本稿の要約を10秒で
- 職場に変化をもたらしたいという情熱があれば、どのような職位の人でも変革の主導権を握ることができる。
- 自分のアイデアを周囲が支持してくれるかどうかを心配するのではなく、アイデアに磨きをかけることに力を注ぐ。
- 自分のアイデアを支持してくれる役員や同僚たちを見つけ出す。
「変革」はマネージャーの「特権」にあらず
組織で働くビジネスパーソンは、無意識のうちに組織階層における権限に縛られがちになる。ゆえに「自分たちの組織のあり方や働き方、プロダクトの作り方を変えたい」との想いに至った際も、「いまの自分にはそうした変革をリードする権限がないから、マネージャーに頼むか、自らマネージャーになるしか道はない」などと考えたりする。
実のところ、組織の変革は、マネジメント層の「特権」ではなく、マネージャーにならなければ変革がリードできないわけではない。英語で言う「leadership is personal – not positional(意味:リーダーシップが発揮できるかどうかは、個人の資質の問題であって、立場の問題ではない)」との格言が示すように、組織の変革は、組織内の誰でも(その職位とは関係なく)リードすることができる。言い換えれば、変革に対する情熱を持っていれば、自分の望む変化を主導するリーダーに自らなれるというわけだ。
再点検:マネージャーとリーダー
- マネージャー:職場の人々やプロセスをマネージする組織的な権限を持つ人を指す。その役割には従業員の雇用・業績の管理なども含まれる。リーダー:明確なビジョンを持ち、周囲を巻き込みながら、そのビジョンを実現する能力を持つ人を指す。マネージャーがリーダーである場合もあるが、必ずしも「マネージャー =リーダー」であるとは限らない。
- リーダー:明確なビジョンを持ち、周囲を巻き込みながら、そのビジョンを実現する能力を持つ人を指す。マネージャーがリーダーである場合もあるが、必ずしも「マネージャー =リーダー」であるとは限らない。
ちなみにアトラシアンでは、コーポレートバリューの1つとして「Be the change you seek(=自分自身が変化の原動力になる)」 という行動規範を掲げている。ゆえに、アトラシアンの従業員たちは、自分の職位とは関係なく新しい取り組みをリードしやすい。
ただし、こうしたリーダーシップの考え方や文化が根づいている組織は、そう多くないはずである。とりわけ長い歴史を持つ企業の場合、変革をリードする権限と組織階層上の職位が密接に結びついているのが一般的ではないだろうか。
では、このような組織で、職位の低い(あるいは、何の職位も持たない)一般の従業員が変革をリードするには、何をどうすれば良いのだろうか。
その方法について興味深いアイデアを持っているのが、作家で元修道士のジェイ・シェティ(Jay Shetty)氏だ。同氏は、ビジネスパーソンに向けたポッドキャスト「On Purpose」を主催しており、組織で働く私たちが、職場とプライベートの両面でより有意義な人生を送るための支援に力を注いでいる。
そこで私は今回、同氏にインタビューを行い、組織変革に対する情熱を、変革を実現する力へと転換する方法について伺った。以下、その内容にもとづきながら、組織の変革をリードするための秘訣を示す。
変革のリーダーシップの力強さは支持者の数では決まらない
組織の変革を主導するリーダーは「チェンジメーカー」とも呼ばれる。そして、チェンジメーカーに必要な能力として、自分に対する支持者を多く集められる能力や、自分の発言によって多くの人に影響を与えられる能力が挙げられることが多い。つまり、チェンジメーカーには、(優れた政治家と同じように)社会的な人気と信頼を獲得する力が必要であるというわけだ。
ただし、シェティ氏によれば、組織の変革を主導する際には、自分の人気や周囲からの信頼、あるいは周囲に対する影響力といった「社会的資本」の維持に固執してはならないという。なぜならば、社会的資本の維持に固執していると、変革の主導時に「このような変革を推進することで、自分に対する支持者が減ってしまうのでないか」「自分に対する周囲の人気・信頼が低下してしまうのではないか」といった不安が膨らんでいくからだ。
こうした不安が膨らんでいくと、結果として『インポスター症候群(=自分は周囲を偽って評価を得てきた人間に過ぎないといった思い込み)』や考えすぎに陥ったり、周囲からの反発を恐れるあまり、成すべきことを先延ばしにしたりするようになります。したがって、組織変革を主導したいと考えるなら、自分に対する支持者の多さや人気の高さへのこだわりを捨て、まずは自分のアイデアが本当に遂行するに値するものなのか、最終的に周囲を従わせる力強さを持っているかを検証することが大切です
シェティ氏によると、こうしたアイデアの検証を行う際には、そのアイデアをいったん自分から切り離して“台座”の上に置き、さまざまな角度からその有効性を見定めることが重要であるという。また、アイデアを鍛えるために信頼できる社内の友人や同僚たちと意見を交わし、それを通じてアイデアを固めて、その価値を効果的に相手に伝えられるどうかを確かめる。それがうまくいけば、そのアイデアに対して、より多くの支持と協力が得られるとの確信が持てるようになると、シェティ氏は説く。
このようにして固められた優れたアイデアは組織のためになるもので、その発案者が誰で、誰によって主導されるかは問題にはならないのである(それが、問題になるような組織で働いているならば、転職を考えたほうが良いかもしれない)。
変革の主導に必要な3つの“P”
以上に示したとおり、組織の変革をリードしていくうえでは、社内での地位や人気の高さは必要ではない。とするならば、組織の変革をリードするには何が必要とされるのだろうか。
シェティ氏によれば、それは「プレゼンテーション(Presentation:提案・訴求)」「ポジショニング(Positioning:位置づけ)」「パーパス(Purpose:目標)」という3つの“P”であるという(左図参照)。
「3つの“P”とは、自分のアイデアが、組織の“目標(パーパス)”達成に貢献するものであると明確に“位置づける(ポジショニングする)”ことと、それを周囲に明快に伝えて納得させる(プレゼンテーションする)ことを意味しています。こうすることで、組織内の誰もが、その変革が自分たちをより良い方向へと導くものであると理解するようになるのです」(シェティ氏)。
ここで、3つの“P”の実践例について少し考えてみたい。
例えば、あるソフトウェア会社で働くUX(ユーザー体験)デザイナーが、自社のプロダクトのUI(ユーザーインタフェース)を拡張し、視覚障害を持つ人でも簡単に扱えるような、アクセシビリティに優れた製品に変えたいと望んだとする。
その変革のアイデアを周囲に認めさせるうえでは、当該のアイデアとソフトウェア会社が共通して持つ経営目標といえる「可能なかぎり多くのユーザーを獲得する」というパーパスと結びつけることが有効となる。また、それゆえにアイデアのプレゼンテーションを行う際には、自分たちの現行プロダクトを扱うのに苦労を強いられるような視覚障害者が世界中に何人いるかを数値で示すことが必須といえる。というのも、そうすることで会社の誰もが(特に経営陣)は、アイデアを実行に移す自組織にとってのベネフィットを理解し、かつ、視覚障害者という潜在顧客を逃したくないと考えるはずなのである。
また、その会社の開発部門には以下のような大目標もあったとする。
「〇〇〇の作業を、すべての人たちにとってより簡単にする」
となれば、変革の提案者であるUXデザイナーは「この大目標を掲げながら、視覚障害者に向けたUIを提供しないでいるのは問題であり、開発部門によるミッションの遂行は不完全なままとなる」との主張を展開することもできる。
ただし、こうした変革のアイデアのプレゼンテーションを行うに当たっては、自身の「忍耐力」や「共感獲得の力」を可能な限り高めておくことも重要であると、シェティ氏は指摘する。
「言うまでもなく、アイデアを周囲にプレゼンする段階では、そのアイデアに相当の自信を持っています。ですので、大抵の場合、アイデアに関する少しの説明で誰もが即座にその価値を認め、実現に情熱を傾けてくれると期待しがちです。ところが、現実はそれほど甘くなく、期待どおりの反応を得られないのが通常です。したがって、プレゼンテーションを通じて、自分のアイデアに対する支持を得たいのであれば、聴く側を思考の“旅”に連れ出すことが大切です。つまり、自分のアイデアで何が解決されるかを明らかにする前に、なぜ、そのアイデアを想起するに至ったかのプロセスについて、自分の体験や学んだこと、そして目指した究極的なゴールなどを交えながら説明し、周囲に自分の想いを共有・共感してもらうことが必要になるということです」
このプレゼンテーションのテクニックを、前出のUXデザイナーを例にとって説明すると、自分がなぜアクセシビリティに興味を抱いたかの個人的なストーリーをプレゼンテーションの聴き手と共有し、共感を得る必要があるということだ。そのうえで、アクセシビリティ機能の強化によって、より広範な潜在顧客層にリーチすることの大切さを訴えたり、アクセシビリティという観点から見た現行プロダクトの問題点について聴き手と意見を交わしたりする。それによってUXデザイナーは、自分のアイデアに対する周囲の興味・関心を喚起することが可能になる。そして、いったんUXデザイナーの想いに共感し、アイデアに興味・関心を抱いた人たちは、その実現に向けたプロジェクトに参加することを望むようにもなるのである。