アトラシアン本社の情報サイト『WORK LIFE』より。Atlassian Teamwork Labsのヘッド、モリー・サンズ(Molly Sands)博士が、英文コミュニケーションのテクニック「Smart Brevity」と生成AIを使った文書作成トレーニングの効果・効用について説く。
本稿の要約を10秒で
- 世界のナレッジワーカーの3分の1以上が、不明瞭な文章によるコミュニケーションのせいで年間40時間以上を無駄に費やしている。
- そうしたテキストコミュニケーションをより効率的に、かつ有効にするための英文作成のテクニックとして「Smart Brevity」と呼ばれる手法に注目が集まっている。
- アトラシアンではSmart Brevityの有効性を確かめるための実験として、生成AIやSlackを用いたSmart Brevityの社員トレーニングを実施した。ここでは、その実験結果を報告する。
不明瞭な文章がもたらす弊害
おそらく多くの人が、他者が記したメールやプロジェクト概要を読んで「うーん、内容がよくわからない」と感じたことがあるはずである。
いうまでもなく、文章を使ったコミュニケーション(以下、テキストコミュニケーション)を効率的で有効なものにするうえでは、やり取りする文章が簡潔で明快であることが欠かせない。にもかかわらず、企業の間では不明瞭・不出来な文章が横行しており、それによる業務への悪影響は相当の大きさになっている。
例えば、ある調査によると、世界のナレッジワーカーの3分の1以上が、不明瞭な文章によるコミュニケーションのせいで年間40時間以上を無駄に費やしているという(参考文書(英語))。また、文章が不出来であると、コミュニケーションに混乱や不整合を生じさせたり、意思決定を遅延させたり、深刻な誤解(参考文書(英語)) を招いたりするリスクも大きくなる。
また、各国の拠点に分散した同僚たちと時差を越えてコラボレーションしなければならないチーム(以下、分散型チーム)の場合、文章によるコミュニケーションは、チームが足並みをそろえ、前進するための重要な手段だ。ゆえに、やり取りする文章には簡潔さ、明快さがより強く求められることになる。
加えて今日では「情報過多」(参考文書(英語))であり、組織や仕事の複雑化も進行している。そんな現代にあって簡潔で明快な文章を書くことの重要性に異を唱える人はいないはずである。
もっとも残念なことに、有能とされるナレッジワーカーですら、簡潔で明快な文章を作成するスキルに欠けている。そんな中で注目を集めている1つが、スマートで簡潔な表現によってテキスト(英文)コミュニケーションを効率化するテクニック「Smart Brevity *1」(参考文書(英語))である。
*1 Smart Brevity: 政治に特化した米国のニュースメディア、Politico(ポリティコ)の元ジャーナリストらが開発したコミュニケーション手法。認知科学を基礎とする。Smart Brevityの「Brevity」は物事を簡潔に表現することを指す言葉だ。
私は、アトラシアンにおけるチームワークの研究組織「Atlassian TeamworkLabs(ATL)」を率いている。ATLは、現代のチームに最適な働き方を考案する行動科学者のグループだ。そのATLでは、Smart BrevityとAIなどを活用しながら、アトラシアンの社員たちに対して文章作成のトレーニングを実施し、その効果を検証することにした。この実験の結果、トレーニングに参加した社員の全員が、文章作成とコミュニケーションのスキルをアップさせ、相応の恩恵を受けていることが判明したのである。
「Smart Brevity」とはどんなテクニックなのか?
Smart Brevityは「より少ない文章でより多くを伝える」ためのテクニックだ。それを学ぶことでテキストコミュニケーションをより効率的、かつ効果的にすることが可能となる。このテクニックにおける文章作成の主たる原則は以下のとおりである。
① 注意を喚起する:最も重要なメッセージを文書の冒頭に配置して、1つの強力な文章にまとめ上げる。
② 簡潔に書く:わかりやすい言葉と簡潔な文章を使う。
③ 平易な言葉を使う:専門用語(参考文書(英語))の使用を避け、誰にでも理解できる言葉を使いながら、友人とコーヒーを飲みながら話しているような感覚で文章を書く。
④ 読み手への配慮を忘れない:読み手に合わせて文章を書き、彼らの情報ニーズを満たすようにする。
⑤ 読みやすくする:短い段落や太字、連番を付けた個条書きなどを使用して文章全体を読みやすくする。
⑥ 言葉の数を必要最小限に抑える:できるだけ少ない言葉で多くを伝えるようにする。
2つの方法でSmart Brevityのトレーニングを実践
ATLでは今回、以下に示す2つの方法を使いSmart Brevityのトレーニングを行うことにした。
方法①「生成AI」ベースのチャットボット「Smarty B」を使う
1つ目の手法は、文書作成のトレーナーとして、生成AI技術をベースにしたアトラシアンのチャットボット「Rovo AI」(参考文書(英語))を使うというものだ。このトレーニングに参加したアトラシアンの社員たちは、Smart Brevityの原則を学習したRovo AI「Smarty B」との対話を通じて、簡潔で明快な文章を作成するためのテクニックを学んでいった。なお、このトレーニングを実施するに当たり、ATLは、参加者全員に対して「AIチャットボット と有効に対話するためのベストプラクティス集」と、文書作成のトレーニングを効率的に行うための「質問のサンプル」を提供している。
「Smarty B」との対話の例
手法②「Slack」を使ったマイクロレッスン
今回試したもう1つのトレーニング方法は、アトラシアンが社内で標準的に使用しているチャットツール(Slack)のダイレクトメッセージを通じ、Smart Brevity に関する3分間の短いレッスン(=マイクロレッスン)を行うというものだ。このレッスンは、参加者の日々のワークフローに組み込むかたちで展開された。
Slackを使ったSmart Brevityのマイクロレッスンの例
今回のトレーニングには349 人のアトラシアン社員が参加し、参加者は上記2つの手法のどちらか一方を任意に選択し、Smart Brevityのレッスンを受けた。また、349人中 103 人がトレーニングの前後で行われたATLのアンケート調査に協力している。ATLの研究者らは、その調査結果をもとにSmart Brevityのトレーニングが、社員の文章作成の品質にどのような影響を与えたかを確認したのである。
参加者の93%が文章作成のスキル・効率性のアップを実感
ATLがまとめたアンケート調査の結果を見ると、今回の実験(Smart Brevityのトレーニング)に対する参加者たちの評価が総じて高いことがわかる。具体的には、参加者の93%が、Smart Brevityのトレーニングを受け、そのテクニックを取り入れたことで「より簡潔で効果的な文書が書けるようになった」としており、86%が今後もSmart Brevityのテクニックを活用していくとしている。
「Smart Brevityを取り入れたことで、私の書くSlackのメッセージは、長文の段落構成から簡潔な個条書きへと変わり、より簡潔・明快になりました」
── アリーシャ・スミス(Allisha Smith)、アトラシアン シニアコンプライアンスマネージャー
Smart Brevityのトレーニングは、社員同士のコミュニケーションの効率化にも貢献している。例えば、トレーニング参加者の46%は「Smart Brevityのトレーニング以降、メッセージの内容について相手に質問をする回数が減った」と答えている。また、Smart Brevityのトレーニングは作業スピードのアップにもつながり、参加者の49%が「以前よりも早くタスクを完了できるようになった」と報告している。
アトラシアン社員たちは「SmartBrevity」のトレーニング後、文章の明確さと文章作成のスピードがアップしたとしている
AIを使ったトレーニングがより有効に機能
ATLでは今回、先に触れた2つのトレーニング方法(Rovo AIのSmarty Bを使った方法と、Slackを使った方法)のどちらがより有効に機能したかについても調査・分析した。結果として、Smarty B
を使ったトレーニングのほうが、トレーニングを受けた人の文章の明瞭さを向上させる可能性が7%ほど高いことが判明した。また、Smarty B を使ってSmart Brevityを学んだ参加者の76%が「AIを使って新しいスキルを学ぶのは楽しい」と答えており、80%がその新しいスキルを自分のワークフローに取り入れ始めている。さらに97%が「自分の文章がより明確になったと感じている」としている。
テキストコミュニケーションをより効率的にする準備を
以上のように、AIによるトレーニングの効果の高さが明らかにされたとはいえ、文章作成のトレーニングにAIの活用が必須というわけでは決してない。トレーニングの方法はどうあれ、大切なのはSmart Brevityのようなテクニックを知り、覚え、文章作成の際に活用できるようにすることである。
ここで改めてSmart Brevityのコアともいえる4つの要素について確認しておきたい。そのコアの要素は以下のとおりだ。
① 大胆なタイトルを付ける:読み手の関心を引くタイトル(参考文書(英語))を必ず文章に付ける。タイトルは簡潔であることが必須で、英文の場合は6単語以内に抑える。
② 文章の冒頭を力強く書く:冒頭の一文は印象的な言葉を使い、読み手が知るべき事柄を簡潔、明瞭に伝える。
③ 一文に「文脈」を付与する:「What’s new(最新情報)」や「Why this matters(なぜ重要か)」「結論(The bottom line)」といった、文脈を表現するワードを文頭に使う。こうすることで、のちに続く一文が示す「事実」「アイデア」「考え」がなぜ重要かの理由を簡潔に示すことが可能になる。また、これらのワードの使用により、一文に対する読み手の関心を高め、理解を早めることもできる。
④ 読み手にさらに学ぶ機会を与える:文章の最後は、読み手が望めばさらに多くの情報を発見できることを示すようにするのが望ましい。例えば、「Go deeper(さらに詳しく)」や「What’s next(次のステップ)」といったワードを使い、関連記事や関連ページ、関連文書へのリンクを追加すると良い。
以上に示したSmart Brevityの要点や先に触れた原則を、自分の組織、チームで働く社員たちに学ばせたうえで、組織内・チーム内のテキストコミュニケーションがどう変化したかを確認していただきたい。おそらく、テキストコミュニケーションがより効率的になり、各人が伝えたいメッセージが確実に伝えられるようになっているはずである。