アトラシアン本社の情報サイト『WORK LIFE』より。アトラシアンのシニア クオンティタティブ リサーチャーであるマリーン・カーン(Mahreen Khan)博士が、情報過多の現代社会を生きるビジネスパーソンに必要な「メディアリテラシー」について説く。

本稿の要約を10秒で

  • メディアリテラシーとは、そのメディアの情報がどのようにして作られ、発信されているかを理解するスキルを指している。
  • メディアの情報には偏りや誤りがあることが多く、メディアリテラシーは情報過多の時代に正しい論拠やデータに基づいて意見を組み立てるための唯一無二の手法である。
  • 本稿で示す5つのステップによって、メディアリテラシーを向上させることができる。

メディアリテラシーとは何か

現代社会は無数の、そして多岐にわたる情報で溢れている。情報源となるメディアもマスメディアからTikTokに至るまで多種多様だ。そして、これらのメディアは総じて「自分たちは真実を伝えており、中立で偏りがなく、かつ正確である」と思われたがっている。ただし実際にはそうではない。ゆえに、メディアの読み手である私たちは「メディアリテラシー」をしっかりと身に付けておかなければならない。

メディアリテラシーとは、情報がどのようにして作られ、発信されているかを理解することである。これは、情報化時代、ないしは情報過多の時代を生き抜くための重要なスキルであり、情報の洪水に飲み込まれ、誤った情報や必要以上にバイアスのかかった情報に振り回されないための術(すべ)でもある。言い換えれば、メディアリテラシーは、情報の大海原において、あなたを適切な情報、あるいは判断へとナビゲートしてくれる羅針盤のようなものと言えるだろう。メディアリテラシーこそが、正しいデータや論拠、情報にもとづいた意見を組み立てるための唯一の方法でもある。

ちなみに私は、組織心理学の博士号を持つが、これまで科学的事実が歪曲されて伝えられているケースに幾度となく遭遇した。以下では、そうした経験を踏まえつつ、新しい知識がどのように発見され、共有され、しばしば誤って伝えられるかの理由と、メディアリテラシー、あるいは批判的な目をもってメディアの情報を正しく評価する方法について解説する。

今日の知識・知見の様相

新しい知識・知見(以下、ナレッジ)のほとんどは、独自の1次調査(以下、プライマリーリサーチ)によって生み出される。つまり、新しいナレッジは、実験やインタビュー、観察などによって調査対象から「直接収集」されたデータ、あるいはファクトを意味しているわけだ。

正式に「専門家」と呼ばれ、熱心に研究を行うスペシャリスト達は、きわめて多岐にわたる領域に存在し、例えば「チームワーク」から「火星のバクテリア」に至るまで、それぞれのトピックについて常にプライマリーリサーチを行っている。

このようなプライマリーリサーチの結果は学術誌に掲載されることが多い。場合によっては一般の生活者では入手が困難なケースもある。また、学術誌は一般の生活者が読むことを想定しておらず、高価であるうえに見つけるのが難しく、内容も難解だ。

ゆえに、一般の生活者は、テレビのニュースや紙の新聞・情報誌、さらにはオンラインメディアを通じて、プライマリーリサーチについての情報をつかむことが多い。言い方を換えれば、これらのメディアは、プライマリーリサーチと一般の生活者とをつなぐ使命を背負っているわけだ。

ただし、そんな崇高な使命とは裏腹に、これらのメディアはプライマリーリサーチの結果に対して相当のバイアスをかけて伝えたり、誤った表現で(=事実を歪めて)伝えてしまったりしている。

実際、私が行ったエモーショナルインテリジェンスに関するプライマリーリサーチの結果について、メディアを通じ、歪められて伝えられたことがある。私は、大学生におけるエモーショナルインテリジェンスのある側面が低下し続けていることを発見した。某メディアはそのプライマリーリサーチの結果を「いまどきの大学生は冷淡である」という主張を展開するために引用した。人が冷淡であることとエモーショナルインテリジェンスが相対的に低下していることとは別問題であり、しかも、エモーショナルインテリジェンスの低さと人の冷淡さは同義ではない。

もちろん、プライマリーリサーチが常に完璧とは限らず、すべてのメディアの情報が「フェイク」であると言うつもりもない。また、新しいナレッジを得たければ、学術論文や書籍のアーカイブにアクセスすべきだと言いたいわけでもない。

私が言いたいのは、メディアが展開する主張やストーリーをすべて鵜吞みにしてはならず、そのためにも自らのメディアリテラシーを向上させなければならないということだ。

コラム: メディアの報道

世界各国で日々起きている出来事や時事問題に対するメディアの報道・直接取材も1次資料である。メディアの報道・直接取材は、特殊な方法論を持った学術分野なので、ここでは詳しい説明は割愛する。ただし、本コラムで紹介するメディアリテラシーを高める手法は、科学的な主張のみならず、メディアの取材記事の評価にも応用できる。

メディアの見解、主張の偏りを認識する

メディアは常に中立であると思う人がいるかもしれないが、実はそうではない。メディアごとに主張に偏りがある。例えば、あるマスメディアは「リモートワークは働き方の未来だ」と訴え、別のメディアは「リモートワークは組織におけるクリエイティビティの死を意味する」と言ったりする。また、労働市場について、あるメディアは「人材の獲得競争がかつてないほど激化している」と指摘し、別のメディアはAIによる大量失業が近いと予測する。

実のところ、大抵のプライマリーリサーチの結果は、驚くほど微妙なものだ。ただし、微妙な結果をそのまま伝えるのでは、メディアのコンテンツとしては成立しない。ゆえに、どのメディアも、プライマリーリサーチの結果を魅力的でインパクトの強いストーリーに仕立てようとする。

そこに悪意があるわけではない。ただし、メディアによるストーリーの仕立て方、あるいはプライマリーリサーチの結果に対する偏った見方には「より多くのクリック数、閲覧数を稼ぎたい」「何らかの政治的な目的を果たすための主張を展開したい」といった意図がある。また、メディア側にそうした意図がない場合も、あらゆる記事は(それが客観的な調査データをもとにした記事であっても)、それを執筆した人の視点、考え方の影響を受ける。ゆえに、世の中にある、すべてのメディアの情報は、情報源として完全に客観的で中立であることはありえないのである。

さらに言えば、1本の記事内においてプライマリーリサーチのあらゆる文脈や留意点を記載する十分なスペースがあることは稀だ。ゆえに、同じ問題を扱っている記事でもアプローチや切り口の違いによって主張がバラバラとなり、あたかも数多くのプライマリーリサーチがあるかのような状態となる。そして、荒唐無稽の矛盾したストーリーが生み出されていくのである。

なお、以下は、私がメディアでよく目にする、誤った報道のされ方である:

  1. 劇的な効果を狙いリサーチ結果を誇張する
  2. 「相関関係」と「因果関係」の混同が見られる
  3. 文脈や微妙なニュアンスを排除し、1つの中心的な発見のみにフォーカスを当て、誇張する
  4. クロースアップされている特定の所見と矛盾する他のリサーチ結果を無視する
  5. リサーチ結果のデータをいいとこ取りしたり、自分たちの主張の裏づけとなる所見のみを示したりする。
  6. 効果の規模を偽って報告する(小さな効果を大きな効果として報告したり、あるいはその逆を行ったりする)

コラム: メディアのバイアスへの対応

本コラムで最も重要なポイントは、あらゆるメディアの見解、情報にバイアスがかかっているという点だ。ゆえに、すべての記事、報道、SNSへの投稿について、プライマリーリサーチと照合することをお勧めしたい。新しい発見の多くは大きく誤って伝えられているのだ。