事業の「1丁目2番地」に踏み出すことから始める

――りそなグループのDXは「りそなグループアプリ」のリリースが出発点のように思えます。このアプリの開発からDXを始動させた理由は何だったのでしょうか。

確かに「りそなグループアプリ」の市場での定着が、DXに本格的に乗り出すための土台を成しています。その意味で、当社のDXの取り組みがこのアプリの開発から始まったといえるかもしれません。当社が本アプリの開発に乗り出したのは16年のことですが、DXの必要性はそれ以前から感じていました。ただし、DXをどう始動させるべきかは難しいテーマで、検討の末にたどり着いた結論が「りそなグループアプリ」の開発だったということです。

――どのような判断から「りそなグループアプリ」の開発が始まったのですか。

DXは既存の確立された事業モデルを変革する取り組みですが、成熟企業における確立された事業モデルはいわば「精密時計」のようなものです。銀行の場合でいえば、何万人もの従業員がそれぞれの役割を正確にこなしながら、相互に連携して必要とされるアウトプットを出していきます。その完成された事業構造をデータとデジタルでいきなり大きく変えることには無理があると考えました。

しかも、かつての私たちにはDXで事業構造の何をどう変革すべきかの方向性も見えていませんでした。そのような状態で精密時計に手を加えるようなことは到底できず、これまで手をつけていなかった領域でDXの取り組みを始動させようと判断しました。

つまり、既存の事業領域を「1丁目1番地」とするなら「1丁目2番地」で、のちのDXにつながるサービスを立ち上げようと考えたわけです。そうすれば、既存の事業モデルに手を加える必要はありませんし、たとえ、試みが失敗に終わったとしても既存事業に負の影響が出ることもありません。こうして「りそなグループアプリ」の開発が始まりました。

――既存事業の隣(となり)の「番地」とはいえ、そこは御社にとって新しい領域であり、“土地勘”はなかったはずです。となれば、「りそなグループアプリ」を開発し、軌道に乗せるまでには相応の苦労があったと想像しますが。

おっしゃる通り、かなりの苦労を強いられました。先に申し上げた通り、当社では伝統的にお客さまとのリレーションを対面式によって築き上げてきましたので、あらゆる経営資源(ヒト・モノ・カネ)が対面でのリテールサービスを支える仕組みになっていました。

そのため、新しいお客さま層にアプローチするためのデジタルの接点を構築するノウハウやスキルの蓄積が一切なく、UI/UXにこだわったスマホアプリを立ち上げるためには、組織の体制や評価の在り方を含めて、全てをゼロから創り上げる必要がありました。それに相当の時間と労力を費やすことになったということです。

――その中で、具体的にどのような組織体制の下で「りそなグループアプリ」を開発し、軌道に乗せたのでしょうか。

一口にいえば、既存の事業から切り離された新しいチームを組織し、社外の協力会社・エキスパートとの共創によってアプリを作り上げていく体制を築きました。

「両利きの経営」における組織論でも指摘されることですが、既存の確立された事業を「深掘」する組織と、新しい事業・新しい試みを立ち上げ、推進する組織とでは求められる能力がまったく異なります。

例えば、既存事業の競争力を高めていくうえでは、同質の考え方を持った人が集まり、オペレーションを突き詰めながら改善を重ねていくことが必要であり、着実な実行力が重要になります。

それに対して新しい何かを立ち上げる際には、異なる知見・視点・バックグラウンドを持った社内外の人たちとの連携が必要とされますし、従来型の発想を柔軟に変えられる能力が組織に必要になります。また、組織には「リーンスタートアップ」でいうところの将来的な大きな構想に向けて仮説を立て、一歩目を踏み出す実行力とスピードも求められます。加えて、新しい試みは失敗する確率が非常に高いので、失敗を許容して、そこから学ぶ文化も不可欠といえます。

このような能力を、既存事業を支える組織に持たせることはできません。その観点から「りそなグループアプリ」の立ち上げに向けては、既存事業から切り離された新たなチームを組織したわけです。

異なる能力・知見の融合で地殻変動を引き起こす

――異なる能力を持った組織を社内で併存させるうえでは、それによってどのような企業を目指していくかの共通理解も全社的に必要になるように思えます。その意味で“次世代”リテールサービスに対するグループ全体の理解は、どの程度まで進んでいるのでしょうか。

言葉を通じた理解はかなり進んでいると思います。一方で、グループ内の全員が、DXによって何がどうなるかを具体的にイメージできているかといえば、そうとばかりは言い切れないのが現状です。というのも、データやデジタルによる変革は、“現物”を実際に見たり、体験したりすることで初めて理解できるものだからです。例えば、スマートフォンにしても、現物を実際に見たり、触れたりしなければ、言葉でいくら説明されても、それがどういうものかは分らなかったはずです。

さらに、変革の大きなムーブメントも、成功体験によって初めて引き起こされるものです。ゆえに、変革に挑む当事者たちは、素早く自分のアイデアをかたちにし、実績値を見ながら、粘り強く試行錯誤と改善を繰り返していくことが大切になります。実際、「りそなグループアプリ」にしてもリリースしてから800カ所以上を修正しています。そうした泥臭い努力の積み上げが成功につながり、変革の大きなムーブメントにつながっていくわけです。

――異なる能力を持った2つの組織――つまり、DXを前提に変革を推進する組織と、既存事業を支える組織との融合については、今後どのように進めていくお考えですか。

当社では21年4月に、デジタルチャネル(デジタルの顧客接点)や決済を軸とした新たなビジネスモデルの企画を担う「DX企画部」と、新規UXの提供を担う「カスタマーサクセス部」を設置しました。このようにしてDXに取り組む組織を拡充し、デジタル人財の絶対数を増やすこと、社内の人財が社外の人財と共創する機会を多く設けることが、結果的に伝統的な事業を支える組織へのデジタル人財の流入の推進につながると見ています。また、それによって既存事業の地殻変動が引き起こされると考えています。

このようなDXの進め方は、少しスローに思えるかもしれませんが、確立された事業モデルを有する当社のような企業が組織全体にDXを浸透・定着させるうえで最も効率的で現実的な道筋だと考えています。

――そのようにして異なる能力を持った組織の人的な融合が進むことで、両利きの経営を推進する必要はなくなるのでしょうか。

実のところ、私たちには自分らが両利きの経営を推進しているという意識はないのですが、今後、「1丁目2番地」「3番地」へとDXによる新サービスのカバー範囲を拡張していくことも十分に考えられます。そうなれば、やはり既存事業を支える組織とイノベーションを推進する組織を併存させることが必要とされます。また、DXによってコア事業の差異化を進めつつ、それによって得られた収益をデータとデジタルを使った変革にさらに投資していくつもりです。そうした二兎を追い続ける姿勢も両利きの経営といえるかもしれません。

――最後にあらためていまDXを推進する意義について確認させてください。

新型コロナウイルス感染症の流行により、あらゆる領域でデジタル活用が急速に進み、生活者がそれぞれのニーズに応じてデジタルとリアルのチャネルを使い分けるのが当たり前の時代になっています。そうした時代の変化に銀行だけが取り残されるようなことはあってはならないはずです。

とりわけ、私たちは03年に「りそなショック(*2)」を経験し、「りそなの常識は世間の非常識」というイメージは是が非でも払拭すべきという変革のDNAを受け継いでいます。いまこそ、そのDNAを再度奮い立たせて、次の世代につなぐイノベーションに力を注ぐタイミングではないかと感じています。

<注釈>(*2)りそなショック:1990年前半の経済バブル崩壊後に日本の株価が最安値を更新し、それを憂慮した国が、生活者の預金保護のために、りそなHDへの巨額の公的資金が注入された出来事を指す。