生きる道に迷い、デザイン思考と出会う
アトラシアンで働き始める以前、私はあるスタートアップ企業でマーケティングの仕事に携わっていた。当初、その仕事は刺激的で楽しく、毎日がジェットコースターに乗っているような感覚を味わえた。ところが、入社して3年が経過したとき、自分はまるで貝殻の中に閉じ込められているような気分になっていた。
片道90分の時間をかけて電車で出勤し、毎日、似たようなマーケティングキャンペーンのPDCAサイクルに付き合わされる。そのアップダウンの激しさに、かつては魅力を感じていたが、同じジェットコースターに幾度も乗らされれば、そこから刺激を受けなくなるのが当然である。にもかかわらず、ほとんどすべての食事をPCのモニタを見ながらとり、仕事を終えると、またいつもの電車で見知らぬ人たちと無言の90分間を過ごす。ようやくたどり着いたサンフランシスコの自宅アパートの周辺はいつも騒がしく、忙しく、木々の緑も足りなかった──。
ここで読者諸氏は、こう思うかもしれない。
「昇進して、仕事の中身を変えようとは考えなかったのか」
そう、昇進を考えなかったわけではない。ただし、私は当時の上司からこう言われていた。
「いまのままでは君はリーダーにはなれないよ。自分の主張を押し通そうする気概に欠けるし、周囲の意見を尊重し過ぎるからね」
私にはこの意見は受け入れがたく、上司の言うようなリーダーになりたいとも思えなかった。そこである日、会社に辞表を出し、数カ月間にわたる一人旅に出ることにした。
その旅からサンフランシスコに戻り、これからの人生とキャリアについて思い悩んでいたとき、友人が手渡してくれた書籍が、デイブ・エバンス(Dave Evans)氏とビル・バーネット(Bill Burnett)氏の共著書『Designing Your Life(日本語版は「LIFE DESIGN ―― スタンフォード式 最高の人生設計」)』だった。これが、デザイン思考との初めての出会いであり、これによって、自分のキャリアと人生を設計しようと考えたきっかけである。
以下では、そんな私の実体験に基づきながら、デザイン思考が自分のキャリアと人生を設計するのに、いかに有効であるかをお伝えする。
そもそもデザイン思考とは?
オンランでUXデザインが学べる「Interaction Design Foundation」によれば、デザイン思考とは、次のような思考法であるという。
── デザイン思考は、チームがターゲットとするユーザーを理解し、新たな仮説を立て、課題を再定義し、これまでにない革新的なソリューションを(プロトタイピングとテストを通じて)創出するための、非線形型の反復プロセスである。
この思考法は、ヒトのバイアス(過去の経験から生まれたり、自然発生的に生まれる偏った見方)を回避しながら、ヒトへの理解を深めるために、世界中の組織が使用しているフレームワークでもある。このフレーワークに則った実践によって、ターゲットとするヒトの課題を再定義し、これまで見えていなかったヒトの考え方や行動パターンを見出すことが可能になる。
デザイン思考はすでに、さまざまな組織で成果を上げている。そのため、先に触れた『Designing Your Life』の著者らをはじめ、オーストラリアのコンサルティングファームSQR ONE社の創設者兼最高共感責任者(Chief Empathy Officer)であるエイル・ヴィーツェック(Ale Wiecek)氏といった先駆者たちが、人生とキャリアの設計・プランニングにも、デザイン思考を適用し始めている。
新しい仕事を始めたり、ビジネスを立ち上げたり、新しいプロジェクトを試したりする際には、必ず障害や失敗に突き当たる。ヴィーツェック氏によると、障害や失敗から学び、それを起点に考え方を再構成するうえで、デザイン思考はとても有用であるという。
もっとも、私たちは大抵の場合、課題に突き当たると、そこから何かを学ぶよりも先に、課題解決のソリューションに飛びつこうとする。例えば、職を失ったときには、すぐさまインターネット上の求人サイトにアクセスし、募集職種に応募し始めるのが人間として自然な行動と言える。
しかしながら、自分にとって意義あるキャリアと人生を送りたいと考えるのであれば、デザイン思考の手法を使い、自分を見つめ直すことから始めるのが大切であるとヴィーツェック氏は説く。
ちなみに以下の図1は、ヴィーツェック氏の見解に基づきながら、デザイン思考の考え方・行動様式と、その対極にある考え方・行動様式との違いをまとめたものである。
デザイン思考的な思考法・行動様式 | デザイン思考の対極にある考え方・行動様式 |
---|---|
問題に焦点を当てる | 解決に焦点を当てる |
結論を出す前に共感する | 結論に飛びつく |
曖昧さや弱点を快適に感じる | 曖昧さや弱点を不快に感じる |
失敗を受け入れる | 失敗を恐れる |
反復的でアジャイル型 | ウォーターフォール型 |
楽観的 | あまり楽観的ではない |
創造的な問題解決 | 以前と同じように物事を行う |
コラボレーションに依存 | コラボレーションはオプション |
分析的・創造的 | 批判的・分析的 |
成長の考え方 | 現状維持の考え方 |
デザイン思考の5つのフェーズ
デザイン思考を実践する方法については、さまざまな論がある。その中にあって、ヴィーツェック氏の示す手法は非常にわかりやすい。それは、デザイン思考のプロセスを、「共感」「定義」「アイデア出し」「プロトタイピング」「テスト」の基本的なフェーズにわけてとらえ、実践していくというものだ(図2)。
ということで、次にこれらのフェーズについて説明しながら、私がデザイン思考を人生・キャリアのデザインや計画づくりにどう生かしているかについてご紹介したい。