2022年11月17日に催されたアトラシアンのイベント「Atlassian TEAM TOUR Tokyo 2022」では「今リーダーに求められる“エンパシー”の正体 - リーダーがメンバーの“感情”に向き合う意味と効果」と題し、組織開発、人材育成、経営のコンサルタントでプロノイア・グループ代表取締役のピョートル・フェリクス・グジバチ氏への公開インタビューが行われた。そもそも「エンパシー」と何であり、それによって組織・チームの何がどう変わるのか。ピョートル氏が疑問に答える。

プロノイア・グループ株式会社
代表取締役
ピョートル・フェリクス・グジバチ氏

ベルリッツ、モルガン・スタンレーを経て2011年Googleに入社。人材育成・組織開発・リーダーシップ開発などの分野で活躍。2015年に独立してプロノイア・グループとHRテクノロジー企業のモティファイを設立。「0秒リーダーシップ」「世界一速く結果を出す人は、なぜ、メールを使わないのか グーグルの個人・チームで成果を上げる方法」「世界最高のチーム」「がんばらない働き方」など、著書多数。

「エンパシー」とは何か

── まずは「エンパシー」とは、そもそも何なのかについて確認させてください。

ピョートル氏(以下、敬称略):エンパシーの意味として「共感」という訳語がよく使われますが、エンパシーは、共感というよりも「思いやり」に近い意味の言葉です。要するに、相手の立場に立って、その人が何を感じてるかを理解・体感することがエンパシーであるというわけです。

── ではなぜ、そのエンパシーが会社組織の中で必要とされるのでしょうか。特に、組織・チームのマネージャーにとってエンパシーを持つ意味はどこにあるのでしょうか。

ピョートル:日本では、マネジメントを表現する言葉として「管理」が使われますが、私はマネージャーの仕事を「管理」とはとらえていません。部下が最高のパフォーマンスを出せる場づくりをするのがマネージャーの役割であると見ています。

確かに、組織・チームのマネージャーは、組織・チームの予算、メンバーの目標、仕事の進捗を管理しなければなりません。

ただし、人は「ネコ」と一緒で、檻の中に閉じ込めておかないかぎり、基本的に管理できない生き物です。そして、部下を檻の中に閉じ込めるようなことをすれば、その部下の自由な発想を生かすことも、彼らの潜在能力を最大限に引き出すこともできません。ゆえに、マネージャーは、部下を部下としてとらえて管理しようとするのではなく、部下を人間としてとらえ、対等の人間関係の中で思いやりをもって接し、つくしてあげることが重要になるわけです。

── それは例えば、部下がミスをしたり、期待したようなパフォーマンスを発揮できなかったりしたときも、部下の立場になって考えてあげるということですか。

ピョートル:そういえますね。ミスをしようと思ってミスする人はいまぜんし、低いパフォーマンスを発揮したくて仕事をしている人もいないはずです。その背後には必ず何らかの事情があるはずです。ですので、マネージャーは、思いやりをもって部下と接し、どうしてミスしたのか、なぜ、期待されたパフォーマンスが発揮できないかの事情を聴きだし、相手の立場になって理解してあげることが大切です。そして、例えば、部下の学びが足りないのであれば、学びのための環境を整えてあげて、それでも学べないのであれば、いまの仕事が部下の能力を生かすうえで適切な選択肢なのかどうかを考えます。その結論として、いまの仕事が部下に合っていないと判断したならば、部下の人生のために配置転換や転職を勧めてあげることが、マネジメントのあるべき姿の一ついえるのです。

エンパシーの本質について説明するピョートル氏(写真右)。写真左は聞き手を務めたフリーランスライター/編集者の伏見学氏

日本企業は人に厳しく結果に甘い

── お話をお聞きしていると、マネージャーのエンパシーが過ぎると「ぬるま湯」のような組織になるような気がしますが。

日本企業の悪いところは「人に厳しく、結果に甘いこと」と指摘するピョートル氏

ピョートル:おっしゃるとおりです。そこで大切になるのは「結果」に対する厳しさを忘れないことです。

そもそも、部下を人としてとらえ、思いやりを持って接するというのは、あくまでも想定どおりの結果を得るための「手段」であって、「目的」ではありません。そこをはき違えると、会社の組織は“仲良しクラブ”のようになり、それは間違ったマネジメントの方向性といえます。組織がそうならないようにするためには、部下が出した結果・成果をしっかりと評価することが大切です。また、それには部下の目標、あるいは生むべき成果を明確に定めてあげることが必須です。

── なるほど、エンパシーは目標を達成するための「手段」なのですね。それはそれで少し冷たい印象を受けますね。

ピョートル:営利企業で組織・チームをマネージする以上、部下が出した結果、成果を正しく評価しなければならないのは当たり前のことです。エンパシーをもって部下と接するにせよ、その辺りの割り切りは必要です。人の中には、生来、他者にとても優しくて、仕事仲間に対してもエンパシーを強く感じすぎてしまう人がいます。実のところ、こうした人は、マネージャーには向いていないんです。

── 一方で、日本企業はこれまで、社員が出した結果に対して、曖昧な評価しかしてこなかったようにも感じます。

ピョートル:そうなんです。伝統的な日本企業の人事制度、ないしはマネジメントによく見られてきた傾向を一口にいえば「人に厳しく、結果に甘い」というものです。まるで軍隊のように社員の行動を細かく管理・統制しようとしたり、ミスを厳しく罰しようとしたりして、誰も本音がいえないような状態を作る一方で、適切で明確な目標を設定せず、結果に対する評価は常に曖昧で、いい加減──。そんな日本企業が多く見られてきました。

これは、人事制度の問題であり、マネジメントの意識の問題でもありますが、いずれにせよ、社員たちは、その曖昧さの中で、自分の評価基準が何なのかがわからず、ストレスを内にため込んでいきます。そんな不健全な状態で、社員各人がパフォーマンスを上げたり、イノベーションを巻き起こしたりすることは絶対にないと断言できます。

── 結果に対する評価のいい加減さ、曖昧さは、目標設定の曖昧さや目標に対する社員たちの納得感のなさを吸収するためのもともいえるかもしれません。

ピョートル:そうかもしれません。社員の目標は、本来的には、会社のビジョンやパーパスに対する社員各人の共感、同意にもとづくものでなければなりません。そのうえで、会社のビジョン、パーパスを実現するために各部門・部署、チームが成すべきことが決まり、その実現に向けてメンバー各人がどのように貢献するかの目標が、本人の同意のもとで明確に定められなければなりません。そしてマネージャーは、メンバー各人がそれぞれの目標を達成できるよう、エンパシーをもって全力でサポートしていけばよいということです。