プライマリーリサーチを読み解く基礎
私たちは皆、「中途半端な真実」と「虚実」が入り乱れる情報の洪水に飲み込まれている。その中で、真実に向かう道筋を見つける有効な手だては、以下に示すポイントに留意しながら、多様なデータ、リサーチ、主張の要点を理解することだ。これにより、正しい情報に基づいた意見を持つことがかなり容易になる。
ポイント①「相関関係」と「因果関係」
先に触れた「相関関係」と「因果関係」の混同は、科学的ナレッジの間違った解釈を生む要因であり、プライマリーリサーチをもとにした記事で非常によく見られるものだ。ゆえに、私たちは「相関関係」と「因果関係」の違いをしっかりと理解しておく必要がある。
- 因果関係:これは、ある物事が別の物事を「直接引き起こす」ことを意味している。例えば、「運動」は「体力の向上」を直接引き起こす。ゆえに、両者の間には因果関係がある。同様に「高温」は「火傷」を直接引き起こすので、両者の間には因果関係があることになる。
- 相関関係:これは、2つの物事が並行して起こることを意味する。2つの物事は何らかのかたちでつながっているものの、両者の間に因果関係があるとは限られない。
因果関係と相関関係は非常に混同しやすい。ただし、2つの物事が同時並行で起こっていたり、発生頻度が同じであったりするからといって、一方が他方を直接引き起こしたという証明にはならない。
なお、因果関係と相関関係の違いを示す有名な事例として「トースター」と「避妊」の関係がある(参考文書 (英語))。これは、自宅にあるトースターの数と避妊の間に関連があるというものである。もちろん、トースターの購入によって妊娠が避けられるわけではなく、その逆もまた然りだ。ゆえに、この2つの事象の間には因果関係はないと見なすことができる。両者の関係性に関するより適切な説明は「経済的に余裕のある人ほどバースコントロールを行う可能性が高く、ゆえに、複数のトースターを購入できる」といったところとなる。
ポイント②リサーチの種類
すべてのリサーチが同じ方法によって行われているわけではない。リサーチ設計の方法やリサーチ対象への質問の方式は多種多様である。
例えば、企業が自社の従業員に対して実施する匿名調査とメタ分析(後述)とでは、作り方が違う。ゆえに、リサーチについては、個々の長所と限界を理解することが大切だ。また、そうすることがリサーチ結果の正しい理解にもとづいて意見を述べることにつながる。
【メタ分析】
メタ分析とは、アナリシスとは、特定のテーマに関する既存のさまざまなプライマリーリサーチを科学的に統合することを指す。研究者は、利用可能なあらゆるプライマリーリサーチを調査して、すべての知見から、どのような結論が導き出せるかを検討し、特定する。
メタ分析は、特定のテーマに関する科学的コンセンサスを把握するうえで有効であり、そのための最良の手法でもある。この手法を用いることで、特定のテーマにおいて繰り返し起きている事象を特定することが可能になる。もっとも、比較対象となるプライマリーリサーチの数の少ない新しい領域では、メタ分析の手法はあまり有効ではない。
【実験的リサーチ】
実験的リサーチとは2つの物事の間に因果関係があるかどうかを判断するために用いられるリサーチ方法の1つだ。
例えば、「運動」が「ストレスレベル」に及ぼす影響を調べたいとしよう。その場合、実験的リサーチにおいては、参加者を無作為に2つのグループに分け、一方の実験グループ(仮にグループAとする)は一定期間、所定の運動ルーチンに従って行動してもらい、もう一方のグループ(仮にグループBとする)は普段のルーチンを維持しながら行動してもらう。そして実験終了後、研究者は参加者全員のストレスレベルをテストする。ここで、グループAのストレスレベルが実験前よりも明らかに低くなっており、かつ、グループBのストレスレベルに変化が認められなかった場合、「運動」と「ストレスレベル(の低減)」との間に因果関係あることの証明の1つとなる。
このように、実験的リサーチは、因果関係の証拠を提供することができる。ただし、実験方法のデザインや分析に欠陥がある可能性があり、100%完全な証拠を提供するものではない。
【サーベイデータ】
サーベイデータとは、リサーチの参加者に質問をすることで収集されるデータを指す。
例えば、従業員の経験に関するサーベイでは、従業員にアンケートを配布し、それぞれの職歴や現在の役割、長期にわたる職場での経験について尋ねたりする。その結果は、因果関係を証明するものではないが、参加者の回答には一定の偏り出る。ゆえに、興味深い洞察、例えば、業員の感情や信念、認識に関する洞察を得ることができる。
【定性的リサーチ】
定性的リサーチでは、リサーチ対象者にインタビューを実施し、特定のテーマに対する彼らの見解を調べ上げる。
例えば、新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の大流行が従業員にどのような影響を与えたかを調べるのであれば、従業員をいくつかのフォーカスグループに分けて、コロナ禍での個人的な経験や仕事上の経験についてインタビューを行うと良い。そうしたリサーチによって得られたデータは、文脈や環境を考慮に入れながら、その事象がなぜ起きたのか、それをどのようにして起こしたのかを探るための良質な材料となる。
もちろん、定性的リサーチで得られるデータは、あくまでも個人の証言にもとづいている。ゆえに、すべてのデータが主観的なものとなる。ゆえに、物事の因果関係を立証するような場合には、実験的リサーチのほうがより適しているといえる。ただし、定性的リサーチは、特定のテーマに関する他のデータがほとんどない場合、探索的なリサーチを行う術(すべ)として有効である。
メディアの主張を評価する5つのステップ
メディアリテラシーは、プロの研究者でなくとも獲得できる。具体的には、以下の5つのステップを踏みながら、あなたが出会った記事、新しいナレッジを常に吟味するようにすることで、メディアリテラシーを高めることができるのである。
ステップ①その主張は現実的か?
メディアにおけるきわめて大胆な主張は、プライマリーリサーチにおけるニュアンスや文脈、あるいは基本的な真実さえも見落としている可能性が高い。
- 例:「ニューズウィーク誌」は1986年、「40歳以上の女性は結婚するよりもテロ攻撃で殺される可能性のほうが高い」という主張を展開した。
ステップ②そのメディアの評判はどうか?
バイアスのないメディアは存在しないが、他よりも信頼できるメディアはある。
- 例:欧米のビジネスニュースの領域では英国の大衆紙である「デイリー・メール」より米国の「ウォールストリート・ジャーナル」のほうが信頼されているようだ。
ステップ③記事の著者は誰か?
メディアの評判を確認したのちには、当該の記事を誰が書いたのかを確認し、報道されている内容に自己利益の追求や偏見がないかどうかをチェックする。
- 例:オフィスビルを開発・運営する不動産ディベロッパーは、リモートワークは悪いことだと主張しがちである。
ステップ④記事の情報源(プライマリーリサーチ)から何が分かるかを確認する
記事のもととなっている情報源(プライマリーリサーチ)について、それがどのようなリサーチであり、いつ発表されたのか、また、当該の記事はその分野の専門家による評価を受けているかどうか、さらには、記事の要旨はプライマリーリサーチの論文で主張されていることと一致しているかどうかを確認する。
ステップ⑤過去のリサーチが何を言っているかを確認する
あるナレッジが、これまでに発表された他のすべてのナレッジに反している場合、それは「赤信号」である。
- 例:「運動は身体に悪い」「注意力散漫は生産性にプラス」といった記事は赤信号である。
情報が豊富にあることは悪いことではない。私たちはかつてないほど多くのナレッジに容易にアクセスである。ただし、どのような新しいナレッジが信頼に足るのか、またどのような知識はさらなる調査が必要なのかを正しく判断することが必要である。それに向けて、ぜひ、メディアリテラシーを鍛えていただきたい。メディアリテラシーを鍛えることは、情報過多の時代を生きるあなたに多くのベネフィットをもたらしてくれるはずである。