新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の流行という、現代人の誰も経験したことのないようなパンデミックによって、人々の暮らし、働き方、価値観、そして企業を取り巻くビジネス環境が、また大きく変化しようとしている。少なくともビジネスの世界は、過去の成功体験が一切通用しないような時代へと突入している。そんな状況の中で、会社組織のチームリーダーは自身のチームをどうマネージしていくべきなのか──。Yahoo!アカデミア学長で、45万部突破の人気書籍『1分で話せ』(発行:SBクリエイティブ)の著者としても知られる伊藤羊一氏に話を伺った。
※コロナ禍対策として、この取材はリモートでビデオ会議を通じて行った。

マネージャーは“上司”にあらず

編集部:ここまでのお話で、1on1ミーティングの重要性については理解できました。ただし、チームのメンバーとマネージャーとの間に信頼関係がないと、1on1ミーティング自体が機能しないようにも感じます。そうした信頼関係はどのようにして構築すればよいのでしょうか。

伊藤:一つは、お互いに尊敬し、それぞれの立場や意見を尊重し合うことだと思います。

編集部:マネージャーが信頼され、尊敬を集めることが最も重要なことではないのですか。

伊藤:それも必要ですが、マネージャーがチームのメンバー各人を尊敬・尊重することも等しく重要です。

編集部:従来型のマネジメントやリーダーシップの考え方に従いますと、上司であるマネージャーが、部下であるチームのメンバーからの尊敬を集めることで、マネジメントが機能し、リーダーシップが発揮できようにも思えますが。

伊藤:その考え方は間違いですね。そもそも、マネージャーは“上司=えらい人”ではありませんし、チームのメンバーも“部下=マネージャーより「下」の人”ではありません。チームのマネージャーは、チームの中で、単にマネジメントの機能を担う人のことを指し、他のメンバーとは少し役割が違うだけで、“上”司でもなければ“えらい人”でもないんです。

マネージャーが成すべきことは、先に述べたマネージャーの役割を、マネジメントの専門家としてしっかりこなすことです。それは、チームのメンバーが自分に課せられた役割をこなすのと同じことで、そこに上位・下位の関係はありません。

にもかかわらず、マネージャーがチームのメンバーを格下に見て、理由もなく「自分の言うことに従え」という圧力をかけるようでは、メンバーたちは自分の持った能力以上の働きは絶対にしません。結果として、個人の能力を最大化することも、チームのパフォーマンスを高めることも不可能になるわけです。

また、チームにおける最終的な意思決定を下すのは、マネージャーの役割ですが、変化が激しく、過去の成功体験が全く通用しないような今の時代では、マネージャーの独断で正しいビジネス判断が下せるわけではありません。ですので、現場で変化と直接対峙しているメンバーの考えや意見を尊重し、吸い上げ、意思決定に活かすことがどうしても必要になってきます。そのうえで、最終的な意思決定を下す役割を担うのがマネージャーで、その役割を担っているからと言って、チームの中で特に“えらい”わけではないんです。

もっとも、メンバーと自分の意見が平行線をたどったときに、相手の意見を尊重しつつも、自分の意見のほうを採用して意思決定を下すのは、マネージャーの機能として果たすべき仕事です。

目指すべきは人生に目覚めた社員が生き生きと働ける環境づくり

編集部:最後にお聞きしたいのですが、チームのマネージャーは今後、自分の会社やチームに対するメンバーの能動的な貢献意欲をどう高めていけばよいのでしょうか。リモートワークが標準的な働き方になれば、メンバーの会社への帰属意識が薄れる可能性がありますし、今日は、終身雇用を後ろ盾に社員を会社につなぎとめておく時代でもありません。ですので、働き手も、自分の長い人生の中で、いろいろな会社でキャリアを積むことをより強く志向するようになるでしょう。そのような時代では、会社やチームに対する社員の貢献意欲を維持・向上させるのはとても難度が高い取り組みに感じますが。

伊藤:まず言いたいのは、リモートワークが原因で、社員たちの会社に対する帰属意識やロイヤルティが薄れると考えるのは間違いであるということです。オフィスに毎日出勤させることで、社員たちの会社への帰属意識や支配力を維持しようとするのは、江戸幕府の参勤交代と同じ発想で、あまりにも前近代的な考え方です。

同様に、会社やチームの目標に、社員たちを強制的に従わせようとするのも無意味な行動です。そんなことでは、社員たちは会社のために自己の能力を最大限に発揮しようとは絶対に考えません。

編集部:だとすると、どうするのが適切なのでしょうか。

伊藤:大切なのは、社員たちに自分は何者になりたいのかを問いかけ、人生の目標を描いてもらい、目標の達成に向けて何をすべきかを考えさることです。Yahoo!アカデミアでのリーダー開発でも、それをとても大切にしていて、社員たちには常に、自分の内なる声に耳を傾け、「自分が本当になりたい自分とは何なのか」「なりたい自分になるために、人生をどう生きていけばよいか」を考えてもらうようにしています。

編集部:それを考えさせることで、自分がいるべき会社はヤフーではないとの結論に達する場合もあるのではないですか。

伊藤:そのとおりです。それは、自分の人生に目覚めておめでとう、ということです。だからこそ企業は、自分の人生に目覚めた社員たちが、自分の人生をかけるに値すると思えるような会社になることが大切なんです。また、マネージャーは、会社の仕事に人生をかけて取り組もうとする社員たちが生き生きと働けて、自分の能力が最大限に発揮できる環境づくりに力を注がなければなりません。

そして仮に、会社の目標・ビジョンを達成することが、社員たちにとって、なりたい自分になるためのステップになるならば、各人は誰に指示されなくても、懸命になって会社の目標・ビジョンの達成に貢献しようとするでしょう。そのような社員たちによって構成されたチームは、会社にとって最高のチームとなり、最高のパフォーマンスを発揮してくれるはずです。