「50人の壁」を超えることで大きく成長

ベンチャー企業では規模が大きくなり、社員数が増加していく中で、さまざまな問題が発生するといわれている。その一つのタイミングが組織における「50人の壁」で、ISTもその壁に直面した。社長の稲川氏は、50人未満だと見える範囲で全員が動くので、マネジメントを気にする必要がなかったものの、50人を超えたタイミングで一人ひとりの動きが細かく見えなくなったと語っている。

そこでISTは、各専門分野をグループに分けて、グループリーダーに権限を移譲することで、「50人の壁」を乗り越えた。そこで鍵になったのが、リーダーになれる人物の採用だった。実は、山岸氏は49番目、中山氏は51番目に入社している。この時期からの採用の方針を、すでに入社していた山中氏は次のように説明する。

「社員が50人を超える頃から、採用する際に、コミュニケーションが取れるかどうかを重要視するようになりました。そういう人が多数派になることで、全体の雰囲気も変わります。グループリーダーは特にコミュニケーション能力が必要ですね」

東京支社にあった工具

中途採用で入社するのは、多様なバックグラウンドを持つ人々でもある。山岸氏は、業界の違いによって齟齬(そご)が起きないように、意識して話をしている。

「開発の流れに関しては、航空宇宙産業と自動車産業はよく似ていますが、意味は同じなのに表現方法やアプローチの仕方が違うケースが多々あります。バックグラウンドが異なる人と話をする時には、その点で齟齬が起きないように気を付けていますね」

山中氏は、バックグラウンドの違いが、ISTでは強みになっていると自負する。

「常に言葉で説明しようとするので、説明できない時には本当は別の方法がいいのではないかと気付くことがあります。それぞれにバックグラウンドがあることは、選択肢が増えるので、いいことだと思っています」

中山氏も、多様なバックグラウンドから出たアイデアが、開発を前向きに進めていると感じている。

「いいアイデアが出てきたら『どうぞどうぞ』と言って、すぐに実行してもらいます。排他的な文化はないので、提案もしやすいと思います。自分の業務以外の領域に踏み出すことも問題ありません。結果的に、適材適所で開発が進められていると感じています」

ZEROで日本の宇宙産業を変える

ISTではMOMOの製造と並行して、超小型人工衛星打ち上げロケットZEROの開発を進めている。山中氏は、ZEROの位置付けを次のように説明する。

「人工衛星打ち上げのマーケットは年々拡大しているので、当社にとってもZEROで人工衛星を打ち上げることが、事業としては本番になります。MOMOもZEROのためにあると言えます。ZEROは集大成ですね」

中山氏は、ZEROは日本の宇宙業界を大きく変える可能性があると話す。低価格のロケットが実現することで、多くの企業が宇宙産業に参入できるプラットフォームになる可能性がある。

「私たちは民生技術を活用して、レガシースペースよりも格段に安い価格でロケットを作ることを目指しています。従来であれば部品一つ一つを試験するので、時間もコストもかかります。私たちの場合は、低価格の民生品でコンポーネントを作ってまとめて試験します。安価に作れるので、試験の結果、うまくいかなければ捨てても大きな損失にはなりません」 

日本の大企業の場合、「既存のルールが何のためにあるのかを考えないまま、ルールを守ることが目的になっていることがある」と中山氏は指摘する。全く新しいロケットを開発するISTの各グループは、業界のこれまでのルールを踏襲する必要がないと判断すれば、新しい方法を試す。自律的な組織づくりによって、宇宙産業の在り方を変えようとしている。

「ZEROはパートナー企業の機器を使って作っています。ZEROが成功すれば、機器メーカーは他の企業にも売り込めるようになるでしょう。そうなれば、さまざまな企業が宇宙産業に参入しやすくなります。ZEROは日本の宇宙産業に革命を起こすプラットフォームだと考えています」

社員一人ひとりはバックグラウンドが異なっても、低価格なロケットを実現して、宇宙開発を日本の新たな産業にする目標は同じだ。顔が見えるコミュニケーションを通して、目的と志を共有することが、ISTの急成長を支える力になっている。