アトラシアンには、働き方改革のエキスパートが多くいる。その一人が、ワーク フューチャリストのドム・プライス(Dom Price)だ。彼は企業組織のリーダーに向けて、変革のためのメッセージをコラム形式で発信し続けている。この連載では、そのエッセンスをお伝えしていく。

Personal Moral Inventory™」の4つの指標

上の記述を読み、おそらく多くの方が「Personal Moral Inventory™とは何なのか」と思ったはずである。その説明を始める前に、まずは次のように考えていただきたい。

  • ビジネスパーソンを評価する尺度は生産性だけではない。
  • 日々の忙しさや社会的地位、銀行の残高ではなく、世界への影響が重要視される。
  • 社会的地位が自分たちの存在理由ではない。

こうした考え方に基づき、自分が幸せかどうかを採点する手法が「Personal Moral Inventory™」(以下、PMI)である。PMIは、時間をかけて自分自身と自分の人生を振り返り、4つのレベルで自分自身を採点することを目的としている。

私は、人の幸せは究極的に「生産性と利益」「人」「地球」「目的」の4つの要素によって構成されていると考えている。そして、今日のような困難な時期に重要になるのは、自分にできないことに気を取られるのではなく、自分たちができることは何かを見つけることである。言い換えれば、自分自身の幸せを保有し、制御する権利を取り戻すのは自分の責任であるということである。

PMIの使い方はシンプルで、「生産性と利益」「人」「地球」「目的」の4つの領域に関して「-1(マイナス1)」「0」「1」の数値を使って評価するというものだ(図1)。

「1」は、あなたがそれを完璧にこなしている、あるいは、それについて完璧な状態にあることを意味する。また、「0」は、あなたが、それに関して何とかこなせている、あるいは、何とかなっている状態を表す。そして「マイナス1」は、それに関して苦労していることを意味する。

図1:PMIの採点表

備考:上記の数値を合計しても意味はない。また、どの領域についてもスコアを複数選ぶことはできない。これはあらゆる領域の幸せを1つの箱に詰め込めないことを意味する。そして多くの場合、私たちは「生産性と利益」の領域で「2」を獲得しようともがいているように思える。

ちなみに、私の採点結果は下記のとおりである。

  • 生産性と利益=1
    私はアトラシアンで良い仕事と報酬を得ている。請求書の支払いも滞らせていない。
  • 人=0
    「人」とは、自分も含めて、人の精神的・肉体的な健康状態についてどれだけ真剣に考えているかを測る指標である。私の場合、周囲の人々を助ける前に、自分の肉体的な健康状態を良好な状態に戻す必要がある。
    また、この指標は、自分が家族・友人・社会にどのような影響を与えているかを示すものでもある。要するに、人として周囲の人にどの程度プラスの影響を与えているかを表す指標でもあるということだ。
  • 地球=マイナス1
    私は2019年に仕事で100回以上、飛行機を利用していた。ゆえに、「地球」への貢献度はマイナス1点がふさわしい。
  • 目的=0
    「目的」とは、自分が何を得たいのか、何を後世に残したいかを指す。それは、自分が何かを行う理由でもある。

ここで留意していただきたいのは、特定の領域が「1」であったとしても、それによって他の領域のマイナス分が軽減されないという点である。例えば、私の場合、「生産性と利益」が「1」だが、それによって幾度も飛行機で海外に赴き、CO2の排出量の増大に手を貸した「マイナス1」は相殺されないということだ。

私は姉が亡くなった直後、彼女の人生をPMIで評価した。彼女は亡くなるまでの6年間、がんと闘い、働くことができなかった。ゆえに、経済的に相当の苦労を強いられており、「生産性と利益」については「マイナス1」をつけざるを得なかった。ただし「人」「地球」「目的」の3つの領域については、どう考えてもすべて「1」だった。

このとき、姉が経済的に苦労していたという事実は、彼女の幸せを妨げていなかったことを改めて理解した。言い換えれば、彼女は私よりもはるかに幸せだったということである。これによって私は、自分の幸せのために自分の行動を変える意志をより強く持ったのである。

自分を幸せにするカギは自分自身にあり

PMIによる評価で大切なことは、評価を自分の行動の変革に生かすことである。加えて重要なのは、行動はすぐに起こすことだ。ゆえに、皆さんにもPMIを使って自己評価を行い、スコアが「マイナス1」、あるいは「0」の領域について、自分で何ができるかを考え、実行に移していただきたい。

例えば、私の最悪のスコアは「地球」である。いまの地球のために貢献をしようと考えたならば、本来は20年前に戻って木を植えることが最善の策と言える。だが、人は過去には戻れない。したがって次善の策を打つこと、つまり、今日、木を植えることが重要となる。

こうした考えから私はいま、週3日間、肉を含まない食事をとるという生活を始めている。この生活をしばらく行ったのちに、その行動を改めて評価し、調整を図るつもりだ(定期的な評価と改善のサイクルは、PMIにおいても重要なプロセスである)。

加えて私は、「地球」のために自宅の電気・ガスのプロバイダーを再生可能エネルギーを使うカーボンニュートラルなプロバイダーに切り替え、海を救う事業を展開している会社に投資もした。どれも小さなステップだが、ステップはステップであり、決して無意味な行動ではないと確信している。

一方、「人」に関しては、自分が気にかけている相手と過ごす時間を、より多くとろうと考えている。過去4年間、私は文字通りの「独り身」であった。また、正直に言えば、感情表現がきわめて苦手な人間でもあった。しかし現在は、素晴らしい人と出会い、オープンさと誠実さ、そして弱さを持ちながら、その関係に投資しようと考えている。

「目的」に関しては、私は以前、セミナーや講演会、コーチングの場で話し、人に影響を与えること、そして、姉との貴重な時間を過ごすことがすべてだった。しかし、2020年の最初の数カ月で、この2つを一挙に失ってしまった。以来、私は自分が生きる新たな目的を見つけようと必死にもがいてきた。その苦闘のすえに理解したのは、自分はいま、この瞬間をすでに手にしているという事実である。

あなたなら、いま、この瞬間に何をしようと考えるだろうか。自分の幸せのために、どのような行動がとれるだろうか。その行動が何であれ、大切なのは、あなたの幸せをコントロールするための全体的なアプローチの中にそれを組み込むことである。そして、自分の幸せが、PMIにおける一つの領域すぎないものにかかっているという思い込みを可能な限り早く捨て去ることだ。

将来は何も決まっておらず、自分の将来は自分で創り上げるしかない。そして、将来における自分の幸せは、人生のあらゆる面での自分の行動にかかっている。自分の幸せを解き放つ鍵は、自分にあるのである。