ITサービス管理をより良くするために
皆川がアトラシアンにジョインしたのは2018年のこと。その当時、アトラシアンは、ソフトウェア開発を効率化する製品のプロバイダーとして認識されていた。それが今日では、組織を構成するあらゆるチームのコミュニケーション、コラボレーションを効率化し、各チームのアジャイルな働き方を支える製品のプロバイダーとして知られるようになっている。
「そんな中で、ITチーム(IT運用チーム)によるITサービス管理(ITSM)をより良くしていくことも、自然にアトラシアンのミッションになったと思います」と皆川は振り返る。
2022年、アトラシアンのITSMツールである「Jira Service Desk」は「Jira Service Management(以下、JSM)」へと名称が変更になり、随所にAI機能を盛り込むなどの進化を続けている。皆川はその詳しい説明に移った。
AIによる従業員、エージェントの業務効率化サポート
では、JSMはAIをどのように活用しているのか。皆川は、サービスデスクに対して問い合わせを行う従業員と、問い合わせに対応するエージェント(サービスデスク担当者)の2つの観点で説明した。
まず、従業員をサポートするAI機能として、JSMには従業員の問い合わせやサポートリクエストにAIが自動で対応する機能が組み込まれている。例えば、従業員がチャットで問い合わせると、AIの「バーチャルサービスエージェント」がまるで人間のように回答する。AIが回答に使う情報源(データソース)は、アトラシアンの製品のみならず、Googleドライブといったサードパーティのツールも対象にできる。
一方、人間のエージェントは、AIでは対応し切れない問題の解決に当たることになる。それでも、AIだけで対応が可能な問い合わせやサポートリクエストはかなり多い。例えば、サービスデスクのもとに同様の問い合わせが数多く寄せられ、同様の対応、回答を繰り返し行わなければならないことは少なくない。そのようなときにJSMのAI機能を使うことで、適切な回答をAIに要約させてサジェストさせることができるのである。
「JSMのAIによって、エージェントの仕事がなくなるのではないかと思われるかもしれません。ただし、AIは人間の代替として機能するものではありません。人間が迅速に最終決断を下し、問い合わせやサポートリスクエスへの対応をスピードアップするための手段として捉えていただきたいと考えます」(皆川)
JSMではこのほか、サポートリクエストの優先順位やエージェントの勤務地を考慮してサポートチケットを適切な担当者に振り分ける「自動トリアージ」や、サポートリクエストの分析によって新しいキュー(未完了のリクエスト一覧)を自動で提案する「キューの最適化」、AIによるサービスデスク構築を可能とする「インスタントサービスデスク」など、AIを使った新機能が実装されている。
AIによって大幅に機能強化されたJSMを前にして皆川は「そろそろAIがすごいとは、いわれなくなるだろう」と予測し、こう続ける。
「AIはあって当然の道具として使われるようになるはずです。特に単純な繰り返し作業については、すべてAIが行うようになると見なすべきで、その想定のもとでAIの活用に取り組むことが効果的です」
AIなどの革新技術がIT運用における「前例の踏襲」に変化をもたらす
皆川は、IT運用系のタスクは「前例の踏襲」が起こりやすく、ゆえに面倒な場面に突き当たることも多いと指摘したうえで「そうしたタスクを、AIなどの革新技術が大きく変える可能性が高いといえます」と説く。
「例えば、変更管理では、小さな変更でも大量のチケットを作成しなければならないことがあります。また、開発チームがチケットを発行した際に、それが運用と行き来した末に承認されずに終わることもよくあります。このようなコンフリクト(不一致)を解消するためにJSMでは新しい試みを行っています」(皆川)
その試みの1つは、JSMとDevSecOpsツールとの連携だ。この連携により、アジャイル(スクラム)開発におけるスプリントに関わる脆弱性(セキュリティ上の脆弱性)がJSMで一覧形式で表示され、開発チームがすぐに把握できるようになる。また、自動化のルールを作成することで、ソフトウェアの変更前、ないしはデプロイ前に脆弱性に対処するためのタスクが自動的に生成できる。
JSMの場合、主要なCI/CDツールとも連携できる。それにより、リスク精査エンジンを通したリスク評価を自動的に行うことも可能となる。そして「低リスク」「中リスク」「高リスク」それぞれに適した対応がなされ、適切なチームに対してチケットが発行される。これによってIT運用チームはすべての変更をチケットからトレースすることが可能になる。
「また、インシデント発生のアラートをJSMと、開発チームに向けたアトラシアンの新たな製品『Compass』(=ソフトウェアの状態を可視化するツール)のどちらでも見られるようになりました。これにより、アラート対応における開発チームとIT運用チームとの意思疎通が円滑になるといえます。さらに、JSMではAIOpsの機能もサポートされています。この機能によって、アラートのグループ分けを自動的に行えるようになったほか、AIがインシデントの解決に役立つ可能性のあるヒントや問題の根本原因などをピックアップ、あるいは提案したりするようになりました」(皆川)
大規模サービスマネジメントを実現するためのアセット管理
規模の大きな企業では、会社の資産(アセット)をどのようにして包括的に管理するかが課題となっている。アトラシアンでは2023年、大企業におけるこうした課題を解決することを主眼にITデータ品質管理技術のリーディングプロバイダー、AirTrack社を買収した。
JSMでは、大規模サービスマネジメントの機能を強化すべく、AirTrack社の技術を取り入れ、JSMのプレミアム版とエンタープライズ版に「データマネージャー(仮称)」と呼ばれる新たな仕組みが追加される。
データマネージャーには標準で30以上のデータコネクタが用意され、組織全体に導入されている複数の資産検出ツールやデータベース、コンポーネント部品からデータを集約し、クレンジングすることを可能にする。また、例えば、セキュリティ監視ツールによってスキャンされていないデバイスや、未管理でセキュリティパッチの当てられていないデバイス、さらには所定のアンチウイルスソフトに登録されていないデバイスなどを発見することもできる。こうしたデータマネージャーの機能がJSMに組み込まれることで、組織内のすべての重要な資産をより適切に管理し、運用リスクやコスト、アタックサーフェス(攻撃対象領域)を最小限に抑えることが可能になる。
組織の規模が大きくなると、ITサービスの運営にかかるコストの管理も重要になる。
「こうしたコスト管理は、アトラシアンのデータ分析ツール『Atlassian Analytics』を使うことで効率化できます。例えば、AWS上にあるクラウド運用の情報やSasS型のデータプラットフォームである『Snowflake』上にある予算データ、そしてJSMのアセット情報やサービス関連情報を組み合わせることで、ITサービス運用のコストやコスト対効果を分析し、管理に役立てることが可能です」(皆川)
Atlassian Analytics では、AIを利用することで、SQLを知らない人でも自然言語で問い合わせができる。
また、JSMでは大規模サービスマネジメントの実現に向けて、エージェントの上限を2万に増やしたほか、管理可能なアセットの上限を300万オブジェクトへと拡張。データレジデンシーのエリアも日本を含む12カ国に拡大されている。さらに、セキュリティ面の強化も進み、最近では、ログやデータの損失防止に向けた監査機能やSAMLベースのシングルサインオン(SSO)機能、BYOK(BringYour Own Key)暗号化機能などが追加されている。
皆川は自身の経験から、開発チームとIT運用チームは近いようで実際には少し遠く感じていたことを明かした。しかし、同じゴールを共有して仕事ができる仲間であることに間違いはない。ゆえに今では開発とIT運用のチームだけでなく、ビジネスチームも仲良く仕事ができる環境が整いつつある。
最後に皆川は「ぜひ皆様の会社でも、開発とIT運用、ビジネスチームがどのようにコラボレーションしてゴールに向かうかを明確に描いていただきたいと考えます。私たちがお手伝いできることがあれば、ぜひお声がけください。一緒に日本を面白くしていきましょう」と呼びかけた。