「アジャイル」の手法によって、どのような変革のうねりが日本で巻き起ころうとしているのか──。このテーマのもと、日本企業へのアジャイルの浸透・定着に取り組む3人のリーダーがアトラシアンのプライベートイベント「Atlassian TEAM TOUR Tokyo」(会期:2021年12月15日)でパネルディスカッションを行った。そのエッセンスを紹介する。

今後に向けた展望とは?

平鍋:お二人が、アジャイル/スクラムを高く評価していることは理解できましたが、その適用範囲をどこまで広げようと考えていますか。

LIXIL・岩﨑:当社の事業を取り巻く環境は絶えず変化しています。直近の2年を見ても、コロナ禍によって消費者の生活様式は多く変化していますし、特定のプロダクトの原材料価格が高騰したりしています。ゆえに、あらゆる環境変化への即応力を身につけることが大切です。もちろん、当社のあらゆる組織や業務をアジャイルで変革する必要はないと思いますし、業務内容によってはアジャイルの適用によってかえってパフォーマンスが落ちてしまうこともありえます。ただし、少なくとも意思決定のプロセスや顧客と直接対峙する組織は、アジャイルによる変革が必要であると考えています。その観点から、人事部門や営業チームへとアジャイルの適用範囲を広げることを検討しています。

KDDI・藤井:当社の場合、法人向けプロダクトの企画開発にアジャイルを適用していますが、そのプロダクトとはクラウドサービスであり、進化させ続けなければ、競合に顧客をすぐに奪われてしまうようなタイプの製品です。ゆえに、開発のプロセスはアジャイルであることが必須と言い切れます。

そのアジャイルの適用範囲をどこまで広げるかですが、私は、事業全般についてアジャイルのスタイルで経営すべきだと思っていますが、アジャイルの導入は、それを実践する人たちにやる気がなければ必ず失敗します。ですので、そのやる気の部分、あるいは人の部分をしっかりと確認しながら、物事を進めていくのが大切だと考えます。また、GE Digital(GEデジタル)のようにトップダウンでアジャイルやリーンスタートアップを徹底させた取り組みもありますが、それが事業的な成功を見たのかと言えば、そうとばかりは言い切れません。その意味でも、従来スタイルの維持・強化とアジャイル化の両方向から最適解を慎重に見定めていくことが必要であると感じています。

平鍋:いま、お話いただいた適用の範囲を踏まえつつ、アジャイルの取り組みに関する今後の展望についてお聞かせください。

LIXIL・岩﨑:当社ではこれまでシステム開発の変革を主眼にアジャイル/スクラムの取り組みを進めてきましたが、それによって自社の収益拡大や顧客の幸福に十分貢献できているかと言えば、そこまでのレベルにはまだ達していないのが実情です。

ただし、少なくとも事業部門(ビジネス)とDigital部門(開発)が共通のゴールを握り合えるようになったこと、また、これまで見えていなかった物事が可視化できるようになったことは大きな成果だと考えています。いまは、その取り組みを拡大していく段階にありますが、それを進めるに当たっては、教科書どおりのアジャイル/スクラムではなく、LIXIL流のアジャイル/スクラムの方式を創出し、より効率的、かつ継続的に顧客価値を生み出していくことにチャレンジしていきたいと考えています。

KDDI・藤井:アジャイルの取り組みを進めるうえでは、アジャイルへの移行を目的化しないことが大切だと考えています。要するに、事業戦略を実現する手段としてアジャイルの採用が最適であると判断した場合に、アジャイルを使えば良いというのが私の考えです。

その考え方に基づくかたちで、いま力を注いでいるのは、他社とのビジネスの共創にアジャイルを活用していくという取り組みです。すでにJR東日本(東日本旅客鉄道株式会社)との共創の取り組みとして、新しい都市の企画開発をアジャイルで行う試みを進めています。今後も、こうしたビジネス共創を実現する方法論としてアジャイル/スクラムを積極的に活用していくつもりです。

平鍋:なるほど。お二人のお話を聞き、KDDI、LIXILともにアジャイル/スクラムでこれからもすばらしい変革の取り組みを見せていただけるように感じました。また、お二人のようにパッションを持って現場に接していくリーダーが必要だということを、お話をお聞きして強く感じました。藤井さん、岩﨑さん、本日は、お付き合いいただき、ありがとうございました。

藤井、岩﨑:こちらこそ、ありがとうございました。

登壇者プロフィール

藤井 彰人(ふじい あきひと)氏
KDDI株式会社 執行役員サービス企画開発本部長。大学卒業後、富士通、Sun Microsystems、Googleを経て、2013年よりKDDIへ。SunMicrosystemsでは、Solaris/Java関連ソフトウェアエンジニアとして活躍し、Googleでは、法人向けサービスのプロダクトマーケティングを統括。 現在はKDDIにて法人向けサービスの企画開発を担当する。SORACOM、ENERES、Scrum Inc. Japanにて社外取締役。2009年より情報処理推進機構(IPA)の未踏IT人材発掘・育成事業のプロジェクトマネージャーも務め、若者の新たなチャレンジを支援している。

岩﨑 磨(いわさき おさむ)氏
株式会社LIXIL 常務役員 Digital部門 システム開発運用統括部リーダー。複数のベンチャー企業にて事業立ち上げや会社立ち上げを経験後、楽天、リクルート、DMM.com等で情報システム部長やインフラエンジニア・アーキテクトとして従事。2018年6月LIXILに入社。日本国内・グローバルを含めたインフラ・情報セキュリティ・コーポレートIT領域を管轄し、日本国内基幹システムとそのシステム刷新プロジェクトの責任者としてエンドユーザー・アジャイル視点での次世代化・運用基盤強化を担当。2021年4月より常務役員に就任し、日本国内とグローバルを含めたシステム開発運用全般をリードし、LIXILのさらなる飛躍とデジタル化推進を担う。

平鍋 健児(ひらなべ けんじ)氏 永和システムマネジメント代表取締役社長、チェンジビジョンCTO、Scrum Inc. Japan 取締役。国内外でアジャイルを推進し、Agile Studioで顧客との新しい共創・共育開発に取り組む。ソフトウェアづくりの現場をより生産的に、協調的に、創造的に、そしてなにより、楽しく変えたいと考えている。2009年から12年開催している、アジャイルジャパン初代実行委員長。著書『アジャイル開発とスクラム』(野中 郁次郎 氏との共著)など多数。