アトラシアン本社の情報サイト『WORK LIFE』から新着コラム。アトラシアンのテクニカルアカウントマネージャーのランジャン・ラオ(Ranjan Rao)が、アジャイル開発をスケールするうえで役立つ7つの教訓を紹介する。紹介する教訓は、ラオが銀行でのアジャイル開発の体験を通じて獲得したものだ。

教訓1: 切迫感が革命的な変化を前に進める

A銀行の経験で得た一つ目の教訓は、人は切羽詰まった状況に追い込まれないと、緊急で物事を進めようとしないということだ。実際、アジャイル開発への転換に何年もの歳月を費やし、これといった成果を得られずにいる企業は多い。私は、そうした企業の経営層からよく協力を要請されている。

開発にアジリティが要求されているにもかかわらず、アジリティの獲得に何年もの歳月がかかるというのは実に皮肉な話だが、そのような状況が生まれる最大の要因は切迫感の欠如にあると言い切れる。

したがって、自社にドラスティックな変化を望むのであれば、ステップ・バイ・ステップ型の作法に頼るよりも、「いますぐ変わらなければ待っているのは会社の滅亡である」といった切迫感を作り出すほうが有効といえる。また、切迫感は野火のように組織全体に一気に広がる可能性もある。

切迫感は、内圧と外圧のどちらでも生まれるが、外圧のほうが切迫感を生む力としては強力だ。外圧には以下のようなものがある。

  • 市場の変化:例えば、A銀行の例で言えば規制の変化・強化を指す。
  • パンデミック:これは、新型コロナウイルス感染症の流行といった危機的状況と、それによって引き起こされた世の中の変化を指す。今回のコロナ禍により、企業の多くは絶え間なく変化する環境に適応できるよう、以前にも増してアジャイルになりたいと望んでいる。
  • 破壊的イノベーション:これは外圧として競合他社から引き起こされる場合もあれば、企業の内部で引き起こされる場合もある。

リーンの用語を使っていえば、上記の外圧のすべてが「改善(カイゼン)」「改革(カイカク)」につながることになる。

改善と改革の違いは、例えば、200マイル離れた目標地点に到達するために、改善のほうは徒歩で向かい、改革のほうは飛行機を使うといったイメージである。ゆえに、まずは改革を推し進め、次に改善を進めていくのが効率的と言える。

要点

リセットするポイントを明確にし、それに向けて走り始めると、人々の正しい行動を引き出し、変革が実装しやすくなる。

教訓2: アジリティの獲得にはオペレーションモデルの全体的な変更が必要になる

今日、「SAFe」や「LeSS」といった一般的な大規模アジャイル開発のフレームワークが進化し、多くの企業に導入されている。ただし、これらのフレームワークを使ってアジリティをスケールさせるには、企業内における全組織のオペレーションや文化をフレームワークに適合させるという作業が発生する。言い換えれば、企業のオペレーションのあり方全体に手を加えなければ、一般的なフレームワークを使用して組織全体のアジリティを高めることは不可能ということである。

ちなみに、A銀行の場合、新たな規制に対するコンプライアンスの推進は、ビジネスのあらゆる側面に影響を及ぼす可能性があった。そのため、A銀行が展開する金融商品・金融サービスのバリューチェーン全体を分析し、新しい規制への対応がどこに、どのような影響を及ぼすかを突き止める必要があった。

そこで、アクションフォースに集められた各分野の専門家らは、A銀行が提供するすべての金融商品とサービスに関するバリューストリームマップ(=製品やサービスを作り、顧客に届けるまでのモノと情報の動きを可視化したマップ)を作成した。この可視化によって、新しい規制を満たすためにどのプロセスを変更すべきかが明確になり、それに沿って変更したプロセスの統合とテストを始動させるために、業務現場の担当者たちによってさまざまなリングフェンス(専任メンバーによるチーム)が形成され、短期間で変化に対する組織のアジリティが向上したのである。

要点

組織のアジリティを高めるには、チーム、プロセス、ガバナンスのあり方をバリューストリームに合わせて調整・最適化する必要がある。オペレーションの原則を包括的に変更することも重要だ。

要点3: リーンな予算調整が大きな違いを生む

これまで企業は、IT化や組織改革などに要する予算を「コストセンター」の予算として年次単位で調整してきた。今日では、そうした予算はバリューストリームをベースにダイナミックに立てたほうが、組織のアジリティを高めるうえでは有効であるとの認識が広がっている。とはいえ、大多数の企業は、年次ベースの予算編成によって管理会計を行うというモデルから脱し切れておらず、それがアジリティ向上の足枷になっている。

A銀行の場合、危機的状況の中で、各事業のスポンサーに当たる幹部たちが、一時的に予算の調整・執行権を現場に移管し、PDCAの原則に則りながら、資金調達を繰り返し調整できるようにした。しかも、ドラスティックだったのは、資金の用途について特別な制約が設けられておらず、担当者が背負ったのは資金の用途に関する説明責任だけだったことである。

もちろん、当時のA銀行も年次ベースでコストセンターの予算を決めていた。そのため、新規制への対応に要した費用を各コストセンターに割り振る際には、かなりもめて悪夢のような状況にも陥った。ただし、それでも予算執行の内容を完全にオープンにしたことと、資金が適切に使われたことで、必用なシステムのデリバリーが迅速に行われ、コンプライアンス遂行のアジリティが確保されたことに変わりはない。要するに、バリューストリームベースの予算調整・執行の有効性が確認できたということだ。

要点

組織のアジリティ向上にはITの活用が不可欠だが、大多数の企業は相変わらずITの予算をコストセンターの予算として年次ベースで決めており、それがITチーム自体のアジリティ向上を難しくしている。したがって、バリューストリームの状況に応じたIT予算の調整を可能にし、ITチームのアジリティに負の影響を与えている制約を可能な限り小さくすべきと言える。また、年次のIT予算についても設備投資とオペレーションコストをバリューストリームの長期的な変革のロードマップに適応させる必要がある。