顧客企業との共創を通じて、一般消費者向けのサービスを作り上げて提供する独自のビジネスモデルのもと、成長を続けてきたテクノロジーカンパニー「ゆめみ」。同社は2018年10月に「アジャイル組織宣言」を発表し、自律・分散・協調を原理原則とする組織への転換に乗り出した。また併せて「(社員)全員CEO」という従来の常識では考えられないような制度も打ち出している。それから約4年が経過した今、アジャイル組織への転換はどのようなステージにあるのだろうか。

持続的成長のために「アジャイル組織」への転換を選択

ゆめみ 代表取締役 片岡俊行氏。京都大学大学院在学中の2000年1月にゆめみを創設。デジタルマーケティング領域における高い技術力を土台に法人向けの大規模CRMシステムやeコマースサイト、スマートフォン向けアプリの開発を手掛け、ゆめみを法人組織のDXと内製化を支援するリーディングカンパニーへと成長させる。一般消費者をターゲットにしたプロダクトやサービスの開発にも取り組み、14年4月には、ゆめみからSprocket、スピカの2社を分社化させ、取締役に就任

ゆめみは、同社が「BnB2C(ビー・アンド・ビー・トゥ・シー)」と呼ぶビジネスモデルによって成長を遂げてきた企業だ。BnB2Cとは、顧客企業とビジネス方針や戦略を共有しながら、共創によって一般消費者向けのインターネットサービスを作り上げ、展開するというモデルを指す。

このビジネスモデルのもと、ゆめみでは、企業のDXやサービス内製化を支援することで実績を積み上げてきた。同社が顧客企業(約30社)との共創によって作り上げた数々のインターネットサービスは、月間のアクティブユーザー(MAU)が総計5000万人に達している。

また、同社の業績も創設以来右肩上がりで増収を続け、社員数も正社員だけで301人(2022年11月時点)に上り、今日の離職率は約2%に抑えられている。そして、中期的な目標として、社員1000人体制のもと、顧客企業「100社」と共創し、1億MAUを生むサービスを展開するとのゴールを掲げている。

こうした持続的なビジネス成長と組織の拡張を可能にするための施策が、18年10月に始動させた「アジャイル組織への転換」であったと、代表取締役の片岡俊行氏は振り返る。

ゆめみが志向したアジャイル組織は「自律」「分散」「協調」を原理原則として取り入れた組織だ。この組織では、会社の上層部(マネジメント層)の指示、意思に従ってチームが動いたり、チームの陣容が決められたりすることはない。顧客の要求や要望、課題に基づいて、チームは自らの判断で自らの組織を規定したり、投資を行ったりして、仕事を完結させていくことができる。また、意思決定の権限はチームだけでなく、個々の社員にも与えられている。具体的には、仕事の裁量権(代表取締役権限)をチームのメンバー全員に委譲する制度「全員CEO制度」のもと、社員各人が自らの意思、判断によって他チームへの異動やプロジェクトへの参加の是非、キャリアパスの基本設計などを決定、あるいは選択できるようになっているのだ。

もちろん、個々の社員が完全な自由意思のもとで動くのでは、組織としてのコントロールがきかなくなり、組織全体が混とんとした状況に陥ってしまうリスクもある。故に、ゆめみでは、何らかの意思決定を下す際に、その意思決定によって影響を受ける人や当該分野に関して専門的な知識を有する人全員に相談をし、助言を得るというプロセス(助言プロセス)も取り入れている。

ただし、助言はあくまでも助言であって指示や指導ではない。故に、助言をどう取り入れるかも含めて、最終的にいかなる意思決定を下すかは、“CEO”である社員各人の裁量に委ねられている。

伝統的なピラミッド構造では顧客中心型の組織はスケールできない

上述したようなアジャイル組織への転換に踏み切った背景について、片岡氏はBnB2Cビジネスの成長には不可欠な施策だったと明かす。

片岡氏によれば、ゆめみが展開しているBnB2Cビジネスでは、顧客のさまざまな要求を柔軟に、かつ俊敏に、そして高いクオリティーで満たせる能力、あるいはスペシャリティー(職能)を持った人材によってプロジェクトチームを組織することが必須であるという。その一方で、インターネットサービスの開発、運用の世界では、技術の細分化・専門化が進み、18年頃には異なる職能を持った10人程度の人員でプロジェクトチームを組むことが定常化していた。加えて、各職能に関して競争力のある専門性を維持するためには、職能ごとに相当数(30人程度)の人員を確保しなければならないという。

まとめれば、今日のように約30社の企業顧客と共創の事業を展開するには、300人程度(=10職能×30人、ないしはプロジェクトチーム10チーム×30社分)の人員が必要とされ、中期目標の顧客企業100社との共創を実現するには1000人の人員が必要になるということだ。

「18年当時の社員数は100人程度でしたが、ビジネス拡大には社員数を300人、1000人へと拡大しなければならないことは明白でした。そうした組織のスケールアップを図る中で、ピラミッド構造のマネジメントモデルを維持しようとすれば、組織階層がどんどん深くなっていき、意思決定のスピードが鈍っていきます。また、組織が硬直化してしまい、クライアントの要望に適合したプロジェクトチームを柔軟に、あるいは臨機応変に組織することも難しくなります。

要するに、伝統的なピラミッド型の組織構造では、当社のように顧客中心で動く組織はスケールアップできないというわけです。そこで、自律・分散・協調型のアジャイル組織へと転換し、クライアントの多様な要求、要望に柔軟、かつ俊敏に、そして高いクオリティーで対応し続けるための体制を整えることにしました。また、そうすることで組織を拡大し、得意とする職能を増やせば増やすほど、きめ細くニーズに対応することが可能になると考えたのです」(片岡氏)

「委員会」によるマネジメントの分散化でチームの“自主経営”を可能に

もう一つ、アジャイル組織への転換には、マネジメント上の業務負担と責任を現場で働く全ての社員に分散させ、マネジャーへの負荷集中を避けるという狙いもあった。

「アジャイル組織への転換に乗り出す以前、顧客から高く評価されていたチームのマネジャーがマネジメントの職務を辞すという事象が立て続けに起きました。というのも、かつての組織では『プロジェクトマネジメント』はもとより、『ピープルマネジメント(人事考課、目標設定、人材育成・開発など)』や『プロセスマネジメント(業務の標準化、改善など)』、そして『プロフィットマネジメント(収益の管理)』に至るまで、マネジメント上の全ての業務と責任がマネジャーに集中し、彼らの疲弊が激しかったからです」と、片岡氏は明かし、こう続ける。

「このように特定の個人の“能力”や“頑張り”に依存したマネジメントの在り方、あるいは組織の在り方はかなり脆弱で、一人のマネジャーの離脱でチーム、組織が瓦解(がかい)してしまうリスクを内包しています。そうしたリスクを低減すべく、当社では『マトリックス組織※』の手法を採用したりもしましたが、その施策もピラミッド型のマネジメントモデルを完全に打ち壊すものではなかったために、マネジャーに負荷が集中してしまう問題の解決にはつながりませんでした。アジャイル組織への転換は、その問題を抜本的に解決する一手でもあったのです」

※「職能」と「事業(ないしはプロジェクト)」という2つの系統を縦軸と横軸にとったマトリックスによって従業員をマネージする組織モデル。従業員は職能別の組織と、事業/プロジェクトの双方に所属し、複数の指示・指令系統によってマネージされる。マトリックス組織は、人材の有効活用が図りやすいとされる

ちなみに、ゆめみでは職能グループごとにタスクフォースチームの「委員会」を設置することで、現場で働く全ての社員がマネジメント上の業務・責任を分担して担う体制を築いている。例えば、下図は、あるテクノロジーを専門とする職能グループにおいてマネジメント役割分担がどのように行われているかを示したものだ。

ゆめみにおけるマネジメント役割分担の例(提供:ゆめみ)

この図にある通り、特定の技術を専門とするゆめみの職能グループでは、グループごとに「テックリードチーム」が組織され、各チームに対する後方支援を行う役割を担っている。それに加えて、タスクフォースチームである委員会が「技術方針の策定」や「組織課題の分析」「組織方針の決定」「(人材)教育、採用活動」「業務標準化、業務改善」など、通常の組織ではマネジャーが担う業務をこなしている。そして、この委員会の活動には職能グループに所属する全ての社員がかかわることが制度化されているのである。

また、全社員が自律・分散・協調の原理原則にのっとりながら、組織・チームの経営に携われるよう、ゆめみでは情報のオープンな共有と伝搬を制度化し、組織文化として根づかせてもいる。例えば、ビジネスに関するあらゆる議事録、財務情報、提案資料などをドキュメント管理ツールでオープンに共有している。それに加えて、全社員がそれぞれコミュニケーションツールにチャネルを設け、仕事で得られた自身の体験や学び、あるいは仕事に対する見解などを毎日投稿し、その“つぶやき”に対する周囲からのフィードバックによって学びを深めたり、周囲の共有によって個人の体験、学びが組織全体に伝搬されたりしている。こうしたコミュニケーションツールを通じた学び合いや情報の伝播、制度・文化は、もはや同社のデファクトスタンダードだ。

「オープンな情報の共有と伝搬は、自律・分散・協調の組織文化を醸成するうえで不可欠な取り組みです。とりわけ、情報の伝搬は重要で、個々人の仕事上の体験、学び、ノウハウが周囲に伝搬することで、組織全体の能力が自ずとアップしていきます。また、組織内の誰が、どのようなスキルや能力を持っているかの可視化と、それによる人材の有効活用にもつながります。故に当社では、コミュニケーションツールでの“つぶやき”をとても大切にしています」(片岡氏)

全ての日本人は自律・分散・協調の組織にすぐに適応できる

以上の通り、ゆめみでは自律・分散・協調というアジャイル組織の原理原則を機能させるための制度をさまざまに導入している。その制度導入に際し、片岡氏がとった戦術は制度の策定と展開にアジャイル開発の手法を取り入れることだ。

「組織制度をプロダクトとするならば、毎日のように新しい制度をデプロイ(展開)して、市場(社員)からのフィードバックをもらい、変更を加えるといったかたちで制度を完成させていきました。このアジャイル開発のアプローチによって今日の制度の約7割は、『アジャイル組織宣言』後の最初の1カ月間で作り上げることができました。

このような組織変革・制度変革の進め方は少し乱暴に思えるかもしれませんが、組織の構造をドラスティックに変える際には、時間をかけて少しずつ物事を進めるよりも、一気に変革を進めてしまったほうが『痛み』は少なくて済みます。絆創膏(ばんそうこう)をはがすときに、恐る恐るゆっくりとはがすよりも、一気に『ビリッ』とはがしてしまったほうが良いのと同じ理屈です」(片岡氏)

とはいえ、ピラミッド型の組織から自律・分散・協調型組織への移行は、社員たちにマインドセットの切り替えや仕事のやり方、進め方の大幅な変更を求めるものでもある。故に、ピラミッド型組織の中で働いてきた社員が、自律・分散・協調型組織で働くことに慣れ、自分の能力を発揮できるようになるまでには、相当の時間と努力、あるいは鍛錬が必要とされるようにも思えるが、片岡氏は「そのようなことはない」と言い切り、理由をこう話す。

写真はイメージ(提供:ゲッティイメージズ)

「日本のビジネスパーソンは、誰もが自律・分散・協調型組織の中で仕事をこなしてきた原体験を持っています。例えば、日本の小学校には委員会活動があり、クラスの全員が何らかの委員を務め、クラスの運営に携わっていたはずです。その体制は、当社における各職能グループの委員会とまったく同じです。要するに、これまでの日本のビジネスパーソンは、ピラミッド構造のマネジメントモデルに半ば強制的に順応させられ、慣らされてきただけの話で、日本人のほぼ全員がもともと自律・分散・協調型組織の中で力を発揮する能力を備えており、そうした組織にすぐに適応できるといえるのです」

ゆめみでは22年11月現在、アジャイル組織の組織制度をほぼ作り上げ、その運用を通じて細かな調整を図っている段階にあるという。その中で、片岡氏の次なる挑戦は「健全なむちゃぶり」の文化を育むことだ。

「仕事の『むちゃぶり』は基本的に自律・分散・協調の原理原則に反する行為です。ですが、仕事を振った相手に対する適切なフォローアップやバックアップを行う用意があれば、それは社員やチーム、組織の挑戦を後押しし、成長を加速させる大切な取り組みといえ、私はそれを『健全なむちゃぶり』と呼んでいます。その『健全なむちゃぶり』を、自律・分散・協調型の組織の中に制度、ないしは文化として取り込むことに挑戦したいと考えています」(片岡氏)