチベーション理論であれ、それによって人間の生産性を飛躍的に向上させることはできない。ただし、理論の背景にある心理学は、人間のモチベーションに関して有益な洞察を与えてくれる。その基礎的な理解を活用することで、集中力と熱意のある職場環境を築くことが可能になる。ということで、以下では最も一般的な5つのモチベーション理論を紹介する。

【1】マズローの欲求階層理論

「マズローの欲求階層理論」は、心理学者のアブラハム・マズロー(Abraham Maslow)氏(参考文書(英語))が1943年に発表した論文「A Theory of Human Motivation(人間のモチベーションに関する理論)」の中で唱えた理論だ。

マズロー氏は人間の基本的な欲求を5段階に分類しており、それは一般的にピラミッド図によって表現される(参考文書(英語))。また、5段階の基本欲求とは以下の5つだ。

  • 生理的欲求(Physiological needs):食物、水、住居、空気、睡眠、衣類、生殖
  • 安全欲求(Safety needs): 個人の安全、雇用、資源、健康、財産
  • 愛情と帰属(Love and belonging): 家族、友情、親密さ、つながり
  • 尊厳(Esteem): 地位、認知、自尊心、尊敬
  • 自己実現(Self-actualization): 潜在能力を最大限に発揮する能力
画像: マズローの欲求階層

マズローの欲求階層

このピラミッド図が意味するのは、人間が優先的に満たそうとする欲求の順番である。つまり、人間はまず、最も基本的な欲求(ピラミッドの底辺にある欲求)である生理的欲求(Physiological needs)を満たそうとし、のちにはピラミッドの頂点(自己実現(Self-actualization))に向けて自身の欲求を満たそうとするというわけだ。

もっとも、マズロー氏は論文の中で、人間が満たそうとする欲求は、それほど順序だてられてはいないとも指摘している。つまり、特定の欲求が満たされたのちに、階層構造の上位にある欲求が強まったり、生まれたりするわけではないということだ。言い換えれば、人間の余裕は階層的であると同時に相互依存的であり、必ずしも段階的な連続性があるわけではないのである。

この点についてマズロー氏はこう述べている(参考文書(英語))。

「いかなる欲求も、孤立した個別のものとして扱うことはできない。すべての欲求は、他の欲求が満たされているか否かと関連している」

マメ知識:
実のところ、マズロー氏の欲求階層を象徴的に表現する上のピラミッド図は、マズロー氏が作成したものではない(参考文書(英語))。また、人間は各階層の欲求が完全に満たされていなくても、より上位の欲求を満たそうとする。ピラミッド図は、そのことが表現できておらず、誤解を招きやすいとの指摘もある。なお、このピラミッド図は、マズロー氏の研究から数十年後に別の心理学者が、マズロー氏の理論や他のマネジメント理論に基づきながら作成し、広めたものである。なお、マズロー氏の理論はもともと人間の基本的な欲求に焦点を当てたものだが、のちの数十年間でビジネスの現場(=職場)で応用されることが多くなっていった。

【マズロー理論の実践法】
マズロー氏の理論か組織・チームのリーダーが得られる最も重要な教訓は、基本的な欲求を満たせる環境づくりの大切さだ。例えば、上で触れた人間の5つの基本的欲求は積み重なり、かつ、相互依存の関係にある。ゆえに、仮にチームのメンバーが職場の「安全性」に不安を抱いているならば、「昇進(自己実現)」は、彼らのモチベーションのアップにそれほど効果的でないことになる。

ならば、あなたのチームのメンバーはどうだろうか。雇用について一定の安心感を抱けているだろうか。適切な給与は支払われているだろうか。安全・安心を感じられる労働条件は整えられているだろうか。この辺りの環境を整えることが、メンバーのモチベーションを高めるうえでは必要不可欠となる。

マズロー氏の欲求階層は、包括的な組織マネジメントのアプローチもサポートしてくれる。例えば、階層構造を成す人間の基本的な欲求を理解することで、自分の組織・チームのメンバーがモチベーションをもって成長し、自己実現するのに必要な事柄を詳細に把握することが可能になる。そこで自問していただきたい。あなたの組織・チームで働くメンバーたちは、あなたや同僚たちとしっかりとしたつながりを持っているだろうか。また、適切な評価を受けているだろうか。自身の職務に関して一定の裁量を持っているだろうか。これらのすべての問いに「イエス」と答えられないのであれば、あなたの組織マネジメントのどこかに不備があり、メンバーたちのモチベーションアップや成長、そして自己実現は困難になるといえる。

【2】ハーズバーグのモチベーション- ハイジーン理論(別称「二重要因理論」、または「二要因理論」)

行動科学者のフレデリック・ハーズバーグ(Frederick Herzberg)氏は、1959年に「モチベーション - ハイジーン理論」(参考文書(英語))を提唱した。この理論は、彼がある従業員グループにインタビューを行い、以下の2つの質問をした結果として生まれたものだ。

質問①
仕事に満足していた時期を思い出してください。そう感じていたのはなぜですか?

質問②
仕事に不満を感じていた時期を思い出してください。そう感じていたのはなぜですか?

これらのインタビューを通して、ハーズバーグ氏は従業員の満足度と不満度に影響を与える2つの要因があることを突き止めた。ゆえに、このモチベーション理論はよく「2要因理論」、ないしは「2因子理論」とも呼ばれている。ハーズバーグ氏は、その2つの要因を「ハイジーン要因」と「モチベーション要因」と命名している。

  • ハイジーン要因:これは「労働条件」「報酬」「監督」「企業方針」といった基本的な労働環境を指している。これらの基本的な要素が整っていれば、従業員の満足度は安定した状態が保たれる。一方で、それが欠如すると、従業員の満足度は低下する。
  • モチベーション要因:これは「福利厚生」や「評価」「昇進の機会」などを指している。これらの要素が整っていると、従業員のモチベーションや生産性、組織・チームへのコミットメントが高められる。

上記のとおり、2つの要因のうちハイジーン要因が欠如すると従業員の不満が募り、モチベーションが低下する。また、モチベーション要因は、従業員の満足度とモチベーションを向上させるが、その要因が有効に機能するのは、ハイジーン要因が存在する場合に限られる。

【ハーズバーグ理論の実践】
ハーズバーグ氏の理論は、マズローの理論を補完するものとして説明されることが多い。実際、どちらの理論も、人間の基本的な欲求を満たすことに重きを置いている。

ただ、マズロー氏の理論はより包括的であり、モチベーションの原動力となる人間の基本的な欲求について包括的な知識を与えてくれる。一方、ハーズバーグ氏の理論は、マズロー氏の理論を、働く人のモチベーションを維持、向上させる「処方箋」としてまとめ上げたものといえる。ハーズバーグ氏の理論を通じて、組織のマネジメント層は、モチベーション要因を活用する前に、ハイジーン要因が自分の組織にすべて揃っているかどうかを確認することができる。

【3】ブルームの期待理論

この理論は、心理学者のビクター・ブルーム(Victor Vroom)氏が1964年に確立したものだ。同氏の「期待理論」(参考文書(英語))の前提は非常にシンプルである。それは「人間は、自らの行動を意識的に選択し、その選択は、それによって起こりうる事柄への期待によってモチベートされる」というものだ。より単純化していえば、私たち人間は「心地良さ」を追求し、「苦痛」を回避する行動をとるというわけである。

この考え方は、「人間は自身の判断による結果を、異なる価値基準で評価する」というブルーム氏の研究結果に基づいている。同氏は、この研究結果を掘り下げてモチベーションに影響を与える2タイプの心理的プロセス「手段性(Instrumentality)」と「Expectancy(期待)」を探り当て、それぞれについて詳細に説明している。その概略は以下のとおりだ。

  • 手段性:人間は報酬と自身のパフォーマンスとの間に相関関係にあると信じる。ゆえに、報酬を得るための手段としてパフォーマンスを高めようとする。
  • 期待: 人々は努力を増やせば報酬も増えると期待する。ゆえに努力を重ねようとする。

この理論の中でブルーム氏は、人間のモチベーションを喚起しようとするなら、その人の行動や振る舞いの結果を予測できるようにしなければならないと示唆している。これはすなわち、特定の行動に対するモチベーションは、その結果が明確なときに高められるということだ。

【ブルーム理論の実践法】
ブルーム理論を実践するうえで留意すべき点は、組織・チームで働く全員が同じ報酬によってモチベートされるわけではないことだ。ゆえに、リーダーがとるべき最初のステップは、メンバー各人が何に重きを置いているかを理解し、それに見合った成果を生み出せる機会を創出することである。それを出発点にすることで、組織・チームで働く各人のパフォーマンスと望む報酬とを結びつけ、それぞれに対して明確な期待値を設定することができる。ちなみに、この期待値の設定は「キャリア開発プランニング」(参考文書(英語))と呼ばれる取り組み中で行われるものと同じである。
もっとも、組織・チームの働き手の期待と報酬が常に直接結びついているわけではない。働き手は、それが自分の仕事であるという理由だけで、職務上の責任を果たすことが期待され、その期待に応えることもモチベーションの1つとなりうるからだ。
ブルーム氏の理論の要点は、人間は常に心地良さを求め、苦痛を最小限に抑えようとする生き物であるというポイントに集約できる。ゆえに、報酬とは関係のないところで心地良さを感じられる事柄があれば、それが得られる期待感はモチベーションの原動力となりうる。その意味でも、報酬とは関係のないことについても、それを追い求めることでどんな結果が得られるかを働き手全員に周知徹底する必要がある。

【4】強化理論

この理論は「オペラント条件づけ(Operant conditioning)」(参考文書(英語))と呼ばれる概念の一部だ。同理論の確立は一般的に心理学者B.F.スキナー(B.F. Skinner)氏の功績であるとされている。また、スキナーの研究は、1898年にエドワード・ソーンダイク(Edward Thorndike)氏が確立した「効果の法則(Law of Effect)」(参考文書(英語))に基づいている。

強化理論の起源は複雑だが、その前提はシンプルである。それは「私たちの行動は、結果が形づくる」というものだ。また、結果に基づき強化された行動は繰り返される。それは、ポジティブな結果につながる「ポジティブ強化」の場合であっても、ネガティブな結果を避けようとする「ネガティブ強化」の場合でも同じである。

この強化理論は、私たちの内なるモチベーションに焦点を当てたものではなく、すべては行動と結果との因果関係に基づいている。実際、何かを行い、その結果を気に入れば、人間はまた同じことをするのである。

【強化理論の実践法】
この理論は人間の本質と非常に強く関係している(実際、ストーブにうっかり触れてやけどをした人は、誰から教わらなくとも、二度と同じミスをしないようにするはずである)。ゆえに、強化理論は組織・チームのマネジメントに適用しやすく、メンバーからの理解もされやすい。

例えば、組織・チームのリーダーは、メンバーが望ましい行動を取ったときに、その行動を褒めたり、より責任の重い仕事を任せたり、有給休暇を増やすといった具体的な報酬を与えたりすることで、強化された行動を繰り返すようになるのである。

【5】自己決定理論

この理論(参考文書(英語))は、心理学者のリチャード・ライアン(Richard Ryan)氏とエドワード・デシ(Edward Deci)氏が1985年に出版した著書「Intrinsic Motivation and Self-Determination in Human Behavior」(参考文書(英語))で紹介したものだ。同理論では、モチベーションを自分自身の中で見出すことに焦点を当てている。

ライアン氏とデシ氏は、モチベーションは必ずしもニンジンを目前にぶら下げたり、ムチで叩いたりして引き出されるものではないと主張している。彼らは、そうしたモチベーションを「管理されたモチベーション」(参考文書(英語))と呼び、これは外的な要因によって自らの行動を選択しているに過ぎないとしている。

それよりもはるかに強力なモチベーションが「自律的なモチベーション(『内発的モチベーション』とも呼ばれる)」であると心理学者たちは主張している。また、そのモチベーションが喚起されるのは、自分の選択が内なる目標や信念に合致しているときであるという。要するに自律的なモチベーションによる行動は、外部からの「承認」「報酬」「罰」ではなく、自己決定によるものであるわけだ。

自律的なモチベーションは、自然に引き起こされるものではない。それを喚起するには、以下に示す「3つの心理的欲求」(参考文書(英語))を満たす必要がある。

  • 自律性(Autonomy): 自己の行動に関して選択権と一定のオーナーシップがあると感じること
  • 有能感(Competence): 自分には知識があり、有能であると感じること
  • 連帯感(Relatedness): 他者とつながっていると感じること
画像: 自己決定理論における自律的モチベーション発揚のメカニズム

自己決定理論における自律的モチベーション発揚のメカニズム

これら3つの心理的欲求が満たされていると、人間は自律的にモチベーションを発揚することができる。

【自己決定理論の実践法】
上の内容からもわかるとおり、自己決定理論を組織・チームで実践するうえでは、上述した3つの心理的欲求を満たすことがきわめて重要となる。そのための方法には以下に示すようなものがある。

  • 自律性:組織・チームの働き手に柔軟なスケジュールを与え、いつどこで最高の仕事ができるかを自分で決められるようにする。
  • 有能感:スキルを磨き続けるために、追加のトレーニングや学習の機会を提供する。
  • 連帯感:組織・チーム内での絆を深め、より個人的なレベルで互いを知ることができるよう、チャットツールに専用チャンネルを開設したり、休暇、ないしは休憩時間に全員で外出したりと、交流の場を提供する。

もちろん、上記の方法がすべてではない。仕事に対する働き手の自律性やオーナーシップマインド、熟練度、連帯感を高めるうえでは、このほかにもさまざまな方法がある。ゆえにリーダーには、自らの創造性を発揮しながら、自分の組織・チームに有効と思われる方法をさまざまに想起し、実行に移していただきたい。

モチベーションの発揚を必然にするために

モチベーションは、とても気まぐれで、条件がちょうど良いときに魔法のように起こる一過性の現象であるように感じられる。

ただし、組織・チームのリーダーには、働き手のモチベーションを高いレベルで維持し、それぞれが最高の仕事ができるようにする責任がある。ゆえに、モチベーションが喚起されやすい、あるいは高まりやすい環境を築き、モチベーションの発揚を偶発的なものから必然的なものへと変えていく必要がある。

それを実現するうえでは、人の心を読めるようになる必要はない。今回紹介したようなモチベーション理論を知り、活用すれば、高いモチベーションが常に維持されるような環境を作り出すことができるのである。

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