流通小売事業や流通小売業向けAI事業を中核に年間6,530億円強(2023年6月期実績)を売り上げるトライアルグループ。同グループの一員として、リテールAIプロダクトやソリューション(AI技術を活用した流通小売業向けの製品やソリューション)の開発・外販を手がけるRetail AI X社では、開発チームのパフォーマンスを高めるべく「チームトポロジー」を使った組織改革に取り組んでいる。その組織づくりの全容について、Retail AI X社 開発部 部長である辻氏に話を伺う。

株式会社Retail AI X 
開発部 部長
辻 隆太郎氏

システムの内製で流通小売業界のDXをリードする

日本の流通小売業界にあって、トライアルグループは異色の経歴を持つ企業群だ。グループの母体であるトライアルカンパニーは小売店舗に向けたPOSシステム開発などのITを祖業とし、1984年に誕生した。のちには流通小売の実業にも力を注ぎ、1990年代後半からは当時アメリカで盛況であったスーパーセンター業態に着手。2023年6月時点では、スーパーセンターを中心に285店舗を展開するに至っている。

そうしたトライアルグループの大きな特色はIT企業としてのDNAを連綿と受け継ぎ『自社で使うシステムはすべて内製する』という姿勢を貫いている点だ。

「内製にこだわるという姿勢により、トライアルグループは、デジタル技術の活用で流通小売業界をリードしてきました。2010年代半ばには、店舗の基幹業務を支えるデータベースシステムも『Hadoop』の考え方をもとに独自に作り上げ、そのデータベースシステムが、当社の『リテールAI』ソリューションを支えるデータ基盤にもなっています」と、Retail AI X社 開発部 部長の辻 隆太郎氏は話し、次のようにも付け加える。「システム上の課題を解決するために、データベースまで内製してしまうような企業はIT業界にもあまりないかもしれません。そうしたシステムづくりへのこだわりが、結果的にRetail AI事業の立ち上げへとつながっています。」

トライアルグループでは2018年、上述したようなシステムの内製・保守・運用管理の体制を土台にRetail AI社を設立。同社を中核にRetail AI X社などから成る企業グループ(以下、Retail AIグループ(*1))を組織し、決済タブレット端末(セルフレジ機能)を搭載した「スマートショッピングカート」や、小売店舗における商品の陳列状況や人の行動をモニタリングして分析する「AIカメラソリューション」といったリテールAIプロダクトを提供している。

Retail AI社が提供している「スマートショッピングカート」は、店舗におけるレジ待ち時間や人手不足の解消に貢献するソリューションだ。2023年9月時点で89店舗に計9,115台が導入されている。また、セルフレジ機のほか、カートに入れた商品や顧客ごとに最適化された商品やクーポン情報を決済タブレット端末に表示するレコメンド機能も備える

Retail AI社のAIカメラソリューションは、2023年9月時点でトライアルの65店舗に3,900台が導入され、欠品のトレンドを把握して発注量を適正化し、補充オペレーションの設計、棚割の改善、さらには防犯などに役立てられている

トライアルグループでは、さまざまな企業や教育機関と新たなリテールテックを共創する取り組みにも力を注いでいる。その一環として、2021年には福岡県若宮市と九州大学と共同で流通小売のデジタルトランスフォーメーション(DX)を軸にした街づくりのプロジェクト「リモートワークタウン ムスブ宮若」をスタート。2023年9月時点ですでにリテールIoTデバイスの研究開発拠点「TRIAL IoT Lab」や、多様な業界の技術者がリテールAI技術(リテールテック)の研究開発を行う「MUSUBU AI」を、廃校となった中学校・小学校を改装して開設した。加えて、リテールAIソリューションの実験場としても機能するスーパーセンター 「トライアル宮田店」やスマートストア「トライアルGO脇田店」といった店舗も若宮市内に展開している。

*1 Retail AIグループは、Retail AIを中核として、リテールAIプロダクトの開発・外販を担うRetail AI X社のほか、リテールAI技術の開発を担うRetail SHIFT社、トライアルグループにおける社内システムの保守・運用管理を担うRetail AI Engineering社、リテールAI技術を使った小売店舗内の広告、マーケティングを支援するSalesPlus社、さらには海外の開発拠点(中国に2拠点)などから構成されている

Retail AI社の立ち上げで浮上した開発組織の課題

以上のように、トライアルグループでは、リテールAI開発・販売の体制づくりとプロダクトの普及で着実に実績を積み上げてきた。ただし、Retail AIグループの立ち上げ当初は、その開発組織にさまざまな問題があったと辻氏は振り返る。

なかでも大きな問題の1つは、中国にある開発拠点とのコラボレーションのあり方だ。

トライアルグループでは、2003年に中国に開発拠点を構えて以降、開発実務のほとんどを中国の拠点に一任してきた。ゆえに、RetailAIグループでもその体制を受け継ぐかたちとなった。

「中国のIT企業に開発作業をアウトソースすること自体は悪いことではありません。ただし、トライアルグループの場合、中国の開発拠点はグループの一員であり、いわば『身内』です。その身内に対して開発の実務を長年にわたって任せてきたために、仕事上のやり取りが『慣れ合い』になってしまっていました。先方の成果物に対する評価についても、問題解決の進め方にしても、かなりの甘さがあったのです」(辻氏)

しかも、開発の実務を中国の拠点に一任してきたことから、2003年から2016年ごろまで、日本国内ではソフトウェア技術者をほとんど採用してこなかった。その過程で、開発の実務を知るベテランはマネジメント層へとキャリアップし、日本のトライアルグループにおける開発の現場にはソフトウェアエンジニアリングに精通する人員がほとんどおらず、中国から納入された成果物における問題を自ら解決したり、中国に対して開発に関する適切な指示を出したりすることができずにいたという。

そんな状況を改善すべく、トライアルグループではRetail AIを立ち上げる2~3年前から、日本国内でもソフトウェア技術者の採用に乗り出した。ただし、ソフトウェア技術者を一気に増やすことはできず、Retail AIグループの開発組織は、ソフトウェアエンジニアリングに精通する中途入社の人員と開発経験のほとんどない新人でチームが構成されるという、いわゆる「中抜け」の状態になっていた。

「このような開発組織の問題を解決しないかぎり、外販に値する高品質で価値の高いリテールAIプロダクトをスピーディにデリバーし続けることはできないと感じました。そこで、組織を立て直すべく『チームトポロジー』を取り入れることにしたのです」(辻氏)

チームトポロジーによる開発組織の変革

辻氏の言う「チームトポロジー」とは、書籍「チームトポロジー 価値あるソフトウェアをすばやく届ける適応型組織設計」(発行:日本能率協会マネジメントセンター)で提唱されている組織設計の方法論である。価値の高いソフトウェアプロダクトをスピーディにデリバリーすることを主眼としており、その目的のもと、組織を「①ストリームアラインドチーム」「②プラットフォームチーム」「③コンプリケイティッド・サブシステムチーム」「④イネイブリングチーム」という4つのチームに大きく分け、「①ストリームアラインドチーム」に対して、他の3つのチームが支援を提供する構造を基本としている。

この手法にもとづくかたちで、Retail AI X社では組織を以下の3つに分けている。

①ストリームアラインドチーム
価値の創造から顧客への提供までの流れ(バリューストーム)に沿ってプロジェクトを推進するチーム。Retail AI X社では、このチームを構成する「バリューストームチーム」が、プロダクトのステークホルダーやスクラムマスターなどとアジャイル開発のスクラムを組み、プロジェクトのスプリントを回している。また、開発経験の浅い若手のソフトウェア技術者が中心となってバリューストームチームを構成しており、そのチーム数は2023年9月時点で10チームに上っている。

②プラットフォームチーム
開発の基盤や内部サービスを提供するチーム。Retail AI X社の場合、プラットフォームチームは主として、バリューストームチームが円滑にコラボレーション、コミュニケーションを行えるような環境を整えることをミッションとしている。具体的には、コミュニケーション基盤のメンテナンスやGitHub環境の管理を行ったり、アジャイル開発の実践情報を提供したり、チームメンバー間の確執を解消する手助けをしたりしている。また、Retail AI X社が活用しているアトラシアンのプロジェクト管理ツール「Jira Software」のユーザー管理も、このチームが担っている。

③イネイブリングチーム(コンプリケイティッド・サブシステムチームの機能も包含)
専門性が求められる部分の開発や保守を担当するスペシャリストのチーム。Retail AI X社の場合、このチームはソフトウェアエンジニアリングに精通した中途入社の人員を中心に構成されており、上述したストリームアラインドチームからの要請に応じて各バリューストームチームのプロジェクトを技術的にサポートする役割を担っている。また、バリューストームチームが開発に使用できるソフトウェアアーキテクチャのテンプレートなども提供している。さらに、Retail AI X社の場合、通常ではプラットフォームチームが担うことになるSRE(Site Reliability Engineering)業務(=システムの安定稼働を担保する業務)もイネイブリングチームが担っている。

「当社におけるチームトポロジーの体制は、教科書どおりのものではありません。ただ、アジャイル開発の作法をすべて取り入れても、それが組織にフィットしなければうまく機能しないのと同じように、チームトポロジーについても、自社の人的リソースの現状を勘案せずに教科書どおりのチーム体制を組もうとしてもうまくいきません。そこで当社では、自分たちの人的リソースの状況に合わせて、チームトポロジーの組織設計をアレンジして取り込みました」(辻氏)