本稿の要約を10秒で
- ある調査によれば、組織における意思決定プロセスは「認知バイアス」に支配されてしまうケースが多いという。
- アトラシアンにおける行動科学者のグループ「Team Anywhere Lab」は、認知バイアスの影響を受けずにチームが良質の意思決定を下すための方法について研究調査を実施した。
- 本稿ではその研究調査の結果について、そのエッセンスを報告する。
意思決定を巡る課題
ある調査(参考文書(英語))よると、組織における意思決定には「合意(コンセンサス)重視」の傾向が強くあり、意思決定プロセス(参考文書)の多くが「認知バイアス(Cognitive Bias)」に支配されているという。
「認知バイアス」とは、何らかのフィルターを通じて情報をとらえ、検討することによって生じる思考の誤りを指す。組織の意思決定を間違った方向に向かわせる可能性の高い認知バイアスには以下のようなものがある。
- 現状維持バイアス(Status quo bias):変化よりも現状維持に心地良さを感じて「これまでそうしてきたから、そうすべき」という判断を下そうとするバイアス
- 社会的証明バイアス(Social proof bias):周囲の多くがそうしているから、自分たちもそれを真似たいと考えてしまうバイアス。
- 機会費用無視バイアス(Opportunity cost neglect bias):ある選択をすることによるコスト(ないしは損失)を無視しようとするバイアス
- 自己追跡バイアス(Self-herding bias):前回と同じような課題に直面した際に、前回と同様の決断を下そうとするバイアス
いうまでもなく、このようなバイアスの影響を避けなれば、良質な意思決定は下せない。では、それを行うには、何をどうすれば良いのだろうか。
私がヘッドを務めているアトラシアン「TeamAnywhere Lab」(以下、TAL)は、現代のチームに最適な働き方を設計・検証する行動科学者のグループだ。
当然のことながら、TALでは、認知バイアスが組織や個人の意思決定を間違った方向に導く「落とし穴」になりうることを認識している。そこで今回、組織で働くチームが、自分たちの認知バイアスを抑え込み、客観的で、より良い意思決定をするための方法について、実験を通じて考察することにした。
意思決定の質を高める「監査」という選択肢
意思決定に関する実験をデザインするに当たり、TALでは過去の研究ですでに明らかにされている事実をスタートポイントにした。
例えば、ある研究(参考文書(英語))により、上司との関係が良好な従業員ほど、意思決定を下す権限を与えられていると感じ、それが個人、ならびにチームのパフォーマンスにプラスに働くことが明らかにされている。こうした研究結果に基づき、TALは実験に向けて次のような仮説を立てた。
仮説①過去の「意思決定」を「監査」することで、意思決定の全容や、意思決定における自身の役割が明確になり、それが仕事のスピードアップにつながる。
仮説②意思決定の監査結果に対して上司からの評価(フィードバック)を受けた場合、監査の効果はより大きくなる。
この仮説のもと、TALでは組織横断のかたち82名のアトラシアン関係者(従業員や社外パートナーなど)を集めて実験に協力してもらった。
実験ではまず、参加者を2つのグループに分けた(ここでは「グループA」「グループB」とする)。そして、どちらのグループに対しても、意思決定を監査するためのテンプレート(=監査票)と実験前のアンケート、そして実験後のアンケートに答えてもらった。
意思決定の監査票とは、参加者たちに彼らが最近下した意思決定を10個まで挙げてもらい、そのうえで下記のような質問を投じるというものだ。
- それらの意思決定を下すことに対して、どのような不安があったか。
- 意思決定を下すプロセスにおいて何がうまくいかなかったか。
- うまくいった意思決定のプロセスを再現できているか。
さらに、この監査においては、最後の部分をグループA、Bで異なるものにした。その違いは以下のとおりである。
- グループA:グループAに対しては「意思決定を次回以降、より迅速に進めるために何かができるとしたら、どのようなことが実行可能か」という問いを設定した。
- グループB:グループBの参加者には、意思決定の監査結果を上司を共有し、フィードバックをもらうよう求めた。また、監査結果をレビューした上司に対してもアンケートを行い「次回、この種の意思決定をより迅速に進めるために、あなたのチームのメンバーができることは何かあるか」という質問に答えてもらっている。
こうしたうえで、TALでは実験後、すべての参加者にアンケートを行い、監査の効果を確認した。結果として、意思決定の監査と、監査結果に対する上司からのフィードバックには、以下のような効果があることがわかった。
- 意思決定の監査により意思決定の全体像が明確になり、自分の判断に対する自信が強まる。
- 意思決定の監査は、仕事上の迅速な行動と推進力の向上につながる。
- 意思決定の監査によって最優先事項の進捗状況が良好になる。
- 上記の効果は、監査結果に対する上司からのフィードバックをもらった場合はさらに大きくなる。
監査による振り返りで意思決定の全容が明確になる
意思決定における大きな課題の1つは、意思決定の最終責任を誰が背負うかが不明確な点だ。意思決定の監査には、この点を明確にする効果が期待できる。実際、今回の実験でも「どの意思決定を単独で行うべきか」「どの意思決定に関係者全員の合意や承認が必要か」について把握した参加者の割合が、監査遂行後に19%もアップしていたのである(下図参照)。
「監査を通じて過去の意思決定を振り返ることで、今後どのようにして意思決定に臨めば良いのか、特定の意思決定について、本当に他者の判断を仰ぐ必要があるか否かが見えてきました」
── ブレイク・ウィリアムズ(Blake Williams) 契約パートナー
意思決定の明確化は実行力を強化し、仕事を前進させる
上記のとおり、今回の実験後、参加者の72%は意思決定の全容が明確になったと答え、結果として、60%が仕事のペースを上げることができ、最優先事項の進捗が以前よりも良好になったと答えている。
TALでは今回、大規模言語モデル(LLM)を用いて、参加者の回答から主要なテーマを特定した。これにより、例えば、監査を通じて自身の意思決定プロセスに対する参加者の認識が深まっていることがわかった。
「今回の実験に参加し、監査を経験したことで、自分の意思決定パターンを確認することができました。とりわけ、監査は、意思決定を下す中で自分がステークホルダーたちとどう関わってきたかを確認するうえで有効でした。自分の意思決定とステークホルダーとの関係をしっかりと認識することで、意思決定の際に過剰に受け身になったり、提案を躊躇したりするのを避けることが可能になります」
── マルジャン・ファリド(Marjan Farid)、アトラシアン タレントディベロップメントパートナー リード
また、TALの分析により、実験参加者の85%が、意思決定の監査を同僚に勧めたいと考えていることも明らかになっている(下図参照)。
「今回の実験に参加し、時間をかけて自分の下した意思決定を監査したことは有益でしたし、数々の洞察の獲得にもつながりました。今後も、この監査を定期的に実施したいと考えますし、他のマネージャーもそうすべきだと思います」
── ドラガナ・K(Dragana K.)アトラシアン シニアマネージャー
上司からフィードバックで監査の効果はさらにアップする
先に触れたとおり、意思決定の監査について自分の上司からフィードバックをもらった参加者は、そうしていない参加者に比べて、監査の実施でより多くの恩恵を受けている(下図参照)。
上図のとおり、上司から意思決定の監査結果に対するフィードバックをもらった参加者は、より多くが、自分の判断に自身を持てるようになり、迅速に行動して最優先でこなすべきタスクの進捗がスムーズになったと感じられているようだ(下図参照)。
さらに参加者からは、マネージャーと意思決定について話し合うことで、仕事上の関係も強化されたとの声も聞かれている。
意思決定の監査を実践する
自分の意思決定について自ら監査を行うことは難しい作業ではない。以下の質問に自ら答えることで、意思決定を監査できる。そして、その監査結果を上司と共有し、フィードバックをもらうようにすれば、監査の効果をさらに大きくできるのである。
- 自分の仕事を前に進めるたに、どのような意思決定が必要だったか(決定の大小は問わない)
- 意思決定を下す際、周囲との合意(コンセンサス)や承認、情報共有のために何らかのミーティングを催したか?
- 自分の意思決定に関して、情報の入手や情報の提供を目的に周囲に何らかのメッセージを送ったか?
- 周囲からの情報の入手やコンセンサス、承認を得るために、何からの文書(例えば、ロードマップなど)を作成したか?
- 意思決定の下す際に。以下のような不安を感じているか。
- 自分には、良質な意思決定を下すための知見とデータが足りていないのではないか?
- 自分には、このような意思決定を下すに足る権威、権限がないのではないか?
- 自分には、他の選択肢を選び、実行しうる経験や知識がないのではないか?
- このような意思決定を行うと、決定のプロセスに参加できなかった関係者(例えば、ステークホルダーなど)の不興をかうのではないか?
- 意思決定の良質化に向けて、過去にうまくいった意思決定のプロセスを再現できているか。
- 適切な理由のもとで適切な人を意思決定に巻き込めているか?
- 適切な意思決定を下すための、データと経験に裏づけされた知識を有しているか?
- しっかりとした仮説を立て、文書化できているか。
意思決定の自己監査の結果を上司と共有し、以下を尋ねる:
- 次回以降の意思決定をより迅速に下すために、私がすべきことは何でしょうか?
- 今回監査した意思決定について、私はその決定を下す権限を持っているのでしょうか?
- 今回監査した意思決定について、決定のプロセスに参加してもらった人の人選は適切だったでしょうか? これらの人たち全員を、意思決定のプロセスに参加させる必要はあったでしょうか?
- 別形式のフィードバックを求めてもよろしいでしょうか(例えば、「意思決定の基本のワークフロー vs. ご自身の考え」といったかたちです)
良質な意思決定に向けて、より効果的にコラボレーションするための数々のTIPSについては「Atlassian Team Playbook」でも紹介されているので、ぜひ参考にされたい。