人々の生活のデジタルシフトが進行するなか、企業が顧客やターゲットユーザーに向けて提供するデジタルプロダクトのUX(ユーザー体験)が、その企業の市場競争力に大きな影響を及ぼしつつある。それに伴い衆目の的となっているのがUX設計を担うプロフェッショナル、プロダクトデザイナーだ。果たしてプロダクトデザイナーとはどのような役割や業務内容を担うのか。また、企業はプロダクトデザイナーをどのように活用していくべきなのか。
プロダクトデザインの理解を深めるべく、アトラシアンのエバンジェリスト、野崎 馨一郎が、英国のプロダクトデザインスタジオ、ustwo(アスツー)社の日本支社でプリンシパルデザイナーを務める中村 麻由 氏と対談し、その実際を紐解いていく。

アスツー東京(ustwo Tokyo)株式会社
プリンシパルデザイナー
中村 麻由 氏

大学卒業後、UIエンジニアとして日本企業で勤務したのちに渡英し、ロンドン芸術大学にてインタラクティブメディア修士号を取得。英国のプロダクトデザインスタジオustwo(アスツー)に入社。ロンドンを拠点にデザインチームのリーダーとして活躍し、現職に至る。

アトラシアン株式会社
エバンジェリスト
野崎 馨一郎

米系通信事業者や IT 企業で PM、プロダクト マーケティング、アジア 14 カ国担当エバンジェリスト、異文化 D&I チームのグローバル共同議長を経験。LinkedIn ジャパンによる LinkedIn「クリエイター・オブ・ザ・イヤー 2021」に選出。日経新聞社「日経ビジネススクール オンデマンド」講師。アトラシアンの「あらゆるチームの可能性を解き放つ」ミッション実現のため、広くメッセージと考え方を啓発する役割を担う。

プロダクトデザイナーの仕事とは

野崎:近年、顧客中心、ないしは利用者中心でモノづくりを行うことの必要性、重要性が再認識され、顧客や利用者を巻き込んだかたちでスピーディにモノづくりを進めるアジャイル開発の手法を取り入れる日本企業も増えています。そうしたアジャイル手法とプロダクトデザインは非常に関係性が深いと考え、その道のプロフェッショナルとして活躍されている中村さんにお越しいただきました。本日は、よろしくお願いします。

中村氏(以下、敬称略):こちらこそ、お願いします。

野崎:早速ですが、プロダクト(デジタルプロダクト)デザイナーである中村さんのお仕事の内容について確認させてください。現在、デザインの専門家として、どのようなかたちで顧客企業のプロジェクトにかかわっているのでしょうか。

中村:おそらく“デザイナー”という言葉から、一般の方が持たれる印象は、プロダクトの見た目を美しく仕上げる専門化というものだと思います。ただし、プロダクトデザイナーの仕事はそうしたプロダクトの見た目やUI部分の設計だけではなく、UX(ユーザー体験)全体の設計へとシフトしています。その中で、ユーザー中心設計の手法を用いながらモノづくりを支援することが、私たちプロダクトデザイナーの主たる仕事になっています。

野崎:ユーザー中心設計とは、ユーザーの視点に立ってプロダクトのデザインを行うという理解でよろしいでしょうか。

中村:そのとおりです。少し詳しく言えば、プロダクトのターゲットユーザーを観察して、そこからユーザーが抱えるニーズや課題、問題を探り当て、それにもとづいてプロダクトをデザインし、ユーザーのフィードバックを得ながら改善を重ねていくといった手法です。その手法を駆使しながら、当該のプロダクトが「本当に想定どおりの価値をターゲットユーザーにもたらすことができるのか」「その価値をもたらすためにはプロダクトをどのように設計すべきか」、あるいは「そのプロダクトがターゲットユーザーにどのように使われ、ユーザーの困りごとをどう解決するか」といったことを考え、デザインするのが、プロダクトデザイナーの役割といえます。

プロダクトディスカバリーにおけるデザイナーのミッション

野崎:いまお聞かせいただいたプロダクトデザイナーの役割を担ううえでは、プロダクトマネジメントで言う「プロダクトディカバリー(*1)」のフェーズ、つまりはプロダクトの企画段階からプロジェクトにかかわることになりそうですが。

*1: プロダクトディスカバリー:ターゲットユーザー、あるいは顧客のニーズや課題を解明し、それに対応するためのプロダクトやソリューションを見い出すためのプロセスを指す。

中村:おっしゃるとおりです。プロダクトデザイナーは、プロダクトディスカバリーのフェーズからプロジェクトにかかわるのが理想です。

野崎:そのフェーズでのプロダクトデザイナーの仕事について少し掘り下げさせてください。

プロダクトディスカバリーのフェーズでは通常、「どのようなプロダクトが市場で求められているか」「どういった機能がターゲットユーザーや顧客の抱える課題、問題を解決できるのか」「どの機能を優先的に提供すべきか」、さらには「ターゲットユーザーや顧客が欲する機能を実現するために、どの程度のコストをかけ、いくらで提供するのが適切か」といったことが、ユーザー調査やプロトタイプのテストなどを通じて決められていきます。プロダクトデザイナーは、そうしたディスカバリーの作業に大きくかかわるわけですね。

中村:ええ、かかわっていきます。また、私達の場合、プロダクトディスカバリーのフェーズを「オポチュニティディスカバリー」と「プロダクトディスカバリー」の2段階に分けています。このうちオポチュニティディスカバリーは、ターゲットユーザー、ないしは顧客のニーズや課題、問題を明確に把握し、どのニーズ、課題、問題の解決に優先して取り組むべきかを決めるプロセスと言えます。

ustwo社が実践するプロダクトディスカバリーの2つのフェーズ(図版提供: アスツー東京)

野崎:プロダクトディスカバリーのフェーズから、あえてオポチュニティディスカバリーを切り出した理由は何なのでしょう。

中村:理由は、ターゲットユーザーや顧客の課題や問題を正しく理解してから、ソリューションや機能の企画づくりを進めるべきであることを明確にしたかったからです。

野崎:とすると、プロダクトディスカバリーのフェーズにおいては、オポチュニティディスカバリーの作業がなおざりにされるリスクがある、ということですか。

中村:そうですね。例えば、ターゲットユーザーや顧客への理解が不十分なまま、すぐに機能やソリューションのアイデアを練ろうとしたり、プロダクトデザイナーがオポチュニティディスカバリーのプロセスに関われなかったりすることはよくあります。

さらによくあるケースが、市場での競合プロダクトを起点に機能やソリューションの市場性を探ろうとすることです。ターゲットユーザーや顧客の調査において「この機能は欲しいですか?」といった競合プロダクトに対抗することを前提にした質問になってしまい、「競合が提供しているし、ユーザーが欲しいと言ってるんだから開発しよう」となってしまいます。

ターゲットユーザーや顧客が抱える真の課題、問題を明らかにできずにプロダクトディスカバリーの作業を行うと、作り手がどういった課題を解決するかわからないまま機能を決めしまい、結果としてデザインが検討違いのものになってしまう可能性があります。

野崎:確かに、競合起点でプロダクトの機能やソリューションを練ろうとするのは、メーカーが陥りやすい視点ですね。ただ、プロダクトの作り手が注力すべきは、あくまでもターゲットユーザーや顧客の課題、問題を解決することであって、競争相手がどんなプロダクトや機能を出そうとそれにとらわれる必要はないと私自身も感じています。

デザイナーはビジネス戦略とエンジニアリングを架橋するトランスレーター

中村:良い機会ですので、ここでモノづくりにおけるプロダクトデザイナーの役割について、改めて私の考えをまとめてお話ししたいと考えます。

野崎:ぜひ、お願いします。

中村:私はビジネス部門と共に顧客の真のニーズを把握し、提供すべき価値をカタチあるモノへと転換するトランスレーターの役割を担うことがプロダクトデザイナーの仕事であるととらえています。

野崎:それは、ビジネス部門とエンジニアリング部門のトランスレーターということですね。

中村:はい。要するに、ビジネス部門の戦略をエンジニアリング部門が実装できるかたちにトランスレートするのがUX設計の本質であり、その役割を担うのがプロダクトデザイナーであるということです。

私が常に参考にしているUX設計の指南書『The Elements of User Experience 〜5段階モデルで考えるUXデザイン』(発行元:マイナビ出版)の言葉を借りて言えば、UX設計の要素には「戦略」「要件」「構造」「骨格」「表層」の5つの段階があります。ユーザーリサーチに基づいた顧客ニーズの理解と、ビジネスプランに基づいたプロダクトゴールの理解をもとにUX戦略を策定し、それをエンジニアリング部門が実装する「表層」のレベルへと段階的にトランスレートして(噛み砕いて落とし込んで)いくのがプロダクトデザイナーの役割であるということです。

野崎:その作業を進める過程では、クライアントのプロダクトオーナーやプロダクトのステークホルダーと密接に連携していくことになると思いますが。

中村:もちろん、そうなります。プロダクトのステークホルダーを先ほど触れたオポチュニティディスカバリーのプロセスに巻き込みながら、どのような価値をターゲットユーザーや顧客に届けるべきかの戦略の策定を支援します。それを出発点に、ステークホルダーが意図する価値をターゲットユーザーや顧客に届けるベストな方法をデザインし、カタチあるものへとトランスレートしていくことが、プロダクトデザイナーには必要とされるわけです。

野崎:お話しをお聞きしていると、中村さんの言うプロダクトデザイナーの仕事は、プロダクトマネージャーの仕事にかなり近いような印象を受けます。プロダクトマネージャーとプロダクトデザイナーとの間には、どのような役割の線引きがあるのですか。

中村:その点は意見が分かれるところなのですが、役割の線引きはケース・バイ・ケースで異なるというのが私の考えです。

私がプロダクトデザイナーとしての役割を最も遂行しやすかった体制は、プロダクトオーナーがプロダクトの方向性や提供価値を決めて、それに関するステークホルダーやエンジニアリング部門との社内調整も担うというものでした。

その体制の中で、デザイナーである私が、プロダクトオーナーの仕事をデザイン面からサポートするという流れが、自分の能力を非常に発揮しやすかったということです。例えば、プロジェクトオーナーとステークホルダーとのミーティングの中でプロジェクトオーナーの考えを、即座に簡単な絵にして示し、ステークホルダーを含めた合意形成を推進する、といった格好です。

野崎:それはすなわち、プロダクトオーナーとプロダクトデザイナーが、プロダクトマネージャーの役割を共同で担うようなイメージですね。それが理想的なかたちなのでしょうか。

中村:私にとってはそうと言えます。ただし、企業によっては、プロダクトマネージャーがUXの設計に関与する場合もありますし、逆にプロダクトオーナーやマネージャーがUX設計についてまったく知見がない場合もあります。ですので、体制やメンバーのスキルに応じて、自身の役割を柔軟に決めていけば良いと考えています。

野崎:要するに、プロダクトデザイナーの仕事は、クライアント側の体制によって柔軟に変化させられるということですね。となれば、例えば、モノづくりのプロセスの中では、プロダクトデザイナーの仕事とエンジニアリングチームの仕事がオーバーラップすることもありますが、それもケース・バイ・ケースで役割分担を決めれば良いということですね。

中村:おっしゃるとおりです。例えば、デジタルプロダクトのプロトタイプについては、デザインチームが作る場合もあれば、エンジニアリングチームが作る場合もありますから。

野崎:となると、いろいろなスキル、経験、役割をもったプロダクトオーナーやプロダクトマネージャー、プロダクトデザイナー、そしてエンジニアリングチーム(開発チーム)がありえるということになります。そうしたプロダクトマネジメントのあり方や体制は、ジョブ型の組織構造を成していない日本企業にとっても、意外にも馴染みやすく受け入れやすいものかもしれませんね。

中村:なるほど。そうかもしれません。