モチベーションアップのプロが説く、社員のやる気を削がない方策

著者:松岡保昌
出版社:日本実業出版社
出版年月日:2022/4/30

本書は、会社の組織・チームのリーダー層に向けて、社員の働く意欲を下げないようにする術(すべ)を説いた一冊だ。著者によれば、世の中には社員のチームや社員の士気や意欲を“高める方策”を説いた書籍は数あるが、マネジメントの現場で実質的に有効で、かつ優先すべきなのは「社員のモチベーションを向上させること」よりも「引き下げないこと」であるという。また、それが実現できれば、昨今の社員たちは相応のパフォーマンスを発揮してくれるとしている。

かく言う著者は、経営・人事・マーケティングのコンサルティングファーム、株式会社モチベーションジャパンの代表取締役社長で経営コンサルタントの松岡保昌氏である。

同氏は、リクルートで『 就職 ジャーナル』『 Works』の編集や組織人事 コンサルタントとして活躍したのち、ファーストリテイリングやソフトバンクで人事、マーケティング系の幹部を務め、福岡ソフトバンクホークス取締役として球団の立ち上げにもかかわった人だ。

本書では、そうした同氏の豊富な経験をベースしながら、社員がやる気を失っていく共通のパターンや、社員が疲弊する組織、あるいは離職率の高い会社のよくあるケースを、改善策とともに解説している。その解説が展開される章立ては、以下のとおりである。

  • 第1章 企業の格差は「モチベーション」に起因する
  • 第2章 社員がやる気を失っていく上司に共通する10の問題と改善策
  • 第3章 「組織が疲弊していく」会社に共通する15の問題と改善策
  • 第4章 こうして社員が変わり、会社も変わっていく〜「組織心理」に基づいたマネジメント

社員の働く意欲を下げない手だてを網羅的に提示

上で示した章立てからもわかるとおり、本書の構成はとてもシンプルだ。導入部の第1章でまず、なぜ社員のモチベーションダウンを防ぐ必要があるのかを説く。のちの第2、3章で社員の働く意欲を削ぐ上司や組織を疲弊させる企業に共通して見られる問題点を示し、それぞれの問題を解決するための方策を解説。最後の第4章で、社員たちのモチベーションダウンを防ぐための施策や心構えをまとめて示すというかたちである。

この全体構成の中心を成すのは第2章と第3章だ。このうち第2章に提示されている10の問題(=社員がやる気を失っていく上司に共通する問題)は、下記のようなものである。

  1. (部下の)目を見て話さない。話せない
  2. (仕事の)理由や背景を説明しない
  3. 一方通行の指示(双方向のコミュニケーションができない)
  4. (部下に)コントロールできる部分を与えない。
  5. (部下の)話を聞かずに結論を出す
  6. (部下の)意見も提案も受け入れない
  7. 言うことに一貫性がない
  8. 感覚だけで(部下を)評価する
  9. 失敗を部下のせいにする
  10. 部下の仕事を横取りする

また、第3章では「組織が疲弊していく会社」に共通する問題として、例えば、「個人が仕事を抱え過ぎている」「物事を決められない」「理念が言葉だけ」「前例と成功体験から抜けられない」「女性が出世しない」「長期的な展望を描けない」といった問題点が列挙され、それらを解決する術(すべ)が語られている。

先に触れた上司の問題点にせよ、企業の問題点にせよ、なかには「今の時代に本当にこのような上司がいるのか(あるいは、会社はあるのか)」と疑いたくなるようなものもある。とはいえ、経営コンサルタントである著者があえて挙げていることを考えれば、すべての問題点が実例に基づくものであるのは間違いなさそうである。また、本書で提示されている問題点は、社員のモチベーションを引き下げる要因となりうるもの、ないしは組織・チームのリーダーにとっての「反面教師」となりうるものとして見なせば、すべてを素直に受け入れることができるはずである。

いずれにせよ、第2章、第3章では各問題点と解決策(対策)が対(つい)になって展開されていく。そのため非常に読みやすく、記述内容の理解もしやすい。この辺りは、社員のモチベーションアップを得意とする経営コンサルタントとして、さまざまな企業を支援してきた著者のノウハウが生かされた構造といえる。

いまどきの組織マナジメント、リーダーシップのあり方を一挙に学ぶ

上述したようなわかりやすい構成と、扱うトピック(問題点)の多さから、社員の働く意欲を下げない多様で、今どきの方策を一挙に、整理したかたちで学べることが本書の最大の魅力といえる。加えて、紹介されている方策の有効性を裏づけかのように、方策の土台を成している心理学や経営学などの理論も紹介されているので、学びを深めたい組織・チームのリーダーにとっては大いに参考になるはずである。

ちなみに、本書で学べる主な方策を列記すると下記のようになる。

  • 内発的動機づけを発揚するためのテクニック
  • パーパスなどの仕事上の目的を明確化することの重要性
  • リーダーとして避けるべき言動
  • 現代のリーダーに求められる役割、資質
  • EQ(エモーショナルインテリジェンス)の向上につながるコミュニケーション(傾聴)のテクニック
  • 部下としっかりと向き合い、個々人の力を最大限に引き出すためのマネジメントの方策
  • 「ウェルビーイング」や「心理的安全性」を確保することのベネフィット
  • 部下の行動原理を理解する方法
  • 部下の不満や満足感を理解するためのメカニズム
  • 部下のエンゲージメントのレベルを調査する方法
  • 部下を主体的に働かせるためのキャリア設計のあり方
  • 部下のやる気を削がない人事評価のあり方
  • 挑戦する勇気を生むモチベーションの源泉
  • 知の共有を効果的に行うための手法
  • リモートワーク体制下でメンバー間の信頼関係を深めて関係の質を高める方法
  • 前例と成功体験から抜け出すための方法
  • 企業の理念を社員の行動に転換する方法

このほか、経営トップ、ないしは幹部に向けて、チームリーダーに対する評価のあり方や、社員の働く意欲を引き出すリーダーをどう育成するかの方法、さらには、自分の右腕となる人材をどう育て、日々の忙しさから逃れるかの方策も紹介されている。

これらの手法、方策の解説の中には“既視感”を抱くものがあるかもしれない。ただし、それでも既知の事柄を改めて整理することにはつながるはずである。

組織・チームのリーダーとしての自分に少しでも不安を感じている、あるいは、先に触れた上司や会社の問題点について「自分ごとのように思えるもの」、あるいは「自分の会社に当てはまると感じられるもの」が少しでもあるならば、本書を読むことをお勧めしたい。また、自分や自分の会社に当てはまる問題点が一切なかったとしても、今後の参考として本書を手元に置いておいても損はないように思える。