アトラシアン本社の情報サイト『WORK LIFE』より。アトラシアンのライター、マイク・デ・ソシオ(Mike De Socio)が、自らの体験をもとに、エンジニアリングチームのマネージャーとして職場で人と心を通わせ、周囲を前向きに動かすための「ストーリーの力」の活用法について説く。

本稿の要約を10秒で

  • ストーリーテリングは職場で人を動かし、つながりを深める強力な手法である。
  • 脳科学的にもストーリーは共感や集中力を高める効果がある。
  • リーダーシップやチームビルディング、顧客コミュニケーションなど幅広い場面で活用できる。
  • 本音や弱みを交えた「脆弱性のある語り」が信頼や変革を生む。

「ストーリーテリング」という言葉は、ここ数年でよく耳にするようになった。今では、ちょっと印象的な体験を指す際にも使われるなど、やや使い古された感もある。しかし、本来のストーリーテリングの意味やその力は、決して色あせていない。脳科学の研究でも、物語が人の脳を特別な形で惹きつけることが明らかになっている。

この力は、職場でも十分に活かせる。チームを動かしたいリーダーも、同僚との信頼関係を深めたい人も、タイミングよくストーリーを語ることで、大きな変化を生み出せるのだ。

ストーリーテリングは、派手な演出や特別なスキルがなくても、まるでさりげない“スーパーパワー”のように、リーダーシップや日常の会話にプラスの効果をもたらしてくれる。

職場での「ストーリーテリング」とは何か?

「オフィスの皆さんでキャンプに出かけて、焚き火を囲みながら物語を語り合いましょう」と言いたいわけではないので、ご安心いただきたい。(もっとも、そうしたい方は止めませんが…)

職場でのストーリーテリングは、もう少し身近で現実的なものだ。ここで言う「ストーリーテリング」とは、自分や誰かの体験を、同僚やチームに語るシンプルな行為を指している。たとえば、家族や友人と食卓を囲んで話すような感覚に近いが、物語の構成には少しだけ意識を向ける。つまり、「始まり」「中盤」「終わり」という流れがあり、できれば何らかの課題や葛藤が解決される展開があると、より効果的だ。

たとえば、次のチームミーティングを想像してほしい。いつものように淡々と議題を読み上げるのではなく、上司が「自分が仕事で直面した課題と、それによって考え方がどう変わったか」というエピソードから話を始めたらどうだろう。

こうした意外性のある導入は、きっとあなたや同僚の関心を引きつけるはずだ。しかも、そのエピソードが会議のテーマと関連していれば、さらに話に引き込まれるだろう。

ストーリーテリングの科学的な裏付け

クレアモント大学院大学のポール・ザック教授*1の神経科学研究によれば、人がストーリーを聞くと脳内で次の3つの反応が起こるという*2

  • まず、注意力を高める「コルチゾール」が分泌される。
  • 次に、語り手への共感を促す「オキシトシン」というホルモンが現れる。
  • そして最後に、物語の感情的な流れが完結すると「ドーパミン」が分泌され、心地よさや満足感をもたらす。

こうした“脳内カクテル”が、ストーリーテリングに特別な力を与えている。人類が何千年も前から物語を通じてつながり、アイデアを伝え合い、互いに動機づけてきたのは、こうした科学的な仕組みが背景にあるのだ。

「弱さ」を見せることで生まれる信頼感

ストーリーテリングによる脳内ホルモンの効果は、「弱さ」を見せることでさらに高まる。

ここでいう「弱さ」とは、単なる成功談や経験だけでなく、自分の失敗や弱点も正直に語ることを指す。実際、ウィスコンシン大学マディソン校のポーラ・ニーデンサール教授*3の研究によれば、人は語り手が本音で話しているのか、ただ自慢話をしているのかを敏感に見抜く力があるという*4

さらに、ケース・ウェスタン・リザーブ大学のリチャード・ボヤツィス教授*5の調査では、リーダーが感情的なレベルで共感を得られたとき、人はそのリーダーとより強くつながり、ついていきたいと感じやすいことが明らかになっている。この「共感」は、語り手が自分の弱さを見せたときに生まれやすい。

もちろん、職場での「弱さ」の見せ方には限度がある。常に自分の悩みや辛い経験ばかりを打ち明けていては、逆効果になりかねない。しかし、困難や失敗について語り合い、互いに認め合うことで、職場に「心理的安全性」*6が生まれ、安心してチャレンジできる環境が整うのだ。

職場でストーリーテリングを活用するには

ストーリーテリングは、組織のどの立場にいても職場で幅広く活用できる。

特別なテクニックを身につける必要はない。人はもともと物語を語る力を持っている。友人と食事をしながら自然に話すような感覚で、職場でもストーリーを伝えればよいのだ。

ストーリーテリングの基本をおさらい

  • できるだけ自分自身や自分の体験に焦点を当てること。
  • 正直に語ること。ストーリーテリングの力は「本当の話」であることにある。
  • どんなに小さくても「変化」や「成長」を示すこと。たとえば「仕事で行き詰まっていたが、意外な出来事がきっかけで解決策が見つかった」といった流れでもよい。
  • 物語には「始まり」「中盤」「終わり」を持たせること。つまり、変化や葛藤の克服が伝わるストーリーの流れを意識する。

チームリーダーのためのストーリーテリング活用法

ストーリーテリングは、チームメンバーをビジョンに共感させ、共通の目標に向かって行動を促す強力な手段である。

単に「これをやってほしい」と指示するのではなく、ストーリーを通じて「なぜそれが大切なのか」を伝えることで、メンバー自身が「やりたい」と思えるようになる。

たとえば、「来四半期でコンテンツのリーチを20%拡大する」という目標があるとしよう。なぜそれが重要なのか? もしかすると、あなたのチームが発信するコンテンツは、人々の生活をより良くする力を持っているからかもしれない。リーダーとして、実際にコンテンツが誰かの人生に良い変化をもたらした具体的なエピソードを語れば、目標が単なる数字ではなく、意味のあるものとしてチームに伝わる。結果として、メンバーのモチベーションも高まり、目標達成への意欲が生まれるだろう。

1対1の関係性を深めるストーリーテリング

職場では誰でも、ストーリーを活用して同僚との絆を深めることができる。

これは、表面的な雑談を超えて、職場での人間関係をより深くするためのストーリーを共有することに他ならない。天気や週末の予定について話すだけではなく、もう一歩踏み込んだ話をすることで、毎日顔を合わせる仲間と長く続く信頼関係を築くことができる。こうしたつながりは、現代社会で問題となっている「孤独感」への対策*7にもなり、チームの成功にもつながる。

たとえば、新しくチームに加わった同僚と距離を縮めたいとき。新しい職場で緊張しているのは当然だろう。そんなとき、自分が入社したばかりの頃のエピソードを率直に語ってみてはどうだろう。「自分も最初は不安だったけれど、こんな経験を通じて乗り越えた」といったストーリーを共有することで、相手の緊張を和らげ、自然な形で信頼関係や友情が芽生えるきっかけになる。

ブランドと顧客をつなぐストーリーテリング

消費者向けのコンテンツを手がけているなら、そこにもストーリーテリングを取り入れることで、競合との差別化が図れる。

多くのセールスコピーや商品説明は、製品の機能やスペックばかりに焦点を当てがちだ。しかし、それだけでは顧客の心には響かない。

そこで、顧客向けのコンテンツにもストーリーを盛り込んでみよう。自社の製品やサービスが、顧客の生活にどんな変化をもたらすのかを物語として伝えるのだ。たとえば、キッチン家電を販売する場合、単なる機能一覧を並べるのではなく、「この調理器具があれば、キッチンでの時間が短縮でき、その分家族との団らんが増える」といったストーリーを描くことで、顧客の共感や購買意欲を引き出すことができる。

変化を生み出すストーリーテリング

時には、これまで述べてきた日常的な職場のやりとりを超えて、ストーリーテリングの力を活用したくなる場面がある。

数年前、私自身がまさにその状況に直面した。私はスカウト活動の熱心なボランティアであり、オープンリー・クィア(LGBTQIA+当事者)として活動していたが、組織文化が多様性を受け入れるにはまだ課題が多いと感じていた。そこで私は、ストーリーテリングを「目覚めのきっかけ」として使うことにした。3人のクィアの仲間と協力し、HuffPostに個人的なエッセイを連載*8し、ボーイスカウト・オブ・アメリカに必要な文化的変革についての沈黙を破ったのだ。

この経験から、ストーリーテリングと率直な自己開示を組み合わせることで、歴史ある組織をより良い方向へ動かす大きな力が生まれることを実感した。そしてこの気づきが、後にTEDxトーク*9で発信する原動力にもなった。

もちろん、変化を起こすのは全国規模でなくてもよい。自分の職場やチームといった身近な範囲でも、「自分が見たい変化」を自ら体現することができる。日常的なストーリーテリングに慣れてきたら、その力を活かして職場文化を変えたり、必要なときには不正やハラスメントに声を上げたりすることも可能だ。

どのような場面でストーリーテリングを活用するにせよ、これが人間にとって本能的な営みであることを忘れてはならない。ストーリーは、情報を伝えたり、人を動かしたり、つながりを築いたり、さらには大きな変化を生み出したりするうえで、最も効果的な手段のひとつである。