アトラシアン本社の情報サイト『Inside Atlassian』より。Chief Product & AI Officerのタマー・イェホシュア(Tamar Yehoshua)が、AIモデル単体では組織の課題を解決できない理由を紐解き、AIエージェントの真価を引き出してチームの強力なパートナーへと進化させるための鍵となる「コンテキスト」の重要性と、その構築手法(コンテキストエンジニアリング)について解説する。
本稿の要約を10秒で
- AIエージェントに的確な判断と行動をさせるには、組織固有のコンテキストを把握させることが大切。
- 散在するデータを単につなぐだけでなく、関係性を整理したコンテキストグラフとして構造化していく。
- 6種のコンテキストの網羅性・接続性・関連性を高めるコンテキストエンジニアリングを実践していく。
- 日々蓄積される自社独自のコンテキストをAIが理解できる形に整えることで、持続的な競争優位を築ける。
どれほど優秀でも「社内事情」を知らなければ成果は出せない
チームに新しいメンバーを迎えた場面を想像してほしい。その人は豊富な経験を持ち、優秀で、コミュニケーション力にも長けている。しかし入社初週であるため、自社の業務の詳細まではまだ把握していない。必要な答え自体は社内に存在するものの、解決すべきビジネス課題の情報を集めるために、10人もの関係者と個別にミーティングを重ねなければならない状況だ。
ここで問題なのは、その新人の能力不足ではない。業務の背景や人脈、過去の経緯といった、社内の「コンテキスト」を持ち合わせていないことにある。そして現在のAIも、まさにこれとまったく同じ壁に直面しているのだ。
アトラシアンは25年にわたり、チームが業務とナレッジを管理し、潜在能力を最大限に発揮できるよう支援してきた。その基盤となってきたのが、プラットフォーム全体で「共有されたコンテキスト」を生み出す仕組みだ。この共有コンテキストこそが、AIの真価を引き出し、単なるツールから真の戦力へと変えるための鍵となる。
コンテキストとは何か
コンテキストとは、組織の業務の進め方に基づき、ある特定の瞬間に何が重要であるかをAIが理解するために必要な情報のことだ。
それは、組織内のナレッジ、業務、人材、コミュニケーション、コード、アセット、そしてそれらの相互のつながりから導き出される。これには、そうした関係性がなぜ重要なのかを説明する、絶えず変化する履歴や指標、パターンも含まれる。AIにコンテキストを提供するうえで重要なのは、単なる個々のデータポイントではなく、それらを結びつける能力である。これによってAIは、ツールやトピックをまたいで点Aから点Bへとスムーズに行き来し、無駄な処理やトークンを消費することなく、質問に直接答えることが可能になる。
なぜ依然としてチームのほうがAIよりも高い成果を出せるのか
企業のチームは進化を続けている。かつてのコラボレーションは完全に人と人との間で行われていたが、職場へのAIツールやエージェントの導入により、現在のチーム内のやり取りは「人対人」「人対エージェント」「エージェント対エージェント」へと広がっている。エージェントは迅速に行動し、常に稼働しているため、共有情報へのアクセスはさらに重要性を増している。
社内で最も高い成果を上げている人は、必ずしも他の人より多くの文書やデータにアクセスできるわけではない。誰に相談すべきか、どの情報が重要でどれが不要かといった、組織内での的確な立ち回り方を熟知しているのだ。
同じことがAIにも当てはまる。ナレッジワーカー1000人以上を対象に実施した最近の調査では、AIが自社のビジネスを把握していると回答した人はわずか12%にとどまり*1、勤続年数の長い従業員と同等には至っていない。
これは、AIがビジネスにもたらす価値や、AI全体に対する期待の本質に関わる深刻な問題だ。コンテキストを持たないエージェントは、社内に「Project Titan」という同名のプロジェクトが3つ存在し、自分が関心を持っているのは自チームが担当するものだけであることを知らない。また、昨日のミーティングによって、先週作成されたConfluenceページ上の決定事項が覆されたことも認識できない。端的に言えば、実際に業務をやり遂げるためのノウハウを持ち合わせていないのだ。
Model Context Protocol(MCP)のような標準規格を利用すれば、散在する多様なシステムをエージェントに容易に接続して全体像を把握しやすくなるが、それだけでは問題を完全に解決できない。コンテキストが分断されたままであるため、エージェントは実行されるたびに貴重な時間とトークンを費やし、それらをつなぎ合わせ直さなければならないからだ。一方でコンテキストグラフを活用すれば、共通の定義とあらかじめ推論された関係性によって、組織のコンテキストをAIが理解できる形に整理できる。
35万社以上の顧客と、あらゆるチームにまたがる数十億ものワークフローを支えてきたアトラシアンは、コンテキストの本質と組織内で業務がどのように動くかを熟知している。その結実であるTeamwork Graphは、AIクエリをより効率化する業務の包括的な設計図を構築できるだけでなく、利用者が選ぶあらゆるモデルやエージェントにその設計図を適用することを可能にする。アトラシアンのコンテキストグラフはデータポイント間の関係性を理解し、時とともにその精度と情報量を深めていく。こうして組織におけるチームワークの全体像を包括的に描き出し、あらゆるAIツールでよりスマートなAIを活用できるよう支援する。
AI戦略を加速させるコンテキストの蓄積
生成AIが登場した当初は、主にテキストや画像、コードなどのアウトプットを生成する用途で使われていた。しかしAIエージェントの登場により、現在AIには段階的な推論や意思決定、ワークフローの実行といった「行動を起こすこと」が求められている。
これがもたらす業務加速の可能性は計り知れない。エージェントが日々のワークフローを実行できるようになれば、人間はより高度な思考に集中できるようになり、組織はより多くの成果を迅速に生み出せるようになる。しかしAIが業務を担うためには、適切な意思決定を行い、妥当な行動を取れるという信頼が不可欠だ。要するに、現在の状況や重要事項、業務の進め方、実際の意思決定プロセスといった「コンテキスト」を把握して初めて、AIの真の潜在能力を引き出すことができるのだ。
結論として、AIの効率と精度を高め、より優れたアウトプットや行動につなげるためには、コンテキストがAIにとって理解可能な形になっていなければならない。
コンテキストの品質を確保する方法
コンテキストグラフへの理解を深めるために、アトラシアンでは以下の6種類のコンテキストを定義している。これらはツールチェーン全体にわたり、業務が行われるあらゆる場所から抽出される。全体像を把握するには、サードパーティ製アプリを連携し、データを取り込み、ビジネスの全領域にわたるデータポイント間の関係性を理解する必要がある。
下記の図は、組織を構成する6つのコンテキストの概要と、それぞれのコンテキストの有無によってAIの回答精度や行動がどう変化するかを示している。
- ナレッジ(Knowledge)コンテキスト:企業が書き留め、蓄積してきたすべての知見と情報
- 業務(Work)コンテキスト:企業が実行しているすべての目標、成果、タスク
- コミュニケーション(Communications)コンテキスト:企業内で行われるすべての会話、通話、チャット
- コード(Code)コンテキスト:企業が開発・構築しているテクノロジー
- アセット(Assets)コンテキスト:企業が所有・管理している実世界のあらゆる「モノ」
- 人(People)コンテキスト:ビジネスの核となる、企業の人的・組織的構造
これらの情報は個別でも価値があるかもしれないが、組み合わさることで組織の業務実態を示す不可欠な全体像を形作る。人(People)のコンテキストは組織階層をたどって組織全体の業務をマッピングし、エージェントが「誰と一緒に働いており、その相手が誰に責任を負っているか」を把握できるようにする。 業務(Work)のコンテキストは、そうした同僚が何に取り組んでおり、何に関心を持っている可能性が高いかの詳細を提供する。そしてコミュニケーション(Communications)のコンテキストにより、昨日Slackで共有された決定事項のほうが重要であると理解できるようになる。
コンテキストエンジニアリングで実現する
企業の経営層がAI投資に対するROI(費用対効果)の証明に苦慮している現代において、コンテキストを通じてAIの効率と回答品質を高めることは、最大の好機の一つである。その実現に向けたプロセスを「コンテキストエンジニアリング」と呼ぶ。
持続的で豊かなコンテキストは時間の経過とともに蓄積されていくため、一朝一夕に構築できるものではない。AIが安全にアクセスし推論できるようにするには、コンテキストが確実に収集・接続され、常に最新の状態に保たれ、適切な権限管理がなされるシステムやプロセスを整える必要がある。
コンテキストエンジニアリングは、AIモデルが要求に対して的確に対応するために何が必要かを導き出す。これには、ナレッジグラフを通じた取得すべきデータの特定、複数回の会話にまたがる保持すべき履歴の管理、MCPなどのプロトコルを介した接続すべきツールの選択、さらにはモデルが最も関連性の高い情報を活用できるようにするためのドキュメントの構造化や優先順位付けなどが含まれる。
幸いなことに、コンテキストは育て、最適化することができる。コンテキストを改善し、AIにとって真に役立つものへと進化させることが可能だ。実践的なアプローチで検討を始められるよう、アトラシアンではフレームワークを用意した。コンテキストの品質は、網羅性(適切な情報源が適切な深さで接続されているか)、接続性(人材、業務、ドキュメント、意思決定、行動がどのように結びつき、関連し合っているかを追跡できているか)、そして関連性(データが最新であり、適切な範囲に絞られ、安全に利用できるか)の3点に集約される。
端的に言えば、コンテキストエンジニアリングとは、AIがタスクをより効率的に実行するために、効果的にアクセスできる設計図を作成する手法なのだ。
次なるステップ
競合他社も自社と同じモデルを利用でき、新たなバージョンが登場するにつれてモデル自体は移り変わっていく。一方で永続的な価値を持つのは、時間をかけて蓄積され、日々拡大していく自社のコンテキストである。自社組織の実態やチームの実際の働き方を正しく把握し、それをAIが理解できる形に整えることこそが、AI戦略における最大の強みとなる。
コンテキストエンジニアリングの真の目的は、社内のAIエージェントが「配属されたばかりの新人」のように振る舞う状態から脱却させることだ。エージェントは最も関連性の高い最新の情報を考慮に入れ、より効果的にタスクを実行できるようになる。要するに、経験豊富なチームメイトのように頼もしい存在になるのだ。
アトラシアンがコンテキストをどのように活用しているかについては、最新レポート「コンテキストで導くAI変革」 でも詳しく紹介している。
出典・参考文書