オープンなコミュニケーションを促進する環境づくり
鈴木:葛巻さんと田中さんのお話しを伺っていると、ともにプロダクトづくりにかかわるメンバーとの情報の共有や意思疎通が重要であることがよくわかります。そうした情報共有やコミュニケーションの環境づくりにおいて心がけていることは何かありますか。
田中:三重県のデジタル社会推進局では、行政では珍しく、コミュニケーションツールとして「Slack」を導入しました。その結果、チーム内の情報共有のレベルが上がり、意思決定もスピーディになったと感じています。また、意思決定においても、承認者がチェックをするだけでなく、関係者が目線を合わせて議論し、作り上げていくやり方に変化しました。
鈴木:なるほど。それでは、現段階で直面されている課題はどのようなものなのでしょうか。
田中:ご存知かもしれませんが、今日、自治体職員の高齢化と職員数の減少がかなり深刻化していて、20年後には全国自治体の職員数が、いまの半数になるとの予測もあります。こうした状況は三重県においても例外ではなく、近い将来、非常に少ない人数で複雑化する社会課題にあたっていかなければならなくなるのは明白です。その意味でも、デジタル技術を活用した組織の変革は待ったなしの取り組みといえ、まずはコミュニケーションをデジタルへ転換しました。ただし、コミュニケーションのデジタル化を図るにしても「ペーパーレス化の実現」といった特別な目標を掲げたり、余計なルールを設けたりすることをせず、とにかくSlackを使ってもらうことを優先させました。これによって、職員が徐々にSlackの扱いに慣れていくことで、自ずとコミュニケーションのあり方が変化し、それが意思決定のスピードアップやペーパーレス化といった成果につながっていきます。あるべき姿に向けて、低めの階段を一段ずつ上り、小さな成功体験を積み上げながら、高みへと近づいているかたちです。
鈴木:葛巻さんの会社の場合はいかがでしょうか。
葛巻:当社の場合、議論好きが多いという特色があり、田中さんとは逆に、必要最低限のルールを設けてコミュニケーションが円滑に進むようにしています。特にプロダクトの方向性を決める会議に関しては、会議の目的やゴールを明確に定め、参加者全員と共有したうえで臨むようにしています。というのも、会議の目的・ゴールを明確にしておかないと議論が発散し、決めなければならないことが決められず、意思決定が遅れてしまうことになるからです。
また、プロダクトをつくる過程においては、「今どういうものを作っていて、何が起こっているか」を職種や立場にとらわれることなく誰でも確認できる場所を作ることを徹底しています。これにより課題となる「決めなければならないことが決められない」状態を回避し、合意形成を図った上で意思決定をすることを大切にしています。
より良いプロダクトマネージャーになるための心得とは
鈴木:ここで改めて、プロダクトマネージャー/リーダーとして常に心がけている点、今後どうありたいかという点について、お話いただけますか。
田中:マインドセットの変革は重要なのですが、私の経験から言えるのは、「まずは行動から変える必要がある」ということです。実際、デジタル社会推進局のSlackの事例でも、当初はいろいろな声がありながらも、活用が定着するにつれ、職員たちのマインドがどんどんオープンになっていきました。
そして、マネージャー/リーダーとして心掛けているのは、何事も「気にしすぎない」ということです。変革の際には、周囲の誰もがもろ手を挙げて賛同したり、支持したりすることはまずありません。さまざまな意見、批判を受けるのが通常です。それらを理解しながら、必要に応じて受け流すというメンタル的なタフさが必要だということを、常に意識しています。
鈴木:葛巻さんはいかがでしょうか。
葛巻:私は「完璧なマネージャーを目指さない」ということをモットーにしています。理由は、マネージャーが完全無欠であると、メンバーのマネージャーへの依存度が強まり、現場での議論が起きにくくなるからです。ゆえに、マネージャーは完全無欠を目指さず、メンバーが自主的に動ける余地を残すことが大切であると考えています。
鈴木:最後に、これからプロダクトマネージャーを目指す人たちに向けてアドバイスをお願いします。
田中:特に伝統的な企業や行政においてまず大切なのは、オープンなコミュニケーションを取り入れることです。この際、プロダクトマネージャーやリーダーの方は、まずは行動から始める必要があります。これにより、組織における情報共有のレベルが上がり、目線も合うようになります。そして、プロダクトづくりの段階では、ミッション、ビジョン、バリューの策定も含めて、あらゆる物事にメンバー全員で取り組むようにします。これによって、メンバー全員がプロダクトづくりやその成功を「自分ごと」としてとらえ、能動的に貢献できるようになるのです。
また、ツールやソリューションは「導入ありき」ではなく、組織やチームが「どうしたいのか」を対話した上で選定することで、その後のプロダクトマネージメントにおいても拠り所となります。
葛巻:私からのアドバイスも、田中さんとほぼ同じです。あえて付け加えるならば、オープンなコミュニケーションができているかどうかを確認することが大切です。プロダクトマネージャーがオープンなコミュニケーションをできていると感じていても、周りのメンバーはそう思えていないケースは意外と多くあります。ですので、自分たちの現在地を正しく把握する努力を怠ってはなりません。
さらに言えば、今の時代はすべてが不確実で変化が激しく3カ月先に何がどうなっているのかですら見通せないのが現実です。ゆえに、一度決めたプロダクトの方向性を臨機応変に変更できる柔軟性もプロダクトマネージャーには求められているといえるでしょう。
鈴木氏:なるほど、オープンなコミュニケーションを活性化する努力と、変化に機敏に対応できる柔軟な発想力が、今日のプロダクトマネージャーには絶対に必要だということですね。私もまさに同感です。葛巻さん、田中さん、本日は貴重なお話しをいただき、ありがとうございました。