アトラシアン本社の情報サイト『WORK LIFE』より。ライターのシャイナ・ローゼン(Shaina Rozen)が、職場における学習(成人学習)の効果を高める方法を紹介する。

本稿の要約を10秒で

  • 1970年代から80年代にかけて「学習スタイル(Learning style)」が人気を博した。学習スタイルとは「学習者がどのように情報を収集し、取捨選択し、解釈し、整理し、結論を出し、さらに保存するか」を表すものである。
  • 数多くの教育者や科学者が学習スタイルのフレームワークを開発し、人が効率的に学習するための方法を提示した。ただし、最近の研究では学習スタイルが否定され、学習スタイルの概念にひねりを加えた「学習嗜好(Learning Preferences)」への関心が高まっている。
  • ただし、学習スタイルも学習嗜好も、実際の成果や成績に影響を与えるものではない。
  • 本稿では、アトラシアンの顧客教育チームが実践を通じて会得した効率的な学習のためのTIPSを紹介する。

「学習スタイル」とは何か

ヴァンダービルト大学教授センターによれば「学習スタイル」とは「学習者がどのように情報を収集し、取捨選択し、解釈し、整理し、結論を出し、さらに活用するために記憶、保管するか」を表すものだという(参考文書(英語))。
一方、学習スタイルの概念にひねりを加えたものとして「学習嗜好」がある。こちらは、学習者がどのように情報を取り入れたいのか、あるいは選びたいのかを説明するものである。

いずれにせよ、私たちは誰もが学習スタイルに対して何らかの信念を持っている。おそらくそれは、自分がどのようなタイプの人間であるかを定義したいといった欲求や、高度に標準化された教育環境の中でユニークな個人でありたいという欲求にもとづくものである。

ただし、ここで留意すべき点は、 学習スタイルや学習嗜好は、実際の成果や成績に影響を与えるものではないことだ。今日では、特定の学習スタイルと、情報の吸収量や保持量との間には、ほとんど関係がないことが研究によって明らかにされている。

では、どうすればよりうまく学習することができるのだろうか?

それを知るために、筆者はアトラシアンの顧客教育チーム(参考文書(英語))に話を聞いた。

彼らは、アトラシアンの製品を使うユーザーのスキルアップに向けて、より効果的な学習ができるようにサポートするチームだ。以下、彼らの話を交えながら、学習スタイルが仕事上の成果に影響を与えない理由と、より効果的な学習を行うための方法について見ていく。

学習スタイルが実質的な成果に結びつかない理由とは

学習者による学習方法の違いに関する観察や理論は、古来(少なくともアリストテレス以来)より存在している。そして1970年代には、先に触れた学習スタイルが人気を博した。人気の理由は、ベースとなる考え方が理解しやすいものだったからだ。その考え方とは「学習方法は人それぞれであり、自分がどのように学習するのが最も効果的かを理解すれば、より効果的な学習が可能になる」というものだ。これは、学生にとっても、教育者にとっても魅力的なアイデアだった。

学習スタイルのフレームワークの中で、人気の高いいくつかは、1970年代~80年代にかけて開発された。まず、70年代において教育心理学者のウォルター・バーク・バーブ(Walter Burke Barbe)氏と彼の同僚らは「視覚的学習(Visual)」「聴覚的学習(Auditory)」「体験的学習(Kinesthetic)」という3つの学習スタイルから成るフレームワーク「VAK」(参考文書(英語))を提唱した。

その後、ニュージーランドの教師ニール・D・フレミング(Neil D. Fleming)氏がVAKを発展させ、学習スタイルとして「読み/書き(Reading/Writing」」を加え、現在でもよく使われるフレームワーク「VARK(参考文書(英語))」を作り上げた。

「VARK」の学習スタイル

開発者:ウォルター・バーク・バーブ(Walter Burke Barbe)氏とニール・D・フレミング(Neil D. Fleming)氏

  • 視覚的学習(Visual):絵や図表など、視覚的に提示された情報を吸収し、記憶するスタイルの学習
  • 聴覚的学習(Auditory):講義やグループディスカッションなど、教えられたり、共有されたりする情報を聴くことに重点を置いた学習
  • 読む/書く(Reading/Writing):情報を読んだり、書き留めたりすることで、新しい情報を吸収するスタイルの学習
  • 体験的学習(Kinesthetic):実際に作業をしたり、学んでいる対象物に触 れたりして、身体的な体験を通して学ぶ学習スタイル

多くの人は、VARKモデルを「人間にはそれぞれ1つの主要な学習スタイルがある」という解釈に転換している。ただし、科学者たちはそうではないことを証明し、なおかつVARKフレームワークに対して否定的な見解を示している。

例えば、心理学のシンディ・メイ(Cindy May)教授は科学系メディア「サイエンティフィックアメリカン」における2018年の記事でこう述べている(参考文書(英語))。

「学習スタイルに関する科学的な文献をレビューしたところ、個人の学習スタイルに沿った指導法が最も良い結果をもたらすことを裏付ける科学的な根拠はほとんど見つかりませんでした。一方で、VARKの考え方と矛盾する研究結果もいくつかあります。私たちが自分の学習嗜好を強く意識していることは明らかですが、その嗜好が重要であることを示す事実は明らかになっていません」

「簡単な学習=効果的な学習」ではない

メイ教授が指摘するように、私たち人間はしばしば特定の方法で学ぶことを好む。自分の好む方法で学ぶことが、快適で簡単だからだ。

ただし、アトラシアンで顧客教育の責任者を務めるマーシャル・ウォーカー・リー(Marshall Walker Lee)とシニアラーニングエクスペリエンスデザイナーのエレン・ウォルター(Ellen Walter)は「簡単であることが必ずしも効果的であるとは限らず、その逆のことのほうが多い」と指摘している。

「人々は、学習が簡単であれば効果的だと考えがちです。ところが、ある研究(参考文書(英語))によれば、事実はその逆であるといいます。つまり、あえて難しいことにチャレンジすることが、情報を脳に定着させる効果を生むというわけです」(ウォルター)

学習スタイルや嗜好にとらわれない学習の有効性を裏付ける根拠は他にもある(参考文書(英語))。

「学習嗜好は、学習に対する人の注意を引くうえではとても役立ちます。ただし、それはより良い成果を得るために役立つわけではありません。例えば、アトラシアンでは、多くの人が見て学ぶのを好むことを知っているので、顧客教育の教材としてビデオコンテンツを用意していますが、それは学習に対する人の興味を喚起して、学習体験に引き込むための呼び水に過ぎません。つまり大切なのは、自分の学習嗜好を理解したうえで、科学的に証明されたテクニックを使うことです。こうすることで、学習に対して自分の心をより夢中にさせながら、学びの効果を上げることができるのです」(リー)

真の学びを得るために

VARKをはじめとする一般的な学習スタイルには、その有効性を裏づける証拠がないとはいえ、情報を消費して記憶する方法を改善するうえで役立つことがある。

また、学習の改善に有効であることが研究で裏付けられたモデルやフレームワークも数多くある。

例えば、VARKよりも古くからある「ブルームの分類法(Bloom’s Taxonomy)」は、学習をいくつかにレベル分けし、より高いレベルに至るには、段階的なステップアップが必要であることを示している(下図参照)。

図:ブルーム分類法

(図の英語の和訳)
CREATE(創造する):デザイン、組み立て、構築、推測、開発、算定、著作、調査
EVALUATE(評価する):鑑定、討議、守る、判定、選定、サポート、評価、評論、重みづけ
ANALYZE(分析する):類別、オーガナイズ、関連づけ、比較、構築、区別、試験
APPLY(応用する):実行、実装、解決、活用、デモ、解釈、運用、計画、スケッチ
UNDERSTAND(理解する):分類、解説、議論、説明、識別、位置づけ、認知、報告、選別、翻訳
REMENBER(覚える):定義、複写、リスト化、記憶、反復、保管

「ブルーム分類法の基本は『人に教えることが、その知識を持っていることの最良の証明法である』という考え方です。この考え方は『70-20-10の学習モデル』(参考文書(英語))にも通じるもので、このモデルでは 70%を『実体験』から学び、20%を他者との交流、残る10%を講習や書籍からそれぞれ学ぶことを奨励しています」(マーシャル)。

70-20-10の学習モデル

70%:体験
現場での体験、課題、調査・分析を通じて学ぶ

20%:交流
同僚やメンター、コーチなどの他者との交流から学ぶ

10%:座学
教室でのトレーニングやワークショップ、教科書・書籍などの伝統的な学習コンテンツから学ぶ

ブルーム分類法の他にも「カークパトリックモデル(Kirkpatrickモデル)」(参考文書(英語))や「パフォーマンスベースドラーニング」(参考文書(英語))、さらにはマルコム・ノウルズ(Malcolm Knowle)氏の「成人学習理論」(参考文書(英語))など、社会人がどのように学習すべきかを提示するフレームワークは多くある。

マーシャルによれば、これらはすべて、学習をサポートするうえで役立つTIPSを内包しているという。ただし、これらのフレームワークは「特効薬」というよりは、学びの出発点と考えたほうがよいようだ。

「フレームワークはあらゆる問題の解決策とはなりえません。大切なのは、学習者固有の状況や課題を理解することであり、それこそが最良の成果を上げるために不可欠な要素です」(マーシャル)。

いずれにせよ、上述したような数々のフレームワークによって、学習方法に対する基礎的な理解は深まってきたといえる。それに伴い、レッスンの設計方法も進化してきた。今日におけるインストラクショナルデザイン(=教育の内容設計)の大きなトレンドは、UXデザイン(ユーザー体験デザイン/参考文書(英語))とデザイン思考(参考文書(英語))の原則を取り入れることだ。

UXデザインとデザイン思考における原則の1つは、ブレインストーミングを行って解決策を考案したり、洗練させたりする前に、ユーザーのニーズに共感し、プロダクトや体験に対するユーザーの目標を定義することからデザインを始めることだ。

「インストラクショナルデザインの "古いやり方 "が大きく変化したわけではありませんが、UXデザインの原則からは多くを学ぶことができます。そして、UXデザインとインストラクショナルデザインを融合させたとき、本当にパワフルなことが起こるのです」

現在、マーシャルのチームには、インストラクショナルデザイナーと学習体験デザイナー(=UXデザイナー)の両方が、コンテンツデザインチームのメンバーとして所属している。