アトラシアン本社の情報サイト『Inside Atlassian』より。Teamwork Lab責任者のモリー・サンズ(Dr. Molly Sands)が、リーダーがAIを「自らを客観視する鏡」として活用し、日々のコミュニケーションにおける些細なネガティブシグナルを見逃さずにチームとの信頼関係を深める実践的なアプローチを紹介する。

本稿の要約を10秒で

  • チームに対する自身の全メッセージをAIに監査させ、リーダーシップの盲点を可視化したフェルナンドの実験を紹介。
  • 些細な冷淡さや感謝の欠落の蓄積こそが、一度の大きな失敗以上に組織の信頼を損なうと理解することが大切。
  • AIへのプロンプト設計を通じて、目指すべき「優れたコミュニケーション」の基準を言語化・明確にしていく。
  • 日頃の振り返りを前提に置くことで、送信前の言葉選びを意識的に見直し、自然な行動変容へと繋げられる。

あるリーダーの実験

多くのリーダーは、自分はコミュニケーションが得意だと思いがちだ。だが、アトラシアンでクラウドストレージエンジニアリング部門の責任者を務めるフェルナンド・ガルシア・バレンスエラは、それが事実かどうかを確かめることにした。

フェルナンドが率いる組織は、3つのタイムゾーンにまたがり70人以上に及ぶ。この規模のチームでメンバー同士のつながりを保ち続けるのは、決して容易ではない。

「人の温もりというものは、組織が大きくなれば自然と行き渡るようなものではない」と彼は説明する。「意識して行動しない限り、忙しさの中で思いやりは失われてしまう。『手が回らない』を言い訳にして、メンバーに『自分は見向きもされていない』と感じさせるわけにはいかなかった。」

フェルナンドには、自らの高い基準を妥協することなく、チーム全体と対話できる方法が必要だった。探しても見つからなかったため、彼はそれを自ら作り上げることにした。

リサーチの概要

実験内容:アトラシアンのエンジニアリング部門シニアリーダーが、3つのタイムゾーンにまたがる70人以上の組織において、自身のSlack上でのコミュニケーションを客観的に検証(監査)するための個人専用AI「ピットウォール(指示本部)」を構築した。

実施手法:自身が送信したメッセージを分析し、メンバーへの称賛や感謝を伝え忘れていないかを指摘し、より良い文面の書き直し案を提示するAIエージェントを作成した。

得られた3大教訓:

  1. 目に見えないものは改善できない。そして、ほとんどのリーダーは自身のコミュニケーションの癖(パターン)を自覚できていない。
  2. 実用的なAIエージェントを作るうえで最も難しいのは、「何をもって『良い状態』とするか」の基準を言語化・定義することだ。
  3. リーダーシップのスタイルに完成形はない。あらゆるプロダクトと同じように、常に改善を重ね続けるべきである。

背景と課題:組織の急成長と「人とのつながり」の両立

フェルナンドは、状況に応じた頭の切り替え(コンテキストスイッチ)に長けており、スピーディーかつ親身なコミュニケーションを得意としていた。これらは彼が長年かけて培ってきたスキルだ。責任の範囲とチームが拡大した際にも、彼は温かみを損なうことなくそのスピードを維持したいと考えていた。

非同期(テキスト中心)のやり取りでは、相手を尊重していると伝えるための声のトーンや身体の動き、表情といった非言語の合図が抜け落ちてしまう。早く書こうとすればするほど、人と人をつなぐそうした大切な要素は削ぎ落とされていく。フェルナンドはそのことを頭では理解していたものの、日々の自分自身のメッセージにおいてそれが実際にどう表れているのかまでは把握できていなかった。

仕組みの構築:複数のAIエージェントでつくる「指示本部」

フェルナンドはAIを活用したフィードバックの仕組みを構築するにあたり、自身が熱中しているF1レースから着想を得た。レース中に戦略担当者がドライバーへリアルタイムにデータを伝える「ピットウォール(指示本部)」が、AIエージェントがインサイト(洞察や示唆)を提示すべき理想のモデルとなった。つまり、ドライバーをコースから外れさせることなく、タイムリーで文脈に即した、すぐに行動へ移せる情報を届けるという考え方だ。

日次で稼働する「スメドリー」
フェルナンドは、自身が作成した日次AIエージェントに、F1でドライバーに寄り添う温かい無線指示で有名になったレースエンジニアにちなんで「スメドリー(Smedley)」と名付けた*1。このエージェントは毎日稼働し、フェルナンドが直属の部下と交わしたDM(ダイレクトメッセージ)を分析する。そして、相手の貢献を称賛したり感謝を伝えたりする機会を見逃していないかを指摘し、より良い書き直し案を提示する。これは本人の言葉をAIに置き換えるためではなく、同じ内容でもより温かみのある伝え方の選択肢を示すためだ。

隔週で稼働する「ブランドル」
もう一つのエージェントには、鋭い分析と解説で知られるF1コメンテーターにちなんで「ブランドル(Brundle)」と名付けた*2。こちらは隔週で稼働し、DMにとどまらず、同僚とのスレッド、公開チャンネル、さらには直属以外のメンバーとの会話まで、より広い範囲のやり取りを対象とする。ブランドルが分析するのは、トーンや温かみ、相手によってコミュニケーションのスタイルがどう変化しているかといった傾向(パターン)だ。「一般社員と同僚とで書き方を変えていないか?」「金曜日になると温かみが薄れていないか?」「具体性のない気休めだけの言葉になっていないか?」といった点に着目して振り返りを促す。

フェルナンドは、データソースとしてのSlack、AI基盤としてのRovo、レポートを蓄積するためのConfluence、そしてエージェントに組織の文脈を理解させるためのTeamwork Graphといった、すでに社内環境に存在していたツールを活用してこれらのエージェントを構築した。だが、この設計パターン自体は他の技術スタックにもそのまま応用が可能だ。

プロンプト設計:AIエージェントの質を決める要

AIエージェントの性能は、その背後にある指示(プロンプト)の質で決まる。フェルナンドのプロンプトは、単なる命令文ではない。何をチェックし、それをどう分類し、より良い表現とはどのようなものかを構造的に定義した「シグナル分類体系」となっている。適切に構築されたプロンプトがあれば、テレサ・アマビール(Teresa Amabile)の『マネジャーの最も大切な仕事』*3、エイミー・エドモンドソン(Amy Edmondson)の心理的安全性*4、キム・スコット(Kim Scott)の徹底的な率直さ(ラディカル・キャンダー)*5といった、世界的なコミュニケーションの専門家の知見を取り入れた実践的なアドバイスをAIが返してくれるようになる。

効果的なプロンプトには、次の3つの要素が含まれる。

* 改善すべきパターン:具体性こそが最大の武器だ。AIエージェントに単に「もっと温かみを持たせる」と指示するのではなく、一般社員への一言だけの事務的な了解返信や、成果が出た際に見逃してしまった称賛などを検出するように指示した。
* 解釈を左右する文脈:自分にとっては当たり前に思える文脈であっても、プロンプトには詳しく記述しておく必要がある。公開チャンネルと個別のDM、強いストレスがかかる場面と日常的な確認、直属以外のメンバーとの面談と同僚とのやり取りなどで、コミュニケーションがどう異なるかを考慮する。
* 出力形式:フェルナンドは、自身が希望する出力形式をAIエージェントに細かく指定した。長々とした文章ではなく、傾向の要約、優先度別に整理されたシグナルの内訳、そしてフォローが必要と思われるSlackメッセージへのリンクを受け取っている。

組織を率いるリーダーへの示唆

フェルナンドの実験は現在も継続中だ。しかしこれまでの結果だけでも、AIやリーダーシップに対する彼の考え方、そして「実践を通じて改善するとはどういうことか」に対する認識はすでに大きく変わりつつある。

小さなネガティブシグナルの積み重ねこそが、一度の大きな失敗よりも早く問題を深刻化させる

「重要な局面でのやり取りで、たまにトーンを間違えてしまうのを防げればと思っていました」と彼は語る。「しかし予想外だったのは、そうした些細なことがどれほど常態化していたかでした。一般社員への一言だけの了解返信や、相手や状況によって温かみや感謝の示し方に生じる微妙な差、そして具体性のない口先だけの励ましなどです」

これらは決して決定的な大失敗ではない。だが、何百通ものメッセージや何十人もの人間関係を通じて積み重なると、メンバーが『自分は尊重されている』と感じるか、それとも『見落とされている』と感じるかを左右するようになる。この取り組みの価値は、危機的な事態を防ぐこと以上に、自分一人では決して気づけなかった『無意識のズレ』を浮き彫りにできた点にあった。

「何が望ましい状態か」を定義することこそが、本質的な仕事である

初期バージョンのピットウォール(指示本部)は、単体で見ると問題がありそうに見えても、文脈を踏まえれば全く問題のないメッセージまでフラグを立ててしまうことがあった。たとえば、AIが当初「単なる愚痴や不満」として検知した同僚とのやり取りは、実際には業務上適切に行われたエスカレーションだった。

この問題の解決策は、AIが何をチェックすべきかをより明確に定義することだった。フェルナンドは基準を具体化する必要に迫られた。「何をもって称賛や感謝とするのか?」「役職や年次によって求められるトーンは異なるのか?」「単発のメッセージを検知すべきか、それとも継続的な傾向(パターン)のみを対象とすべきか?」といった問いの一つひとつが、彼に対して、チーム全体で目指すべき「優れたコミュニケーションとは何か」という、これまで明文化してこなかった基準の言語化を促すことになった。

「後から見直される」という意識が、日々の言葉選びを変える

隔週のレポートによる効果だけでなく、フェルナンドは予想していなかった別の変化にも気づいた。それは、「後からエージェントがメッセージをチェックする」と分かっていること自体が、リアルタイムでの文章の作成方法をも変えたという点だ。彼はメッセージを送信する前に一度立ち止まるようになった。これはAIに指示されたからではなく、AIが浮き彫りにした自身の傾向(パターン)が、自分の中にしっかりと定着したためだ。

さらに彼は、メッセージを送信する前に内容を評価する新しいモジュールを「ピットクルー(支援システム)」に追加した。これにより、自身が何を改善しようとしているかの文脈を完全に把握したうえで、どの時間帯やタイムゾーンからでも利用できるオンデマンドの文章推敲サポートを受けられるようになった。

フェルナンドのAI「ピットウォール(指示本部)」による具体例

フェルナンドのレポートでは、具体的なメッセージを検知し、それに対する改善提案が示される。ここでは匿名化した2つの実例を紹介する。

改善指導の例(スメドリーによる指摘):直属の部下が、プロジェクトの日程をわかりやすく整理した確認メッセージを送ってきた。フェルナンドは明確な指示を返信したものの、修正点の指摘だけに終始してしまい、相手が日程調整に費やした労力をねぎらう言葉が抜けていた。

スメドリーによる書き直し提案:「きれいにまとめてくれてありがとう。良さそうだね。それでは……」 このたった一言(「まとめてくれてありがとう」)を添えるだけで、同じ指示内容でありながら、相手に伝わる印象は大きく変わる。

優れた対応の例(ブランドルによる好評価):部下が自身のタイムゾーンの祝日であるにもかかわらず、インシデントに関する問い合わせに対応してくれた。フェルナンドは返信の中で祝日であることに触れ、休日に対応させたことを詫びたうえで、単なる「ありがとう」ではなく相手の具体的な尽力に対して感謝を伝えた。ブランドルはこれを「今後も継続すべき優れた手本」として高く評価した。

大半のリーダーが気づいていない「小さなシグナル」

フェルナンドの実験が示しているように、AIの最も価値ある使い道とは、「より多くの仕事をより速くこなすこと」ではないのかもしれない。それはむしろ、リーダーが普段見落としてしまいがちな自分自身の言動に気づかせてくれることだ。見逃してしまった感謝や称賛の言葉、プレッシャーのもとで知らず知らずのうちに冷たくなっていたトーン、そしてリモートワークのチームが「一体感」を感じるか「孤独」を感じるかを左右する些細なシグナルなどである。

フェルナンドはすでに次の段階の構築を進めている。組織変更やメンバーの社歴・在籍期間を考慮し、送信ボタンを押す直前にリアルタイムで注意を促すエージェントだ。このシステムに完成はない。なぜなら、このシステムが問いかけている課題そのものに終わりがないからだ。

AtlassianのTeamwork Labによる『State of Teams(チームの現状)』調査*6では、経営層の89%が「AIによって業務スピードが上がった」と回答している一方で、組織全体で明確なROI(投資対効果)を実感できている割合はわずか6%にとどまることが明らかになった。このギャップが生じているのは、多くのAI導入が「スピード」の最適化ばかりを重視し、「リーダーとチームが実際にどう協力し合っているか」に着目していないためだ。フェルナンドの実験は、真のROIがどこにあるのかを示している。それは、判断力や共感、信頼関係をAIに置き換えることではなく、リーダーが自分自身を客観的に見つめ直すための「実践的な鏡」を提供することにある。 フェルナンドが語るように、「完璧なシステムを目指す必要はない。まずは自分自身の現状に目を向け始めるだけでいいのだ」。

出典・参考文書

*1: “Felipe Baby, Stay Cool” Short (2009年マレーシアGPで、レースエンジニアのロブ・スメドリーがドライバーのフェリペ・マッサを落ち着かせるためにかけた、非常に親密で温かみのある有名なシーン)
*2: Martin Brundle Being A Savage
*3: The Progress Principle: Using Small Wins to Ignite Joy, Engagement, and Creativity at Work
*4: Four Steps to Building the Psychological Safety That High-Performing Teams Need
*5: Radically Candid Feedback Builds Trust and Improves Results
*6: チームの現状