アトラシアン本社の情報サイト『WORK LIFE』より。ライターのジュヌヴィエーヴ・マイケルズ(Genevieve Michaels)が、仕事の生産性を低下させる「フリクション(摩擦)」について説く。

要因③問題のないプロセスの改善

私たちビジネスパーソンは、あらゆる課題を解決してくれる魔法の儀式、方法、ツールを探し続けようとする。また「継続的な改善」の努力は、基本的にすばらしい取り組みでもある。

ただし、使用するツールや業務プロセスの継続的な改善が、常に私たちの生活の改善につながるわけではない。むじろ、改善の連続によって仕事の複雑さが増したり、新しいプロセスやシステムの導入に時間がかかったりすることのほうが多い。言い換えれば、継続的な改善を追求するあまり、わずかなリターンのために多大な労力をかけて新たな仕組みを取り込もうとする「ムダ」が多く生じているわけだ。

The Friction Projectを通じて得られた最大の発見の1つは、組織で働くワーカーのほぼ全員が『追加病』にかかっていることです。あらゆる企業の従業員たちは、常に新しい何かを取り込む(追加する)ことに執着しているんです 。(ラオ教授)

追加病:うまくいっていないことを取り止めるのではなく、新しい何かを追加することで改善を図ろうとする病的な習性

ラオ教授は、追加病にかかっているワーカーに向けて次のようにアドバイスする。

行うべきことのすべてを巧みにこなす必要はありません。大抵のことは『それで十分』というレベルで問題はないんです。

【対処法】

リモートワーク、ないしはハイブリッドワークを支える分散型ワークプレイスにおいては、ツール(ソフトウェア)が悪性フリクションを引き起こすことが多い。例えば、新任のプロジェクトマネージャーが、チームがそれまで使っていたプロジェクトマネジメント(PM)ツールから、マネージャーの好むツールへの切り替えを強要しようとするケースが間々ある。そうした強制は、チームのメンバー全員にとって悪性フリクションとなり、新しいツールを使ったワークフローをゼロから学び直すことを余儀なくされる。

「チームのマネージャーが、メンバーへの影響を顧(かえり)みずに新しいツールやシステム、プロセスを導入しようとするのは明らかに間違いです」(ラオ教授)

ゆえに、チームのリーダーは、チームに新たに取り込もうとする物事の価値を入念に吟味し、かつ、それに対するメンバー全員の評価も集めなければならない。

上の例でいえば、新しいPMツールを採用する前に、チームの全員に簡単なアンケートを実施して現行のツールにどの程度満足しているか、それが自分たちの仕事にとってどの程度重要かを尋ねることが大切だ。そうすることで悪性フリクションの発生を回避することが可能になるのである。

要因④変化への過度の恐怖心

上記「要因③」と逆説的な話になるが、変化に対する過剰な恐怖心も悪性フリクションを生む元凶となる。つまり、新しい何かを取り込む意欲と、変化への恐怖心とのバランスをとることが大切なのである。

実際、現状維持で十分なことが多くある一方で、現行のツールやシステム、プロセスが人の動きを鈍らせ、日々の生活に負の影響を与えているケースもある。そのような場合には、ツールやシステム、プロセスを刷新することが望ましいといえる。また、その変革を提唱し、リードできる人は、チームにおいてヒーローとなる。

「The Friction Project」では、悪いプロセスがいかに大きな悪性フリクションを生むかについて、ある経営コンサルティング会社による発見を例に説明している。

そのコンサルティング会社は、顧客企業(仮にA社とする)が週1回の全社集会への準備のために全社合計で年間30万時間もの時間を費やしていたことを突き止めた。そこでA社は、Dropbox社が会議削減プロジェクト「Armeetingeddon」(参考文書 (英語))で行ったのと同様の施策として、社員のカレンダーからすべての定例会議を削除し、2週間は新しい会議を追加できないようにしたのである。

【対処法】

業務プロセスやツールの変革をリードするうえでは、自分の時間やエネルギーが意味なく消費されているというストレス、あるいは焦燥感に着目すると良い。この点に関して、ラオ教授は次のような説明を加えている。

「例えば、トーストに塗られたピーナッツバターのように、自分の時間やエネルギーが薄く広がり過ぎていると感じたら要注意です。そのようなときには、自分の仕事やチームの仕事にプラスのインパクトを与えている要素を特定して、他は切り捨てることが大切です」

これはすなわち、日々の仕事から不必要な作業を取り除く「GROSS(Getting Rid of Stupid Stuff)」の出番であるということだ。「The Friction Project」では、チームにおけるGROSSの一環として、ブレインストーミングセッションを催し、過剰な会議やメール、業績評価などを洗い出すことを提案している。

TIPS
アトラシアンの「Team Playbook」にある「日課のリセット」プレイを実行することで、チームにおける会議や業務プロセスを再評価し、重要なことのためのスペースを広げることが容易になる。

要因⑤自分のチームへの過度のフォーカス

チームを強くすることは重要だ。ただし、組織におけるチームは、あくまでも組織を構成する「部品(コンポーネント)」の1つである。ゆえに、単体での強化よりも、他のチームとの協調性・連動性を高めることのほうが重要といえる。

また、チームが自分たちの仕事ばかりに目を向けていると、まるで「目隠し」をしているような状態に陥る。そして最悪の場合、チームの本来目標を達成する能力が損なわれることになる。

ラオ教授はこの問題を「コンポーネントフォーカス」と呼び、特に専門性の高いチームに蔓延しがちな習性であると指摘している。

コンポーネントフォーカス:チームが自分たちの仕事だけに目を向け、自分たちの仕事が、他のチームの仕事とどのようにつながり、全体を成しているかを軽視してしまう習性

「The Friction Project」では、組織におけるコンポーネントフォーカスがどのような弊害を生むかについて、ある病院でがん治療を受けている女性患者の体験を例に説明している。

この女性患者はあるとき、がん診療科での治療を終えたのちに、他の診療科での診察を受けなければならなくなった。彼女は、その診察の予約(申し込み)はがん診療科で簡単に行えると考えていた。だが、実際にはそうではなかった。なぜならば、彼女が通っていた病院では各診療科でのコンポーネントフォーカスが進行しており、異なる診療科間での患者情報(患者の医療情報)のリアルタイム共有が実現されていなかったからだ。ゆえに彼女は、他の診療科での診察を申し込むために、病院のガウンを着たまま、当該の診療科まで自分の医療ファイルを持っていかなければならなかったのである。

【対処法】

チームのコンポ―ネットフォーカスを抑制するうえでは、チームの全員に自分たちは組織の一部であると認識させることが大切である。そのための有効な手法の1つが「ストーリーテリング」である。

「ストーリーテリングは、グループ内で共通の理解を生み出す優れた方法です。グループ内でストーリーを共有すると『オキシトシン(通称:幸せホルモン)』の分泌が促されるとの研究結果もあります」(ラオ教授)

そんなストーリーテリングの手法を使うことで、チームの目標と組織全体の大目標とのつながりを強化できる。前出の病院を例にとれば、がん診療科のチームが、自分たちの仕事を「悪性腫瘍に対する高度な診療・治療の提供」ではなく「患者の治癒のサポート」と位置づけられるようになるわけだ。結果として、各診療科を横断した患者情報のリアルタイムな共有も、患者のための当然の施策として行われるようになる。

さらにストーリーテリングは、新人教育の場でも有効に活用できる。この手法を使うことで、特定のチームに配属された新入社員たちが、自分たちはチームの一員である前に、複数のチームが統合された組織の一員であると認識できるようになるからである。

要因⑥業界用語・専門用語の多用

言葉には力があり、コミュニケーションはコラボレーションを円滑にするための大切な要素だ。ただし、人間の言葉はときとして、私たちを混乱させ、気を散らしたり、深刻な問題が何かを曖昧にしたりする。

ラオ教授によれば、この悪性フリクションの大きな要因として、現代のビジネス社会に蔓延している「専門用語(ジャーゴン)による酸素欠乏(Jargon Monoxide)」を挙げている。

例えば、あなたは、顧客や取引先との対話の中で、理解不能な業界用語・専門用語の渦に巻き込まれ、何を言われているのかまったくわからなくなり、ポカーンとしてしまった経験はないだろうか。あるとすれば、それが「専門用語による酸素欠乏」と呼ばれる症状である。

専門用語による酸素欠乏:業界用語や専門用語の多用によって人の誤解を招いたり、生産性を低下させたりする現象

「ジャーゴンによる酸素欠乏」は、次のような行動によって引き起こされる。による酸素欠乏」は、次のような行動によって引き起こされる。

  • 用語を多用したり、過度に複雑な用語を使ったりする。
  • 「コアコンピタンス」など、意味が曖昧な用語を乱用する。
  • 特定のチーム内、ないしは組織内、業界内でしか理解されない用語を、チーム外、組織外、業界外の人との対話の中で使用する。
  • 「パイプライン」や「アジャイル」など、専門的で、かつ人によってとらえ方が異なる用語を使用する。

【対処法】

ジャーゴンによる酸素欠乏を回避する施策はとてもシンプルであると、ラオ教授は指摘し、こう述べる。

「あなたの話し相手が、常に『10歳の子ども』であると想定するようにすれば『ジャーゴンによる酸素欠乏』は回避できます。要するに、自分の話すことは10歳の子どもにもわかるだろうかと自問しながら、言葉を選び、話を組み立てていけば良いということです。そうすれば、たとえ1万人規模の会社であっても、誰もがあなたの話す内容を正しく理解してくれるはずです」

ラオ教授は「ジャーゴンによる酸素欠乏」を防ぐもう1つの手法を示してくれている。それは「具体的で説明的な言葉」を使うことだ。

「ある上司が『優れたカスタマーサービスを提供しなさい』と言い、別の上司が『キミの仕事は顧客を笑顔にすることだよ』と言ったとします。どちらの言葉が理解しやすいでしょうか。答えは明らかですよね」(ラオ教授)

意味不明の専門用語をコーポレートバリューから排除する

近年、コーポレートバリュー(企業価値観)を自社のWebサイトに掲出する企業が増えている。ただし、その価値観の文言がわかりにくく「専門用語による酸素欠乏」を引き起こしていることが多い。ちなみに、ある調査によれば、4つ以内の完結な文言によって自社の価値観をわかりやすく説明できている企業は、そうではない企業に比べてより良い仕事と成果を生み出していることが多いという。

ちなみに、ラオ教授が気に入っている企業価値観の文言は、アトラシアンの価値観
の1つ「顧客をないがしろにしない(Don’t #@!% the customer)である。

「この文言は本当に良くできていて、どの国の誰にとってもわかりやすく機能的といえます」(ラオ教授)

要因⑦高すぎる目標と急ぎ過ぎ

チームが大望を抱くのは良いことだ。ただし、高い目標を掲げ、その達成を急ごうとすればするほど、メンバーの消耗が激しくなり、チームの機能が停止してしまうリスクがある。要するに、メンバーに対して非現実的な仕事のスピードや成果を要求するのは、チームに害悪をもたらすことになるのである。

こうしたリスクを低減するうえで有効なのが「建設的なフリクション」だ。これは、適度のフリクションによって、チームにおける性急過ぎる仕事のペースに適切なタイミングでブレーキをかけ、チームが燃え尽きてしまったり、間違った意思決定を下してしまったり、利己的になったりするリスクを低減することを意味している。

建設的なフリクション:人々が適切なタイミングでペースを落とし、正気を保ち、長期的に報われるより良い仕事をするための適正なフリクション

【対処法】

建設的なフリクションの考え方はシンプルだが、物事の進捗をスローダウンさせるために適度なフリクションをかけるというのは簡単なことではない。とはいえ、建設的なフリクションによって大きな効果を手にできる可能性もある。

「米国マサチューセッツ州のブルークロス(非営利医療保険組織)はあるとき、医師たちがオピオイドを過剰に処方している可能性があることを発見しました。そこでブルークロスは医師たちに対し、オピオイドを処方するごとに、その理由を説明する1ページのメモを書くように指示したのです。このメモに要する時間は患者1人当たり8~10分程度。この適度なフリクションによって、州全体におけるオピオイドの処方を2,100万件も減らすことができたのです」(ラオ教授)

追記:ハギー・ラオ教授について関心のある方は、教授のWebサイト(英語)を参照されたい。