チームパフォーマンスはメンバーのハピネス(幸福)度で左右される──。この法則に則り、チームのハピネスを向上させる方策に焦点を当てた本連載(3回連載)。その2回目として、1回目でも少し触れた「EQ/エモーショナルインテリジェンス(感情知性)」について改めて掘り下げる。今回も、ハピネス度向上の指南役としてチーム開発のプロフェッショナルであり、EQの専門家(EQトレーナー/プロファイラー)でもある株式会社環(KAN)のCHO(チーフハピネスオフィサー)、椎野磨美氏に協力を仰ぎ、EQに関するお話を伺った。

EQはチームにどう影響するのか

では、EQのトレーニングを行うことで組織・チームにどのようなプラスの効果がもたらされるのだろうか。

まず言えることは、リーダー層がEQを鍛え、感情を適切にマネージするスキルを身につければ組織・チーム内のハピネスが高いレベルで維持され、結果としてパフォーマンスも上げられる可能性が大きいということだ。

「ビジネスで成功を収めているリーダーは、その多くが優れたEQを持ち、人心掌握の能力に優れていることが、さまざまな調査を通じて明らかにされています。EQを鍛えることで、そうしたリーダーたちと同じような感情マネジメントのスキルを身につけられますので、それによって自分の率いる組織・パフォーマンスが向上する可能性は大きいといえます」(椎野氏)。

また、椎野氏によれば、仮にチームのリーダーがEQに関する知見やスキルを有していなくても、チームメンバーの誰かがEQを鍛え、感情をマネージするスキルを有していれば、チーム内のハピネスを保ち、パフォーマンスを維持・向上させることが可能になると説く。

例えば、椎野氏は、チーム開発のプロとしてさまざまな企業の新入社員研修に携わってきたが、その研修にEQの学習を取り入れたことで、新入社員たちの対人スキルやチームビルディングの能力が高まり、それぞれの配属先でもそれが活かせているという。

椎野氏がIT企業に対して展開している新人社員研修では6~8人編成のチームをいくつか作り、各チームが競い合いながらWebサイトの要件定義・設計から開発までを1カ月かけて行うというチームビルディングのカリキュラムが導入されている。

このカリキュラムは、新入社員にとって非常にストレスフルな演習といえる。というのも、ほぼ全員がプロジェクトチームで開発を進めた経験はなく、ITスキルもプロのレベルには達していないからだ。その中で他チームと開発で競うことになるがゆえに、作業が進むにつれて全員の焦りとイライラが募っていき、それまで同期入社の同僚たちと仲良く研修を受けていたムードは一転する。そして、自分の思うように働いてくれないチームのメンバーを、言葉を選ばずに非難してしまうようなことが起こるという。

「そのような状況をいかにして乗り越えるかに、このカリキュラムのテーマがあるのですが、事前にEQの知識を彼らにインプットしておくと、彼らは言われなくとも感情をマネージできなかった自分に気づいて自省し、チームメンバーに対してより穏やかになるには何が必要なのかを考え、行動に移すようになります」(椎野氏)。

このようにして感情をマネージすることの大切さと、その方法を肌身で学んだ新入社員たちは、職場に送り出された際に、上司を含めた周囲の感情の状態を見定め、それに応じて自分の感情を適切にマネージするようになるようだ。これにより、自分の心の状態を「穏やかで満たされた状態」に保ちながら、周囲と良好な関係を築き、かつ周囲に対してもプラスの効果をもたらすようになっているという。

EQの把握が鍛錬の第一歩

以上のようにEQを鍛えることは、会社での職位によらず、ビジネスパーソンが自分と自分のチームのハピネスを維持・向上させるうえで有効である。となれば、EQをどのように鍛えるのが適切かという点が気になってくる。

椎野氏によれば、EQを鍛えるうえでは、まず自分のEQを客観的・定量的に可視化することが大切であるという。例えば、同氏は現在、EQのトレーナー/プロファイラーとして感情マネジメントのコーチングやコンサルテーションを行っているが、その出発点もコンピュータ分析によって対象者のEQを数値化することであるとする。

「自分のEQがいくつかの項目に分けて数値として可視化されることで、自分に何が足りていて何が足りていないのかを俯瞰してとらえられるようになります。ただし、EQの専門家(トレーナー/プロファイラー)としての知見がないと、数値の意味までは正確にとらえ切れません。そこで私は、コーチング対象者のEQを数値化したうえで、その数値の意味を説明しながら、数値から読み取れる課題とその克服法についてコンサルテーションを行う手法を採用しています」(椎野氏)。

椎野氏の言う「課題の克服法」とは行動を変化させることだ。

「人の感情と行動はひもづいています。ゆえに、感情の動きを変えたければ、行動を変化させるのが効果的と言えます。そこで私は、特定の感情をマネージするための行動をあらかじめ決めておき、その行動をとることを習慣づけるという方法をお勧めしています。例えば、イライラが募ってきたときには、その場からいったん離れてコーヒーを飲みにいくといった具合です。自分の感情をマネージできる行動を見つけ、その行動をとることで、感情をうまくマネージするスキルが自ずと身につき、1年ほどでEQの数値も大きく変わっていきます」(椎野氏)。

EQをセルフで鍛える一策

椎野氏によれば、感情をマネージするスキルを磨くうえでは、手近な方法もあるという。それは「感情日記」をつけることだ。これは、どのような場面で自分の感情がどう動くかを文字で記録し、可視化し、理解するための取り組みである。

「自分が『悲しい』と感じたときや『不快』に感じたとき、その逆に『楽しい』と感じたときのことを具体的に文字で記録しておけば、どのような場面で自分の感情がどう動くのか、なぜ、そうなるのかが理解できるようになります。自分がどのようなことで感情が動くのかが分かっていれば、同じ場面に遭遇することを予防したり、遭遇した場合でも自分の感情の動きを予測したりできるようになります。そして、感情をマネージするための術をあらかじめ用意しておくことで、感情に振り回される度合いを軽減できます。例えば、苦手なタイプの人がいて、そのタイプの人と対話をすると『不快』になる場合、どうして『不快』になるかを理解すれば、『不快』にならないための術が考案でき、その術をあらかじめ持っていれば、苦手なタイプの人と対話をしても『不快』にならないようにできるというわけです。これは、気象予報で台風が来ることがわかっていれば、それに備えることができ、備えがあれば被害を最小限で食い止められるのと同じ理屈です」(椎野氏)。

おそらく読者諸氏の中にも、日々の仕事に忙殺される中で、イライラを募らせ、周囲に対してついつい攻撃的になってしまった経験をお持ちの方がいるのではないだろうか。もちろん、それで自分にストレスを与えている状況が好転するわけではなく、攻撃的になった自分に対して自己嫌悪に近い感情を抱くこともあるはずである。

そのような事態を回避するために、自分の感情の動きを科学的に分析して理解し、マネージしていくというのがEQ的なアプローチであり、自分や周囲のために自分の感情を適切に抑制するための合理的な手法といえる。その実践手法の一つ「感情日記」。EQを鍛えたい、感情を適切にマネージしたいと考えるならば、今日から実践してみてはいかがだろうか。

椎野磨美(しいの・まみ)

新卒でNECに入社。NECで、人材育成コンサルティング、人材育成プログラムの開発など、人材育成・研修業務に約21年間従事。入社3年目より、パラレルキャリアとして技術書を執筆。現在までに執筆した技術書籍は14冊を数える。2011年、楽しくITやビジネスを学べるコミュニティー「Windows女子部」を創設。セミナーやワークショップを各地で提供する傍ら、企業とのコラボレーションイベントなどを企画・運営中。フリーランスを経て12年より、日本マイクロソフトにて、シニアソリューションスペシャリストとして従事。16年よりJBSにて社員が働きやすい環境づくりを推進、「2017年働き方改革成功企業ランキング」初登場22位の原動力となる。20年5月に環(KAN)のCHO(チーフハピネスオフィサー)に就任。一般社団法人 ITビジネスコミュニケーション協会理事