本稿の要約を10秒で
- 自分の仕事に対する他者からのフィードバックは自分を向上させる情報となりえるが、一人の人間からのフィードバックは私見であり、見方に偏りがあることを忘れてはならない
- より広範な人から自分の仕事に対する意見を収集する「360度フィードバック」を実践することで、周囲の見方を正しくとらえることが可能になる
- 360度フィードバックはあくまでも個人の成長を促す手法であり、業績評価と結びつけてはならない
「360度フィードバック」が必要とされる理由
自分の考えや行動に対する他者からのフィードバックは、自分を向上させるための強力な情報となりうる。ただし、個々人からフィードバックは、あくまでも「私見」であり、相応の偏りがある。したがって、一人の人間(単一のソース)からのフィードバックに全幅の信頼を寄せることは難しい。
実際、アトラシアンでフィードバック戦略をデザインしている組織心理学者のマルタ・マイカリゼン(Marta Michaliszyn)は「他者からのフィードバックは客観的なデータとして扱うべきではありません」と指摘する。また、そのうえで次のような見解を示す。
「ただし、自分を取り巻くさまざまな同僚によるフィードバックを収集することは、他者が自分や自分の仕事をどう見ているかを知るうえで有効です。そして、自分の仕事に対する他者の認識は、私たちの行動に影響を与え、その影響は、他者から見た自分の仕事の新しい現実を形づくります」
マイカリゼンが言う「自分を取り巻くさまざまな同僚によるフィードバック」とは、自分をぐるりと取り巻く、さまざまな視点をもった人たちから意見を集める「360度フィードバック」を意味している。
360度フィードバックを実践することで、自分の仕事に関して、単一のソースから得られる「建設的な批判」よりも総合的で深みのあるインサイトを得ることができる。つまり、360度フィードバックによって、自分の長所と短所に対する自己認識が深められるほか、ともに働くチームのメンバー全員とより良い関係を築くことも可能になるのである。
360度フィードバックのアウトライン
自分の仕事に対するフィードバックは通常、直属の上司による観察が中心を成している。それに対して360度フィードバックの手法は、自分が普段一緒に仕事をしている複数の人たち(一般的には3~8人)から、仕事に対する自分の能力やパフォーマンスについて意見をもらうことを前提にしている。以下は、360度フィードバックを構成するフィードバックの例である。
- 直属の上司からのフィードバック
- 同僚からのフィードバック
- 直属の部下からのフィードバック
- 自分が直接担当している顧客からのフィードバック
360度フィードバックの手法を使うことで、上記のようなソースから一度にフィードバックを収集し、自分の「強み」「弱み」「パフォーマンス」をより全体的に把握することが可能になる。
なお、360度フィードバックは「業績評価」の手法である「360度レビュー」と同じものと見なされがちだ。ただし、この2つは別ものとしてとらえることが大切である。360度フィードバックは、あくまでも企業の従業員が自己学習、自己改善のためのインサイトを得るためのものだ。それに対して、360度レビューは昇進・昇給といった人事施策の意思決定のために行うものである。
実を言えば、業績評価を目的にした360度レビューは、回数を重ねるごとに、その効果が大幅に低下するとの研究結果が出ています。一方で、自己学習、自己改善を目的にした360度フィードバックは、年間を通じて継続的に行うことが大切で、そうすることで自己成長のための情報を効果的に収集することができます。すなわち、心理学の見地から言えば、360度のフィードバックは人事考課から切り離して行うことが大切であるということです。
360度フィードバックの実践手法
360度フィードバックを収集するための“正しい方法”は1つではない。
例えば、ある企業は従業員表彰プログラムやあらかじめ用意されたフォームを使って、各従業員が同僚や上司、部下のフィードバックを得られるようなセルフサービスの仕組みを提供している。また、360度フィードバックを年に1~2回の頻度で全社的に行うといった、よりフォーマルでスケジュール化された取り組みとして、360度フィードバックを展開している企業もある。
アトラシアン流 360度フィードバック
アトラシアンが大切にしているコーポレートバリュー(価値観)の一つに「Be theChange You Seek(自分自身が変化の原動力になる)」というものがある。
この価値観にもとづき、アトラシアンの全従業員は360度フィードバックを適切なタイミングで遂行する責任を背負っており、最低でも仕事上の重要なマイルストーンにおいて360度フィードバックを行うよう奨励されている。こうすることで、四半期ごとの「チェックイン(*1)」の準備を進める際に、従業員各人は自分の仕事の現状を説明する資料に「関係者」や「同僚」「顧客」などの視点を盛り込むことができ、そのうえで上司からのフィードバックを得ることができる。
また、アトラシアンのチームマネージャーは、チームのメンバーから定期的にパルスチェックイン(心身の健康状態に関する情報)を得るためのツールを持ち、かつ、自分自身が率先して仕事に対するメンバーからのフィードバックを求めるなど、チームにおけるフィードバック活動の規範になるよう奨励されています。
「360度フィードバックの主目的は、従業員が仕事の環境に素早く適応し、成長するのを助けることにあります。その意味で、360度フィードバックは、従業員の状況を変える権限を持たない人に、当該従業員の数カ月前の仕事ぶりが周囲にどう評価されたかを伝えるための手段ではないということです」
*1) ここで言う「チェックイン」とは、チームメンバーのスキルアップ、能力アップを目的にチームのマネージャーと各メンバーとの間で対話する機会のこと
このように360度フィードバックのタイミングや方法はさまざまだ。ただし一般的には、360度フィードバックは以下に示す4つの手順に沿って行われる。
手順1:適切な人を選ぶ
360度フィードバックと言っても、自分の周囲にいるすべての人からフィードバックを集めれば良いわけではない。自分の仕事ぶりについて良く知る上司や部下、同僚、顧客をはじめ、自分の仕事について実践的な経験を豊富に持ち、役立つ視点を提供してくれる他部署のリーダーなどを、フィードバックの収集先として選り抜く必要がある。そうした人選を行う際には人事部門に協力を仰ぐのも一手だ。
手順2:どのようなフィードバックを求めるかを決める
360度フィードバックの活動は、ある意味で、従業員各人の仕事ぶりに関するアンケート調査を行うということである。ゆえに、その調査で何を回答者に尋ねるかを決めておかなければならない。言い換えれば、360度フィードバック用のアンケートフォームを固めておく必要があるということだ。
一般的には、360度フィードバックの調査では、以下に示すような質問に対して「同意する」「同意しない」のどちらかの回答を回答者に求めることになる。
- この人は、自分の仕事の責任を効果的に果たしているか?
- この人は、自分の時間を効果的に管理しているか?
- この人は、信頼できて頼りになるか?
- この人は、明確で効果的にコミュニケーションをするか?
- この人は、会社の価値観(コーポレートバリュー)を実践しているか?
上記の質問に加えて、次のような質問に対する答えを自由記述の形式で求める場合もある。
- この人の最大の強みは何だと思うか?
- この人はどのような点でリーダーシップを発揮していると思うか?
- この人と仕事をする中で、どのような問題に遭遇したか?
なお、上記の質問への回答(=フィードバック)を求める際には、「匿名」での回答が許容されるかどうかも明確にしておく必要がある。
手順3:フィードバックを得るための方法を選ぶ
当然のことながら、フィードバックを求める人(=フィードバックアンケートの回答者)に対しては、フィードバックの依頼と期限、提供方法などを連絡しなければならない。
先に触れたとおり、その連絡方法やアンケートフォームの送付方法は企業によってさまざまである。また、従業員各人が360度フィードバックを得るまでのプロセスも企業によって異なり、どれが正解かの画一的な答えはない。
例えば、企業の中には、回答者から目的の人に直接フィードバックを送ってもらい、フィードバックを求めた人がすべてのコメントを確認して自分の長所や短所について自ら分析できるようにしているところがある。
一方で、個々の従業員に対する360度フィードバックを、その人の直属の上司に送るようにしているところもある。この場合、上司が防波堤となり、本人が数多くの批判(特に根拠のない、非建設的な批判)にさらされるリスクを低減することができるほか、上司がすべてフィードバックを解析して共通のテーマを特定し、本人にとって最も有益で役に立つインサイトだけを伝えることが可能になる。
手順4:成長のために話し合う
360度フィードバックの中には耳が痛くなるものがあったり、あらゆる角度からフィードバックを受けると、本人がその内容に圧倒され、萎縮してしまうリスクもある。
したがって、360度フィードバックを実施した際には、フィードバックを受けた本人とその上司が一緒にコメントを確認しながら話し合い、課題の解決、ないしは本人の成長に向けた計画を立てることが有効であり、望ましいと言える。フィードバックは、それを受けた当人が、フィードバックの内容にもとづいた行動を始めなければ、意味を成さないからである。